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睡眠男子の異世界行脚 ~眠りあれ~  作者: えいてぃ
第1部 新たな英雄
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初護衛任務


「引き受けていただけるのですか……!?」


 何やらワイワイ騒がしい部屋から出てきたのは、年配の女性。

 顔色はあまり良くなく、疲労の色が見える。


 移民希望というから悪魔側の種族だと思っていたが、依頼主は意外にも普人族のようだった。


 大別するなら、ほとんどの人間は悪魔側だったらしいから間違ってはいない。

 ただし普人族は現在、支配勢力側に回っている種族なので事情はまだ不明だ。


 まあ、部屋の中の騒がしさで何となく想像はつくけども。


 依頼を受諾してきた旨を伝えると、たいそう驚かれた。

 朝一番で依頼を出したものの、あの報酬と条件で引き受けてくれる冒険者が現れるとは思っていなかったらしい。


「詳しい話はどこでしましょう?」

「……では、一階の食堂でお願いします。すぐに参りますので」


 一礼の後、女性が部屋へ入ったのを見て、俺とリーンは食堂に向かった。


 * * *


「まず、自己紹介から。俺はBランクパーティー<シエスタ>のアカシです」

「リーンと申します」

「わたくしはパメラと申します」


 依頼主――パメラさんがお辞儀をしたところで、頼んでいたコーヒーが3つ運ばれてきた。


「あ、コーヒーで良かったですか?」

「ええ」


 俺とリーン、それにパメラさんは話の前に申し訳程度にカップに口をつける。


「この度は引き受けて下さって感謝いたします。ですが、詳細をお聞きになって困難だと思われれば遠慮なく仰って下さい」

「わかりました」


 深く瞑目した後、パメラさんが口を開く。


「わたくしはアロガント公国の孤児院にて先日まで働いておりました」


 アロガント公国の体制が変わって20年。普人族以外の権利が徐々に制限されてきた。

 その中で、孤児院においては普人族以外を引き取ることを禁じられてしまったのだそうだ。

 ついには、他種族の孤児の放棄まで決定されてしまった。


 種族問わず、孤児が世界に放り出されれば、その行く先と可能性は多くない。

 野垂れ死ぬか、貧困街の住民となるか、奴隷となるか――大半がそのどれかだ。


 彼女が働いていた孤児院には、普人族以外の孤児が5人いた。

 期限までに引き取り手は見つからず、孤児院は選択を迫られる。


 孤児院の意見は大きく2つに割れた。

 奴隷商に売り払うか、国外へ退去させるか。


 孤児院というのは何か悪事に手を出さない限り、資金はかつかつ。金銭の余裕などないのが普通だ。

 今後を考えるなら前者を選ぶのが賢く、意見はそちらに傾いたが、そこでパメラさんは決断を下した。


 自分が孤児院を辞め、子供たちと共に国外に出て、他国領にて保護を求める――と。

 悪魔の眷属の保護に手厚い、フルーク王国のエンデという街を知っていたが故の行動だった。


 だが孤児院に勤めようというくらいなので私財は乏しく、道中に子供の病気もあり、目的地寸前で資金が尽きた、という。


「エンデまでの護衛対象はわたくしと5名の子供です。子供たちの年齢は3歳から8歳……かなり厳しい条件ですが、いかがでしょうか?」

「問題ありません、シエスタが全力を尽くし、万難を排してあなたがたをエンデまで送り届けてみせましょう」

「……ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 パメラさんが安堵の息を漏らす。


 ノルデン~エンデ間は馬車で1日半。

 徒歩なら4~5日……ただし、大人の足でなら。


 はっきり言ってエンデはどうしてそこに街を、と疑問に思うほどの辺境の地だ。

 森の南端に沿うように西へ向かい、そしてコリドーア山脈へ近づく北へと進路を取らねばならない。

 脅威はほぼ魔物限定だが、それ故に道中の危険はそこそこ大きい。


 襲撃で人に勝利し、人が道を通ることを知っている魔物がいるからだ。


「では、出発についてですが……」

「できれば、すぐにでも――」


 宿代は通常3食付きで500~1000リーフが相場。

 2人でそれだから、6人所帯なら子供ばかりとはいえ同額以上はかかりそうだ。


 余裕を持って街に滞在できるなら、相場の依頼料を提示しているだろう。

 もっとも馬車を持たない6人――うち子供5人となると、相場を出しても引き受け手は少ないかもしれない。


「了解です。では、出発は1時間後に――」


 * * *


「わーっ……!」

「すっご~い~っ……!」

「はやいはやい~っ!」


 荷車が動き出すと、子供たちが歓声を上げた。

 彼らの特徴的な耳や尻尾が楽しそうに動いている。


 荷車を引いているのはリーンが召喚した高位の霊獣――<白虎>だ。

 召喚獣を馬車引きに使っていいのだろうかと思ったものの、本人的にはまあ問題ないらしい。


「あまり騒いで落っこちないようにね」


 注意するパメラさんは最年少3歳の獣人を抱いて目を瞑り、体を休めている。

 子供5人を連れて旅をしてきたのだ、相当に疲れが溜まっているのだろう。


 今回の依頼の肝は移動方法。


 自分の選んだ進路ということでリーンがそれなりにやる気なため、強化・回復・治療は思いのまま。

 隠匿魔法もあるし、徒歩移動も決して無謀な選択ではない。


 だが歩幅までは変えられないし、どうしたって時間はかかる。

