対策会議
まだ入ったことがなかった闘技場のロビーの一角にて、目的の人物を発見した。
シュライエンさんはパーティー仲間らしき3人と一緒にいた。
聞いていた通り獣人ばかり。シュライエンさんが獅子なら、虎と狼と熊といったところか。
正直彼らの存在感に圧倒されていた。
威圧といった感じの弱い相手に効くスキルとかあるのかもしれない。もしくは闘気やら覇気を放っているんじゃないかと思うほどだ。
加えてバスケットやバレーの代表選手が集っているかのようなサイズ圧迫感の相乗効果により、彼らに近づくための一歩がなかなか出ない。
「行くならさっさと行ってください」
リーンに背中を突き飛ばされた勢いで向かうことになった。
ちらっと振り返るとリーンが無表情でついて来ている。
心強い、と思う自分がちょっとまずい方向に向いている気がした。
ちなみにエイヴは昼寝をしに帰った。
魔法の調整で微妙に夜更かしをしてしまい、眠いらしい。
……試合はきっとナチュラルハイな状態だったんだな。
将来あのことを思い返して悶絶しなければいいのだが。人はそれを黒歴史という。
まあエイヴが生まれた時代では遊んでいる余裕はなかっただろうし、あれは体を動かして遊んでいるだけかもしれない。
なんてことを思考しているうちに、近づいてきたなら話しかけなければ不自然な距離になっていた。
何が嫌かって、彼ら4人全員が近づいてくる存在に気づいていることだ。
シュライエンさんが背中を向けている不運は嘆かなければなるまい。
「あのー、シュライエンさん、ちょっといいですか?」
「ン?」
シュライエンさんを含めた7つの目がこっちを向いた。
ここが屋内であったことは幸運だ。
外で逆行だった日には……影に飲まれて金縛りになってしまいそうだ。影踏みなら勝っているはずなのだが。
「なんだ、ライの知り合いか。誰だい?」
「アカシだ。バトルロイヤルでオレに勝ったヤツな」
「ほうっ! そりゃあスゲエな!」
「やるじゃん。オイラなんか、戦士クラスのルールじゃ10本に1本すら取る自信ないもんよ」
「ああ……いや、実力は大したことないですよ。スキルがたまたま発動したおかげなんで……」
「謙遜すんなって。大舞台で成功させたなら、それも実力ってなもんだ。なあ?」
「ああ、その通りだ」
シュライエンさんの言葉にパーティーの皆さんも同意してくれる。いや、本当に待ってほしい。
俺は謙遜したわけじゃない。
謙遜とは、自分の高い実力を理解しつつも、控えめな態度を取ることだ。
わかりやすく言うなら実力テスト。校内トップ10が『やるじゃん』とか言われて『いやいや大したことないから』とか返すのが謙遜だ。
これ……嫌みとも表現できるな。
さらに、このとき重要なのは『やるじゃん』を言った相手。自分より順位が下ならば褒め言葉だし、上なら余裕か嫌みだ。嫌みの言い合いって怖いよな……。
で、俺のスペックは参加者の平均レベル、<眠りあれ>などを含めてすら10位というのは過大評価もいいとこだ。FIFAランキング1桁とかいう一時期の日本サッカー代表みたいなもの。
要するに『9位っ!? すごいじゃん!』とか言われても恥ずかしさしか感じないのだ。
シュライエンさんたちの言い分も、もちろんわかる。
命懸けの依頼を常にこなしている冒険者にとっては、勝率1%でもそれをたぐり寄せ、掴み取るのが真の強者だ。
勝った者勝ち、という考え方が実に正しく機能する生き方。
「そりゃいいとして――……どうしたよ?」
「実は聞きたい……というか、教えてもらいたいことがありまして」
「なんだ?」
「シュライエンさんは、化け物みたいな速さで動く人と当たったら、どう対抗します?」
「……オイオイ。フツーよぉ、負かした相手にンなこと聞くか?」
「トーナメント突破しろって言ったのシュライエンさんでしょ? だから、ちょっとだけ協力してほしいな、と」
「まあ減るモンじゃねえしいいけどよ。アレだ、目で追えないレベルだったら、直感系のスキルに頼るしかねえわな」
「……そういうスキルって、1日で覚えられます?」
「いくらなんでもそりゃ無理だろーよ。覚え方がそもそもわからん。戦いまくってるヤツは、持ってることが多いがな」
「――たぶん戦ってるうちに自然と覚えてるんだろうね」
「オイラもいつの間にか持ってたよ」
と仲間の人。
「なるほど……」
やはり熟練者が持つスキルの取得は絶望的か?
