いざ魔境へ
「というわけで、やってきましたノルデン北の森」
これまでも何度か来たことがあるが、今回は奥地を――森を超えた先にあるコリドーア山脈を目指す予定だ。
「うー、しっかしこれじゃレベル上がらないよなぁ……」
森に入って数時間。何度か獣や魔物に出会ったが、そのことごとくを木剣で眠らせて放置している。
森の奥へと進む場合、殺すよりも眠らせる方が安全だと考えるからだ。
ちなみに、それぞれの戦闘はとても他愛なかった。
まだ森の入り口付近だからか、出てきた獣や魔物は小型。
加えてそこそこ凶暴――であるが故に、突っかかってくる相手に向かって木剣を突き出すだけでオーケーというクリックゲーも真っ青の単純作業だったのだ。
――いやまあ、内心ビビリまくってはいるんだけども。
「レベルを気にする必要はないのでは?」
「いやいや、2メートルの狼やら4メートルの熊とか、レベル0で立ち向かっていい魔物じゃないからっ」
事前に仕入れた情報によると、森を奥へ進むほどに獣は減り、魔物が巨大化していくらしい。
狼や猪や熊、蜘蛛、蛇といった森に棲んでいる動物の姿をした魔物が主流で、大きさは通常生物の1.5倍以上だとか。
昆虫類や蜘蛛類や爬虫類やらの場合は倍率ドンさらに10倍という、満月で変身する異星人クラスの巨大化率らしいので、出会いそのものを拒否したい。
「それをいうなら、私も1のままですし」
「そうなんだよな……」
俺と違って、リーンは獣や魔物を10体以上抹消している。
<眠りあれ>のときの狼、薬草の採取中に寄ってきた魔物などなど。
それだけ倒していれば、2になっているのが普通のはずだ。
なのに、リーンは1のまま。
「まあ種族やら職業ごとにレベルアップの速さに違いがあっても、俺としてはそんなに不思議じゃないんだけど……」
「強い種族や職業はレベルアップが遅い、ということですか?」
「そうそう、そんな感じ」
「となると、アカシ様のレベルアップも遅いかもしれませんね」
「……え?」
「1000年前の英雄様と同じ種族、ということになるのですから」
「どうだろ。前の英雄はどうか知らないけど、俺は大して強くないからなー……」
「精神エネルギーという点では比肩しているのでは?」
「う、うーん……」
日本にいた誰もがそうであるように、そんなもの自覚していない。
本当に大きいのか謎だ。
大きいからこそ優秀なスキルを持つことができる、のかもしれないが確証はない。
「少なくともレベルアップの速度はいずれわかること――右斜め前方50メートル、敵です」
「ほ、ほっほう、今度はどんなヤツだ?」
不意打ちはリーンも敬遠したいらしく、常に周囲をサーチし、こうして害意のある敵の存在を教えてくれる。
一度ワームっぽい魔物が足下から迫ってきたらしいが、大地をずらして剪断したらしい。登場すらさせてもらえないなんてちょっとかわいそう……。
とまあ、こういうタネでもなければ俺は落ち着いてなどいられない。
「大きさは1メートルほど。動きを見るに野生の猪でしょう」
「猪か……遭遇はするのか?」
「獣ですから確実とは言えませんが、こちらに向かってきていますのでおそらくは」
「よろしい、ならば戦闘だっ! サーチ・アンド・デストロイッ!!」
士気を奮い立たせて、獣の到着を待つ。
「威勢の割りに行動が」
「それを言ってはいけましぇ~んっ」
うむ、ちょっと情緒不安定なのは認める。
だってここ森だよ、樹海のど真ん中だよ。コンパスも効かないかもしれなくて正直怖いんだよな。
「お、あれか……」
茶色い毛皮に白い斑点のある獣がのそのそと腐葉土を踏み、木漏れ日を餌に生えた草を掻き分けてやってくる。
魔物ではなく自然の生物なので戦意はともかく敵意は感じないが、眠らせておくに越したことはないだろう。
そして、気づかれていないなら、待ちより先制攻撃のがいい。
「――よし」
距離が5メートルほどに迫ったところで、俺は木剣を構えて獣に躍りかかる。
猪が土に汚れた鼻を上げたとき、その脳天に俺の放った突きが命中。
催眠術も真っ青なスピードと唐突さで眠りに落ちた猪が横倒しになった。
