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睡眠男子の異世界行脚 ~眠りあれ~  作者: えいてぃ
第1部 新たな英雄
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無双


「ちょっ……!?」


 開始とほぼ同時、1人の闘士が場外に吹っ飛んで敗北した。


 やったのは、アッシュだ。

 当たり前だが俺は彼に注目していたので、それがわかった。わかった、だけだ。

 彼が開始位置と違う場所に移動していたから。


 不意を突かれたせいもある、ただそれでも俺の目では彼の動きを追えなかった。

 そう、剣閃はおろか体のこなしすら見えなかったのだ。対戦相手の心情もまさにそんな感じだろう。


 舞台上の幾人かも呆気にとられて棒立ちになっている。おいおいそこは戦場だぞ?


 アッシュは戦いの場で気を抜く雑魚の隙を見逃すほど甘い男ではなかった。

 ゆったり体を沈み込ませたかと思うと、一気に加速。

 気づけば、ポカンと口を開けた闘士の懐に飛び込んでいる。


「……――はっやっ!?」


 鋭く奔った剣が男の腕に衝突。

 結果は骨折。男の腕が垂れ下がり、武器は舞台へ落下した。

 アッシュの追撃の構えに、男は慌てたように降参の声を上げる。


 ……ああ、やっぱりいい男だ。

 まだちょっとだけしか見ていないが、アッシュの実力なら男が降参する前にトドメを刺せたはず――。


 降参を認識したアッシュは次へと向かう。

 上から見ていても見失うくらいの速さで。


「……あれは、身体能力? それともスキルか?」

「<縮地>と<疾駆>の連用だと思います」

「お、おほおうー……」


 先日見た本には載ってなかったのでレアスキルの類だろうか。

 初動から最高速に達し、速度を落とさず旋回する。正直、欲しいし使いたい。


「あれがアッシュの自信の源か……」


 あの動きなら、まず攻撃は喰らわない。攻撃の当たらぬ男に不安はないのだ。


 加えて、アッシュは見た目よりも遙かにパワーがあるようだ。

 巨躯の闘士と大剣に正面からぶつかって、力負けしない。

 ならば、もはや結果は見えている。


 燕が見えそうな鋭さで翻った剣が相手の手首をへし折る。

 残った手から大剣を場外まで弾き飛ばし、降参を引き出して終了だ。


 次の相手も、腕をへし折り一撃で片付けた。


 アッシュは利き手狙いのようだ。

 それで勝負を決めている。勝負が決まっている。それがやばい。

 腕を折られようと武器を弾かれようと、戦おうと思えば戦える。

 一部を除き、舞台にいるのは、それくらいの気概はありそうな連中だ。

 なのに、戦意喪失に追い込んでいる。

 相当な実力差を相手に感じさせないと、そうはならないだろう。


 さらに1人がアッシュのアームブレイクの餌食になった。

 まさに無双状態。真剣なら一撃で3人くらい斬殺しそうだ。


 いや……考えてみると、それもあり得る。

 英雄は日本人でチート能力を携え異世界へやってきた。彼の部屋には漫画が多数。


 架空の剣技を再現していたとしても、まったく不思議じゃない。

 そして、その剣技を英雄の末裔であるアッシュが継いでいたとしても。


 アッシュは開始から1分足らずで、すでに5人倒している。

 このままの調子で最後までいくのか?


