依頼完遂!
「とまあ……こんなところかしらね」
アッシュたちのパーティーによりもたらされた情報は、支配人から聞いたそれを裏づけたり補強するものだった。
逆に言うなら、目新しい情報はなかったということになる。
「では、最後に私から。本人に面談した結果をお話しします」
「本人……!?」
「ティナに会ってきたのかっ!?」
「当然です。本人の意志が第一なのですから」
リーンがこともなげに言うので、アッシュ以外は唖然となっていた。
俺もリーンが動いていたこと自体にビックリだ。
「どうやって忍び込んだんです……?」
意外にもそう問うてきたのはコレッタだった。
「隠蔽を始めとする認識阻害魔法を使っただけです」
魔物をだまくらかせるなら、警備の目も誤魔化せておかしくはない。
「ふうむ……是非ご教授願いたいものだ」
「それよー、ノゾキに使うとか、そんな動機なんじゃねえか?」
「な、なにをいうっ! おれは純粋に向上心でだなっ!?」
とりあえず放置安定。
「……ティナは、なんて?」
「『無茶なことをしないでほしい』と。頼りたくは思っているようですが、自分の執着があなたがたに危険を及ぼすこともまた承知しているようですね」
「そう……」
アッシュたちが拘束されてしまえば、彼らを大切に思う分だけ彼女は逃げられなくなる。
「ただ、諦めてはいないようで、監視の目がなければ自力で抜け出しそうな勢いはありました。逃げ出されると面倒くさくなるので諫めておきましたが」
「ふむ。今後の方策じゃが、リーン――なんぞあるのかの?」
「婚約相手もなかなかの好人物のようですからね。そうでなければ、腕一本失ってもらえば破談にできたでしょうが――」
「ちょっ、ちょっと、なに物騒なことを言ってるのよ」
「もちろん事が成れば治します」
「そういう問題じゃねえだろーよ……」
「実際には傷つけずそういう姿を幻覚で見せればいいのですが。ただ今回はそうして傷物にしてみても、婚約相手が受け入れる可能性がありますからね」
こんな醜い自分でよければ、こんな姿なのでお断りします、的な作戦は無しになった。
「同種の策として、死亡を装うというものがあります」
「部屋をどかーんと爆発させてって感じで?」
「ええ。有力ではありますが、発覚した場合の危険が大きいですね」
ティナがアッシュたちのパーティーに戻り、それが見つかれば犯人は言わずもがな。
ティナ自身の可能性もあるにしろ、厄介事は残る。
「偽の死体を残すのはどうじゃ?」
「それ自体は難しくありませんが、犯人捜しは確実に行われるでしょうからやはり発覚する危険があります」
「……自殺は?」
「状況的に不自然ではありませんが、自殺は貴族にとって醜聞ですから――婚約相手の名誉もありますし、下手人として誰かが犠牲になる可能性があるでしょう」
「それは他殺でも同じかもしれんな……」
「魔具で姿を偽るという方法もありますが、姿を変えた生活を強いるという意味で好みではありませんね」
「……その辺りも否定するってことは、なんか考えがあるのか?」
「この国の爵位は世襲制――基本的に長男が継ぎます。ティナさんは貴族の子であるだけで、爵位を持っているわけではありません」
「そりゃまあ、そうだな」
「逆に言うなら、爵位持ちが他家へ嫁ぐケースはまずありません。お家復興などそれこそ政略結婚のみでしょう――というわけで、彼女が爵位を持てば話は解決です」
「え……?」
「公爵位をティナに継承させるということ?」
「いえ、それでは家に縛られるという点で変わらず、意味はありません」
「……じゃあ、どうすんだ? Sランク冒険者が爵位をもらったって話は、たまに聞くけどよ……さすがに遠いぜ?」
「そうね。それに、あれは国への貢献によって与えられるものだから、ただSランクになればいいというものでもないし……」
「幸いこの国ではそれが可能です。男爵位をもらえる依頼が常時張り出されているのですから」
リーンが人差し指を上へ向けた。
「あ、ああ……あったな、空中庭園の謎を解けとかいうのが」
つい先日見たばかりだ。
「でも、そう簡単にはいかないのでは……?」
「ああ、コレッタの言う通りだぜ。爵位が出るってなると完全解明だろ? できたとしても、認められるかは別問題っつーか……」
研究してる人間の意見に追従するだけでは貢献が少なく、新説は認定が困難だろう。
「単純な方法があります。行けばいいんですよ、空中庭園に」
「まあ、確かにそれができりゃあ……」
「映像を記憶できる魔具を持っていけば、論拠は十分作れるわね」
「だがどうやって――目算だが空中庭園まで3000メートルはある」
「それはティナさん次第です」
「……え、ティナ?」
「はい。ティナさんが爵位を受けるには、彼女の貢献が特に大きくなければいけませんから」
「そりゃそうだが……それもまた難儀な話だぜ……?」
「貴族だから教育は受けているでしょうけど……」
いきなり論文書けとか言われてもきついだろうな。一般高校生の俺じゃ無理だ。
「いえ、今回における多大な貢献とは空中庭園への移動方法の所持です」
