聖女襲撃
祝1ヶ月。
……そろそろやばい。
「うーわー……なんか襲われてるし」
「そのようですね」
遠く、1キロくらい先で――武器を持った連中に取り囲まれている馬車が見えた。
残念ながら、御者や馬車の護衛らしき人間はすでに倒れているようだ。
「ふぅ……」
対人戦闘か……。
「ってことで、間に合わなかったり被害増えそうだったりしたら援護よろしくっ」
リーンとエイヴにそう言って走り出す。
小石を取り出し、木刀を握りしめつつ、全力疾走。
「はっはっ、今なら100メートルもマラソンも世界記録間違いなしだなっ」
100メートルの世界記録更新ペースで1キロを息切れひとつなく完走し、停止している馬車に迫る。
20人ほどいた賊がこちらに気づき、一斉に振り向いた。
だが遅い。もう射程圏内だ。
その上、賊たちは首を動かして振り向いただけ。背中を晒している。
もちろん俺は騎士じゃないので背後からの攻撃も厭わない。
いかつくむさい顔の高さを狙って投擲を行う――寸前のことだった。
賊の全員が白い炎に包まれた。
「「「――っ――……!?」」」
悲鳴を上げる暇すら与えず、白炎が賊を灼き尽くす。
「――は?」
思わず急ブレーキ。
「おいおいおい……なんだ今の……」
賊がいた形跡は、何も残っていなかった。
骨どころか灰さえも、焼け跡すら残っていない。
一瞬で無音で鮮やかな殺戮劇。
考えられるとすれば、リーンやエイヴだが……それはあり得ない。
あの2人は、例え相手が野盗だとしても殺すことはしない。
過干渉を避けるという意味合いで、中立・第三者――そういった立場を取っている。
なら、20人からの賊を焼滅させたのは――?
「ん……? 新米がいたか?」
そんな言葉と共に、白い法衣を纏う女性が馬車から降りてきた。
種族は普人族。年は20歳前後だろうか。
長い髪は青く、勝ち気そうな瞳も青い。
「新米……?」
「あんたさ、罪を犯したこと、まだないんじゃない?」
「えーと……」
よくわからないが、もしかして賊の仲間と勘違いされているのだろうか。
「身なりはいいけど、武器はしょぼそうだしね」
うん、まあ木刀だからなー……って、それよりも誤解を解かないとまずい。
この女性が賊に対して何をしたのかはわからないが、同じ末路は勘弁プリーズだ。
「あ、あのー……俺、さっきの連中の仲間じゃないんですけど」
「状況的に不利になったから、誤魔化そうって?」
「違いますよ、なんか馬車が襲われてたから駆けつけてきたんです」
「…………」
「冒険者です、ほらっ」
小石をしまい、代わりに取り出したギルドカードを印籠のように前へ突き出す。
「それ、誰でも作れるじゃないの。わたしも持ってるしさ」
「どうしろと……」
訳のわからない魔法で攻撃されたくはないから、逃げの一手か?
リーンやエイヴが来てくれれば何とかなるはずだけど……なんて考えていると。
「<聖別の炎>じゃったか? お主、なかなかレアなスキルを持っておるの」
「おおうっ!?」
「となると、あなたの素性も知れますが――」
女性の左右に、いきなり2人が現れた。
「――なっ……どこから……!?」
唐突な出現に、さすがに驚いた模様。いや、俺もだけど。
見たのは初めてだが、たぶん転移魔法による瞬間移動だ。
行ったことがある場所か、見えている場所への転移が可能だとリーンが言っていた。
その制限のため、悪魔の解放は封印の場所を知っているエイヴが行った。
ちなみに、リーンが創った魔具は、悪魔王が時間加速の魔法を使えなかったときのための保険だったとか。
しっかし目の前で見ると、そのいきなりっぷりにびっくりするな。
心臓悪い人にはお見せできないレベルだ。赤ん坊にはイナイイナイバー的に受けるかもしれないが。
「おっと、動くでない」
「……っ」
女性の喉元と胸部に、冷たい輝きを放つ氷の槍が突きつけられていた。
もちろんリーンかエイヴの攻撃魔法だろう。
「初手は不可抗力。しかし、次にアカシ様に対して攻撃の意志を見せた場合――排除します」
「状況的に警戒するのは理解できるのじゃが、人の話を頭から疑ってかかるのはよくないのう」
倒れている御者や護衛、馬にも槍のような長さ太さの矢が刺さっている。
完全に殺す気の連中に襲われた、ということだろう。
こんな状況なら、神官っぽいこの女性が俺のことを疑うのは自然だし、それが正しい判断でもある。
