ルーレットは完全情報ゲームである
「赤の1……!」
当たりは、エイヴの賭けた目だった。
「ば、ばかなっ……!?」
「はっはっは、良きかな良きかなっ」
エイヴの配当は122500リーフ。俺の配当400リーフはまるでゴミのようだ。
1点賭けの2連続的中に、ディーラーの顔がちょっと引きつっていた。
卓で上がった、おおおっというような声を聞きつけ、人がちょっと集まってくる。
「……おいおい、エイヴ、なんかしてるのか?」
「む? ゴト行為なんぞしとらんぞ?」
勘なのか、読みなのか、それとも俺がGであるところの幸運かSだとか?
「純粋に、妾の読みじゃ!」
本人曰く、読みらしい。
いや待ておかしい、変だ、ルーレットで何を読むというのだ。
「これは完全情報ゲームではないか。読みの深さが勝敗を左右する、当然じゃろうっ」
「え、完全って……えええっ?」
完全情報ゲーム。
それは、いわゆる将棋やチェス、オセロに代表されるゲームのことだ。
すなわち、ゲームの要素全てが盤面で見えている――プレイヤーがゲームに必要な情報全てを得られるゲームのことだ。
ちなみに不完全情報ゲームというのもあって、これは麻雀やポーカー、ブラックジャックなどが当てはまる。
要するに、相手の手や次の牌が何かわからないという、盤面の情報の全てが得られないゲームのことを指す。
どうも、エイヴの分類ではルーレットは完全情報ゲームになるようだ。
ま、確かにそれは正しい。球が投げられた時点で情報は出揃うのだから。
だが、だが、しかし――読みが働く余地などない。
それこそスパコンと高精度カメラでも使って分析しない限り、結果は弾き出せやしない。
「そんなわけで、もちろん次も倍プッシュじゃっ……!」
「ごふっ!?」
エイヴは再び、払い戻しをそっくりそのまま次のベットに回すつもりらしい。
「いやいやいやっ、いいけど、いいけどねっ、元手100リーフだからいいけどねっ!?」
「黒の35に! 122500リーフじゃ!」
周囲でどよめきが生まれる。
そりゃそうだ、額としては金貨1枚程度ながら、1点賭けなのだ。
金をドブに捨てているようにしか見えないだろう。
「ノーモアベット――」
「あ」
エイヴのある種の暴挙に、自分のベットを忘れてしまった。
そして、30秒後。
俺は、予想は裏切られるために存在していることを思い知る。
「……く、黒の……35……」
「「お、おおおおおおおおっ!?」」
呆然としたディーラーの声に、歓声が沸き上がった。
「お、お待ち下さい……」
ディーラーはソロバンっぽいもので配当の計算を始めた。
答えを出してはやり直しと、額が額なので何度も検算していた。
結果、エイヴの手元に返ってきたのは10万リーフコインが40枚、1万リーフコインが28枚――エトセトラ。
トータル4287500リーフ。日本円にして4000万円だった。
興奮冷めやらぬ中、次のゲームが開始される。
「……おい、エイヴ。また全部いくとか……言わないよな?」
「無論じゃ」
そうだよな。ここまで儲かったらもう突っ込む意味はないだろう。
はーっ、と息をつく。
気を取り直して再開だ。
エイヴのジャンキーっぷりに付き合ってはいけない。
と思いつつ、次は37択で狙ってみようと考えていたりする。
「4に100リーフ」
「ふっふ、妾はもちろん倍プッシュ――黒の35に全賭けじゃっ!」
エイヴはコインの山を全て、宣言した数字に押しやった。
「「ええええええええーーーーっ!?」」
俺も含めて、声が上がった。
「引き際などないっ!」
エイヴは理解のない周囲へと向けて手を振った。
「どちらかが破滅するまでとことんいくのじゃっ!!」
だ、だ、だめだこいつっ。
「お、お客様、申し訳ありませんがこの卓では一度のベットは100万リーフまでとさせていただいておりますので……」
「ほうほう、そうか。ならば仕方ないのう――限度一杯までいく、のじゃっ!」
10万リーフコインが10枚、黒の35に残された。
ま、前向きに考えよう。300万リーフ強は残っていると。
「の、ノーモアベット――」
投票を締め切ったディーラーが、喉を鳴らす。
もしかしたら、一番祈っているのは彼かもしれない。
大丈夫だろう、いくらなんでも。
そんなに続けて1点賭けが当たるはずもないし、同じ数字に2回連続入ることだってそんなには。
カラン、カラン、カラン……玉が目に落ちて跳ね、ひとつの囲いに入って。
玉と同時に時も止まった。
う、うそん……?
