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睡眠男子の異世界行脚 ~眠りあれ~  作者: えいてぃ
第1部 新たな英雄
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聖女の提案


 聖女をハイリンゲンの神殿に送り届けた後、神官たちに請われて神殿に滞在することになった。


 軟禁とは言わないものの、そういった思惑が少しはある――ような気がする。

 対応してくれた神官の好意は純粋なものに見えたので、考えすぎかもしれないが。


 聖女がいることからもわかるように、ハイリンゲンの神殿は全国の神殿組織の中枢にあたる。

 規模も、名所になるほどに大きい。

 政治に関わってはいないものの、ハインリヒ白王国の白は神殿から来ているらしく、国への影響力はそれなりに有していそうだ。


「――おそらく、今回の件は警告だったのでしょう」

「警告?」

「攻撃に使われた弩は、馬車の防御を貫けるほどではありませんでしたから」


 セリアさんが乗っていた馬車が無傷だったのは、魔法的な防御によるものらしい。


 セリアさんが襲撃に気づいたのは一斉射撃の後、馬車が停止したときのようだ。

 寝ていた、らしいので。彼女とは気が合うかもしれない。


 警告というのは、そのままの意味だ。

 護衛が全滅したとしても、<聖別の炎>一発でケリがつくあの状況。

 セリアさんがあの状況を切り抜ける確率が高かった以上、脅迫状程度の効果だろう、というわけだ。

 死んでも構わない、という考えもあったに違いないが。


 ちなみに、<聖別の炎>は罪を裁くスキルなのだとか。


 スキルを使用した者の周囲10メートルほどが効果範囲。

 対象者の選別はできず、効果範囲内にいる生物全てにその効果を示す。


 スキルの効果は、一定以上の罪を犯した者を白炎で灼き尽くす、だ。


 日本でいうところの死刑・無期懲役判決が出るあたりの罪状が焼かれる基準らしい。


 だが、ここは日本じゃない。

 この世界で、そもそも罪とはなんだろうか。


 立場が違えば罪の基準も異なる。

 正当防衛は? 相手が犯罪者なら? 戦争はどうなる?

