悪魔王のご解放
「む……なんじゃ、その魔具は」
「コリドーア山脈にて見つけた宝石を元に製作しました。術式を刻んだも私です」
ううむ、いつの間に。
「魔具の効果は――『時間加速』」
「なんじゃとっ!?」
地下室に悪魔王の声が響いた。
「……えーと、それってやっぱすごい魔法なのか?」
「そうですね。神級にあたります」
「で、それがリーンがここに来た目的に関わりがあると?」
リーンは頷き、封印の基点を見上げる。
「悪魔王以下、悪魔総勢189名の封印は、1024年間しか保たないのです」
「へ? 1024年? ってことは……?」
「はい。正確に言いますと、今から19年後に、全ての悪魔の封印が解けます」
「マジか……」
「マジです」
むう、確かに封印とは解けるために存在しているといっても過言ではないわけだが……さすがにビックリだ。
「リーン、お主……何故それを知っておるのじゃ」
「やはりあなたも知っていましたか。事前か事後かはわかりませんが、英雄様から聞いたのですね?」
「……うむ。聞いたのは封印の前。悪魔の中で知っているのは妾だけじゃが……」
「そうなると封印当時このことの知っていたのは3人ですね。英雄様と悪魔王エイヴ様。残るひとりは当然――女神ゾネ様です」
……ああ。女神はパスワードをメモするように、それをどこかに書いておいたのではないだろうか。
それをリーンが――。
「アカシ様、いくらゾネ様でもそこまで間抜けでは……」
「心を読まれたっ!?」
「残っていたのは神器の情報の方です。封印の設定は最大で1024年なのだと」
さすがにこの状態での時間停止を永続させるのは、世界的に色々と問題があるというか、難しいようだ。
しかし、封印の最大年数を女神が知っていたとなると――英雄の召喚というリーンの策略が成功する確率は大幅に上がる。
女神はいずれ悪魔たちの封印が解けるのを知っていたからこそ、天魔戦争再びを信じてしまったのだ。
時間感覚が大雑把だったり、地上をほとんど見ていなかったりしたのが主因なのは間違いないが。
「お主、もしや……」
「お察しの通りです、悪魔王。悪魔の封印は時間加速によって解ける。私は今日ここであなたの封印を解きます」
「ば、馬鹿な……! 何故そんなことをする必要があるっ!?」
それに慌てたのは領主――ユルキナさんだった。
「どのみち19年後には解けるのです。今、解いたとして何か不都合がありますか?」
「だからといって……! いや、そういう問題では――」
「残念ながら19年後もまだ天使は健在です。封印が解けたとしたら、悪魔もやはり天界へと入ることになるでしょう」
「おそらく、そうなるじゃろうな……」
「そう、あなたはその必要性を認めるでしょうし、悪魔王として悪魔をそう導くでしょう。ですが――それでは困るのです」
「困るって……何が?」
「今はアカシ様がいらっしゃるので、私は地上にいることができています。ですが、アカシ様亡き後――」
「えっ、俺が死んだ後のこと想定してるわけ……?」
「はい、天使は長命ですから」
いい笑顔で言われてしまった。
「アカシ様がお亡くなりになれば、私は天界に戻ることになります」
「そりゃ、そうなるだろうけど……リーンはそれが嫌だと?」
「はい、私は地上で暮らしたい。天界には戻りたくないのです」
それは、そうなんだろうとは思う。
「そのために……お前は、お前自身の目的のためにっ、封印を解くというのかっ!?」
「はい」
リーンは躊躇いなく頷いた。
「馬鹿げているっ……!」
「何故です? 私は文字通り――悪魔が解放される時間を19年だけ早めようとしているだけですよ?」
「ああ……」
大事のように思えるし、事実すっごく大事ではあるのだが……。
「言われてみるとそんなに問題はない気がするな」
「大ありだろうっ!? 急に封印が解ければ、再び悪魔と天使との争いが――」
「急という意味においては、19年後であっても大差ありませんよ」
「そんなことは――」
「ユルキナ、よい。もはやこの娘は止まらぬよ」
「しかし、エイヴ様っ……!」
「現状を認識するがよい。主導権は他の誰でもない、悪魔の命運を握っているこの娘にあるのじゃからな」
「……っ!?」
「先程言っておったじゃろう? 封印の期限を知っていたのは3人。妾と英雄、それに女神だけじゃとな」
「それに何の意味が……」
領主さんは微妙にパニくってるらしい。
「だからさ、リーン以外の天使は封印に期限があることを知らないんだよ」
「うむ、その通りじゃ」
「その上で、こう問う。封印の解き方を天使が知ったら、どうするか」
「――――ぁ……」
ユルキナさんが口を手で覆った。
見た目あんまり変わらないけど、なんとなく顔が青くなった感じだ。
「悪魔の封印はどうも個別に存在しているらしい。となれば、天使は悪魔の封印をひとつずつ解いていくことができる」
「各個……撃破……」
「それで正解じゃよ、ユルキナ」
1対1なら互角でも、囲めば圧殺。
天使は苦もなく悪魔を皆殺しにできるだろう。
リーンが持つこの情報は疑いようもなく、悪魔の命運を左右する。
「故に、今なら私は悪魔王以下、悪魔族と対等に話すことができます」
「貴様……っ」
さすがにこの言いようでは敵認定されるわなー……。
「勘違いしないでください。対等の立場を得るために切り札をちらつかせているに過ぎません」