「そうじゃな。それ以外は些事であろう」
「彼女の元に、空中庭園に人を運べる霊獣を残してきました。使い魔契約を結べれば、彼女の力で空中庭園へ入れるでしょう」
「ティナが使い魔契約っ……!?」
ルシールさんは悲鳴のような声を出し、それに気づいて口を手で塞いだ。
「相性の良い相手を見つけるか、実力で相手を屈服させるか、相手が満足するに足る強大な魔力を捧げるか――使い魔契約を結ぶ方法は大別してこの3つです」
あるいはその複合だという。
相性が良ければ、実力や魔力の条件を低くできたりするようだ。
リーンはどれだ? 2だな、2で間違いない。偏見だが。
「幸い彼女の属性は風で、気質的にもそれが現れていると言えます。相性で契約が可能だと判断しました」
「にしても……命懸けでしょう?」
「今回は私が従えた使い魔の下位存在を置いてきましたので、よほどのことがなければ安全です」
さすがリーン、抜かりはないようだ。
「逆に、信頼を得るのは難しいかもしれませんが……今回は一度の往復ができればいいわけですから、なんとかなるでしょう」
「契約が成功したとして、それはわかるのか?」
「わかりませんが、成功すればその日の夜に家を抜け出してもらう予定です。待ち合わせの場所は街の外――」
夜間とはいえ、下手に目撃されないようにと、少し離れた場所を指定したようだ。
「いつ契約が成るかわかりませんが、ティナさんを信じるなら誰か向かって下さい」
「――俺が行こう」
場所を聞いて、すかさずアッシュが立ち上がる。
「夜営の準備がいるな。コレッタ、手伝ってくれ」
「へーい」
「そちらへの連絡は?」
「不要です。私にできることはもうありません」
「わかった。アカシ、リーン、エイヴ――今回は世話になった。いつか礼をする。また会おう」
深々と頭を下げて、アッシュは去っていった。
「じゃ、私たちは記録用の魔具の買い出しに行きましょうか」
「そーだな」
ルシールさんとデューイさんも席を立った。
ふと、ルシールさんがリーンへ目を向ける。
「ねえリーン。あなた――何者なの? 霊獣の紹介なんて、宮廷魔導士ですら不可能よ?」
「アカシ様の従者です」
「そういうことを聞いているんじゃなくて――」
「ルシール、詮索はよしとこうぜ」
「……そう、ね」
ふっと息をつく。
「今回のお礼、私たちにできる限りのことはするわ。考えておいて」
「――だそうですよ、アカシ様」
「いやいやいや、俺なんにもしてないから。お礼はリーンがもらうべきだって」
「従者の手柄は主の手柄です」
「手柄はリーンのものだ。これ、主の命令。オーケー?」
「拒否します」
「従者って話はどこいったっ」
「ハハ、まあそんときゃ5人で励まさせてもらうぜ。そんじゃ、またな?」
「あ、はい。また。お元気で」
2人とも別れ、俺とリーンとエイヴが残る。
「これで終わり……でいいわけ?」
「空中庭園に行くことができれば問題ないでしょう。拷問のための道具がそのまま残っていましたから」
「……マジで?」
1000年前の代物ながら、耐腐食などの付与魔法によって生き残っていたようだ。
そのあたりをきっちりと撮影して、いくつか実物を持ち帰れば証拠は十分だろう。
「そこまではいいとして……その後は大丈夫か?」
「もちろん確証はありません。ですが、男爵位に関しては確実に与えてくるでしょう」
「ほう、大した自信だな」
「証拠を見せても、国側は空中庭園へ辿り着いた方法を実際に見たがります。そして、見せればそれでほぼ全てが解決します」
「なるほどのぅ――」
エイヴも納得したように頷いた。
「位が高い霊獣の力は、そうですね、この国の王城なら容易く落とせるほどのものです。先日の<白虎>もまた、そうであるように」
そんなに強いのか……。っていうか、そんなに強い奴に馬車を引かせたのかっ。
「高位の霊獣の契約者は、国から見れば手元に置いておきたい存在なのです」
「戦略兵器的に……?」
「いいえ、守護として、ですね」
「守護……」
守り手、守り神――そんな感じか。
「霊獣というのは、精霊界に住む獣のことを指します」
「……精霊界って、精霊が住んでるところ?」
「そうじゃ。我らの体が存在するこの世界を物質界と呼ぶならば、精霊たちが生きるのは魔力界とでも呼ぶべき世界じゃ。精霊しかおらんから精霊界と呼ばれるのが一般的じゃがな」
どこにでもいて、どこにもいない存在。
精霊がそんなふうに表現される理由がそれなのだそうだ。
「精霊と住処が同じ――というより、精霊と同じく精霊界で誕生したと言った方が正しいかもしれませんが、そうであるために霊獣の性質は精霊に近いのです」
「意志が薄いせいもあるが、精霊は基本的に温厚じゃからの」
「霊獣もそうだと?」
「はい。城を落とせ、などという願いは聞いてくれません。そんなことを願う者とはそもそも契約しませんし、後にそうなったとしたら契約を破棄するでしょう」
「攻撃のためには、力を貸してはくれないってことか……」
