はぐれ領エンデ
「トイレの付き添いは依頼には含まれておりませんよ」
という慰めを依頼主にいただいて、俺はなんとか自己嫌悪から立ち直った。
そして、はりきって朝食を用意した――といっても焼き魚――のだが、子供らには概ね不評だった。
どうも長い船旅で魚は食べ飽きてしまっていたらしい。予想して然るべきだった。
よろしい、ならば昼食には猪でも仕留めて振る舞ってやろうと考えた。
が、子供たちは猪を見つけたリーンの魔法の方により興味をそそられてしまったようだ。
昨日<白虎>が魔物を蹴散らしている姿を見ている彼らにとって、猪1頭を仕留めても大したことをしたようには思えなかったのだろう。
子供たちに揃って『だからなに?』的な目で見られ、心の柱に確実にヒビが入った。
ヘボ人間の評価が確定したのは、馬車内で行われたしりとりであろう。
ジェネレーション・ギャップならぬワールド・ギャップという奴である。
例えば、『リンゴ・ゴリラ・ラッパ・パンツ(パは諸説あるだろうが)』の黄金パターンが使えないのだっ。
国名・地名・会社名・電化製品を始めとした科学系が全滅。植物や動物なども半壊。
ダメ出しを食らいまくりゲームから放り出されてしまった。
まあ、知らない単語を聞いたときのリーンの目は輝いていたが――というより毎回説明を求めてくるのでゲームのテンポが崩れた。
うん、放逐された原因はリーンだと思うね。間違いない。
そんなこんなな移動ではあったが、おやつの時間にはエンデに到着することができた。
<白虎>が速かったし、<白虎>が魔物を走りながら蹴散らしてくれたので足止めを食らわなかったのが大きいだろう。
「さすがに、危険地帯にある街だな……」
ド辺境。最果て。はぐれ領。魔境最寄りの街。
そんな別名が示している通りの場所――樹海のど真ん中、文句なしの危険地帯にエンデの街はある。
「要塞化されていますね」
周囲の木々に埋もれているものの、街を囲んでいる柵の高さは5メートル以上あった。
使われている木材がぶっとく、それが隙間なく並んでいるともはや柵というよりは壁。
熊の攻撃にも耐えられそうなそれは、外壁といってしまって差し支えない。
櫓も完備され、きちんと見張りも立っている。
こんな場所で暮らすならそれくらいの用心と設備は必要だろう。
門番に来訪を告げ、許可をもらって街に入る。
――ちなみに門の前で<白虎>を還しているので、徒歩、8人横並びで。
「あっれーっ? 家ぜんぜんないじゃん?」
「ほんとだー?」
どうやら壮大なイナイイナイばーが炸裂したようだ。
門を抜けた壁の内側は確かに建物がまばらにしか存在しなかった。
建築中の、骨組みだけの家もいくつかある。
「くっ……遅かったか……」
握った拳を震わせてみる。
「それも『一度言ってみたかったセリフ』というやつですか?」
「うむ……」
天使の反応が冷たい。
「あの門の向こうには、ちゃんと街があるわよ」
100メートルほど先に、外壁と同様の壁と開いたままの門が見える。
ここ最外部はまだ開拓したばかりということだろう。
「よーし、じゃああそこまできょーそーだっ」
「おーっ」
男の子3人が走り出した。
「ちょっと、お待ちなさい……!?」
「あ、俺が行きます……!」
「お願いします。門のところで待ってるのよーっ!」
「はーーいっ」
俺は振り返って返事をする子供たちを追いかけた。
ふふふっ、楽勝で追い抜いて威厳という奴を見せつけてやるぜ。
が、無限の体力は瞬発力を本当の意味で強化してはくれない。
それでも金メダル級の速度は出ているのだが、ガキどもも速い。
結果、追いつけなかった。
「おっせーなー兄ちゃんっ」
「おおお、遅くないぞっ、ちゃんと差は詰めたぞっ……!」
初動の遅れ、20メートルほどのハンディは覆せなかったけどもっ。
「あと100メートルあったら楽勝だったんだからなっ」
「どーだか。なー?」
「なー?」
「ぐ、ぐぬぬ……生意気なっ」
「子供と張り合ってどうするんですか……」
ようやく目的地についたことではしゃぐ子供を連れ、まず冒険者ギルドへ向かった。
個人からの護衛依頼は、依頼人をギルドに送り届けることで成功と判断される。
商隊など自分たちで出立を管理している団体だと、目的地で依頼主から直接報酬をもらう形もあるようだ。
「では、成功報酬の6000リーフです」