「く、黒の……3……35」
ディーラーの泣き声によって、時は動き出す。
「「「ひいいいいいいっ!?」」」
上がったのは、どうなってんだーという心の声がこもった悲鳴だった。
当たった、当たってしまった。
配当を用意するディーラーの顔はもはや真っ青で、手はガクガクと震えていた。
配当自体は計算しやすい。100万の35倍、3500万リーフ。10万リーフコイン350枚だ。
山が崩れながらエイヴの席へと送られた。
「ふっふっふっ、さあ次じゃ。いつでも良いぞっ」
さらに2度、ディーラーにとっての悪夢が繰り返された。
エイヴの勝ち金が1億リーフを超え、問題が発生する。
足りなくなったのだ、10万リーフコインが。
卓には1000枚ほどしか常備されていなかったご様子。
石油王だとかメディア王とかかスター選手とか宝くじ長者とかいう名のドル箱がいなさそうな世界だからなー。
金貨ウン百枚を突っ込む輩はそんなにはいないんだろう。
経験にもマニュアルにもないのか、ディーラーはおろおろしてしまっている。
そこで――卓の向こう側にいたギャラリーが大きく左右に割れた。
悠然とした歩みで近づいてくるのは、金髪碧眼の爽やか系ミディアムダンディーなおじさまだ。
黒を基調としていながら豪華に見える服を着ていて、何やら大物っぽい。
「ほうっ、大御所の登場のようじゃな」
「お初にお目にかかります。お嬢様――当カジノの支配人を務めております、エリックと申します」
「し、支配人~……」
泣き顔のディーラーに対して、支配人が事情聴取を行う。
その合間に支配人のお付きの人が動いて、エイヴに配当が支払われていく。
「ふむ……魔法感知は?」
「……いえ、反応はありません」
などというやりとりを聞くに、魔法の使用は禁じられているらしい。
そりゃまあ、魔法による結果の操作なんて、種も仕掛けもないが明確なイカサマだろう。
「となると、スキルか……」
どうやら支配人は、偶然の結果とは考えていないらしい。当然だ。
37の6乗分の1。大雑把に計算してみよう。
35倍が3回で、42875。
これを4万として、おまけした40……4を3回掛けて256万。0を3つ増やす。
25億6千万。うん、ゲロい確率だ。地球人類60億全員プレイしても2人しか同じことができない。
……でも現実に起こりえるのか。地球って人多いな。
しかし……仮にエイヴがスキルを使っていたとして、どういう判定になるのだろう。
常時発動型のスキルもあるようだし、本人の能力と判断するしかないとは思うのだが。
「……玉が操作された様子はありませんでした」
「うむ、その線はないだろうな。できたとしても、これは……目立ちすぎだろう」
こんな天和九連みたく派手に勝つとかどう考えても賢くないわな。
プロなら静かに目立たずに、だ。
当たる番号を操作したり事前に知ることができるとして、俺なら赤か黒にベットする。
2択なら仮に10回連続で当てたとしても1000分の1程度に過ぎない。
コインも1000倍にしかならないが、それで十分。
何より2択であれば、大金を賭けても不自然ではないのだから。
「そうなると、予測や予知といった種類の……でしょうか」
「いや、前者はできてせいぜい1秒だし、後者は対象を能動的には選べない」
こういう事業をするにあたって、色々調べているんだろうな。
たびたびあっては困る事態だ。
「では一体……」
俺が知りたいくらいだ。
エイヴの勝ちは1億リーフほど。
言うまでもなく、これはとんでもない額だ。
カジノの収益が賭け金の5%と見積もったとして、エイヴへの配当と同額の儲けをカジノ側が得るために必要な賭け金の多寡は20億リーフ。200億円だ。
ルーレットの上限が100万リーフと今回のような事態が発生する素地は常にあったのだから、店として問題ない範囲なのかもしれないが――。
