貴族の狙いはどっち?
~あらすじ~
潜水艦隊で制海権を取る! 運用する人員が必要じゃん? じゃあ探そう集めよう!
「……はぁ」
貴族らしき男の言葉に、俺はげんなりとした溜息をこぼした。
やっぱりそういう手合いかー……と。
それにしても、やっぱりリーン目当てだったんじゃないか。
リーンが読み違うなんて珍しいこともあったもんだ。
いや、今はそれはいい。
これはどう答えるべきだ? ――だが断る?
通じないネタを言っても仕方ないので、とりあえず首に回されている手を振りほどいた。
「ちょっと勘違いしてるみたいですけど、後ろの2人は仲間であって、従者じゃないんで――」
「いえ、従者ですよ?」
「――あれっ!? そこ肯定しちゃうのっ!?」
「うむ。これももろうたしのぅ」
従者の登録証を見せるエイヴ。
さんざん出入りしていたのでフリーっぽく思えるが、士官学校内には誰でも入れるわけではない。
部外者の出入りは禁止で、従者も生徒1人につき2人までだ。そうでないと収拾がつかなくなる。
ちなみにこれは登録証により管理されているため、一般人の生徒が権利を貴族に売るケースもあるようだ。いや、そんなことはどうでもいい。
「2人の意見はともかく、仲間を貸すとかあり得ないんでどうぞお引き取り下さい」
「おいおい、先輩に対する礼儀がなってないな。素直に頷いておけよ、新入生」
見た目だけ貴公子な先輩が、俺に払われた手をさすりながらそんなことを口にする。
微妙に気分を害したらしい。
なまじ整った顔立ちをしているのでそれなりの迫力があるが、シュライエンさんのおかげで威圧の耐性が上がってるっぽいので気圧されたりはしない。
「お断りします」
「チッ」
露骨な舌打ちが聞こえた。
振り払ったときに<眠りあれ>が発動するよう攻撃的な意志を込めておくべきだったかもしれんな。
「どうやら、わかりにくかったみたいだな。俺は命令してるんだよ。お前の従者を俺によこせ、ってな」
おいおいなんだそれは。そんな要求が通ると思ってるのか?
ちらっと周囲を見る。
可愛い新入生が先輩に理不尽なカツアゲを受けているというのに助けがない。
関わり合いになりたくないとばかりに遠巻きにコソコソとこっちを見てるだけだ。
新入生やその従者なら仕方ないにしても、教師陣もいるように見えるんだが……。
これは通っちゃう流れらしいな……。
「俺は拒否してるんですけど。嫌だ、って」
「……おいおい、アイツ大丈夫か?」
「公爵家の嫡男にケンカ売りやがったぞ……」
周囲でそんなひそひそ声が。
公爵……確かティナの家がそうだったな。
王族の次くらいに偉いんだっけ。国によっては王族の血を引いているとか。
面倒くさいなーもうー……。
「まったく……平民の教養の無さは嘆かわしいな。一日だけでいいっていう俺の善意がわからないかね?」
「リーン……なんか俺の翻訳スキル、異常がある気がするんだけど気のせい?」
「気のせいです」
だよな。エラー出てたらよかったのにな……。
要するにこの貴公子は俺が何を言っても聞く耳は持たないと、そういうことなわけだ。
この場を切り抜ける方法は逃亡か、さもなくば暴力か。
それらを選ぶ前に、念のためにもうひとつの手段も試しておこうかな……。
「そういうのは俺じゃなくて、まず本人に聞いてみてくれますか? 本人がいいって言うなら、俺に文句を言う筋合いはないですから」
と、無責任にもリーンと話すように促してみる。
「……アカシ様、それは勘違いというものですよ」
「え?」
「――は? 何言ってるんだお前? そっちの銀髪娘の方に決まってるだろ?」
「え……――え?」
一瞬、思考が何もかも停止した。
「え、ええっと……?」
じゃあ、この貴公子の目的はリーンじゃなくてエイヴか? エイヴが希望なのか?
いや、まあ、わからなくもないよ?
