士官学校入学式
月が変わって、年も変わり――。
1月10日、大演習場にて士官学校の入学式が行われている。
長期休暇中それなりの頻度で通っていたので心機一転ということもなく、授業が始まる前の日くらいの意味合いしか感じないけど。
オーステン王国各地からやってきて、一同に会した新入生は814名――。
入学条件は15歳以上と下限が設けられているだけなので、顔ぶれはなかなかバラエティーに富んでいた。
最大派閥は当然10代ながら、放蕩息子が放り込まれでもしたのか貴族の2~30代も少なくはなかった。
そのやる気のなさそうな感じは本質的には気が合いそうだが、それ故に接触することはなさそうだ。
平民は貴族っぽい格好はするなよ、みたいな規則でもあるのか、貴族と平民はそれなりに見分けがつく。割合的には貴族が海で、平民は陸地といった感じだ。
新入生の中でも、特に上級貴族の子息は国家運営の担い手となっていく。
そのため、宰相や将軍を始めとした政治軍事の実務を担当している賓客が少なからず参席していた。いや、顔も名前も知らないから、偉そうな雰囲気的にたぶんというだけだが。
国が平和といえども護衛はちゃんといて、貴賓席とは思えないくらい物々しい雰囲気を放っていたりする。
演習場の東側の見学席には父兄席が設けられていて、それなりに埋まっていた。レオノーレの父・コンラットさんも来ているかもしれない。いや、当然来ているだろう。
父兄席の後方では生徒の従者などが待機している。リーンやエイヴがそこにいるが、アリアは実体化せず俺の傍にいる。
見学席の西側には在校生の姿があった。
入学式の準備を行った学生自治会――生徒会の面々らしい。
屋外かつ新入生が起立状態で行われることを除けば、日本の学校の入学式とそれほど違いはないようだ。
* * *
好況不況により差は出てくるが、814という新入生の数はだいたい例年と同じ程度らしい。
エストリヒ士官学校は5年制なので、生徒数はおよそ4000人ほどになる。
規模的には少し名の知れた普通の大学くらいか。
女性の比率は2割程度。
玉の輿を狙っているかもしれない貴族の息女が多いという話だが、魔力的には有望のようだ。
魔具――法具を日常的に使っているからだろう。
そのため、学年に比例するように魔力の平均値は上がっていく。
授業などで接点が生まれるはずの同級生より、見知らぬ先輩に話を持ちかける必要があるわけだ。
実に憂鬱な話だ。
戦艦・潜水艦の乗員を集めると決めてから早半月。
<シエスタ>はパーティーメンバーを3人増やすことに成功している。
しかしながら、俺ひとりで勧誘を成功させた事例はない。
成功した場面では常にリーンとエイヴがいた。
当然の話だ。
いかにAランク印籠のパワーがあるとはいえ、男単独と男女複合では説得力が違う。
男尊女卑の社会である以上、泣きを見るケースが多い女性側は男性からの勧誘には慎重なのだ。最初だけ甘い顔をするなんて、詐欺師の常套手段だし……。
だいたい、男が女をパーティーに勧誘する行為ってナンパと同じではないか?
草食系の権化たる俺にはそもそもハードルが高い上に、ノウハウもない。苦戦するに決まっている。
そこで思い浮かんだのは、リーンは俺が苦労するところを見たくて女性限定なんてことを言い出したのではないかという疑い……。
心が折れかけていたこともあって、男も勧誘していいかと相談したら天使からはこんな答えが返ってきた。
「女性だけなら、<アルテミス>にメンバーを譲渡できますから」
あ、はい。という感じだった。
どういう状況を想定しているかは知らないが、受け皿を確保しておくのは無難な判断ではある。ただ、やはり天使は黒い。
そこからは3人で行動するようになった。
失敗率は変わらず高かったが、誘いに乗ってくれる人もぽつぽつ出てきた。
最初の1人は神聖術を使える女冒険者さん。
横柄な男メンバーに嫌気が差してきていたらしく、そのパーティーを脱退して<シエスタ>に加入してくれた。
次はスキルだと思って魔法を使っていた女兵士さん。
セクハラが多い職場に腹が立っていたらしく、依願退職して以下同文。
3人目は純粋に魔力が高い、エイヴ見立てでエルフの血が少し混ざっている服屋の美人店員さん。
貴族の馬鹿息子に言い寄られていてちょうど新しい職場を探していたらしく、離職して以下同文。
この世界、というか人族の社会、ちょっとまずくないかな……?
まあ、そのおかげでスカウトに成功したわけだけど。
「では、これにて本年度の――」
と、眠気覚ましにここ半月を振り返っている間に入学式は閉式となった。
* * *
会場となった演習場を出て、リーンとエイヴと合流した。
周囲でも従者と合流するという似たような光景が多々見受けられる。
俺も貴族のボンボンに見えるのだろうか?
……まあ俺のことなんて誰も気にしてないだろうけど。
いや……そうでもないか。リーンの容姿が目立ちすぎるからな。
俺ですら視線を感じるくらいだから、リーン本人にはとんでもない数の視線が向いていることだろう。
大闘技祭のときといい今といい、当人はまったく気にしていない様子だが。
「で、新入生……どうだった?」
「――それなりの割合でいましたね」
「うむ。貴族の子は小さい頃から法具に触れているのじゃろう」
なんてことを話していると……。
「――おっ、いたいたっ!」
そんな声が少し離れたところから聞こえた。
聞き間違いでなければ、その男の声はこっちに向けられていたような気がする。
なんか……嫌な予感がした。
「ほらほら、そこ、邪魔邪魔っ」
姿は見えないが、貴族の子息たちを無造作に掻き分けているようだ。
従者やら護衛から文句が飛びそうなものだが、そんな声は聞こえない。
こっちに来ませんように、なんて祈りはもちろん通じなかった。
金髪碧眼の貴公子を絵に描いたような男が現れて、俺たちの方へ一直線に向かってきた。
「……リーン、電撃電撃」
「必要ないかと。私には関係がないようなので」
「は……?」
どう考えてもリーン目当てだと思うんだが……。
そうこうしているうちに、貴公子風の男は目の前に迫っていた。
「あー……俺たちに、なにか?」
「――ふぅん?」
俺の問いには答えず、ただ顔をじろじろ見てくる。
人の良さそうな笑顔を浮かべているが、不快な視線だった。
「知らない顔だな」
そりゃそうだろう。初対面もいいとこだ。
「お前は俺のこと知ってるか?」
「いいえ、知りません」
上級生みたいなので、一応敬語で返したものの……それくらいで逃れられないだろうな。
それに、そうとしか答えられなかったとはいえ、たぶん俺の答えは地雷だ。
「ふぅん、なるほどね」
案の定、男の笑みが邪悪な雰囲気に変わった。
かと思うと、馴れ馴れしく肩を組んでくる。
そして、自分が上位にいることを示すかのように俺の頭をグイッと引き寄せ、耳元で要求を口にする。
「お前の従者、なかなかいいな。一晩貸せよ。な?」
ああもう、だからリーンは来なくていいって言ったのに……。
もっとも、こういう事態を予見していたからこそ、この入学式に来た可能性もある。
困ったもんだ。