「……まだかかるのかのぅ。別のテーブルへ行ったほうがいいんじゃろうか?」
「お嬢様――もう一勝負、していただいて構いませんか」
エイヴの声を聞きつけてか、支配人エリック氏が意を決したようにディーラー席に立った。
「ほうほうほうっ! 支配人直々でとなると――やはり全額勝負かのっ!?」
エイヴが嬉々とした声を上げた。
「い、いえ、限度額に変更はございませんし、限度額を賭けていただく必要もございません」
「なんじゃ、回収しにこんのか――つまらんのうっ。しかし、イカサマ装置なし、正々堂々戦おうというその姿勢は気に入った。100万リーフで勝負じゃ!」
支配人は言外に、限度額もやめてねと言っていたみたいだが、エイヴは空気を読まない子だった。
「……で、では」
ギャラリーに囲まれ、後に退けるものでもなく、支配人がゲームを開始する。
もちろん今回も後張りだ。
「23に100万リーフっ」
果たして結果は――……この連チャンが偶然でないことが証明され、エイヴの勝ちがさらに積もった。地球人類の数をも遙かに超えた。
これではもはや微生物に、さらっと1億匹が食品に入れられてしまうミドリムシにプレイしてもらうしかない。
支配人はエイヴの様子を注視していたが、何も掴めなかったのか小さく首を振った。
配当を出した後、おもむろに切り出してくる。
「お嬢様……と、お連れのお客様。少しお話が――」
なんとなくわかる。これは出禁の流れだと。
* * *
案内されたのは、いわゆるVIPルーム。
遊戯テーブルも用意されていて、身分が高いとか大金を賭けるといった特別な顧客はここでプレイしてもらうのだろう。
そこで支配人が俺たちに頭を下げる。
「大変申し訳ないのですが、当カジノといたしましてはお客様には今後ご遊戯を控えていただきたく――」
ですよねー。
ああ、もうちょっと楽しみたかった……。
「ふんっ。犬は餌で飼える、人は金で飼える。じゃが、みもがっ!?」
隣に座るエイヴの口を思わず塞いでしまう。
「ふぁ、ふぁにをふるぅっ?」
「通じないから。そういうの通じないから。言いたいことがあるなら、わかりやすくな?」
正直、話をこじらせるとまずいと思うんだよな。
「お主、妾の遊ぶ権利をたかだか今回の配当ごときで買おうと言うのかの?」
「そう取られても仕方ありませんが……」
「搾れる相手からは骨までしゃぶり尽くすのがギャンブラーとしての礼儀なのじゃがな?」
エイヴはにやりと笑い、腕を組んで偉そうにふんぞり返った。
ちんまいので物理的な威圧感は皆無ながら、それが1点賭けの7連続的中を成し遂げた事実と相まって正体不明の不気味さがある。
事実、支配人はちょっとビビリ気味に見えた。
「あのー……勝ちすぎて出禁くらった人って、今までいるんですか?」
「……私の知る限りでは初めてのことです」
そうだろうとも。
仮にエイヴと同じことができる奴がいたとして、的中率100%なんて勝ち方はしないに決まってる。
毎ゲーム456賽を振ってるようなもんだ。馬鹿だ。
「ふむ……まあ構わぬよ。フェアな態度ではあるしの。妾の勝ちに対し、イカサマや暴力――あるいは権力で対抗してきたならば、話は別だったのじゃが……」
サマや暴力はともかく、権力?
「認めよう、お主らが正当なカジノの運営を続けているとな」
「……どういうこと?」
「このカジノ、英雄がアイデアを提供したんじゃよ。入り口で見んかったのか?」
見てない、見てないけど……納得はできる。
ここまで似通っていると、情報提供があったと考えるのが自然だ。
「カジノ構想が持ち上がったのはおよそ1000年前のこと。フェダー家の歴史もまたカジノと共に始まった――」
……なん、だと? フェダー家?
「じゃろう? エリック・フォン・フェダー――現公爵の弟君……じゃったかの?」
「え……」
この支配人さん、フェダー家の人ってこと?