正しく戦闘経験を積んできていたならともかく、ほとんど攻撃されていない俺では望みが薄い。
今から動体視力を鍛える、なんてという作戦と同レベルに。
「じゃあ、そういうスキルを持っていなかったら?」
「被弾覚悟で殺りにいく――が、こりゃあ相手次第だろな。小動物くれえの大きさならまだしも、人間相手でしかも防具ナシってんじゃ、一発くらったら戦闘不能になりかねねえ」
「ですよねぇ……」
肉を切らせて骨を断つ戦略は、基本できない。
シュライエンさんのように、アッシュを遙かに上回る体格と体重があれば可能かもしれないが、俺だと攻撃を喰らったら吹っ飛ばされる。
「魔法士クラスみたく場外を背にしようにも、トーナメント戦の開始位置は中央だろ? こっちが移動する前に回り込まれちまう――」
よしんば辿り着いたとしても、空中を蹴って回り込まれかねない。
アッシュならそれくらいやってしまいそうだ。
「それで、対抗策は……?」
「…………ち、ちったぁ自分で考えろやっ!」
考えても思いつかなかったので来たんです、はい。
にしても、シュライエンさんでも思いつかないのか。ちょっと条件が厳しすぎるもんなぁ。
誰かが言っていた。リングの上ではスピード差が一番厄介だ、と。誰だっけ?
「うーむ……」
「想定している相手がいるのかい?」
「あ、はい、いますよ」
「……ライに勝ったのなら、君には頑張ってもらいたいところだけど……付け焼き刃では厳しいかもしれないね。事前に相手の戦闘スタイルを知れているだけましと考えるしかない」
「だねえ。ライなら全方位に攻撃を飛ばしたりできるけどさ――」
「……! 10人くらいいっぺんに倒した……あれもスキルですか?」
「そうだよ。ユニークスキルだったかな?」
「おう。雑魚を一掃するのに重宝するぜ? お、この手の攻撃で対抗するのもアリだわな」
見失ったときに放てば、相手が勝手に被弾してくれる。かもしれない。
何度もは通用しないだろう。躱されたらスキル後の硬直を狙われてしまう。
「……その方向の戦略を考えるべきか」
少なくとも見失ったらとにかく武器を振る。これは徹底すべきだろう。
右を攻撃して左から攻撃されたら俺的に悲劇で、観客的に喜劇だが……。
「そういや、オマエさんレベルいくつくらいなんだ?」
「え……? えー……っと……」
しばらく測ってない気がするけど、変わってないはずだ。
けどこれは言っていいのか?
「しゅ、シュライエンさんは?」
苦し紛れにボールを返す。
「オレは38だ。オレらのパーティーは全員30以上だな」
20レベル相当が中級なら、上級以上か。そりゃそうだ、Sランク冒険者なんだから。
「で、どうなんだ?」
しまったな……。
聞いちゃったからには答えるのが礼儀というものだろう。
「20……くらいです」
能力値は、とボソリと小声で付け加える。
「ん? 能力値はって、どういう意味だい?」
「ちょっ!? 今の聞こえ……!?」
「耳いいんだよ」
自慢げに獣耳を動かす狼系の獣人さん。
隻眼ということも聴覚の底上げをしているのかもしれない。
……ふむ、そういえば。
「能力値にしてはレベルが高いか低いか、か?」
「ああ、まあ……そんな感じですね」
なんとなく困って背後に視線を向ける。
そこにリーンは……いなかった。
あれ? ついてきてたはずなんだけど。
そういえば、シュライエンさんに話しかけてからリーンは一言も喋っていなかった。
「ふぐ……?」
そこで、ほっぺたを押される感覚。
視線がシュライエンさんの方へと戻った。
というか戻された。たぶんリーンに。
魔法で消えてるのか……。
「ん、どうした?」
「い、いえ……なんでも」
シュライエンさんたちにも察知されていないとなると相当だな……。
「それで、レベルはいくつなんだい?」
「ま、まあいいじゃないですか、世の中には知らない方がいいこともありますって」
「そうだろうけどね、隠されると気になるし暴きたくもなる。それが冒険者という人種だよ」
難儀な。
まあいいか。別に知られて困るわけじゃない。
……シュライエンさん的にどうなのかというところが問題なだけで。
「……1、ですよ」
「…………」
沈黙。
「すまない、急に耳が悪くなってしまったようだ。もう一度聞かせてくれないか?」
「だから、1です、れべるいち」
「――オイオイなんだそりゃあっ!? 1とかありえねえだろっ!?」
「ライ、静かに。彼の個人情報だよ」
「お、おお……すまん。いや、しかしなぁ……」
「ちょっとおどろきだよねえ。対人戦闘はレベルがすべてじゃないけどさ、基礎能力に差は出ちゃうもん」
なんか懐かしい話だ。
「しかもオイラたち獣人族とキミたち普人族じゃあ、筋力だと同レベルで1・5倍の差があるでしょ。ライなら普人族のレベル50相当……ふつう、そこまでレベルは上がらないけどねー」
「レベル1とはね。意図的に留まっているのかい?」
「いえ。上げようとしたけど上がらなかっただけです」
「ふむ……呪いで上がらないとか?」
「似たようなもんでしょうねー」
女神の呪い。いやどうだろう、過去の英雄はレベルを上げられたのだろうか?