銀の髪に、金が混じって見える黒瞳、ダークブラウンの肌。
それらが相まって、エイヴという少女にはどこか古代的で、幻想的な雰囲気がある。
黒い翼が加われば、それはもう絵になるのだ。その光景を切り取って保存したいと思うくらいに。
エイヴが魅力的な美少女であることに疑いはない。
だが、外見の年齢はおまけにおまけをしても……12歳くらいなのだ。
可愛い。美しい。魅力的だ。陳腐な表現ではあるが本心からそう思う。
けれど性的に催したりはしない。数年後にはちょっと保証しかねるけれども。
とにかく、エイヴはそういう姿だからして――。
「言ったではありませんか。私には関係ないと」
俺は戦慄していたが、リーンは気づいていたようだ。
たぶん自分に視線が来なかったとかそういう感じなのだろう。
「はっはっは、お主、妾を選ぶとはなかなか見る目があるではないかっ!」
エイヴはちょっと嬉しそうな顔で頷くと、男を見上げる。
え、えっと……本人の意志に任せるとは言ったけど……大丈夫?
「エイヴ……そいつたぶんロリコンだぞ、いいのか?」
「ロリコン言うでないわっ!」
ああ……。
エイヴ的には自分を気に入った男がロリコンだと、自分がロリということになってしまうわけか。
いや、そこを逆用すればなんとか……。
「えーと……こう見えて、エイヴは大人なんですよ。あなたの趣味には合わないのでは?」
「いいや? 俺は年齢なんか気にしないからな。ああ、生意気そうなところも実にいいじゃないか。屈服させたくなるね」
だめか……。
どうやら外見重視の嗜好をお持ちのようだ。
なんで入学式からこんなことに……。
「で? その娘がいいと言ったら俺のモノにしていいんだな?」
「まあ……いいって言ったら、本人の合意の上でお好きにどうぞ」
「――そいつが払っている給金の3倍出してやるよ。どうだ?」
と、貴公子風味の男がエイヴに話を持ちかけた。
従者として雇ってるわけじゃないと言ってるのに。あ、本人が否定したっけ?
だいたい、エイヴは金持ちだからそんなんで釣れるわけないだろ……。
あとゼロを3倍にしてもゼロだからな。
「ずいぶんと安く見られたものじゃのぅ」
うん、ゼロだからな。
とりあえずエイヴに任せておくか……ちょこっと不安はあるけど。
「なら、5倍出してやる。それで俺のモノになるんだ。わかったな?」
「――察しが悪いのぅ。妾は金では飼えんと言っておるのじゃ!」
エイヴはドーンッという効果音が出そうな感じで狼宣言をした。
* * *
「大人しく引き下がった……わけじゃないんだろうな」
エイヴの啖呵の後、二流貴公子はハッと小馬鹿にしたように笑って去っていった。
諦めた、ようには見えなかった。
「エイヴ様が『金で飼えない宣言』をしたので、権力を用いてきそうですね」
「公爵家とか言ってたもんなー……はぁ……面倒なことにならなければいいけど」
もうなっている説もある。
周囲の生温かい同情の視線からしても、ほぼ確実に。
「――楽しい学園生活になりそうで何よりではないですか?」
「そりゃ当事者じゃなければ楽しめそうだけどな……」
「はっはっは、あやつ、どう出てくるかのう?」
「……当事者も楽しんでいるようですが?」
「エイヴさ、あの三流貴公子の目的ちゃんとわかってるか?」
「妾の体目当てじゃろう? ――お主、妾が何年生きていると思っておるのじゃ?」
「ごもっとも」
外見やら性格やら頷けない部分はあれども、エイヴは精神的には1000年の時を生きている。
傍目からは俺の方が保護者に見えるかもしれないが、実態は逆と言って差し支えないのだ。
「じゃああの貴公子のそっくりさんに選ばれて喜んでたっぽかったのも、演技だった……?」
「――む? うむぅ……むむむっ……それはまあ、のう?」
エイヴは視線を泳がせ、髪の毛をいじいじする。
やっぱり嬉しかったのか……。
「そのようですね」
「心を読むな、びっくりするだろっ」
「む? 何の話じゃ?」
「いや、なんでも。しっかし、話には聞いてたがあんなのもいるんだな……」
たぶん20歳前後だと思うのだが、公爵家に生まれた上に男尊女卑の社会でどうしてああなった?
