【鮮明な夢。それと”生”。】034【葉矛】
【個体の武器】
【雅木葉矛】-0-34----鮮明な夢。それと”生”。
------ここは夢の中だ。
あらゆる感覚が鮮明で、やけに現実味を帯びた視点で進行している。
しかし、この事柄は全て現実ではない。
思考がそれを告げる。
まず、僕はそれを受け入れた。
異様に鮮明な夢だ。
まるで現実かと錯覚させる程に鮮明。
聴覚、視覚、嗅覚。そして思考。
夢の中なのに、全てがはっきりしていた。
それでも僕は断言出来る。これは現実ではない。
僕とは全く関係の無い話しだ。
この世界でも僕には五感がある。考える事も出来る。思考は夢だって認識している。
……違うな。
僕は夢だって理解ってる訳じゃない。
『現実じゃない』って判っているんだ。
言葉遊びにも聞こえるだろうが、事実”夢”だとは断言出来ない。
夢というにはちょっと違う気がする。
しかし、僕は他の言葉でそれを表現出来ない。
その夢の中に”僕”は『居なかった』。
だけれども、そこには確かに僕が『存在した』。
意味を説明するなら、僕は登場人物としてでは無く意識的な物として夢の中の世界を傍観していた。
それは霊体的に漂う様にでは無く、媒体を持ってしてその場に固定されている様な感覚だ。
夢の中で僕は僕じゃなくて、”彼”だった。
よくある夢の中だけ”彼”に『なっている』って感じではない。
”彼”に『憑いている』状態だ。
僕が彼として行動出来る訳じゃなくて、彼の行動を自分がした事の様に感じられる状態。
意識を働かせ、体を動かそうとしても無理。
勝手に体が予め決められた行動を進行させて行く。
最初から事柄の結末は決まっているのだ。
映像を体感していると言えば判り易いか。
なんとなく先が予想出来ても、僕に回避する術は無い。
僕は影響力を持たない。
夢の中で僕は傍観者以上の者ではない。
僕はその世界に影響を与えられない存在だ。
ただ内容を認識し、そして思考を働かせる事しか出来ない。
だから僕は起こる事柄を汲み取り理解しようと、必至になって夢の内容に集中した。
------まず、”彼”は少年だ。
年齢は恐らく僕より年下。
中年生くらいだろう。
ただ、この年齢にして体付きは僕よりも良い様だ。
運動神経、反射神経、視力思考能力。
全てが僕よりもはるかに高い。
そして”その体を使う感覚を味わっている”僕は、普段以上に有り余る力や行動力を感じていた。
この体は自分の体でいるよりも軽く、そして馴染み、思い通りに動く。
僕は彼の身体についてなんでも把握出来る。
外見、大体の運動神経、今負っている怪我、要するに身体の状態。
まるで自分の体の事の様に把握出来る。
……だけど、僕には彼の記憶が無い。
彼の記憶までは把握出来ない。
自分コトの様に身体については把握出来ているのに、記憶だけはすっぽりと抜け落ちている。
……故に。
僕という存在が分からなくなりかける。
身体とそれを動かす思考がかみ合っていないのだ。
実際思考に体を動かす能力が無かったとしても、思考は体との矛盾に苛まれる。
元の体との違いに戸惑いを感じる。
……気持が悪い。
……気味が悪い。
僕は僕なのに、今は彼であって、僕は彼なのに、彼の記憶を持たなくて。
僕って、なんなんだ?
『……ッ。』
……考えるのは止めた。
冷静にコトを考えられた。
僕は僕だ。
僕は僕としての記憶と人格を持ちながら、つまり僕の思考で物事を理解し、しかし同時に彼の視点で物事を傍観していくのだ。
先程言ったのと同じ。
映像を見ているのと同じなのだ。
僕とはなんの関係もない出来事を”知る”だけだ。
あまり深く考えすぎると思考が壊れてしま……。
------、ふと。
黒髪の彼の傍らには、いつだってこの少女がいるのだ。
少女は綺麗な銀髪で、透き通った蒼い瞳をしていて、いつも彼の眼差しを正面から受ける。
彼女は少年の顔なじみだ。
少女はいつも彼の思いを汲む。
彼女はいつも彼を支え続けた。
2人は互いを必要とし、そして絆で結ばれた仲で……。
------不意に少女は口を開いた。
今から名前を呼ぶのだ。
黒髪の少年の名を。
いつも通りに。
------そう。
”俺”の名前は……。
------。
------。
------、------。
「------、う?ん……?」
__僕は体を起こした。
体の節々が痛い。そして体が重い。
体を起こし、そしてもう一度横たわった。
地面にうつ伏せるのが一番楽な体勢だった。
……いつの間にやら眠っていた様だ。
頭が酷く痛む……。
それに状況が飲込めない。
まず、僕は何をしていたんだっけ?
