少女の行方
「連れてかれちゃったのよ。家の人にね」
ルシールさんがパーティーメンバーと顔を見合わせた後、やれやれといった様子で教えてくれた。
「えーと、家出して冒険者になったとか、そういうことで?」
「ああ。ま、それ自体はよくあるハナシっちゃー、よくあるハナシなんだろうけどな」
「ティナ、貴族だったのよ。本名は、ユスティーナ・フォン・フェダー」
「フェダーというと、確かこの国の公爵家でしたね」
「ええ――彼女、公爵家のご令嬢だったの」
ここ、フリューゲルから捜索隊が出ていて、ノルデンで捕捉されて連れ戻されたらしい。
アッシュたちに保護費名目の手切れ金を渡して。
「穏やかじゃないけど、何で家出なんか……?」
「ここで聞いた噂でしかねえが、婚約問題みてぇだな」
「ああ……政略結婚が嫌だったからって感じですか」
よくあるな、貴族の婚約問題は。
「ティナも相当本気だったみたいね。髪も自分で切ったみたいだし――」
アッシュとコレッタ、デューイとルシールというペア2組がパーティーを結成しようとしたところ、ティナが横から話に入ってきたという。
いくらこの国が豊かで治安がよくとも、中学生くらいの少女が独りで生きていけるほど甘くはない。
目の前で行われる新パーティーの結成というチャンスを逃すまいと、必死だったという。
「その婚約者がよっぽど……?」
「良縁だと聞く」
「公爵家だからな、下手な縁談は突っぱねるだろうさ」
そりゃそうだ。
政略結婚だとしても、いや、だからこそ相手は選ぶはず。家柄も、相手の人間性も。
下衆な相手に強要されるなんてことも、公爵家ならばほぼないだろう。
弱みを握られて脅されでもしていない限り。
「ティナが家を出るなんて考えるくらいだから、相手はきっと変態ロリコン野郎だね。間違いない」
お前が言うな、的な視線がコレッタに突き刺さる。
彼の場合、口だけのヘタレっぽいので害はあんまりなさそうだが。
「ふむ。で、お主らはどうするつもりなんじゃ?」
「――俺たちはノルデンでパーティーを組んだ。それほど長い付き合いではない」
「それでも1ヶ月は寝食を共にしたし、パーティーの一員として思い入れもあるわ」
「すっげーいいコなんだよ、ティナは。がんばり屋でさ。かわいいし、将来性バツグンだし?」
「オレらはまだ貴族相手にどうこうできるレベルじゃねえ。取り戻すのはムリなのはわかってんだ。けど、だからせめて、ちゃんと別れを言いてーんだが――」
テーブルの上で握られたデューイの拳が軋む。
「そうそう面会できるもんでもねえ」
相手が貴族。それも公爵家だということ。
何より、相手方の反応だ。
未婚の婚約を控えた娘が、冒険者と1ヶ月も一緒にいた。
はっきり言って、その事実は婚約を破談にさせるほどのインパクトがある。
もしその婚約が国家間を取りなすようなものであれば、アッシュたちは謀殺すらされかねない立場だろう。
そして、ティナがアッシュたちを大切に思っているなら、その気持ち自体が枷。
彼らに無事であってほしいなら――ティナにとってアッシュたちは人質として機能する。
「厄介だな……」
「まったくじゃ。リーン、お主の黒い脳みそで何とかならんか」
「本当にお別れをしたいだけなら可能ですよ。それだけなら助力しても構いません」
それを聞いたアッシュたちはハッとしながら、微妙に渋い表情を浮かべる。
4人はティナを仲間として認めているのだろう。
本音では、会うだけでなく彼女を取り戻したいのだ。
「それ以上となると、今思いつく方法ではどれも後腐れが残りすぎます。情報不足ですね」
いくつかは思いつくのか。
まあ俺でも、武力奪還とアッシュの血筋を使うという2つくらいは思いつく。
どちらも面倒事のオンパレードにしかならないが。
「婚約者の素性や婚約による両家のメリットをしっかり調べることをお勧めします」
「……そうしよう。皆それでいいか?」
「オーケー」
「ここで時間を無駄にしているよりはずっといいわ」
「変態の調査はおれが引き受けようではないか……!」
「では3日後、同じ時間にここで。そのときに良策が見つからずとも、彼女との面会だけはこの場でお約束しましょう」
「――いいのか?」
「大した労力ではありませんから」
「わかった。すまないが、依頼させてもらう。行こうか」
意見がまとまったところで4人が席を立った。
急いで会計を済ませる彼らを見送った後、リーンが口を開く。
「申し訳ありません、勝手に――」
