GTE
数日後に騎士団の調査は一段落したものの、聴講者は増加傾向だった。
1週間が立つ頃には、部屋一杯――50人くらいが集まってくれている。
あと変化といえば、エイヴと役割が入れ替わったことだろうか。
そう、今の俺はアシスタントなのだ……エイヴの。
1000年ぶりに封印から解き放たれた悪魔王は、外的刺激に敏感というか、どうも色々なことにノリノリな気がある。
しかも悪魔王としてのカリスマ性に1000という精神年齢とその間に積み重ねた知識のおかげで、俺より講師にふさわしい立ち振る舞いが可能。
封印の中から世界を眺めていたために、世界事情にも通じている。
施政に関われない悪魔であっても、こっちの世界の住人だし、そういう意味で角は立たない。
そうなると、もう交代するしかなかった。
そして、交代時。
エイヴは黒板にでかでかと自分の名前を書いて、名乗った。
グレート・ティーチャー・エイヴ、GTEと。
それがやりたかっただけ――俺もやっておけばよかったとは決して思ってない――のような気がしなくもないが、講義自体はちゃんと行われている。
「今ならば人権思想を受け入れる国の方が多いじゃろう。じゃが、今を逃せば世界は排斥と差別の波に飲み込まれていくであろうっ」
エイヴが講師に向いているというか、講師にふさわしい理由を追加しておく。
語りかけるエイヴの隣――黒板をスクリーンにして、とある映像が流れている。
1000年前の、天使支配の時代の映像だ。
その時代の身分階級は、天使の美的感覚により決定されていた。
天使の感覚において美しいとされた種族は天使の眷属として、支配階級に配された。
ではその逆――天使の感覚において、醜いとされた種族は?
よくて奴隷。悪ければ世界から抹消された。
黒板に流されているのは、その奴隷階級の映像だ。
人権の欠片もなく虐げられ、痩せこけた労働奴隷たち。
その多くは、天使が尊ぶ白と反対の色――黒や茶系統の体毛を持つ獣人族や巨体と角を持つ鬼人族だった。
吐き気がしてくる映像だが、リーンやエイヴによるとこんなものはただ働かされているだけ、という程度の生温い代物なのだとか。
空中庭園などで行われていた拷問や虐待は、それこそ見たら後悔して心が弱ければ人格に影響が出るレベルらしい。
それどんな黒の書だよ。天使の記録だから白の書だけど。
まあなにはともあれ。
聴講者には内容の真偽などわからないものの、現代には存在しない魔具でもって流されている近未来的映像は、エイヴの言葉に強烈な説得力を与えていた。
「俺の役目は終わったな……」
どこかで聞いたようなセリフを本心から口にする。
「そうですね。踏み込みすぎな気もしますが……まあ大事ないでしょう」
静かに去るのが男の美学。老兵は死なずただ去るのみ。
ということで、講義をエイヴに任せて退室する。
* * *
「さてと……暇になったなこれは」
「では乗り込みましょうか?」
「……ん? 乗り込む?」
「聖女襲撃の犯人のところへ、です」
「……見つかったのか?」
「ええ。相手方にとって、この人権講義は想定外だったのでしょう」
捜査に紛れていたものの、慌ただしさを隠し切れていなかったらしい。
ちなみに、リーンが動いたのは俺の安全確保のためだそうだ。
危険人物がいないかどうか、神殿の内情を調べていたとき、偶然にも聖女襲撃を計画した犯人が見つかったとかなんとか。
偶然。いい人と同じレベルに都合のいい言葉だな。
「聖女襲撃を指示したのは司祭の中の3人。主導した者の出身はアロガント公国。話を聞いた限りでは、公国上層部との癒着があるようですね」
獣人に対する迫害・差別がすでに国是として始まっているという、パメラさんたちがいた国だ。
「となると……今回はアロガント公国のお偉いさんが依頼したわけか」
「そこまでは調べていませんが、そうなのでしょうね」
「あ、そういえば……神殿のシステムで、癒着って成立するわけ?」