自体を把握するため、僕は重い体にむち打ってなんとか立上がり辺りを見渡す。
どうやらここは研究所か、それに近いなにかの施設の様だ。
何かの入った試験管や、ガラスケース。
顕微鏡、培養板、標本の様なものがずらりと並ぶライトアップされた特殊なケース。
その他にも良くわからない機材が周囲に散乱している。
……ふと、僕の周りの部分だけやけに散らかっているというか、廃墟と化している事に気がつく。
僕の周りだけ崩れたコンクリートが散乱し、非情に埃っぽい。
何か余程の事があったに違いない。
そう思うには十分過ぎる程、悲惨な惨状になっている。
……僕の周りの一部分だけ。
まだ良く思い出せない。
そもそも、僕はどうしてここにいるんだ?
もっとここのことが分かるものは無いか。
隅々までくまなく目を配って行く。
「う、うわ!?」
自分の足下を見たときだ。
足下に血だまりが出来ているではないか!
主に、僕の立っているこの地点を中心に血のシミが広がっている。
あまりの生々しい光景に言葉を失った。
一体なんでこんなことになって……?
「……うゥ?」
依然、頭には鈍痛が響いている。
まだ物事を細かく考えれる様な状態ではない。
でも、とりあえず思い出したことがあるぞ。
確か、僕は死にかけた。死にかけたはずだ。
……いいや、正確には違う。
”殺されかけた”んだ。
事故とかではなく、誰かが人為的に僕を狙って……。
えっと、なんでだっけ?なんで僕は命を狙われる様な状況に?
いや、その前に誰が僕を殺そうとしたんだっけ?
------冴えない頭で考えを巡らせる。
------まず、ここは何処だ……?
研究施設って雰囲気だけれど……?
……ふと、空調があまり宜しく無い事に気がついた。
考えてみれば、どうして僕の周りだけ悲惨な状況になってるんだ?
……答えはすぐに見つかった。
すぐ頭上にあるべきはずのものが無いのだ。
頭上に天上が無い。青空が広がっている。
ぽっかりと炎上に、綺麗に天上が文字通りに抜けている。
原因に心当たりがある様な気もするが……。
そうやって順序よく過程を復唱してみると、だんだんと状況を思い出してきた。
------確か、今僕たちはピンチだったハズだ。
……”たち”?
僕と、えっと確か…!?
「……ナギ!」
恋葉 凪。
彼女の名を思い出した時、思考のノイズが取り払われた。
そうだとも!何をぼけたことを言っているんだ、僕は!
頭上を見遣ると、相変わらずぽっかりと開いた穴が見える。
……夕空が見えている。
どれだけ時間が経った?
屋上に戻らなくては。
どれほどの時間が経過しているか分からないが、ともかく今すぐ。
出来る事があるかないかじゃない。
何が起こっているのか把握しなければ。
把握したいから。
……周囲を見渡し、その場にあった机に目をつける。
それを引きずって穴の下まで持って来ると、机の上に乗る。
そして勢い良く、それこそ穴から飛び出すつもりで、飛んだ。
建物の構造など判っていない。だから上に向かう為の階段の位置も把握していない。
階段を探していたら時間がかかりすぎる。直接上に迎えるのならそれに超した事は無い。
なんとかギリギリ、縁に手をつけることが出来た。
良くもまぁ一回目で成功したもんだ。
穴の縁にぶら下がったまま下を見るが、結構な高さがある。
机を使って楽をしても僕からしたら大した運動量だった。
重い体をどうにかして支え、必至になってよじ上った。
……さて、どういう状況だろうか。
僕が気絶……。
多分、気絶してから一体どれだけの時が経った?
確認したかったが、穴から這い上がった僕はまずごろりと床に身を投げた。
だって疲れたんだもの。
すぐに立上がることは出来ない。
息が上がっている。
なんだかいつも以上に体が重たい……。
視界を回し見渡し、周囲の状況を確認する。
そして、把握する。事態の深刻さを。
……どうやら、それほど時間は経っていないようだった。
寝転がった僕の視線上に聖樹の姿があった。
彼女は依然、地面にうつ伏せぴくりとも動かない。
改めて見ると、体はぼろぼろだ。
風に煽られ髪がパサパサと動くが、本人はぴくりとも動かない。
意識がないのだろう。
……死んではいないはずだ。
「うそ、だ!!」
唐突に、屋上に声が響いた。
凪の声だ。
「本当だとも。あの穴に落ちて、葉矛は死んだ。オレが確認したからな。一思いに、とはいかず苦しめてしまったが……。」
……これは城ヶ崎の声。
ああ、そうか。
僕死んだんだ。
城ヶ崎が確認したって言ってるからには間違いないだろう。
……いや、ちょっとだけ待ってくれ。
その理屈はおかしいだろう。
今の僕はとてもじゃないが幽霊と呼ぶに相応しく無い状態にあるぞ。
だって体が重いし。
幽霊だったら体は軽いはずだ。
……しかし冷静に考えて思うが、確かに僕が生きてるってのもおかしいな。
……今更ながらいろいろと混乱して来た。
あんなに苦しんで、あんなに血を吐いたのになんで僕は生きているんだ?