「んじゃあレベル上げるってのもナシかぁ」
「……普通に上がったとしても1~2日だと厳しいんじゃ?」
「自由都市なんていうのは、割と環境が厳しい場所にあることが多いんだよ。ここも、南の沼地にはけっこう高レベルな魔物が棲んでいてね、狩りまくれば20台なら1つ2つはいけるはずだよ」
「20やら30のときにゃ、けっこうな確率でスキルを覚えっからな。そのへんのレベルだとラッキーだったんだがなぁ」
そのときは養殖してくれるつもりだったのかな。
「レベル上げもダメとなるとお手上げだね」
「だなぁ。ワリィが自分でなんとかしてくれや」
「いえ、そもそも厚かましい質問だったので。あ、それはそうと、ここで何してたんです?」
彼らの背後には壁しかない。
「あぁ、ちっと反省会だ。コイツがここで負けちまってな」
「ちょーっとばかし飛ばしすぎちゃってねー」
たははと笑う虎っぽい人。デューイと同じ人種かな。
「まったくよぉ、いつも前に出すぎてイタイ目あってるっつーのに……」
「ほんと懲りないよね。盾役としては楽だからいいけどさ」
熊っぽい人が肩を竦めた。
「じゃあ、どうもありがとうございました」
「明日は見に行くからよ、いい試合見せてくれやっ!」
「……なるたけがんばります」
シュライエンさんのパーティーと別れた。ところで、リーンが姿を現す。
「どうして隠れてたんだ?」
「その方が面白そうでしたから」
「だよなぁ。だと思ったよ……」
実は緊張しっぱなしだったので、足がまだガクガクしていたりするのだ。
「何か思いつきましたか?」
「……さっぱりだ」
「そうですか」
微妙に信じてやがらない、っぽいな。
「とりあえず、ここでやってるの戦士クラスっぽいからちょっと覗いていきたい」
「わかりました」
奥にある階段を登って、観客席へと向かう。
「お、やってるなー」
舞台の各所で戦いが勃発している。
シュライエンさん包囲網はあったが、ここまで見た限りではやはり1対1で戦うケースが多い。
決着後の隙を狙うことはあっても、タイマンに割り込む者は少ない印象だ。
まあ、今は舞台上のことはいい。
知りたかったのは観客席から飛ぶ声の大きさだ。
「やっぱりけっこう大きいか……トーナメントになったらたぶんもっと盛り上がるだろうし……」
「音で相手の位置を?」
「方向だけでもって思ってるんだけど……」
アッシュがいくら速いといっても、空中を走っているわけではない。見た限りでは。
スキルの助けを借りているとはいえ、ちゃんと地面を蹴って方向を変えている。
いくらアッシュでも音速は超えられない以上――聴力で位置を捉えることは可能なはずだ。
歓声の中で、その音を判別することができたなら。
難しいのはわかる。
例えばサッカー代表戦では、観客の大歓声で選手の声が掻き消されたりする。
予選トーナメントだから盛り上がりは代表戦の方が上だろうが、観客までの距離はサッカーより遙かに近い。
けれど、視力や第六感が通じないなら、残りは聴力しかない。
それに――……もしかしたらその上の可能性もなくはないのだ。