「しますよ。『富める者にも貧しき者にも、等しく救いの手を』――神殿は基本的に貧者への援助を優先していますが、富める者に援助をすることを止められているわけではありませんから」
「言われてみれば、そうだな……」
「等しく、と謳っている以上――貧しき者へ使った額までは、富める者に援助してもよいことになります」
「う、うーむ……」
「救いの手を――これは救いを求める手を取ることを意味します。救いを求める手の持ち主が富める者であったとしても、神殿は無下にはできません」
お、おおお。
「王や貴族が金銭的に困ってはいない、とも言い切れませんしね」
「まあ、な」
日本は世界的に見て豊かな国だと思うが、借金は多い。一般会計も赤字だ。
日本の事情とは違うかもしれないが、そういう体裁があれば、国や貴族を貧しき者の範疇にすることもできる。汚い、政治家汚い、大人汚いっ。
「そんなふうに神殿のシステムを誤魔化しておいて、援助を行うわけです。便宜を図った者は、もちろん有形無形の対価を得ているでしょう」
キャッシュバックってヤツだな……いや違うか。まあ似たようなものだろう。
「けっこう根が深い問題だな……」
背任的だが適法に近い。グレーゾーンとでもいうべきか。
だからこそ、どこの神殿でも、その手の事案が存在して不思議ではない。
「そこまでどうこうする気は、今のところないけどさ」
下手に動けば、国が神殿を排斥するような事態にならないとも限らない。
不正献金的な行為で作られた統治者とのパイプでも、有効に使われているかもしれないし。
「同感ですね。時間がかかりすぎる上に不正をなくすことは不可能です」
「古今東西、そんな社会が実現したって話は聞かないな」
リーンが人差し指を立てた。
「天界に不正はありませんよ。不正して何かを得ようとするような欲望は、すでに失われていますから――」
欲望がある限り、不正も犯罪もなくならないわけだ。
それが実現してしまった天界の天使社会は、なるほど枯れ果てているのだろう。
「人権思想が広まって、セリアさんの安全が確保されれば十分だ」
そのためにどう動くか。
さしあたっては、聖女襲撃の指示をした者たちの処遇。
どうするべきか。
告発するなら、その証拠は、もしかするとリーンが確保してくれるかもしれない。
しかし、彼らの背後にいる者にダメージは通らないだろう。
いや、それは考えなくてもいいか。
聖女の思想が邪魔――そんな理由でアロガント公国の誰かが動いたのだとしたら。
どうしたところでダメージは与えられない。この世界に、国を罰するシステムがないからだ。
「賊とか、いるか知らないけど暗殺者的な奴に殺人を依頼した場合、この世界の罪はどんなもん?」
「死罪に近いでしょう。裁かれれば、の話ですが」
そういう依頼は契約書なんか残さないだろうから、証拠が少ない。
今回などのように、実行犯の証言が得られないこともあるだろう。
国の諜報組織が動いていた場合など、事件自体が闇に葬られて終わりそうだ。
「……決めた」
「どのように動きますか?」
「騎士団に丸投げするっ!」
「さすがはアカシ様です」
容疑者といっても、表向きは善良な司祭なはずだ。
外部の人間が疑いをかけてどうこうするのは難しいし、こっちの立場が危うくなるかもしれない。
「証拠を提供できれば一番だけど、最悪名前だけ告げ口すればいい」
容疑が決定的にならなくとも、騎士団がマークしてくれていれば『次』はそうそう起こらないはず。
「確たる証拠を提供しましょう。人権講義を始めたアカシ様に危害を加えようとする可能性がありますので、十分に範疇です」
「滅びに手が届くのか。なら頼む」
矛先を向けられるのは心穏やかではいられないが、リーンとエイヴがいるからきっとどうとでもなる。
それに、人権講義の当面の目標は、人権思想を教えられる講師の育成だ。
個人を狙う行為はすぐに意味を成さなくなる、はずだ。
というわけで。
リーンの魔法で録音された容疑者たちの会話が騎士団に提供された。
その3日後くらいから、容疑者3人の姿がなくなったらしいので何かしら捜査に進展はあったのだろう。