 なんというか……そういう定義があやふやで、正直気持ちが悪いスキルだと思う。


「――これから、どうしますか?」

「うーむ……」


 警告だったとしたら、次があるかもしれない。


 今回は使われた敵が犯罪者だったから、セリアさんは無事だった。

 しかし、次からはわからない。

 例えば毒が使われたら、彼女は防げないだろう。


 そして、今回の警告がセリアさんの――というか、聖女の安全にある程度の配慮がなされていたとしたら。


 神殿関係者の犯行ということになる。


「こういった問題にはあんまり関わりたくないんだけどなー……」


 知り合ってしまった以上は、ある程度は仕方がないかもしれない。


 日本では起こりえなかったが――こちらで死はそこそこに日常だ。

 今日話していた人が、翌日になって死んでいる。そんなことが当然のように起こりえる世界。


 例えば、この問題を放置してセリアさんが死んだとしよう。


 確実に後悔する自信がある。

 あのときに動いていれば、止められたかもしれないと絶対に思う。


 そんなことになったら寝覚めが悪い。夢見が悪い。

 睡眠厨の俺は、悪夢もある程度は好むが、現実をなぞった悪夢は絶対にごめんだ。


「俺で解決可能なら、解決する」

「わかりました」

「問題にならない範囲でなら妾も手伝うぞ?」

「それって、どんなもん?」

「一般冒険者で代替可能なレベルの協力……といったところですね」

「わかった、覚えとくよ」


 といっても、一般レベルの冒険者をよく知らないんだよな、実は。

 俺のステータスが中級冒険者くらいだから、能力値では俺相当。でも魔法がさっぱりというのが困りものだ。


 ま、どう動くにしても夕食まではここで待機してなくちゃいけないわけだが。


 * * *


 夕食ではセリアさんの他、数人の神官と食卓を囲んだ。

 特におかしな空気になることもなく、素直に感謝と労いの言葉をもらった。

 ――死者が出ているので空気が軽いとは言えなかったが。


 神官やお付きの人の様子を窺うも、不審な点は見られず。

 まあ、犯人がいたとしてもそう簡単にボロは出さないだろう。

 本気で殺そうとしていたなら、それなりの態度が見られたかもしれないが。


 捜査に関しては、白王国の騎士団が動き出しているようだ。

 お飾りっぽいとはいえ、聖女が狙われたのだから当然かもしれない。


 出番なしかなと思うが、騎士団では解決できなさそうな気もした。

 聖女の重要性がわかっているなら、騎士団が出てくることくらい予想していて然るべきだからだ。


 夜になり、今日泊まることになった部屋にセリアさんが訪ねてきてくれた。


「軟禁のような形になってしまって申し訳ないねー」

「いや、まあそれはいいんですけど……ちょっと聞いていいですか?」

「ん、答えられることならね」


「狙われる心当たり、ってヤツです」


「ああそれね……考えてみたんだけど、とりあえずひとつ思いついたわ」

「差し支えなければ――……」

「わたしさ、何ヶ月か前にひとつ、教義の提案をしたのよ」


「教義……?」

「そ。神殿って、宗教と互助組織の中間みたいな組織でねー――」


 神殿の活動内容は、太陽神への信仰とその流布、慈善事業やスキルの託宣。などなど。


 現代人の俺からすると、寄付を受ける系統の組織は金の流れが不透明というか一部が私腹を肥やしていそうというか、そんなイメージがあるのだが――。

 神殿は世界に広がっている巨大組織でありながら、不正が少ないらしい。


 神殿にはスキルやら運気やら、そういったものを託宣で知らせる装置があるが、それに使用権というものがあるのだそうだ。


 その装置を使用するために、神殿は公正かつ中立であることを求められる。無論、装置自体の悪用や不正も禁止だ。

 それが破られたとき、その神殿の装置は使用停止になってしまうのだという。


 なかなかわかりやすい枷だ。

 日本にもそういった不正防止のための装置があればいいのに。

 税金を不正に流用したらBAN的な。


 まあとにかく。

 そういう枷があることもあって、神殿はクリーンな環境として存続しているというわけだ。


 少なくとも表向きは。


「小難しい言い回しがあったりするけど、要はその辺りの規則を文章化したのが教義になっているの」


 太陽神を崇め、祈りを捧げましょう。

 富める者にも貧しき者にも、等しく救いの手を。


 主体となっているのは、こんな感じだそうだ。


「でもわたしとしては、ちょーっとばかし『富める者と貧しき者』の定義が物足りなくてさ」