「仰る通りです、お嬢様」
「……なんか貴族っぽくないな」
「店で貴族という立場は無価値――我が家の家訓は『人類皆平等』・『お客様は神様です』でありますので」
「ご、ご立派なことで……」
「こちらからの要求は2点じゃ」
ピースをするエイヴは相変わらず偉そうだ。
「……伺いましょう」
「まず1点。この者、アカシは一般の客と変わらぬ。普通に遊んでもよかろう。妾も助言などせぬ故な」
「それならば」
うんまあ、それはありがたい。もうちょっと遊んでみたいし。
「もう1点。出禁の対価として、ユスティーナ嬢の情報をいただきたい」
「は――……?」
「例外的な出禁ならば、例外的な対価が必要であろう?」
「これは……困ったお嬢様ですね」
「こちらの質問に答えてもらう形で構わん」
支配人は思案顔だ。
家族を売れと言われているのだから当然だろう。
「情報も語って問題のない公開情報でよい。お主の印象や私見が幾分か入っていると助かるがの」
「――お客様はユスティーナとどのようなご関係で?」
おっと、これはどう答えるべきか。
1ヶ月の家出は隠したがっているようだし、下手に動いてアッシュたちに迷惑をかけるわけにもいかない。
「冒険者としての知り合いじゃよ」
「ふむ、なるほど……」
「お主は此度の婚約、賛成か? 反対か?」
「反対はしておりませぬ。家の者で明確に反対しているのはユスティーナ本人のみでしょう」
その後もいくつか情報をもらう。
相手は隣国で同盟国の古参貴族。
家柄オーケーでその長男。年は21。ルックスよしで性格は穏やか。剣の腕もなかなか。
難癖をつける点など探しても見当たらないほど良い相手なのだそうだ。
「本人の気性の問題でしょうな。詩より英雄譚を好み、ダンスより剣を好んだと申しましょうか」
支配人からの情報はそう締めくくられた。
あと、エイヴの勝ち金は1割の1300万リーフをこの場でもらい、残りの9割は預けておくことになった。
管理人は空気が読める子だと思うので理解しているだろう。
ティナの問題で下手に動けば、残りがすぐさま請求されるであろうことを……。
* * *
「どーすんべー」
VIPルームを辞して後、俺は100リーフコインでチマチマとスロットを回していた。
「うーむ……良縁じゃからのぅ」
リールが回る様子を興味深げに眺めながら唸るエイヴ。
「断れたとしても次があるであろうし……どのような手を使うても、その娘がフェダー家を出るより他に手はないと思うのじゃがな」
「穏便に勘当してもらうしかない……だろうなぁ」
ティナが家にいる限り、家の意向に影響され続けてしまう。
逃れる手段は究極的にはひとつしかない。
「それはそうと、あの展開は最初から決まってたわけ?」
「無論じゃ。カジノの支配人がフェダー家ということで、ちょいと話を聞いてこいとリーンがの」
リーンか……さすがに黒いな。俺に言っておかないところが。
「そういうことは、前もって言っておいてほしいんだけど……」
「む、うまくいかなかったら恥ずいではないか」
「まあねえ……」
エイヴが使ったのが情報分析的なスキルなら、ルーレットがなければ苦戦しただろうことは想像に難くない。
「それにしても、当たらんのう」
「だなー」
ジャックポット――総取り方式ではないはずだが、ちっとも絵柄が揃わない。
「カードにせぬか?」
「ああ、運頼みのギャンブルじゃ勝てんっ。なんてったって、女神の加護0だしな俺」
席を移動して、わかりやすいブラックジャックに挑戦した。
負け散らかしたのは言うまでもない。
馬鹿勝ちしたエイヴのおかげで、収支は超プラスではあったが。
「エイヴ様、やり過ぎていなければよいのですが……」
カジノ店の評価額を上回るほどに勝ち金を積み上げ、娘ひとりの自由と交換するという戦略は悪くない。
ティナが3女であり、縁談相手の資金力も確実に上回るため、勝算はそれなりにある。
だが、面倒事が起きる可能性はある。
縁談の破棄をすれば、相手の家からの追求があるだろう。
カジノの負けを発端とした取引の話が広がれば、公爵家の立場が微妙なものになるかもしれない。
公爵家が独占しているカジノの運営権を狙う者がいれば、ここぞとばかりに動き出す恐れもある。
まあ仮にこの流れになったとしても、特に問題はない――。
「というより、この施設を見て回る精神的疲労と比べると、もうそれでいいのではと思わなくもありませんね……」