俺は違う、仲間じゃない、やってない――もし賊が1人生き残っていた場合、そう言っただろうことは間違いないし。
これは襲われる側が襲う側より強かった場合に起きる、典型的なトラブルというわけだ。
「はぁ……」
女性は諦めたように嘆息し、降参といった感じで両手を挙げた。
「……あんたたち3人は仲間で……冒険者ってことで、合ってる?」
「うむ。妾はギルドに登録しておらんから自称じゃがな。はっはっはっ」
エイヴが偉そうに胸を反らして笑う。
それと同時に、女性を牽制していた氷の槍が消えた。
「それでじゃ、この者らはどうする?」
「……馬が生きていれば運ぶのだけどね。ああ、もしかしたら……逃げた馬か賊の馬が近くにいるかもしれないけど」
止まった馬車が向いている方向を見てみる。
しばらく先にカーブが待っていた。
ここに来るときすれ違っていないし、馬はたぶん道を外れてまっすぐ走っていったのだろう。
馬車の車輪を考えると、カーブの手前は襲撃に適していると考えられる。
右手側に――道から少し離れているものの、身を隠せそうな林もあった。
けっこうな危険ポイントだ。
ただ、フルーク王国ほどではないものの、ハインリヒ白王国も治安がいいと聞いていた。
しかも王都ハイリンゲンへと続くこの街道は、前の街で護衛依頼が出ていなかったくらい、安全な道のはず。
距離的にも、現在地はもう王都に近い。徒歩で1時間ほどだろうか。
そんな場所に賊が出るとは……。
「――残念ながら近くに馬はいないようです」
「そう……わたしひとりで持ち帰れるのは、髪と遺品ひとつずつくらいか」
女性は一息つくと、護衛の剣を使い、髪と遺品を回収していく。
「……どうする、リーン?」
リーンが使い魔を召喚すれば、馬車を動かすことはできるのだが……。
「遺体は馬車に乗せて、魔法で隠しておきましょう」
「わかった。それで」
そのことを女性に説明し、手分けして遺体を馬車の中へ運んだ。
通行の邪魔になるといけないので道の外へ移動させてから、リーンが魔法で隠蔽。
あとで関係者が引き取りにくればいいだろう。
「……平気ですか、アカシ様」
「まあ……なんとか」
人の死体――いや、殺された死体を見るのは、初めてだ。
憤りもおぞましさもある。
ただ魔物を殺してきているためか、死自体には慣れがあった。
「っていうか、リーンだってそうなんじゃ?」
「映像では色々と見ていますからね。血の臭いは――好きませんが」
「……ふむ。野盗やら賊などという輩は、昔は少なかったのじゃがな」
昔って……1000年前か?
「その代わりに、天兵の略奪や弾圧などがあったのでしょう?」
「そうじゃな。当時の殺戮は死体など残らんかったと聞くしの――」
火力は下がったらしい。それはまあ、いい傾向だろう、たぶん。
「ねえ。3人がハイリンゲンへ向かうなら、護衛を依頼したいんだけど……」
「――それなら、まずは名乗るべきではありませんか?」
「ああ……それもそうね」
女性は頷き、左手を腰に当てる。
「わたしはセリア。太陽神殿の巫女筆頭。<聖女>などと呼ばれているわ」
「……聖女、ですか」
にしては、淑やかさに欠ける気がするが。
「似合わないって? まあね、実態はこんなもんよ――」
「<聖女>はスキル<聖別の炎>の使い手が担う役職ですから」
「そういうこと。スキルを調べた後、ギルドでそのことを知ってね。神殿に入ったわけ。そしたらトントン拍子にね」
どうやら、聖女というのは御輿に近く、彼女は純粋な聖職者というわけではないらしい。
「ちょっと窮屈なとこはあるけど、わたしにとっては食べるに困らないだけで万々歳ってなもんよ。で、どう? 引き受けてくれる?」
こういう判断は俺に投げられるんだよなー……まあ当然っちゃ当然なんだけど。
さて、どうしようか。
「……襲われたのって、なんか陰謀の匂いがあったりする?」
「それなんだよねー……わからないってのが正直なとこ」
「賊はあの林に潜んでいたのでしょう。弩が20ほど置いてあります。賊の定石など知りませんが――印象的には、あなたを狙った犯行で間違いないでしょう」
「狙われたとしたら、その心当たりは?」
「あるようなないような……」
聖女はいわば神殿外部の人間で、それが筆頭の立場にいる。
色々とあって不思議じゃない。
……まあ、いいか。
「んじゃ、ハイリンゲンまで一緒に行きましょう」
「ありがと。助かるわ」
セリアさんはそう言って笑った後、憂鬱な溜息をこぼした。