「というと……?」

「『者』が普人族だけを指すような風潮になってきてるとこがあってね」

「ああ……」


 やっぱり世界はそういう流れなのだろうか。


「だから、『人類は皆平等な権利を有する』っていう教義を追加したらどうかなって提案したわけ」


 あれ、それどこかで聞いた気がする。


「その思想をどこで?」


 そう訊ねたのはリーンだった。


「フリューゲルよ! 人類皆平等――この言葉を知ったとき、わたし感銘を受けたのっ」


 セリアさんは手を組んで、祈るように天を見上げる。


「ああそれこそまさに、人類のあるべき姿だ、って」

「それは……その……カジノで、ですか?」


 思い出したので、思わず問うてしまう。


「…………」

「…………」


 沈黙。


「い、いいじゃないっ! 優れた理念に貴賤は関係ないでしょっ! ねっ!?」

「……まったくその通りです、はい」


 いや、本当に。


「その人類の定義は、普人族以外も全てと考えていいかのぅ?」

「もちろん。意志があり、対話ができる――社会を形成している全ての人族よ」


 素晴らしい。掛け値無しに素晴らしい。

 だからこそ気に入らない人もいる、のかもしれないな。


 * * *


 俺たちシエスタの3人は同じ部屋で寝ている。

 節約という意味もなくはないが、主な理由は護衛。


 今回、神殿側は男女で別々の部屋を用意すると言ってくれたが、3人分のベッドがある部屋にしてもらった。


 若い男女が同じ部屋過ごしているわけだが――問題は起こらないし、今後も起こりえない。

 そう断言してしまえるのが草食系の草食系たる所以だろう。


「――エイヴ、この世界に人権って概念はあるのかな?」


 俺は右隣のベッドにいるエイヴの方へ体を向けながら聞いた。


「む、人権か。妾は知っておるが……世間一般には存在せんのう」

「ああ、やっぱり……」


 ちなみに左隣のベッドにいるリーンは、英雄の部屋にあった小説を読んでいる。

 割と夢中なので放置していることが多い。

 ちょっと寂しい気もするものの、質問攻めが減ったメリットの方が大きいのでよしとしている。


「そうじゃなぁ……人が持つ権利というと、王族や貴族などが有す特権のことを指しておるのではなかろうか」

「ふむふむ……」


 地球において、人権という考え方はそれなりに古いが、世界に広がったのは割と最近のこと。

 例えば世界人権宣言は戦後のこと……だったように思う。

 ある意味で当然かもしれない、それまで世界には植民地が溢れていたわけだから。


「あとはせいぜい、ある程度の財産権くらいかの」

「さすがに自分のものは自分のものだって言えないと、社会は成り立たないわなー」

「それでも国王や領主といった権力の力は強い。強くなってきた、と表現した方が正確かもしれんが……」

「統治が支配になってきてるってことか」

「そんなところじゃ。国や領地を治める立場を当然のモノとして使い始めておるよってな」

「そういう意味で、やはり1000年前の状況に近づいてはいますね」


 と、背中からリーンの声。


「聞いてたんかいっ」

「聞こえていますよ、同じ部屋にいるのですから」


 そりゃそうだ。


「まあいいや。そのスピードはどんなもん?」

「1000年前、支配を受けていた悪魔側が自由と権利を求めて立ち上がったところまで至るのに――私見ですが、あと100年ほどでしょうか」

「100年……」

「ただし、現在の世界は当時の世界とは国の形態が大きく異なります」

「そうじゃのう。1000年前は、国というくくりではひとつしかなかった」

「天使の……?」

「うむ」


 ある意味ですごいな。

 地球でひとつの国が世界を支配した歴史はないはずだ。

 仮に強力な国家があったとしても、洋の東西で支配国家が分かれることが想像できる。

 国の中枢から離れるほどに支配は及びにくくなるものだからだ。


 距離的な困難を乗り越え、地球を武力統一するには、もうSF的な要素が必要だろう。

 未来的な兵器を持つとか、500年前の地球に米国がいると仮定するとか。

 支配側が圧倒的な戦力や技術力を行使できる状況でないと世界統一なんて不可能だ。


 逆に言うなら、それを成した天使とそれと同等の悪魔は、それほどに強大な存在だということになる。

 ここが中世の世界だとすると、天使や悪魔は各種ミサイル満載の原子力潜水艦や戦闘機たっぷり空母クラスの戦略級兵器なわけだ。

 もしくは世界を43の地区に分けてたナメクジ大魔王クラス――。