だろうな。
そこまで深く理解しているわけではないが、リーンが天使に利する行動を取るとは、考えがたい。
もしするなら、逆を選ぶだろう。
「お主は妾に――いや、悪魔に何を望むのじゃ」
「単純なことです。地上で生活することを希望してもらいたいのです」
「ふむ……それでお主の念願が叶うと?」
「『天魔は自分の種族を公にせず、国の統治に関わらない限り、地上で暮らしても構わない』――私は天魔でこういう条約を締結させたいと考えています」
「なるほどのう……」
悪魔王は思案を巡らせているようだ。
「我々にとっても悪くない話じゃと思う。いくつか尋ねるが構わぬか?」
「ご随意に」
「ならばまずひとつ。天魔の接触の際、天使が問答無用で争いを仕掛けてくる可能性をどう見積もっておる?」
「まず、そのようなことにはならないでしょう。天使はこの1000年間でずいぶん丸くなっていますから。英雄召喚の騒動で少しは目が覚めたかもしれませんが、それを加味したとて100に1つ」
1%か。
「戦力の問題も大きいですね。天使の残存数は私を含めて52」
「真か?」
「ええ、1000年前――英雄様の降臨時とほぼ同数です。生物としての生存本能が働かない――そういう場所ですよ、天界は」
悪魔の総数は189……だったか。
3倍差は敗北濃厚だな。だからこそ、天使は神に救いを求めたわけだし。
「そういう情勢ならば、戦を仕掛けてくることはまずあるまいな」
「交渉のテーブルが立たないといったことにはならないかと思います」
悪魔全てが封印を脱した場合、天使ピンチだ。
天使の数の少なさ――これはリーンが天使の命運をも握っていることを意味しているだろう。
「では、次にかの女神のご意向についてじゃ」
「……天使不利なんだから、女神に泣きついてもおかしくないわな」
「読めないと言えば読めませんが、武力的な意味での介入はなさらないと思います。いくつか理由はありますが――」
1000年前は数多くの種族が戦争に加わっていたが、今回は天魔に限定されること。
そういう状況下で呼ぶべき英雄――すなわち俺――がすでに現世界に存在していること。
女神は、別に天使を優遇しているわけではないこと。などなど。
「1000年前の沙汰を見てもわかる通り、ゾネ様は種族の絶滅は望まれていません。よって、まず話し合いをと促されるでしょう」
「願ったり叶ったりというわけじゃな。最後に、その話し合いがお主の思惑通りまとまるか否かじゃが……」
「それも問題ないかと思います」
最初は、悪魔も天界に住む、という流れになる。
が、天使はそれをすんなりは認めないだろうというのがリーンの見解だ。
これまで監視していた悪魔と対等の立場になってしまうこと。
戦力的な不安。
そういったことを理由に。
「悪魔も天使に対して思うところはあるでしょう? 天使と同じ場所で暮らすとなればなおさら――」
「む……そうじゃな」
「なら、別々の場所に住む案は、双方の支持を得やすいはずです」
ふーむ。いろいろ考えてるな、リーンは。
「よかろう。妾の一存ではあるが、悪魔はお主の計画に賛成しよう。天界も――退屈そうじゃしな?」
「それはもう。天界は正しく天使に対する罰として機能している――監獄です」
「ならば皆を納得させることも容易いじゃろうて」
計画を進めるという方向で、交渉はまとまったらしい。
「アカシ様」
「……ん?」
「アカシ様がやめろと仰るなら、私は諦めます」
「なんで?」
「巻き込まれてしまったアカシ様だけは、私を止める権利がありますから。1ヶ月――短くはありませんが、長くもありません。まだ私に思い入れはないでしょう」
これが5年後だったりしたら、そのときも今のように2人で旅をしていたら。
それがどんな計画であったとしても、俺はリーンの肩を持っていたかもしれない。
「かつて英雄様がそうしたように、あなた様の感性でご判断下さい」
「ああ、いいよ、進めちゃって」
「……軽いのう」
「計画通りに進まなかったら大事になりそうだし、敬遠したいっちゃしたいけどさ」
リーンは今、神の奴隷とでも呼ぶべき立場にいる。
彼女自身が選んだわけではない、束縛されたその立場に。
ならば、そこからの解放を願うのは一生物として当然。
「自由を得るためにリスクを冒してる奴を止める権利は、誰にもないと俺は思う」
「ふっ、懐かしいのう。1000年前、先代の英雄も似たようなことを言うておったよ」
爺さんのシステムに検索された者同士、似ているところもあるかもしれない。
「それに、なんていうかな――……大げさっていうか、実はリーンの要求ってたいしたことないよな?」
リーンの目的は単純明快だ。
「ほっといても、19年後に天魔で条約が結ばれる可能性は高い。文面はたぶんこうだ」
通常なら、リーンがいくら望んでもその交渉の場には出られないだろうし、意見も反映されない。
天使はおそらく天界に留まることを選ぶ。
その前提で考えると――。
「『悪魔は自分の種族を公にせず、国の統治に関わらない限り、地上で暮らしても構わない』」
俺は人差し指を立てた。
「リーンはさ、これをたった一文字だけ変えたいんだろ? ――『悪魔』を『天魔』に」
「さすがはアカシ様です」
「此度の英雄は賢しいのう」
こうして、悪魔は世界に解き放たれた。




