対Sランク冒険者
闘技の舞台へと続く通路は控え室と同じく薄暗かった。
まるで、15メートルほど先にある明るい出口を強調するかのように。
前の闘士から5メートルほど離れ、熱気と歓声が染み出すそこへ近づいていく。
境を超えると、視界が白く染まった。
明順応の後に現れたのは、万を超える眼球に囲まれた舞台。
これからあそこで戦うのだ。
草食系の俺でさえ昂揚感を覚えてしまうのだから、肉食系にとっては俺を見ろと、俺様の美技に酔えと世界の中心で叫んでもおかしくないだろう。
近づいてくる背後の足音に我を取り戻し、舞台周りに突き立てられた武器の中へと向かう。
ここまで来て奇をてらっても仕方ないので、選んだのはいつも使っている長さの剣だ。一応小刀も腰に差しておく。
6番目なので舞台上はまだガラガラだ。
階段で舞台に上がり、空いている奥の方に陣取った。
番号順に、闘士が舞台へと上がってくる。
スキンヘッドは槍を、シュライエンは大斧を持ってのご登場だ。
太陽の下で見ると、シュライエンの体毛は黄金色。ますますもって百獣の王の化身っぽい。
シュライエンが自分の位置を決めたとき、周囲の闘士の反応は2つに分かれた。
こそこそ離れるか、顔を強ばらせながらもその場に留まるか。
後者はおそらく――シュライエン包囲網の一角だろう。
気づけば、スキンヘッドもシュライエンの近くへ寄っていた。
彼が声をかけたらしき闘士も、気のないふりをしつつ移動し、シュライエンを囲んでいく。
シュライエンは周囲の思惑を察しているのだろう、やれやれといった感じだった。
余裕っぽいので参加しないっぽいが正解っぽい。
おお、落ち着くんだ、俺。緊張は力を半減させる。
まず、俺はスキンヘッドの企みに参加しないことにした。
倒すか、返り討ちか。俺がメンバーにいてもいなくてもおそらくその結果は変わらない。
なら、有象無象と一緒に倒されるより、個人で戦う玉砕を選ぶ。
同じ負けるならその方が恥ずかしくない、俺的に。
『さあさあ、舞踏の時間だぜ、闘士どもぉぉぉっ!!』
そして、カウントダウンが始まった。
数字が小さくなるに従い、舞台上の空気が張り詰めていく。
『――2、1、ゼロっ!! 第5戦開始だコラァァァッ!!』
ワァッという一際まとまった観客の歓声を合図に、高まっていた闘志が解放された。
最初に動いたのはもちろん――。
「いくぞオラァァァァッ!!」
聞き覚えがあるから、その合図の声はスキンヘッドのものだろう。
約定に従いてとばかりに多くの闘士が同時に動く、気配がした。
数瞬後。
ドンッという衝撃と音が舞台上を駆け抜けた。びりびりと肌が震える。
似たような感覚を元の世界で感じたことがある。水上花火だ。
花火との距離が近いため、衝撃波を肌で感じることができる――つまり。
倒れ伏している10人近い闘士たちは、衝撃波によって一網打尽にされたらしい。
らしいというのは、肝心な攻撃の瞬間にそっちを見ていなかったからだ。
シュライエンの強烈な存在感に加え、本人にすら知られているっぽい公然の作戦であったため、不参加の闘士もそれなりにその行方に注目していた。
そう、計画が発動したとき、舞台上のほぼ全ての闘士が直近の相手でなく、シュライエンの方へ目を向けたのだ。
俺はその隙を見逃さなかった。
近くにいた闘士へ突っかかり、ひとりを倒したのだ。うむ。これで目標は達成した。余は満足じゃ。
審判が敗北者のナンバーを告げていく中、シュライエンは大斧を肩に担ぎ、威圧感マックスな仁王立ち。
かかってくるならいつでも来いと言いたげだ。
無論、万全な迎撃体勢の中へ飛び込んでいく闘士は誰もいない。
全員が気圧されて唾を飲む――そんな空白の時間。
チャンスだ。
シュライエンに、闘士だけでなく観客の視線すらも集中している。
この状況を期待していた、わけではないが、やるならここしかない。
俺は彼の攻撃を見ていない。だから、見てしまったヤツと違い、動ける。
ビビっていたとしても。
「うっおおおおおおおおおおーーっ!!」
剣を握り、迷いと恐怖を打ち消すように叫んで、地を蹴った。
まっすぐに、一直線に、シュライエンを目指す。
特攻だ。神風だ。死ねば助かる? ならば絶壁へ向かってアクセルを踏めばいい。
……あ、間違えた。断崖だ断崖。壁に向かって加速したらホントに死ぬ。
そして、この思考の加速っぷり。
ゾーンに入ってる、んだよね? 断じて走馬燈的なモノじゃない、そうだろみんなっ。
「――ほう、来るか」
獣顔がニヤリと笑う。
やばい、でかすぎ、ちびりそうだ。
だが、続行。
勝算があるわけではないが、作戦はある。
100回連続の全力垂直跳びにより、俺は<大跳躍>を習得した。
初級スキルで覚えるのが簡単なのに、意外と効果は高い。
素の垂直跳びが2メートルくらいなのだが、それが3メートルくらいになる。……あれ、微妙?