「敵性生物と戦ってもらうことは可能ですが、魔物相手か、身を守るために限られますね」
それなら懸念されるような、戦争の道具に使われるといったことはなさそうだ。
「それでもその力は絶大――有事の際の守護として、国は契約者を手元に置いておきたいと考えるでしょう」
「そりゃそうだ」
「ティナさんが冒険者ギルドに所属している以上、表面上は国に命令権はありません」
ティナの実家――フェダー家に命令することは可能なので間接的には命令できる。
が、ティナが脱走して冒険者になったことはフェダー家の秘事。
探索もフェダー家が私兵のみを使って密かに行ったといい、1ヶ月見つからなかったのはそのためだ。
「なら、どうすればいいのかといいますと――」
使い魔の至上命題は契約主を守ること。
なので暴力的なアプローチはNG。
平和的に、国に繋ぎ止めるために。
「貴族にする、爵位を与える……か」
「幸いといいますか、今回は依頼の報酬がそもそもそういう形ですから、反対も出ずにすんなりいくでしょう」
ここからは、ティナにシナリオを話してあるそうだ。
爵位の授与を、冒険者を続けると言って一度は辞退する。
為政者がそこそこに賢明なら、引き留めを考えるだろう。
そこで、条件を出す。
すなわち、『王都が他国に攻められているときに限り、力を貸す』――『課せられる義務がそれだけなら爵位を受ける』と。
「それなら、うまくいく……か?」
「いけるじゃろうな。やり口が先だっての天魔の協定と同じじゃ」
有利な立場から緩い条件を出し、目的を果たす。
今回の件、霊獣との契約に成功したならティナは圧倒的に有利な立場になる。
国としてはティナを他国に取られることはなんとしてでも避けたいが、排除する選択肢は危険すぎて採れない。
そうなると、拘束は緩くともティナの助力を得られる条件に飛びついてくるだろう。
ちなみに、リーンの指定した条件。
王都が他国から、というところがミソだろう。
他国との戦争になったとして、戦端が開かれるのは言うまでもなく、国境線。
王都まで攻められるなんて状況は敗北必至だし、何よりもこれくらいの規模の国になると、そこまでいかない。
王都の前で決戦が起き、そこで負ければ降伏して戦争が終結するだろう。
ティナが戦う機会は、まずない。
「フェダー家の方は?」
当然だが、フェダー家は冒険者のティナがフェダー家の人間であることを知ってる。
「本人から事情を聞くにせよ、国から説明されるにせよ、どちらにしても後の祭りです。何もできませんよ」
「現在の世界における高位の霊獣の契約者は、それほどの存在なのじゃよ」
「……というか、それならわざわざ国からの依頼を受けて男爵位を狙う必要あったのか? フェダー家に霊獣と契約したことを知らせるだけで十分だったんじゃ……」
「建前というのが必要なのです。ティナさんの独立こそが今回の要だとしておく方が、こちらとしては都合がいいので」
「んん……?」
「またなんぞよからぬことでも企んでおるのか?」
「企むというほどのことでは――どうやら、契約できたようですね」
「え? ティナが? ……さっきわからないとか言ってなかったっけ?」
「わかるようにしておくに決まっているではありませんか」
リーンは当然といった顔だ。
「これで英雄様の子孫たるアッシュ様に護衛をつけることができました」
「なるほど……」
そういう理由があって、ここまでしたわけだ。
が、ティナに共感したというのも嘘ではないだろう。
もしかしたらティナの自由こそが本命であるかもしれない。
ま、リーンの考えてることなんて『異世界に対する興味』という一点を除いてさっぱりだからな。
「では憂いなく、気ままな旅を再開するとしましょう。次は水の都でしたね?」
「……水の都はがっかり名所じゃないよな?」
「がっかりするか感動するかは個人の感性の問題では?」
何だその不安になる言い方は。
「美しさという意味ではそれなりのものじゃったぞ? ――直に見たことはないがの」
「よーし、なら期待しようじゃないか……!」
「依頼を受けに行きますか?」
「もち」
何でもいいという考えでギルドへ向かう。
幸いにも南方面へ向かう商隊護衛の依頼が出ていたので、それを受けて翌日に王都を出発した。
後日、フルーク王国に高位の霊獣と契約をした守護が誕生したという噂が聞こえてきた。
その霊獣と連絡を取り合えるっぽいリーンが何も言わないことからして、ティナの独立もたぶん成功したのだろう。
俺が何もしてないことと彼らの存在が有名になってしまったことを除けば、めでたしめでたしでいいと思われる。
――本契約まで成立するとは思いませんでしたね。
本来交わされるはずだったのは『ティナがアッシュ様のパーティーにいる間は力を貸す』という契約だ。
嘘から出た誠といいましょうか……。
相性がいいのは本当だ。そう判断して引き合わせたのだから。
ただ、相性がいい程度では霊獣側の力が強すぎて本契約にまでは至らない。
にも関わらず契約を成立させたということは、両者の間に通じるものがあったのだろう。