 夜営の回数はなるべく減らしたかったので、徒歩移動は却下。


 となると残るは、飛行か乗り物。

 前者は色々と問題が大きいので、無難に後者――馬車移動を選択した。


 資金的に問題はなく先行投資の意味合いもあったが、リーンの提案により荷車のみを購入。

 リーンの使い魔――<白虎>に引かせることになったわけだ。


 この形なら荷車は必要ないときは亜空間に保管、霊獣も必要なときに呼び出せばいいので、馬を持つより身軽でいられる。


 なんというか……俺、なんもしてない。

 全てリーンのおかげである。


 回復魔法使用の異世界馬車と同じペースで、初日を無事に走破した。


 * * *


「――子供たちは?」

「みんなもう眠りました。昼間はしゃいでいたので疲れたのでしょう。安心しているせいもあるでしょうね」


 子供たちは<白虎>に寄り添い、毛布にくるまっていた。

 獣人であるが故に、霊獣の力の強大さを本能的に感じ取れるのだろう。

 安全地帯はかの獣の傍なのだと。


 事実、移動中に獣が出てくることはなく、数度遭遇した魔物も<白虎>があっさりと氷結させて殲滅した。


「パメラさんも、どうぞゆっくり寝てください」

「夜番はおふたりだけで平気なのですか?」

「防護と隠蔽の結界を張っているので必要ありません。しばらくすれば私たちも寝ますから」

「そ……そう、なのですか」


 まあさすがにびっくりするよな。見張りなしは。


「これでもコリドーア山脈に行って帰ってきてますから。といっても、他国の人には伝わりませんかね?」

「いえ、コリドーア山脈といえば魔境のひとつとして有名でしたよ。そうですか、それなら心配ないのでしょうね――」

「ええ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 荷車に向かうと思いきや、パメラさんは毛布を持って子供たちの傍へ行った。

 <白虎>の威容に少し躊躇っていた様子だが。


 * * *


「アカシ様。この世界へ来て1ヶ月ほど経ちましたが――いかがですか?」


 魔法の明かりの下で日記帳を埋めていると、リーンがそんなことを聞いてきた。


「ま、だいたい慣れたんじゃないかな?」


 文明の利器に汚染されていた心身には若干きつい点――ネットがない――もあるが、それ以外は概ね問題はない。


 平均すると中世レベルの文明を見るに衛生面での不安があったが、魔法がそれを補っている。


 例えばトイレ。

 下水道などは存在しないものの、排泄物は魔法で処理され土や肥料になる。量は少ないものの生ゴミも同様に。


 魔法を用いた消毒という概念も普及しているため、伝染病などもさほど広がったりしないようだ。


「ご不満な点などおありでしょうか?」

「んー……」


 風呂がないのは寂しいが、リーンにお湯を作ってもらうことはできるのでさほど不都合はない。

 安全地帯の夜営時などには、風呂も試してみようと考えてるし……。


 洗濯は、付与魔法のおかげで服自体が汚れないので表面と内部の汚れを水洗いで落とせばオーケー。

 乾燥もリーンが魔法でまとめてしてくれるため、日本よりもむしろ好環境だ。


「生活全般に関して、不満点は思っていたよりもずっと少ない」


 ……リーンの魔法がなかったら……数日で挫折してたかもしれないが。


「……けど、いかがなものかって点はあるな」

「それはどのような点に関してでしょうか」

「せっかく邪魔されずに寝られる能力があるっていうのに、こっちに来てから昼間にまったく眠たくならないことだ。要するにだな、昼寝がちっともできてない」

「睡眠時間が足りているなら、昼は眠たくならないものでしょう。疲労が残らないという理由もあるかもしれませんが」

「……そうなんだよなぁ」


 夜の娯楽が色町くらいしかない――俺には縁のない場所だ――この世界の基本は早寝早起き生活。

 俺自身も夜更かししなくなったせいで、目覚ましなんてなくても日の出と共にしゃっきりと目が覚めてしまう。


「健康的でいい、わけではないのでしょうね」

「夜更かしして昼寝がベストなんだよなぁ」


 どうして夜起きていられないのか。

 日記帳に色々書き込んでいても、せいぜい午前0時が関の山だ。


 緊張感を持って夜番をしていれば起きていられるかもしれないがリーンの結界が強力すぎてそういう警戒が必要ない。

 俺自身の<絶対睡眠>もある。

 野宿でも熟睡できるのは非常にありがたい話ではあるのだが。


「夜に動く必要のある依頼を受ければ、その不満は解消できるかもしれませんが……」

「なんとも言えんなー。ま、贅沢な悩みだよ」


 そんなこんなで夜が更けていく。


 翌朝、トイレに起きた子供たちに付き添うため、リーンやパメラさんが夜中に何度か起きていたことを知る。


 さて、思い出してみよう。

 <絶対睡眠>は俺が願った通りの仕様なら、『杖で殴られても耳元で叫ばれても、火に巻かれても雷に打たれても津波に流されても杖で殴られても睡眠を続けることができる能力』だ。


 色々と重要な点があるが、特に耳元で叫ばれてものくだり。


 そうなのだ、俺は一度寝てしまうと外界の音が耳に入らなくなる。一切遮断されてしまう。

 要するに目覚まし100万台にウェイクアップと叫ばれても痛痒なく無視できてしまうわけだ。


 睡眠を尊ぶ俺としては真に喜ばしい限りの能力なのだが――今回のように、起きなければならないケースには無用の長物だ。


 なんというか、俺はとてもだめだめである。




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