「現在の国数はこの中央大陸だけで10を数えます。そして、各国の状況は様々です。10年で乱に至る国もあれば、平和を100年維持する国もあるでしょう」


 フルーク王国やこの国なんかは後者っぽいし、パメラさんがいた国は前者だろうか。


「世界を巻き込むような大きな争いには至らない、そういう意味で――100年です」

「逆に言うなら、紛争程度ならいつでも起きうるわけか。ちなみに100年くらいしたら?」

「普人族の排他主義がこのまま広がるという前提であれば、世界規模で闘争が起こりますね」

「……むう」

「普人族が団結して他種族を排除しようとすれば種族間で、他種族への態度が異なれば国と国が主義思想で争うことになるでしょう」


 例えば、虐げられた獣人族が集まり国を興せば、それが戦争の原因になるということだ。


「もっと単純に、国力の差により野望を抱く国も生じます」

「強国が弱国を支配しようとするって?」

「はい」

「……なんでそうなるかねー」

「本能的なものでしょう」

「うーわ、ぶっちゃけたなー……」

「それ以外に表現しようがありませんので」


「ふむ。確かに普人族を始めとする短命種は、行動原理が本能に近しい傾向があるのう」

「困ったもんだ……」

「生物としては正しい姿かと。現実に長命種は数を減らし、人口の多くを短命種が占めるようになっています。その過程においては、差別や迫害があったわけではありません」

「へえ」

「短期間での世代交代による進化の促進と多産による子孫繁栄――短命種の生存戦略が正しかった証左でしょう」


 ただし現状までに限る、だ。

 ウイルスの例を持ち出すまでもなく、変化の早さは諸刃の剣。


「……なら、やっぱやるしかないか」


 俺がやることは、っていうか……できることは、もう決まっている。

 ただ、してもいいのかどうなのか――。


「懸念でもあるのかの?」

「俺はやっぱ一般人だからさ……自分の行動が原因で争いが起きたりとかは、嫌なんだよな」


 この世界では現在――見聞きしてきた分においてだが――各国は王政をとっている。

 人権――特に自由権というのは、絶対王政と相性が悪い。

 国家権力に対抗するために生まれた権利なのだから当然だが。


「ちゃんと知ってるわけじゃないけど、この手の権利を主張したり宣言するのは革命に近くて、やっぱりかなり血が流れるんだよ」


 すでにセリアさんが殺されかけ、御者や護衛が犠牲になったように。


「俺がいた世界では、そうだった」


 現代でこそ、人権は過剰なほど蔓延っているが、昔は各種権利は命を賭して勝ち取るモノだった。

 ――先人に感謝しなければ。いや、世界を移ったからもう遅いけど。


「お悩みになるのは当然かと思います。争いの火種を撒く――あるいは、火種に風を送ることになりますから」

「……だなー」

「ですが、争いを回避できる可能性も等しく存在するでしょう」

「そうじゃな。実際どうなるかなど、動いてみんことにはわからん! 1000年前、我ら悪魔の軍勢は世界を支配していた天使に挑んだ――決死の覚悟での」

「……で?」

「天使は我らの想定より遙かに弱く脆かったっ……! 皆びっくりするほどだったからのうっ! はっはっはっ!」

「同レベルの存在と戦う想定を怠っていたせいでしょう。彼らは巨大な魔力に胡座を掻いて、技術も精神も鍛えていなかったのです」

「……悪魔が跋扈し、天使が墜とされる――なるほど、そうなるわな」


「何の話じゃったか……おおそうじゃ、何事もやってみなければわからん、という話じゃったなっ。アカシ、お主の好きにすればよいのじゃっ! 寝るっ!」


 エイヴは勢いよく毛布を被った。

 俺も早寝するようになったが、エイヴはそれ以上に早く寝る。

 ……肉体年齢的には小学校高学年だから、普通なのだが。


「ふう……好きに、ね」


 この世界は、地球でいう絶対王政が主流だった時代へ至ろうとしている。

 種族や魔法や魔物――異なる要素が多々あるというのに、同じように。


 いや、何も変わらないのだろう。

 この世界の種族の違いは――元の世界の人種や宗教の違いのようなものなのだ。


 人間という存在は、失敗や過ちからしか学べない。反省できない。

 要するに、1回は誰かがどこかでやらかしてしまうわけだ。


 この世界はまだ、その1回目をやってない。

 正確には、天使の支配という1回目からの教訓を作れなかった。


「とりあえず、明日セリアさんに提案してみるか……」




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