KONOZAMA
「なんか植生が怪しくなってきたな……」
「小人になった気分ですね」
森へ入ったあたりでは、現代日本でいう広葉樹林そのままというか、特に違和感のない風景だった。
それが今では激変している。
植物の背丈が高くなった――というか、スケール異常を起こしたと表現する方が適切かもしれない。
とにかく、でかい。何もかもがでかい。
木々の背丈は森の入り口あたりと比べて倍以上。
樹幹も同様に太い。幅2メートルの木がざらにある。
スイカのような巨大な実が大量になっていたりも。
変化は草にも及んでいて、地面から伸びる細長い葉も丸い葉も1メートルを超えている。
分厚く強靱で、上に乗ってもひしゃげたりしないほどだ。
「ウン百年かけて成長してきた森なのか、異常成長なのか、人里近くの森の植物とは根本から種類が違うのか……」
「魔物が原因かと。身を守るために自身を巨大化させているようです」
「生存本能というか、生命力の賜物か……」
樹皮がこれだけ分厚く頑丈なら、こんなふうに巨大な爪でがりがりやられても平気なのだろう。
「ん?」
こんなふうに?
「リーン、これって……」
「おそらく、熊でしょうね」
大樹の幹、ほぼ目線と同じ高さにでっかい爪痕が刻まれている。
「こういうのってさ、縄張り主張だったりとか……しない?」
「どうでしょうか。単に爪を研いだだけかもしれませんし……」
「できれば、避けていきたいな……」
この爪の持ち主に出会いたくはない。
4本の爪の間隔からして、前手は俺の顔ほどはある。
ぶん殴られた日には、首が千切れて飛んでいくに違いない。
なんてことを想像して肩を震わせていると、ズンッと地面が揺れるのを感じた。
「げ……まさかっ」
「そのまさかでしょう。少し探知の範囲を広げてみます」
まだリーンの探知魔法に引っかかっていなかったということは、まだ100メートル以上は離れているはず。
それなのに移動の振動を感じるとは……どれだけ大物なんだ。
「左斜め前方、300メートルほどのところにいますね。熊と蜘蛛型の魔物が争っているようです」
「マジ?」
熊と蜘蛛が戦うとか、どういうこと?
「見に行きますか?」
「え、ええっとー……ちょっとだけ、遠くからちょっとだけなっ」
「では、行きましょう」
「その『いく』は違う字じゃないよな?」
「はい?」
「いや、何でもない」
「――木々の間に蜘蛛の糸が張られている恐れがありますので、そこだけ気をつけて下さい」
「オッケー」
木剣で糸がないかを確かめつつ、リーンの示す方向へと進んでいく。
「うおっ、いた……!」
しばらく進んだところで、熊が暴れているのが見えた。
木と木の間に張り巡らせていた糸に絡まってしまい、脱出しようともがいているようだ。
「おいおいー……」
熊は3メートル以上。体重も500キロはありそうだ。
そいつが引っかかって逃れられないとか――どんだけ強いんだ、蜘蛛の糸って。
「蜘蛛もいますね」
「ホントだ……」
およそ1メートルほどある蜘蛛型の魔物が、意外にも俊敏な動きで糸の上を移動し、地面を揺らす熊に糸を吐きつけている。
「……つーか、やっぱ気色悪いな……」
「私も近寄りたくはありませんね」
地球には存在しなかった、タランチュラでも比較にすらならない巨大蜘蛛。
色は保護色というか茶色系主体でさほど気にならないが、姿形がとにかく不気味でたまらない。
「放置でいいか」
「熊は毛皮が、蜘蛛は糸が素材になりますが……」
「いやいや、毛皮はもう無理じゃないか?」
熊は粘着性かつ強靱だと思われる糸を巻きつけられている。
きっと使い物にならないだろう。
「そもそも、あんな巨体から毛皮を剥ぐなんて面倒くさすぎるっ」
