悪魔王のご招待
領主の先導で長い階段を下りると、地下通路が遙か彼方まで伸びていた。
遙か彼方というのはもちろん印象でしかないが、最奥が点くらいにしか見えないし星の丸みも感じられる。
あまりにも平坦で変化がないため距離感が掴みにくいが、たぶん1キロ以上は軽くある。
通路が伸びている方角は勘違いでなければ北。
コリドーア山脈へ向けて、だ。下手をしたら山にまで達しているかもしれない。
「……いや、そっちじゃない」
歩きか~とちょっと微妙な顔をしていると、領主の声がかかった。
彼女の手にはペンダントがあり、左側の壁にそれをかざすと――岩肌が扉に変化した。
「え? じゃあ、こっちの通路なに?」
「囮――でもあるが、コリドーア山脈まで続いている。街の財政がピンチの時には、ここからこっそりと宝石を採りに行くのだ」
「な、なるほど……たくましい」
よくわからない感想を言ってしまうが、なかなか偉い。
無分別に採りまくらないところが理知的だ。
「礼儀を気にする方ではないが、あまり失礼の無いようにな」
「あ、了解です」
俺とリーンが頷くのを見て、領主さんは扉を開けた。
「む、来たかっ……!」
待ってましたとばかりの声が響き、銀色の髪が翻った。
* * *
扉の内側は、直径10メートルほどのドーム型――プラネタリウム形状の部屋になっていた。
そして、部屋の中央にも小規模なドームがある。
薄い白色光で形作られた光の半球――声の主はその中にいた。
「よくぞ参られた! 妾はエイヴッ、悪魔王エイヴじゃっ!」
「悪魔……王?」
それは驚きだ。非常に驚きだ。
「いかにもっ!」
悪魔王と名乗った人物は、えっへんと胸を張った。
――隆起がほとんどない胸を。
貧乳は貧乳だが、本当の貧乳というわけではない。……というか、まだ確定ではない。
胸だけでなく彼女は体そのものが小さいのだ。
光球が視覚をねじ曲げてでもいない限り、悪魔王の背丈は130あるかないか。
「悪魔王が……幼女、だと?」
「幼女言うなっ! 妾はそこまでちんまくはないぞっ!」
「し、失礼しました……」
うむ、幼女というのは言い過ぎだ。
「10歳くらいには――」
「がるるるるぅっ!!」
悪魔王は唸りながら両手を光の壁にどんどんっと叩きつける。
お、おまけするしかないらしい。
「11……いやっ、12歳には見えますっ」
「うむ……!」
腕を組み、大きく頷いて納得した。
どうやら実年齢というか肉体年齢がそれくらいであるらしい。12に見られて納得なのだから、11かそこら。
なんにしても……幼女とは呼べないがロリッ娘の範疇ではある、ということだ。
「……にしたって……王にしてはちょっと若すぎやしませんか?」
「王という立場になって後、1年と経たずに蜂起したからのぅ。む、ところで、お主は誰じゃ?」
「ふっ、聞いて驚くなよ」
「う、うむ」
「俺は赤石赤司だっ!」
「なんじゃとぉっ!? って――知らぬぞっ!? その名のどこに驚く要素があるんじゃっ!?」
「どうだ、驚くほどに驚く点がないだろっ?」
「――はああああっ!?」
「ふっ、そして俺は異世界人っ、英雄候補としてこの世界に送り込まれた異世界人なのだっ!」
「それを先に言うべきじゃろっ!」
悪魔王は黒いドレスの裾を乱し、はしたなく地団駄を踏む。
「そ、そこまでにしてくれないか、アカイシアカシ殿」
「……し、失敬。さすがは悪魔王というべきか……戴き、盛り立てたくなるカリスマ性をお持ちのようで」
なんかリアクションが新鮮というか。
リーンにはあんまり期待できない方向性の反応が得られて、ちょっと楽しくなってしまったのだ。
「うむうむ、王にカリスマは必須じゃからなっ」
微妙に都合のいい耳をしているな、この悪魔王様は。
「さて、リーンじゃったか――」
「お久しぶりです、悪魔王。とは言いましても、こうして会うのも話すのも初めてですが」
「そうじゃな。どう足掻いても筆談しかできんかったからのぅ」
封印されている悪魔の中で、悪魔王だけは世界を眺めることができる装置を封印の中に持っているらしい。
なるほど、それなら筆談は可能だろう。
「まあそれはさておき、詳しい事情を聞かせてくれぬか?」
「もちろんです」
リーンの独断と偏見に満ちた事情説明アゲイン。
聞いていても仕方ないので、俺はあらためてリーンとエイヴを、天使と悪魔を見比べた。
天使が白というイメージなら、悪魔のそれは黒だった。
エイヴは長い髪こそ銀色だが、瞳は黒金で肌もダークブラウンだ。
背中の翼はきっと黒いのだろう。
顔立ちはリーンと同じく中性的かつ硬質的、けどその幼さ故に愛くるしさがある。