「いいよ。アッシュもだけど、ティナのことほっとけないって感じなんだろ?」
ティナ――彼女も自由を求めている。束縛から解き放たれたいと願っている。
そんな彼女の行動はわがままで自分勝手だと非難されることの方が多いだろう。
貴族に生まれ、その恩恵を受けて育った以上、果たすべき責務がある。それもひとつの正しい考え方だからだ。
それでも、家出は彼女の意志の発露。
俺としてもその滴を掬うに躊躇いはない。
もっとも、物理一辺倒で魔法素養ゼロの俺にできることなんて、そんなにないけども。
「最終的には当人の意志と覚悟次第です」
「そうじゃのう。諦めたらそこで試合終了じゃからのっ!」
「そのとお、ファッ!? ええ、エイヴッ、その懐かしいセリフをどこでっ!?」
「バスケット漫画じゃが?」
「――おおお、エイヴお主っ、さてはできるなっ!?」
「ははは、そうであろうそうであろうっ」
得意満面のエイヴだ。
「なあなあ、どの試合が一番燃えた?」
「最終戦じゃのっ! 何度でも蘇るミッチーに痺れたのじゃっ!」
「諦めの悪い男にかっ」
「うむうむっ!」
「な、なんでしょうか……物凄い疎外感があるのですが」
取り残されているリーンが微妙に呆けている。
「ホント何で知ってるんだ?」
「これじゃよ」
エイヴが胸元から取り出し見せてきたのは、ネックレスに通した指輪だった。
「亜空間に物を収納できるという魔具じゃ。入っているのは前英雄の部屋丸ごとひとつ――」
「ん、英雄の部屋?」
「奴には誰にも見られたくない秘蔵コレクションがあったらしくての、こっちへ来るときに持ち込めるよう神に頼んだらしいんじゃよ」
「それはまた……」
「特にパソコンの中身は人様にお見せできないと言うことでの」
「な、なるほど……」
俺は、俺の部屋はどうなっただろうか?
草食系睡眠男子であるために物は多くない。秘蔵コレクションもノーマルなモノしかない。
俺の存在が消えているなら父さんやら弟が買ったことになるはずだが、まあ大丈夫だろう。
「その辺りを確保して、残りは妾にくれたんじゃ。封印中の暇潰しにとの」
「へえ……そりゃまた。どんなのがあるんだ?」
「有名どころの少年漫画はほぼ揃っている、と言っておったの。あとはライトノベルじゃな。録り溜めたビデオやDVDもたっぷりあるぞ」
「へえ。んじゃ、海賊漫画ってあった?」
「うむ、20巻ほどまではあったと思うぞ」
「……ってことは、やっぱ10年くらい前か?」
「む、ということはお主続きを知っておるのかっ!?」
「まあそこそこは。コミック買ってなかったからうろ覚えだけど」
「それでも構わんっ、是非聞かせてもらいたいものじゃっ!」
「あのー……」
「おお、すまんすまん。ほれっ」
エイヴは指輪をリーンに渡した。
「話についてきたかったら、読んでおくがよいぞ」
「ありがとう、ございます」
「――ナイスだ、エイヴ」
「む?」
「これでリーンの質問責めから解放されるっ!」
「いえ、それはそれでお願いしたいのですが」
「いやいやいや、部屋の物ってことになると、たぶん教科書やら参考書なんかも入ってるはずだ。運が良ければ百科事典とかも!」
「それはどういう物なのですか? 百科と言うからには――」
「あらゆる物事を記載して説明してある、それさえあれば知識はオールオッケーな万能辞典だ」
「おお、あったぞ。広、広辞典……じゃったかの?」
「それだっ。それさえあれば、俺のしょぼい知識なんか目じゃない情報が手に入るぞ。写真なんかも見物のはずだ!」
「うむ、とんでもない情報量じゃったぞ?」
「それは楽しみですね――」
「睡眠不足を覚悟するがよい……おおっ」
エイヴが何か思い出したのか手を叩いた。
「日本語を覚えねば、読めんがのっ」
「アカシ様の国の言語ですか……」
なんかちょっと嫌な予感がした。
王城は、ヴァルハラの宮殿という風情でなかなか見応えがあった。
夜、私はフェダー家の城で情報収集を行った。
アッシュ様とそのパーティーの面々が話していた通りのことがあったようだ。
ティナ――ユスティーナという少女の部屋の前にはメイドが立っていた。
隙のない物腰からしてティナより強い。本職か兼任かは知らないが、見張り役と考えていいだろう。
ただ、部屋の中には当人しかいないし、魔法による仕掛けなどもなかった。
私は密かに少女の部屋の中へと転移する。
声や気配が漏れないように結界を張り、少女に声をかけた。