「それもそうですね」
リーンの魔法があれば死体ごと持ち帰ることはできるだろうが、今そこには食べ物が入ってるわけで。
「あと、蜘蛛の糸って……どうやって集めるんだ?」
「糸巻きで取れるのでは?」
「ないじゃんっ」
そのへんの枝で代用はできるかもだけど……最初から取る気なかったな、こいつ。
「っていうかさ、この世界じゃ蜘蛛の糸って一般的なのか?」
「高級品ではありますが、スパイダーシルクといって普通に売られていますよ」
「え、絹なの……? 蚕じゃないのに?」
「主流は蚕ですが、両者が吐く糸はほとんど同じらしいですよ」
「ネバネバは?」
「魔法で加工するそうです」
うわ出たよ、魔法万能説がっ。
「ふん、そうとわかればもうあの蜘蛛に用はないな」
「私もありません」
見つからないよう距離を取り、彼らの横を抜けていく。
「……片方は魔物だけど、あれは自然の営みってことでいいのかね」
糸から逃れようとしている熊の動きがだいぶ鈍っている。
熊と蜘蛛型の魔物の戦いは、後者の勝利という形での決着となりそうだ。
「それで構わないかと。蜘蛛の巣にかかった熊が間抜けだっただけ――そして今回は熊を餌にできた蜘蛛も、いずれ自分より強い生物に狩られることになるでしょう」
リーンが言い終えたとき、背後から熊が倒れた音が聞こえてきた。
「――そういやさ、魔物って繁殖する?」
ふと思いついた程度の疑問だが、口に出すと絶対に答えを知っておかなければならない問いだと気づく。
もし増えるなら――……。
「自然繁殖はしませんよ。群れも同族が合流していって形成されるだけです」
「そっか。それならいいや」
あの熊を餌に蜘蛛が増殖するんだったら是が非でも倒すべきだと思ったのだが。
植生が変化してから、迂回して歩くことが多くなっていった。
ヒルとかの軟体系、熊と戦っていた大型の蜘蛛などを避けるためだ。
そういった魔物のランクはC。
戦っても何とかなるはずだが、そもそも出遭いたくないというのがリーンとの共通認識だ。
「あとどれくらいかねー?」
「このペースなら、明日には山に着くと思います」
背丈ほどもある草を掻き分け――リーンの探知魔法がなければそんなことしたくない――目的地へと進む。
翌日、無事にコリドーア山脈へと至ることができた。
* * *
「ふふふっ、着いた。ついに着いたどーっ」
3000メートル級の山脈が目の前にある。
岩山というか、土があまりないようで、植物の姿が少ない。
そうなると小動物や、食物連鎖的にその上にいる生物も少ないだろう。
では巨大な魔物は何を喰べて生活しているのかというと、共食い――などではないようだ。
どうも強力な魔物は、食事以外でエネルギーを取り込めるらしいのだ。
具体的には、魔力やら光やら熱やら風やらを糧としている。
もちろん他生物を捕食することもあるが、基本的には食べなくても生きていけるのだ――なんて素晴らしいっ。
24時間360日寝ていてオッケーということではないか。
「ついに、というほど苦労してはいないのでは?」
「どんだけ魔物と戦ったと思ってるんだよ……」
「余裕そうでしたが」
「お前の目は節穴かっ! どこからどう見てもアップアップだったろっ!」
俺のへたれ戦闘を愉しんでいる節があるから困ったものだ。
それにしても。
リーンがいて、索敵は完璧。
<眠りあれ>があって、敵は一撃必倒。
それでも森を抜けるのに苦労した――俺的には。
コリドーア山脈関係の依頼が減らないのも頷ける。
さて肝心な依頼だが、コリドーア山脈における依頼はいずれも希少品の収集。
コリドーア山脈を住処とする魔物の素材。
コリドーア山脈にて産出される宝石や魔石類。
コリドーア山脈に生えている各種薬の原料となる薬草や霊草。