まあその……なんだ、かわいいよ。非常に。
世の中にロリコンが発生するのは当然だ、と悟ってしまうくらいに。
「なるほどのぅ……」
どうやら偏った説明は完了したようだ。
「アカイシアカシよ」
「なんでせう?」
「この事態を引き起こした遠因にあたる妾も謝罪すべきであろうな。こちらの世界のごたごたに巻き込んでしまい、誠に申し訳ない」
「は、はあ……」
肉体年齢小学生に頭を下げられても罪悪感しか生まれない。
だいたい、だいたいだな。
あの爺さんがもうちょっと丁寧な仕事を心がけてればそもそも問題はなかったのだ。
今回の不祥事の原因は誰かと問われ、冷静になりかつ本心で答えるのならば。
俺は躊躇うことなく自分の世界の神に指を向けるだろう。
こっちの女神やリーンの黒い策略にも思うところはあるが、原因は元の世界の神の流れ作業。
確認せずに不可逆の処理を行わせていたから、こんな事態に発展してしまったとしか思えない。
思えないのだよワトソン君。
「妾はこの有様じゃから、言葉での謝罪しかできず心苦しいのじゃが……」
「まあ、異世界転移のことは気にしなくていいですよ」
「しかしのぅ……」
悪魔王は、むう、と眉間に皺を刻む。
「んー、俺がいた国の人間は引く手数多だったらしくて、神様に異世界に行けって言われる可能性は常にあったみたいなんですよ」
宝くじ一等に当たる程度の確率でだが、ここではない異世界に飛ばされている人たちがいる。
それも、その世界の人々から多大な期待を背負う立場で。
英雄の素質と英雄願望はニアリイコール――決してイコールで結ばれない以上、世界の希望なんて立場は枷や負担にしか思えない人も少なからずいるはずだ。
かくいう俺がそうなんだから間違いない。
そういう人たちと比べたら、俺の状況なんてヌルヌル。イージーモードもいいところだ。
「俺はこの世界から救援を求められて、英雄の素質があるっていうんで選ばれたわけですけど――仮にこの世界が英雄を求めなくても、次は俺だったんじゃないかと思うわけです」
それは推測でしかない。
神様謹製人材検索システムの検索結果は、タイミング次第で変わる可能性もある。
が、大雑把で単純なシステムだという印象を加味すれば。
あの爺さんが『英雄』というキーワードで検索した場合、俺がトップに表示される状態になっていた可能性は十分にある。
俺の名字が『あ』から始まっているのもその証左。名前も同様に『あ』なので、どちらのソートでも危ない。
実際どうだったかはともかく、その推測を信じた方が諦めがつくというか、精神衛生上いいってなもんだ。
「ですからですね? 俺としては、大きな争いがない今のこの世界に送られたのは、むしろラッキーだったと思うのですよ」
「ふむ……そう言ってもらえると、気は楽にはなるがの……」
「それに、なんていうか謝るのはこっちかもしれないし」
「どういうことじゃ?」
「同郷の英雄が悪魔を封印したって聞いたから。もう少しいい解決方法はなかったのかな、と」
「仕方あるまいて。天魔は健全とは言えんほどの力を有している。どちらも地上から去るしかなかったのじゃ」
「それはわかるよ。でもさ、リーンのいる前でこんなこと言うのもなんだけど、貧乏くじは天使が引くべきだった」
「ええ、その通りです。その場合、私は生まれていなかったので複雑ではありますが。それに――」
リーンが、ふっと微笑を浮かべる。
「本当の貧乏くじを引いたのはどちらか、という点に関してはまだ議論が必要でしょう」
「封印されてると聞いてたのにずいぶん……なんていうか、フリーダムだしな……この悪魔王さん」
封印っていうからには、水晶の中に閉じこめられている、とかを想像してたんだけど。
「それが神器の神器たる所以じゃろうな」
悪魔王が指を上へ向ける。
ドーム状の光壁の頂点――あるいは基点。そこでオーブが輝いていた。
「あれが?」
「うむ、それが我を封印するため、英雄が使った神器じゃ。その影響下では時は進まん。妾はこうして動いているにも関わらずの」
凍れる時のなんちゃら的な感じだな。
神が創ったからこその効果であり、地上の者が作ってもこうはいかないらしいが。
「なるほど……行動範囲がメチャクチャ制限されてるとはいえ、考え方次第では優雅かもしれないな」
「いいえ、アカシ様。もっと単純な問題なのです」
「単純な……?」
「――ちょうどいい話の流れになりましたね」
「ん?」
「私がここへ来た目的――果たさせてもらいます」
そう言ったリーンが亜空間から取り出したのは、巨大な宝玉だった。