依頼票にエンデの判が捺され、依頼完了。護衛の報酬が支払われた。
* * *
「――んで、これからのあてはあるんですか?」
普通なら別れるところだと思うが、関わってしまった以上はなんとなくアウターケアというやつをしてみようと思う。
「子供たちは学校に行かせようと思っています。エンデは無料で通えますから」
「それはいいですね」
この危険地帯へ、命懸けで訪れるほどのメリットかもしれない。
「あ、学校って一般的なんですか?」
「各国の王都には大抵ありますよ。ただ、学校は貴族が通うものとされていて……」
授業料がバカ高いらしい。
それこそ、一般庶民は無理をしても通うことができないくらいに。
たとえ大商人の子供的な人物が通えたとしても、田舎者と馬鹿にされるのがオチだという。
……でもなんかちょっと行ってみたいけどな。俺、高校中退状態だし。
「学術都市には一般人が多く通う学校もありますが、やはりそれなりに授業料は必要で……無料なのはわたくしの知る限りここエンデだけです」
「内容的にはどんな感じなんです?」
「他の学校のことはよく存じませんが、こちらは文字や算術、歴史などを学ぶようです。あとは武術を」
「それを無料で……なかなかやり手ですね、ここの領主は」
「わたくしもそう思います」
厳密には無料ではなく、卒業後『学校に通った年と同じだけこの街に住む』という義務が課せられるようだ。
この街にいる兵士や開拓民はおそらくそういう人たちとのこと。
卒業生の多くは永住を希望するということで、まったく問題はないらしい。
「んじゃ、学校まで送っていきますよ」
「助かります。新しい街に来るといつもあのような感じでして……」
リーンの魔法で体力満タンということもあり、子供たちは元気いっぱいだ。
進行方向へこそ進んでいるものの、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。
保護者としては気が休まらないだろう。幸いなのは5人まとまって行動していることか。
「ところで、パメラさんご自身はどうするんです?」
「わたくしもこの街に住もうと考えています。特にあてはありませんが、仕事も見つけられると思います」
エンデの主な収入源は、森に棲む魔物や獣の素材。あとは川から採れる宝石と近隣の山で発見された金属鉱脈。
なんというか、冒険者とやっていることがあまり変わらないが、ここの住人はそれができる者が多くいるということ。
逆に言うと、それ以外の人材は不足気味なのだとか。
エンデ第一学校はいくつか門をくぐった後の、街の真ん中にあった。
ちなみに第二はすでに通り過ぎている。通うのは第二になるらしいが、手続きは全て第一で行うのだそうだ。
「アカシさん、リーンさん、お世話になりました」
「ばいばーい、おねえちゃんー」
「まったねー」
「バイバイキーン!」
「なにそれー? へんなのーっ」
「バイバイー、へんなおにいちゃんーっ」
俺の人気低しっ。
* * *
「ふうっ、静かになったな」
「そうですね」
頷きながらもリーンはどことなく寂しそうだった。
彼女は天使の中で一番若いと言っていたから、子供と接する機会はこれまでなかったのだろう。
「しっかし、本当にやるなぁ……ここの領主は」
同じ区域に領主のものらしき館が見えるということは――この第一学校はエンデができた頃からあったということだ。
学校を設立した何代前かの領主も、おそらくはその人が持っていた理念を継いでいる後代も、なかなかにすごい。
「領主の力がなければ、この街は成り立たないと思います」
リーンの話では、エンデには時折翼竜が飛来するらしい。
そこそこの腕の兵士や冒険者では太刀打ちできない相手。
それを街に被害無しで駆逐できる力が領主にあるのだという。
どうやら歴代の領主は実力的にもすごいらしかった。
「では、そろそろ参りましょうか――」
「どこへ?」
「もちろん、領主に会いにです」
「知り合いなのか?」
「いいえ。ですが、面会はできると思います」
よくわからないが、リーンが言うことなのできっとできるのだろう。
「理由は聞いても?」
「ある場所に入る許可をもらうためです」
「ほほう」
エンデに来る前に言っていた訪ねたい場所、か。
そんなわけで学校を眺めながら領主の館へと向かった。




