講義のお時間
「――何人くらい集まった?」
受付をしているリーンに聞く。
「彼女を含めて21人ですね」
「お、おおお、多いな……初回はとりあえず5~6人来てくれればと思ってたんだけど」
朝食の後、セリアさんに聴講者を集めてほしいと頼んだのだが――まさかそこまで集めてくれるとは。
「今日は事件捜査のために手空きの人が多く出ているようです。彼女の人望もあるでしょうが」
「そっか……」
「さて、時間ですね」
「だなー……く、緊張するわ……」
5人ならともかく20人。
一般高校生な俺はちょっと気後れしてしまうところだ。
例えるなら役割が班長からクラス委員長になった的な……あれ、そう考えると大したことない、のか?
何はともあれ自分で決めたことなので逃げるわけにはいかない。
ひとつ深呼吸をして、普段は市民に文字などを教えるために使用されている部屋に入室する。
講師として。
* * *
「どうも皆さま初めまして。東方にて人権法を学んだアカシと言います」
教壇に立ち、集まってくれた20人に自己紹介。
デタラメといえばデタラメな経歴だが、まるきり嘘というわけでもない。
だって俺は日本という東方の国にて、人権法も学んだのだからしてっ。
ごほん。ちなみにブレザーも着ているのでちょっと学資っぽい雰囲気になっている、ことを期待する。
「――これより、第1回人権講義を始めます」
パチパチパチと最後尾からサクラ――リーンとエイヴが手を叩く。
おかげで20名の方々も小さく疎らではあれど拍手をくれた。
「まずここにいる皆さんは、聖女様が提案された教義に少なからず共感を得ている方々だと思うのですが、いかがでしょうか?」
聴講者は男女半々、年齢層は主に40~50歳。
巫女らしき数人の若い女性と共に、普段聖女の周囲にいる人たちだろう。
彼らからは頷きが返ってきて、否定の言葉は聞こえなかった。
聖女が最前列に座っているせいもあるかもしれないが、少なくともここに人権思想を煙たがる人はいないようだ。
特に逆風もなく、話を聞いてもらえそう。
まあ、話を聞きに来ているはずだから当たり前っちゃ当たり前だけど。
さて、太陽神殿は人々にとって大きい存在だ。
神との対話という奇跡――揺れることのない絶対的な支柱を有しているために。
その点において、地球にあった宗教とは一線を画している。
そのため神殿は政治への干渉を制限されているものの、支持は厚く、影響力も大きい。
世界に人権思想を広めるなら、セリアさんが考えるように太陽神殿の教義としてもらうのが近道だ。
仮に教義にならなくても、こういう思想がありますよと人々に語ってくれればと思う。
というように人権思想の布教がこの講義を開いた理由だが、大きな理由がもうひとつ。
セリアさんの安全だ。
聖女という立場が象徴になるとはいえ、セリアさんひとりが人権を訴えているからこそ危険なのだ。
人権思想を主張する人が増えれば増えるほど、危険度は分散する。
赤信号もみんなで渡れば怖くないのと同じだ。
ちなみに、地球に生まれた人権思想が絶対的に正しいとは思わない。
それでも、人には等しく基本的人権及び睡眠権が保証されるべきだと、俺は胸を張って言うことができる。
ならば人にそれを伝えることに躊躇いはない。
さて、肝心の講義内容だが――俺が思うに、細かい条文などはどうでもいい。
何故、人がそういう権利を持ち得ているのか。
誰がその権利を保障するのか。
このあたりが最重要だ。
……寝てばかりいて覚えてないわけではない。決して。
英雄の部屋にはそのあたりのテキストもあったしっ。
「人の持つ権利というのはどういうものなのか。平等に権利を持っているとはどういう状態なのか。このあたりを説明したいと思います。アシスタントして……エイヴ、頼む」
「うむ、任せるがよいっ」
エイヴは立ち上がると、こっちに歩いて――は来なかった。
前にいる聴講者をまとめて飛び越し、前方一回転に捻りを加えて着地。
という、無駄に派手な動きで隣にやってきた。
ちなみに腕を組み胸を張って威厳を誇示しているが、本人の希望量は満たしていないっぽい。
咳払いひとつしてから、講義を再開する。
「ここ、私とエイヴがいる教壇は無人島である、と仮定して下さい」
「この無人島に住んでいるのは妾とアカシの2人だけというわけじゃな。人が住んでいるから無人島ではなくなったがな、はっはっは」
小学生理論かっ。まあ気にしない。
「島からの脱出する方法はなく、島で暮らしていくしかありません。そのために必要なことはなんでしょうか?」
「ふむ、なんじゃろうな……妾はさして困らんが……」
そらそうよ。エイヴは何でもできるだろうし、翼を出していれば食事すら必要ない体なのだから。
とりあえずエイヴの発言は放っておくとして。
「一般人なら食糧や寝床の確保を考えるでしょう。もちろんそれらが最優先です。では、それらが安定して確保できたとして――次に何が必要でしょうか?」
無人島がわかりづらいなら、ルームシェアなんかを思い浮かべるといいはずだ。
「それは規則――約束事です」
2人だけの社会ならば、2人が決めた取り決めはそのまま法となる。
例えば財産権だ。
俺のモノは俺のモノ、お前のモノも俺のモノ……は、もちろんだめだ。
俺のモノは俺のモノ、お前のモノはお前のモノ。
俺はお前のモノを盗まない、だからお前も俺のモノを盗まないでくれ。
こういった約束をすれば、2人にそれぞれ財産権が発生する。
生命権もそうだ。
俺はお前を殺さない、傷つけない。
だから――という約束を互いにすれば、それぞれが権利を得ることになる。
許せないのは、人が生まれながらに人権を持っているという主張だ。
冗談ではない。権利を得るにはすべからく義務が必要だ。
俺の睡眠を妨げる奴に睡眠権は保証されないのだ。わかるな?
「では、これらの約束は島にいるのが2人だから必要なのでしょうか?」
「そんなわけないじゃろう」
「そう、島にいるのがこの部屋にいる24人でも、この街の住人全てでも、それが国民全てでも、秩序を維持するために約束事は必要です」
「うむ、その通りじゃ」
「ここまで話してきましたが、人権は新しい概念というわけではありません。現在も掟や約束、暗黙の了解といった形ですでに存在しているものです」
「皆がそれを守っておるから、社会が成り立っておるわけじゃからな」
「天使の支配を教訓に、人々は自然と人権を遵守してきました。ですが、天魔戦争より1000年――人権が徐々に脅かされてきています」
「ぴんと来ない者もおるやもしれんが――そこな聖女が語っておるように、普人族以外の人権が危ういようじゃ」
エイヴの声を横に聞きながら、聴講者の反応や表情を注意深く確かめる。
セリアさんと外見で普人族ではないと判断できる4人を筆頭にして、肯定の頷きが多く見て取れた。
ここにいるのはセリアさんに好意的な人が多いはず。
だからここで賛同を得られたからといって、神殿全体の賛意が得られるとは限らない。
もしかしたら、少数派なのかもしれないのだ。
それでも、世界の進む先を憂慮している人がいるのがわかったのは喜ばしいことだ。
そして、きっとまだ間に合う。