「ふう。一丁上がりだ」
大して動いていないし疲れるはずもないのだが、これだけでも額に汗が滲む。
「これくらいの大きさならいいんだけど……」
体長1メートル、体重は100キロといったところか。
これくらいの大きさなら、牙を立てて向かってこられても避けるのはそう難しくない。躱し際に反撃する余裕もあるだろう。
「モン狩りの猪みたいな魔物が出てきたらマジで怖いな」
体長3メートル、体重1トンってな、ゾウ並みのヤツに突っ込んでこられた日には――。
「モンカリとは何です?」
「ん? ゲームだけど?」
「鬼ごっこや隠れんぼといったゲームのことですか?」
「そうだけど、体動かすわけじゃない。携帯ゲーム機ってのがあって――……」
「……アカシ様?」
「いや、夜営の時にでも話すから今はちゃんとサーチしといてくれ」
「話を聞くくらい大丈夫ですよ?」
「大丈夫じゃないかもしれないから言ってるんだよ。あれこれ想像したら魔法が疎かになるんだろ?」
「それは……そうなんですが。夜には……絶対ですよ?」
「わかったわかった」
とにかく。ダンプカーの突進なんて受けたくない。
数メートル間隔で木が生えている現状の森の様相では、そんな巨大生物は存在が難しいだろうが……。
そんなわけで周囲を警戒しつつ、さらに森の奥へと向かう。
30分ほど進んだところで、リーンが反応した。
「今回は狼型の魔物の群れですね。8、9……13体です」
「なな、なんですとっ!?」
1匹ずつならすでに戦闘経験はあるが、群れとなると――逃げたい。
「戦ってみたらいかがです? 断言しますが、防御は破られませんよ。首や手さえ守れば傷を受けることはありません」
「うーん……」
手はともかく、首は積極的に狙ってくるだろう。守って戦えるか?
「……うし、やってみるかっ」
できると判断する。
<眠りあれ>は、飛びかかってきた相手を手で振り払うだけでも発動する。
どころか、このリーンの付与魔法がかけられた制服に噛みついた瞬間、おそらく魔物は眠りに落ちる。
鋼鉄に噛みつけば歯や歯茎、あるいは顎周りにダメージが入るだろうから。
それでも、剣のみで挑むなどということはしない。
<眠りあれ>は慣性の法則を殺せないのだ。
一斉に飛びかかられれば、そのほとんどが眠ったとしても体当たりの勢いで倒れかねない。
獣に引きずり倒される――マウントポジションレベルの必敗状況だ。
接敵までのわずかな時間に俺がしたのは、まず、飛び道具の入手。
腐りかけの葉っぱの下にある土、なるべく砂利が混ざっている部分を左手に握り込む。
次に位置取りだ。
なるべく障害物が少ない開けた場所を探し、そこへ移動した。
木を背にして、目の前には六畳間程度の空間。
準備万端で魔物を待ち受ける。
「……き、来たな」
10秒程度の後に、唸りを上げる魔物が続々と現れる。
狼を大きくしたような姿で、体毛は通常生物より黒っぽい。
どいつもこいつも剥き出しにした牙の隙間から涎を垂らし、赤い目で睨みつけてきている。
さっきの猪くらいなら1対1で余裕で噛み殺してしまいそうなくらいに強そうで――そんなのが10匹以上もいるわけだ。
――め、めっちゃ怖い。
「だが、しかぁしっ……! これを喰らえぃっ!!」
囲みに来る前に群れに向かって突っ込みつつ、左手の土を思いっきり振りまいてやる。
おそらく、体に当たってもダメージは通らない。
けど――。
「うっしゃあっ……!」
予想通り、土をかけられた魔物のほとんどがその場に崩れ落ちた。
魔物といっても原型は狼。獣だ。
その生態は強力・凶暴になっただけでさほど違いはない。
目や鼻あたりの粘膜に当たれば、砂粒でも1ダメージくらいにはなるのだ。
残りは後方にいた4匹。
眠っている連中を踏まないよう気をつけつつ、接近する。
人間が同じ状況になれば取り乱す可能性があるが、さすがに相手は凶暴な魔物。
仲間が原因不明の状態に陥ろうが、敵意も戦意も削られていない。
それが仇だ。
躊躇いなく向かってきた1匹目を横に飛びながら打ち払い、返す刀で2匹目の脳天を打つ。
着地したとき、残り2匹がほとんど同時に飛びかかってきた。