どれもコリドーア山脈の探索が必要となるので、危険度は変わらないといっていいだろう。
魔物を倒す必要があるかないか、程度だ。
どれを狙うかも基本的には決める必要はない。
行き当たりばったり、手に入りそうなモノを手に入れていけばいい。それでぼろ儲けができる。
もちろん、コリドーア山脈でそんな余裕綽々の探索が行えればの話ではあるが。
「ふっ、まあいい。とにかくここまで来たんだ。リーン、例のモノを!」
「まだ山脈の入り口ですよ? いくら危険地帯とはいえ、取り尽くされているでしょう」
「あ、やっぱし?」
「そうですね、一山越えれば確実でしょう」
「い……いやいやいやっ、登山とか無理だよ?」
「無限の体力があれば平気でしょう?」
確かに――心に拒否感はあれども、疲れたりはしないだろう。
「さあ、ロマンまであと一踏ん張りです」
「ふう。やれやれだぜ――」
斜度がついた地面を歩き出す。
「……なんか見晴らしよさそうだから、探知もっと広くできる?」
「もちろんです。もっとも、成龍に魔法を感知されて襲われる危険も増しますが――」
「え?」
「なるほど、成龍をおびき寄せて狩るわけですね。さすがアカシ様です」
「マテ……マテマテッ! ストップだっ!」
「何故です?」
「成龍とか絶対遭いたくないからだっ!」
「大丈夫ですよ。成龍がいるのは、もっとずっと北なので」
「そういうのは総じてフラグって言うんだけどっ!?」
「旗がどうかしましたか?」
「大丈夫とか大丈夫じゃないんだよっ」
「仰る意味が……」
「大丈夫~とかここにはいない~とか問題ない~とか調子乗っちゃってると、龍がこそっと出てくるってことっ!」
「どうしてそうなるのでしょうか?」
「世界の基本ルールだからに決まってる」
「初耳ですね」
うん、まあ、そりゃあそうだろうな。
「つまり――龍はもっと北にいるから問題ない、と言って探知の範囲を広げると、何故か近くにいた龍に気づかれると。試してみてもいいでしょうか?」
「やめて?」
「ですが、安全の確保には必要です」
「やめて?」
「まあ、もう広げてしまっているので遅いのですけど」
「あんたなんばしょっとねっ!?」
「大丈夫です、問題ありません、成龍はこの近くにはいません」
「ちなみにさー……何ならいるわけ?」
「目の前の山の頂付近に翼竜が3体、北西700メートル地点に石毒鳥、北北西1.2キロ地点に黒妖犬の群れ――」
さらに出るわ出るわ、いかがわしい魔物の名前が。
「進むのやめよっかなー……」
思わずスローダウンしてしまう。
不死だろうと、石化されたら意味がない。石化毒を持ってるコカトリスとか天敵ではないだろうか。
1/3接死くらいな俺にとって、向かい合う魔物は2/2のバニラな熊が限界だ。
「戦いたくないのであれば仕方ありません、隠蔽魔法を使いながら進みましょう」
「……それ、最初から使ってた方がよくなかった?」
「ハイディングで進むのは、面白味にも緊張感にも欠けるでしょう」
「そりゃそうだけど……」
リーンの隠蔽魔法は音や視界だけでなく匂いや体温すら誤魔化すのか、魔物の隣を歩いていても気づかれたりはしなかった。
というわけで登山は順調に進み、日が暮れる前には直近の山の頂上付近にまで辿り着く。
「……すごいな、ここ」
そこかしこにキラキラとした石。
これなら掘る必要も選別する必要もなく、それっぽいのを拾っていくだけでもよさそうだ。
手つかずの鉱脈が多く残っているとは聞いていたが、ここまでとはっ。
俺が遠路はるばるコリドーア山脈にやってきた主目的。狙っているブツ。
魔物の素材? 否。
貴重な霊草? 否。
高価な宝石? イエスだ。
すなわち、宝石探し!
