英雄の末裔
懇親と打ち上げを兼ねた夕食の後、俺とリーンはアッシュを部屋に招待していた。
「まず、その<カタナ>――見せてもらって構いませんか?」
「……構わないが、抜けないと思うぞ」
「なるほど、確かに」
リーンが柄に手をかけても、刃が姿を見せることはなかった。
「アッシュ様はこれを抜けるのですか?」
「ああ」
「では、私たちのことを語るにあたり、アカシ様にこれを抜いてもらうのがいいでしょう」
と、リーンに<カタナ>を渡される。
「俺で抜けるのか?」
「適性があるので抜けると思いますよ」
「それもそうか……」
柄を握って力を込めると、キッと金属が擦れるような音が聞こえた。
「――なっ……!?」
アッシュの驚きの声の中、俺はそのまま、ロマンの塊である刀を抜き放つ。できるだけかっこよさげな動きで。……危うく切っ先で指切りそうになった。
それはさておき、露わになったのは白刃ではなく、月を斬りそうな黒刃だった。
「おおっ、かっこいいっ! 刃が黒いっ!」
だけど、刀という形状を持ってはいるが、これは刀とは別物だ。
<神器適性>のスキルがなんとなく教えてくれている。
この<カタナ>は近接武器じゃない。おそらくは、魔力を使って使用する魔具だ。
まあそれはともかくとして。
刃毀れ一つ無い漆黒の刀身は、吸い込まれそうになるほど美しい。
見る者を虜にするこの芸術性が刀の真髄の一つならば、これは刀と呼ぶに相応しくもあるだろう。
「――素晴らしい業物ですね」
「あ、ああ、そうだな」
「いえ、ちょっと言ってみたかっただけですはい……」
色々な角度から眺めた後、鞘に戻してアッシュに返した。
「アッシュ様。天使である私が保証します。あなたが正しく英雄様の末裔であり、この<カタナ>が英雄様の用いた神器である、と」
「……天使……そうか、天界へ消えたとされる天使ならばこそ、知っていることもあるのだろうな」
「あなたの魔力ではその神器の力を全て引き出すことは不可能でしょうが、それでも一部は扱えるはずです。現在の世界には過ぎた力かもしれません、使用にはくれぐれもご注意を」
「なるほど……魔力不足か。納得したよ」
アッシュはテーブルの上に<カタナ>を置いて、イスに腰を下ろした。
「心配には及ばない。俺が使うと魔力を根こそぎ持っていかれる上に、魔力が完全な状態でも亜龍を倒せる程度の威力しか出ない」
「それって、けっこうすごくないですか? 一匹でも龍を倒せるってことでしょ?」
「亜龍だ。本物の龍に遭ったことはないし、致命傷を与えられるかと問われると首を傾げるな。まして――1000年かけても、あんな砂漠など作れはしない」
「……あの砂漠って、その<カタナ>で?」
「英雄様の魔力がそれだけ規格外だったということですよ」
魔力があれば、この<カタナ>は核兵器並の武器になるらしい。
「リーン、君が天使であることは理解した。では、神器を抜けるアカシは何者だ?」
「英雄様と同郷の方です」
「――え、そうなのっ!?」
アッシュよりもむしろ俺が驚いてしまう。
「……ということは、異世界からの?」
「1000年前とは違い、遣わされた理由は単なる世界間の交流ですが――」
「ふむ……」
「なあリーン。刀といいアッシュの容姿といいさ、1000年前の英雄も日本人なわけ? 何にも聞いてないんだけど……」
「今のアカシ様の世界は重すぎるという話ですよ」
「重い?」
「世界に住む者たちの精神エネルギーが大きすぎるせいで、時間の進みが遅いのです」
「……もしこの世界で1年過ごしてから向こうに戻っても、1年経ってないってことか」
「3日と経っていないかもしれませんね」
となると。
元の世界の1年は、他の世界の10年や100年にもなるわけだ。
年間1000人とか言ってたが、そう考えるとそう多くはないのかもしれない。
「こちらの世界で1000年でもアカシ様の世界では10年前に過ぎないのかもしれません。神も基本的にその時間の流れに乗って動いていますし、いかんせんこの世界の神はゾネ様ですからね……」
「英雄の出身世界のことを忘れていてもおかしくないって?」
爺さんも爺さんで、自分で作ったシステムに自分の仕事をやらせているっぽいし、全ての案件を覚えているなんてことは期待できない。
「まったく、いい加減な世の中だ……」
「それにしても、英雄様が作った里があることは知っていましたが――もう滅びたものだとばかり」
「世俗との交わりを拒んでいたらしいからな。厳密には俺ではなく、祖父が里の最後のひとりだ」
アッシュの祖父は里を捨て、冒険者になったらしい。
英雄の血を絶やすことは考えられなかったということで、冒険者をしていて知り合った女性と結婚。
そこからはまあ、普通の家のあり方と変わらないそうだ。
「俺が冒険者になったのは祖父から<カタナ>を継いだからだ」
アッシュの父は<カタナ>を抜けなかったという。
アッシュの姉と弟も抜けないそうだ。
英雄の里の記録によると、スキル所有者の孫までがスキルが遺伝する範囲らしい。
アッシュの家系の場合だと、アッシュの姉と弟の子供にスキル所有者が生まれる可能性はない、ということになる。
「隔世遺伝の俺の場合、子や孫にスキル所有者が現れる可能性は低いそうだ。伴侶がスキルを持っていれば話は別だが……」
「もういないわけでしょう?」
「ああ。だから、英雄の子孫で<カタナ>を抜けるのはおそらく俺で最後になるだろうな」
「……スキル継承者が絶えそうだっていうのに、なんていうか……」
アッシュの態度には清々しささえ感じる。
「1000年――ちょうどいい区切りだろう。新しい異世界人も来たことだしな。それに、力がなくなれば利用されることを危惧して隠れている必要もない。あとは血を残していくだけでいいだろう」
「そうですね。混乱した世を平定して後の英雄様とその子孫の方々には、この世界に対して過分のお気遣いをいただきました。もう――解放されていい頃だと私も思います」
「……ありがとう」
頭を下げると、アッシュは腰に<カタナ>を差した。
「アカシ、リーン。今日は色々とすっきりしたよ。――また会うこともあるだろう、そのときはよろしく頼む」
「こちらこそ」
「アッシュ様もどうか良き旅を」
最後にそれぞれ握手を交わして、俺とリーンはアッシュを見送った。
* * *
「いやー、いきなり英雄の子孫と会うとはなー」
まだまだ使い慣れない羽根ペンで日記帳に文字を書き連ねながら、今日のことを回想する。
「女神の導きという名の奇跡でしょう」
「ないないない。そんなのあってたまるかって」
最初に交流したのが英雄の子孫がいるパーティー。偶然にしては出来過ぎだとは思う。
けど、女神の導きなんていい感じの言葉は信じないし騙されんぞっ。
「実際のところはわかりませんが、少なくともアカシ様が<カタナ>のことを言い出さなければ私は気づかなかったでしょう」
「まさか神器の名前が<カタナ>とはねえ……」
「武器の名を聞かれた際に、英雄様が『これはカタナだ』と答えたからだと伝わっています」
「それで固有名詞に……」
仰々しい厨二病的な名前がついているよりはいいかもしれないけど。
「刀のことも書いとくか」
刀は日本人のロマンであり誇りだ。
故に、なるべく正しい情報を記しておかなければならない。よね?
英雄様の子孫……念のため、使い魔をつけておきましょうか。