それでもないよりマシだ。あった方が効果が高い。
何より2メートルじゃシュライエンの顔の高さだから3メートルじゃないと格好がつかない。
「とあっ!」
倒れている闘士たちの手前で身を沈め、<大跳躍>を使用する。
地球ではありえない、月でジャンプしたかのような跳躍力で、シュライエンの頭上に身を躍らせる。
その頂点で、自己ベストっぽい高さで、両手で握った剣を思い切り振りかぶった。
攻撃時、飛ぶのはよくない。隙だらけになる。一般人の体を借りた神様に注意されちゃうレベルだろう。だが――挑発にはなる。
パワーに自信のありそうなヤツが、この捨て身の攻撃を避けて反撃したりするか? もちろん否だ。否、だよな?
「づあああぁぁらああぁぁぁっ!!」
腹パンを祈る誰かさんの如き勢いで武器同士の衝突を願い、重力の助けも借りた全力全開の一撃を繰り出した。
「――フンッ!」
頭上に迫る俺の剣に対し、シュライエンが大斧を振り上げた。よおし狙い通りッ!
次の刹那、2振りの武器が十字の形で激突した。
鼓膜が破れそうな轟音。ヒュンッと何かが頭部を掠めていく。
それは、俺の手から吹き飛ばされた剣だった。
拮抗は一瞬たりともなく、一方的に押し負けたのだ。
「ぐうっ……!」
結果、俺はバンザイの姿勢で着地してしまう。
そこは強大な敵の真ん前だ。
慌てて視線を上げると――ヤツは大斧を振り切った体勢のまま気絶……もとい、睡眠に陥っていた。
パワー勝負ッ! ――に見せかけたスキル勝負ッ!
武器を通して相手の手にわずかでも衝撃を与えられれば――<眠りあれ>が発動する。ミッションコンプリートッ!
「トドメだッ!」
立った状態で眠った以上、放っておいてもいずれ倒れる。が、それでは格好がつくまい。お互いに。
俺は体当たり気味に放った肘をシュライエンの鳩尾にめり込ませてやった。
スキンヘッドたちを一撃で薙ぎ払ったSランク冒険者が、ゆっくりと仰向けに倒れていく。
……3倍以上ありそうな体重差では、押したのと大差ない威力しか伝わらなかったようだ。まあいいか。
審判が寄ってきてシュライエンが動かないことを確認し、彼の敗北を宣言した。
ふっ、相手が悪すぎたな。
「――ってえええぇぇぇっ……!?」
ちょこっと勝利の余韻に浸っていたら、激痛が襲ってきた。
痛すぎて、痺れすぎて、手の感覚がない。と思って視線を下げると、手首が両方ともぽっきりいっていた。ぶらんぶらん……人生初骨折。
ちょちょちょ、これ下手したら粉砕レベルじゃないかっ!?
見た目のヤバさに血の気が引く。
痛みは、痛みは思ったほどじゃない。いや、踊り出しそうなほど痛いけど、気絶するほどじゃあない。
アドレナリンのせいか、身体能力が上がっているせいか。
「ナンバー102……まだ続けるか?」
俺の負傷に気づいた審判が聞いてくる。
「も、もちろん……俺にはまだ足があるので」
手が壊れてるのでファイティングポーズは取れないが、涙目で続行を告げる。
「わかった。だが、無理はしないように」
「ふ、ふふふっ……」
ピョンピョンと跳ねる死体お化けみたいな体勢で振り返る。
隙だらけかつ戦闘不能っぽい有様だが、誰も近づいてきてはいなかった。
警戒しているのかね? ならば遠慮なく回復させてもらおう。
……回復、する、よね?
こっちに来て経験がある怪我はたんこぶと、あとは枝に引っ掻かれた小さな擦り傷・切り傷程度。
それらはちゃんと治ったが、ここまでの重傷は初めてだ。
などと思っている傍から痛みが消失した。
「お、おおお……もう治ってる。<自動回帰>すげえなっ」
ぐっ、ぐっ、と何度か拳を握ってみるが違和感もない。
俺は足下に転がるシュライエンが使っていた大斧を持ち上げた。