 と思えば、アッシュの動きが止まった。


「相手がいなくなったようじゃな」


 他の闘士も手近な相手と戦い始めていた。

 実力上位の闘士は戦いつつもアッシュのことを警戒している感じだが……アッシュが戦いに割り込む気配はない。


「これまでも目が合ったフリーの闘士に挑んでいますからね」


 アッシュ以外のところで起きている9組の戦闘が終わらないという妙な膠着状態。

 だが、故意に戦いを長引かせているのはせいぜい半分だ。

 残りは実力が拮抗し、そんな余裕などなさそうだった。


 その中の1組の決着がつく。

 勝った闘士は大きく息を吐き、次の相手を探す。その視線がアッシュのそれと交わる。南無。


 残っている闘士が結束すれば、まだ勝機はあったかもしれない。

 だが、1対多数の状況が生まれることはついぞなく、アッシュの各個撃破が続き、第3戦は終了したのだった。


「……ありゃあかんわ」


 歓声が轟く中、俺は溜息。


 自慢ではないが、目の前であの速さを出されたら一瞬で見失う自信がある。攻撃も無防備に喰らうだろう。

 骨折くらいなら<自動回帰>で速やかに戦線復帰できるかもだが、そうして戦闘が継続できても、気絶か場外を狙われたらお終いだ。防げる気がしない。


 何より大きな問題は、気絶すれば<絶対睡眠>がたぶん発動することだ。

 舞台上の<絶対睡眠>は、まずい。数分ならともかく数時間とか気絶したままだと邪魔すぎる……。 


 まあ取らぬ狸の何とやら。

 アッシュ級の闘士がいたら、バトルロイヤルで敗退決定だ。


「アカシ様、そろそろ――」

「ああ……行ってくる」

「期待しておるぞっ」

「……何をだ」


 負けるとこをか。


「どうしたよ、緊張してんのか?」

「いや、してるのは絶望だ……」

「ハハ、心配すんなって。あんなバケモン級、そうそういやしねえよ」

「そうね。優勝しても不思議じゃないと思うくらいだもの」


 そそ、そうだよな。勝ち残ったら当たるわけだから慰めにはならんけど。


「1人くらいは、倒してくる……!」


 * * *


 参加賞……ならぬ参加証のナンバープレートを手に、参加受付へとやってきた。


「5戦目の方の待機場所は第1控え室になります。中に係員がいますので、その指示に従って下さい」

「……了解です」


 控え室は東西南北で4つ。第1なので受付から近い場所にあった。


 入り口は開きっぱなしなので、まずはチラリと中を覗いてみる。

 すでに10人くらいが集まっていた。


 微妙に薄暗いせいか、闘士たちの周囲にオーラっぽいモノが見えた。ムキムキの肉体から立ち上る水蒸気かもしれないが。


「おら、さっさとはいんな」

「……あ、すいません」


 後ろからの声に押されて、中へ入る。


 控え室はけっこう静かだった。

 闘士同士の会話がないという意味でも、外の歓声が小さくしか聞こえないという意味でも。


 入り口脇に待機していた係員にプレートの提示を求められ、チェックが終わると背丈に合った闘士の服を渡された。


「着替えを済ませ、待機していて下さい。闘技開始予定時刻の15分前までは出入り自由です。その後の退室は棄権扱いとなりますのでご注意下さい」


 頷き、空いている木製ロッカーのところで着替えを始める。


 用意された服はいくらかの赤いラインが入っているくらいで簡素なデザインだった。

 体格差や動きやすさに配慮されているのか、ゆったりとしている。


 そういえば、女性の参加者も多くないながら存在する。この状況で着替えるのだろうか。

 と思っていたら部屋の一角に衝立があって、着替えを終えた女性の闘士が現れた。


 眼光鋭く、髪はベリーショート。身長は俺より高い。自分の体が貧相に思えてくるくらいに鍛えられていて、まさに女戦士といった感じだ。

 女性ですらそれだからして、男と比ぶれば俺の肉体などモスキート級にすぎない。


 ……くそう。俺の場違い感がすごいな。


「うーむ……」


 3戦目の決着が早かったため、まだ時間に余裕はある。

 出歩く気もしないけど、これから戦う人たちと同じ部屋というのも気詰まりではあった。


「……おい、坊主」


 唸っていると肩を叩かれたので、振り返る。

 胸筋が見えた。顔を上げるとスキンヘッドが見えた。


「……は、はい?」


 俺もしかして、絡まれてる?


「……坊主、あいつのこと知ってるか?」


 よくある感じで馬鹿にされるのかと思ったが、違ったらしい。

 スキンヘッドは俺の倍くらいありそうな顔を近づけ、小声で話しかけてきた。


「あいつ……?」


 男の親指が向いた先にいたのは、物凄く雰囲気がある獣人だった。


 ワンサイズ小さいシャツを着ているわけでもなさそうなのに、半袖がはち切れんばかりに膨らみ、露わになっている前腕は剛毛に覆われている。

 ぶっとい髪は鬣のように広が……いや、そのものか? 顔は見えないけどどうも獅子の獣人っぽい。


「い、いえ……知らないですけど、誰ですかね?」

「Sランク冒険者のシュライエン・ヴォーグだ」


 Sランク……だと?


「火竜を一撃で仕留めたとか、A級手配の盗賊団をまとめてミンチにしたとか、やべえ逸話にゃことかかねえ。はっきりいって、バケモンだ」

「へ、へえ……」


 デューイくん、話が違うゾ?


「つーわけで……わかんだろ?」

「……開始と同時に、一斉に襲っちゃおうと?」

「まともにやっちゃ話になんねえ。何人かに声かけてるんだ。坊主も一口乗れよ」

「か……考えて、おきます」


 卑怯、とは言うまい。

 これはバトルロイヤル。そういうのもアリだ。


 だが、だがしかし!

 俺はこの手の一斉に襲おうぜ作戦が成功したところを未だかつて見たことがない!

 せーの、で襲いかかったはいいが、まとめて場外へふっ飛ばされ、お星様になるのがお約束なのだ。


 協力する。協力しない。どちらも死を予感させる選択肢。どうやら俺の命運は尽きた。

 くじ運悪いなぁ、もう。いや、悪いのは登録順。リーンのせいだな。


 なんて言ってても始まらない。

 まだ時間はある、何か作戦を考えよう。

 シュライエンはパワーファイターっぽいから、幸いにも相性は悪くない。


 ただ……パワータイプ・スピードタイプというのは攻撃自体ではなく、戦闘法による分類だ。

 あんなぶっとい腕で武器を振ったら、そりゃあもう速いに違いない。リーチもある。

 完全な死角からの不意打ちでないと、相打ちを取るのすら困難だろう。

 <眠りあれ>の効果を知られてしまえば、なおさらだ。

 

 なら俺が最初に攻撃するのはシュライエンであるべきだが、そうするとなるとスキンヘッドの企みに乗るか乗らないかの選択がある。


 ホントどうしよう……。

 強いヤツがいるなんて知らない方がよかったな……。


 * * *


 第4戦が終わったという報せが入る。いよいよだ。

 ……まあ、まだ開始まで15分くらいはあるのだが。


 控え室内へ視線を巡らせる。

 他人をあてにしたフルボッコ作戦を立てちゃうスキンヘッドもいたりするが、彼も含めて真剣そのもの。

 金貨3枚、1年食ってけそうな金額を払って物見遊山でもないだろう。


 5分前になると、係員によるボディーチェックが始まった。

 それが終わると、プレートと同じナンバーのゼッケンが背中に貼りつけられ、ナンバー順に待機させられる。

 5戦目は97~120なので、俺は前から6番目だった。


「……時間です。先頭から順に入場して下さい」


 先頭が動き出す。


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