しかし――2匹ならば直線で結ぶことができる。
タイミングを計って繰り出した一閃は、狙い通り1匹目の前足をはたき、2匹目の胴体に命中。
元の世界でこんなことができたかというと、答えは否だろう。
身体能力だけでなく、動体視力やら器用さやら、もろもろが向上しているようだ。
幸い魔物同士が接触したりして睡眠が解けることもなく、<眠りあれ>にて無力化完了だ。
「ふうっ……」
そうして俺が一息ついたとき――光が弾けた。
続けて、背後からドサッという音が聞こえてきた。
「油断大敵ですよ、アカシ様」
振り返ると、倒れている魔物の姿。
どうやら、1匹が回り込んでいたらしい。
「倒した数はきちんと把握しておかないと」
「んな余裕あるかっ!」
正直いっぱいいっぱいだったのだ。
だけど、最初の不意打ちで数の把握が困難になったとはいえ、総数を知っていた以上は眠らせた敵の数は数えておくべきだった。
「……まあ、次からは気をつける。あと助かった。サンキュー」
「いえ、当然のことをしたまでです。狙いは足だったようなので、私が手を出さなくともダメージはなかったでしょう」
まあ足なら、噛みつかれた瞬間に眠るかもしれないけど……攻撃を受けるのはやっぱゾッとしない。
「それはいいにしても、俺も探知系のスキルとか覚えられないかなー?」
「何もかも自分でできたらつまらないですよ?」
「そーいう問題じゃなくてだな……」
「パーティーは足りない要素を互いに補うために存在しているのです」
正論だ。正論だが……言いくるめられているような気がしなくもない。
「それにしても、やはり強力なスキルですね」
「あ、ああ。敵の無力化って点に関しては、ホントにチート級だ」
スキルによって睡眠状態の魔物たちを見下ろす。
HPが数字化されていないから、割合的には小数点以下のダメージ量でも発動している気がする。
「集団戦用に礫は常備しておくべきか……」
「その場で調達できるとは限りませんから、用意しておくのが正着でしょう」
「んー、じゃあ小石……いや、小石より砂利のがいいのかなー」
「どうでしょうね、相手によりけりですが……」
まとめて投げるなら、小石なら1センチ程度まで。
それを全力で投げたとして、例えばこの狼型の魔物にダメージは与えられるのか。
試してみるのが手っ取り早いけど、まあたぶんいける。
今の身体能力なら時速100キロなんて軽いもんだ。
あいたっ、と思う程度のダメージなら通るはず。
砂利の場合はさっきみたいに、目や鼻など防御が薄い場所に当たってくれないと効かない。
ただ、人間相手なら皮膚に当たりさえすればいけそうだ。
「うーむ……」
「両方持っておけばいいのでは?」
「お、おおおっ、それもそうだな。頭いいなリーンっ!」
「いえ、その……そう考えられない理由でもおありで?」
「んー……いや、なんというか、選択肢があればひとつを選ばなければならないというか……なはははっ」
頭の中にどっちにするかという選択肢を浮かべていた。
「ってなわけで、両方ともポケットに仕込むことにしよう」
入れるのはブレザーの腰にあるポケット。左に砂利、右に小石でいいかな。
リーンの付与魔法のおかげで服そのものが汚れる心配はない。
それでも土というのは何なので、今後はできれば川で調達したいところだ。
「あと、罠とかも悪くないかな」
「罠ですか」
「まず思い浮かぶのが撒菱」
「――マキビシとは?」
忍者が使ってた云々をリーンに説明する。
忍者の概念まで説明する羽目になったが。
「そういう道具でしたら、効果的な魔物もいそうですね」
「足の裏にチクッと刺さってくれるだけで十分だしな」
「気になるのは一度地面に落ちた道具によるダメージの発生源が、アカシ様だと判定されるかどうかですが……」
「んー、際どいかもだな。だったら糸とかで繋いで持っておくとか? それなら回収しやすいし、武器判定ってことで一石二鳥のはずっ」
「なんと言いますか……こすいですね」
「俺は英雄になる必要はない。だからこれでいいのだ」
1時間に1回程度の頻度で獣や魔物と遭遇しながら、奥へ奥へと足を進めていく。