女を思い通りにしたいという欲求は本能から生じているものだとしても、その対象年齢が低くなったのが激しく謎だ。
「あの様子ですと、常習犯でしょうね――この国にはアカシ様の世界のように、相手の年齢による罰則はないようですが」
「幼気な娘を弄ぶとは許せん。1000年前はそういう輩から叩き潰したが――」
「潰したのか……」
「最優先目標は王やその側近でしたが、平行して奴隷の救出にも動いていましたよ」
「悪魔総員で同時に100カ所以上を攻めたからのぅ」
戦艦の主砲みたいな威力の上級魔法を撃ち込んだら、最低でも家ごとになってしまう。
悪魔の眷属を天使の圧政から解放することが大義なんだから、それではだめだったんだろうな。
にしても一騎当千とはいえ、相手もそうだったわけで、ずいぶん無茶な作戦行動をしたもんだ。
「悪魔の一斉蜂起――後世には天使を追い詰めていく場面が英雄様の降臨と共に語り継がれていますが、真に特筆すべきは勝敗を決したその奇襲作戦でしょう」
悪魔はその奇襲によって――天使の半数を墜とした。
ほぼ損害ゼロで。
その時点で勝敗は決まり、天使は北へ北へと追い詰められていった。
「中でもエイヴ様の活躍は随一。単騎で王城に攻め入っていますからね。子細に伝わっていればエイヴ様も英雄と呼ばれていたでしょう」
「うむ……当時は若かったのじゃ」
そういう問題か……?
当時も10歳かそこらなんだから、若いのは確かだけど……。
「よく周りが許したよな……」
「普段から10人くらいを相手に訓練しておったしの」
それで圧倒していたというのか。
それくらいできないようでは、齢10の少女が王なんて立場になるはずがないもんな……。
「エイヴ様がいたからこそ蜂起が成った、とも言えますね」
討たれることがない最強の王。
それが反則的なのは、将棋やチェスにそんな王がいたらゲームが崩壊することからも明らかであろう。
俺が心配するのは元々おこがましいとはいえ、やはりエイヴにも心配は不要なようだ。
「で、あいつもプチッと潰すのか?」
「ふむ。巣から引っ張り出してまで構うつもりはないが、向こうからたかってきたとなればのぅ。とはいえ、まだ刺しにきたとまでは言えん――」
「現在進行形で刺されてる奴がいるかもしれないぞ」
「そこじゃな……あんまりのんびり構えてもいられまい」
「アカシ様としてはどうなのです?」
「見えちゃった以上は、ほっとくつもりはない……んだけどさ」
被害に遭っている少女がいるかもしれない。
放置はできないし、したくもないのだが――。
「同じ公爵家でも、ティナのとは問題の質が違うからな……」
「救助活動と軍事行動くらいには違いますね」
「まあね……」
ティナのときは家族ゲンカに第三者的な立場から手を貸したくらいの感じだった……いや、俺は何もしてなかったけど。
今回は俺たちが当事者で、相手は明確に敵対してくる。
少なくともこちらから見ると、悪意を持って向かってくるのだ。
「基本的には相手の出方を見て動こうと思うんだけど、その前に、今夜にでも潜入調査とかしておきたいな」
俺とアリアだけでもできるかもしれないが、やはり天魔の力は借りたいところだ。
「――賛成です」
「うむ、妾もじゃ」
「よし。じゃ、そういうことで……とりあえず帰るか」
「……――アカシ様。被害者が見つかったら、どうされます?」
「そう、だな……」
エイヴを求めているなら、今はいないのかもしれないが……それでも決して低い可能性ではない。
今いるにしてもいないにしても、被害者の存在が今回の問題の本質だ。
現在の被害者と未来の被害者をどうするか。
エイヴや俺たちが身を守るだけなら簡単だ。
俺たちは別にこの国に愛着があるわけではない。買った家がもったいないが、いざとなれば国を出れば相手はそれ以上干渉してはこれない。
しかし、この国で暮らしている人たちはそうはいかない。
公爵家なんてものを相手にしては身を守れないだろう。
周囲にいた誰もが関わってこなかったことからもそれは明らかだ。
あの映す価値のない貴公子を放置しておけば、被害者が生まれ続ける。その可能性が高い。
その手のことを言い出せばきりがないが、見つけてしまった分は対処しておきたい。
ゴキブリやクモに対する感情と似たようなものだ。
どんなに嫌悪していても、いるのがわかっていても、隠れている状態なら自宅でさえ完全殲滅に動く人は稀だろう。
逆に、奴らがひとたび姿を現したら、ありとあらゆる手段を持って末代に至るまで抹殺に動く。そんな感じだ。
「まず、保護する。それからのことは、それから考えよう」