いい子の日本男児なら、誰もが一度は夢見るだろう。
巨大な宝石を見つけ、一攫千金を手にすることをっ。
「あれが原因でしょうね」
と、リーンが示したのは頂上近くの山腹にある洞窟だ。
「反応から見るに、あそこは翼竜の巣です」
「は? あの中に、翼竜がいる……の?」
「確かめてみましょう」
「確かめるって――お、おいいいぃぃっ!?」
止める間もなく、リーンの魔法が放たれていた。
巣穴の入り口がドカンと弾け、一部を崩してしまう。
「なななな、なんてことしてくれてんのっ!?」
「出てきましたよ」
攻撃的な魔法による衝撃は当然のことながら内部に伝わった様子で、獅子と鳥を混ぜたような咆哮を上げながらそいつは現れた。
まず巣穴から首だけが出てくる。
「う……」
翼竜は亜龍種に分類されているが、龍は龍だ。
硬そうな鱗に覆われ、角を生やした顔は迫力満点。
ギョロリと動く爬虫類系の目も剣呑な気配を発している。
「目、目が合ったっ……!?」
「気のせいです」
ま、まあ見えていないはずだしな。
翼竜は洞窟の周囲を確認。
何も見つからなかったような反応だが、異常を確かめるためかゆっくりと中から出てきた。
洞穴の中にいたのだから、体は当然その入り口よりは小さい。
それでも背丈は3メートル以上はあり、これまで見てきた魔物の中ですでに最大級なのだが――。
「う、っわ……」
翼を広げると、その全長は10メートルを超えていた。
なるほど、翼竜と名付けられるのも頷けるというものだ。
小石を撒き散らし、吠えながら翼竜が飛び立つ。
「自力で飛ぶ生物としては、翼竜が最大でしょうね」
「自力って? 龍って全部飛ぶんじゃ?」
「翼だけを使って飛ぶのは、ということです」
「なーる」
家みたいな大きさと重さの生物――魔法かスキルで補わなければ、んなもんがホイホイ飛べるはずがないのだ。
「刺激のある光景も見られたことですし、採取を始めましょう」
「ま、マジで?」
「早くしないと日が暮れてしまいますから」
「それはそうなんだけど……」
俺は空を見上げる。
住処を傷つけた敵を見つけるためか、翼竜は山頂付近を旋回していた。
ちょっと巣を傷つけられた程度で……ったく、粘着質な奴めが。
「着地にだけ気をつければ平気でしょう」
などと適当なことを言いながら、リーンが採取用の道具を亜空間から取り出した。
スコップにザルだ。
まあいいか、これくらいのスリルはいいスパイスになる……だろうたぶん。
「よし、日本という国では果たせない夢を今ここでっ」
* * *
「……何故だっ!?」
すでに翼竜は巣に帰り、頭上には2つの月が浮かんでいた。
「何故と言われましても……」
「何故にこうなるっ!?」
採取を始めた俺は大量じゃーと笑いながら、キラキラと輝く石を手当たり次第に拾い集めていった。
時にはスコップで砂利をすくい、ザルで選り分けて。
日が落ちて採取終了となるまで夢中で。
そして今、俺の集めた宝石・貴石・魔石が皿の上にある。
その数なんと――3つ。3つだ。たったの。
この50センチくらいの皿に山盛り集めたはずなのに。
リーンの鑑定魔法で調べた結果、3つしか残らなかったのだ。
ちなみに、リーンの皿の上には鑑定後の今も宝石や魔石などが大量に残っている。
というよりリーンが集めた石で、魔法による選別で弾かれたものは皆無だった。
もはや鑑定しながら拾っていたのではと思ってしまうレベル。
「端的に言うなら、アカシ様がわざわざガラスばかりを選んで拾っていたからだと」
「ぐふっ」
それっぽい石がたくさんあったせいで、集めるのに夢中で失念していたのだ。
宝石は未加工の原石の状態で見つかるのだということを。
それらはカッティングされて売られている宝石ほどには、光を綺麗に反射したりはしない。
さらに言うなら、俺が拾っていた石はほぼ透明だった。
宝石は色がついているのが基本で、そこもおかしいと言える。
違和感はなんとなく感じていた。
ガラスのように透明で、結晶のように光っているのはおかしいと。
その違和感を無視してしまったのは、ひとえにここが異世界だからだ。
魔石と呼ばれる魔力の結晶も存在している世界なのだからして、宝石がそのまま転がっていても不思議ではないと思ってしまったのだ。
その結果がアマゾンオーケーである。
ガラスばかり拾っているようですね。
石がガラス化しているのは……おそらく翼竜のブレスが原因でしょう。