医者じゃないから専門的な事は言えないが、助かる状況ではなかったのは間違いないはずなのだ。
身体の状態に気を配る。
今更気がついたが、全く怪我は無い。
痛い場所は無い。
体は重いが、それだけだ。
もう血は出ないし、体の激痛も無い。
ただ、『どーん』と重たい感じがあるだけなのだ。
……体を起こし、城ヶ崎を見遣る。
大分呼吸は整った。
彼は僕から見て背を向けているから、当然僕に気がつかない。
対して凪は僕を見遣り、絶句した。
その目には涙が浮かんでいた様だが、今は悲しみではなく驚きの表情を浮かべている。
どうして良いか分からないので、とりあえず手を振ってみた。
「ん?なんだ?」
凪の異変に気がつき、城ヶ崎がこちらを見る。
そして彼も絶句する。
『あり得ない。』
そう言いたげだ。
表情だけで彼の感情を汲み取ることが出来た。
それほどに分かり易い顔だったのだ。
「な、ん、で……?」
とんでもなく間抜けな表情を晒した後、彼は急にハッとして表情を引き締めた。
僕を鋭い眼差しで睨み付けてくる。
「まさ、か……。お前下で何か触ったか?」
返答に困ったが、頷いた。
……確かにそういう記憶がある。
あの場で僕は何かを握りしめた。
あの死にかけた時の不鮮明な空間に浮かび上がった物体。
確かに”鍵”の様な形をしていたのだが、一体なんだったのだろうか。
「それ、お前……!!どこにやった!!?」
城ヶ崎は怒鳴る。
口ごもりながら言う辺りから必至さ加減を知ることが出来る。
だが、僕はただ首を振った。
どうなったか。
僕だって分からないのだ。
意識の途絶える寸前、僕はアレを握りしめた。
だけど目が覚めたとき既にそれは存在しなかった。
言われてみればアレが何処に行ってしまったのか、僕も気になって来た。
「……。ここで。」
「へ?」
城ヶ崎は小さな声で呟き、ポケットから何かを取り出した。
霧にも覆われていない今なら見える。
彼が持ち出したのは”ネジ”だ。
そう。金具のネジ。
「ここで破壊出来て良かった。」
彼はそう言うと、ネジを手の平に握りしめた。
---そうか。
さっきからコレをやっていたのか。
ネジを握り込んだ手の平からは光が漏れだし、その光は剣の形を浮かび上がらせる。
そして輪郭は”実物の剣”になるのだ。
銀色に刺々しい光を放つ、一本の片手剣に。
原理などは分からないが、あれも一種のウェザード能力だろうか。
信じがたいが、彼は『ああいったもの』を剣に出来る様だ。
特に取るべきリアクションは無い様に思う。
もうどんなことが起こったって対した事には思えないのだ。
”魔法”みたいなことが日常茶飯事に起きてしまうのでありがたみも薄れて来ている様だ。
「さっきより、確実に死ね。雅木葉矛!」
地面を踏みしめ、彼が切り掛かって来る。
僕は真っ直ぐ、それを正面から見据えた。
……ただ、立ち止まって向き合い続けた。
「逃げて、葉矛!!」
凪が悲鳴にも似た声を上げる。
だけど、逃げるったって何処に。
……何処に逃げるって言うんだ。
逃げ場なんて無いじゃないか。
そんなことより聞いてくれ。僕の意識は鮮明だった。
「なにやってるんだ!逃げてってば!!」
凪の声が遠くなる。
世界の速度も遅くなる。
今なら、城ヶ崎の突進速度だって見切れてしまう。
------そうとも。
逃げる必要など何処にもない。
あんな”雑魚”相手に手こずる”俺”じゃないのだ。
”守る”ことの極意は敵の動きをどれだけ見極めれるか。
そしてどう動くのが最善なのかを判断出来るかだ。
それを誰よりも把握している俺ならば------。
「---ハッ!」
コイツの攻撃だが、確かに良い太刀筋をしている。
正確にこちらの首筋を狙った一撃だ。
相手が呆然と突っ立ったままだったら、首を削ぎ落すくらいは出来たかもしれないな。
……だが幾分も改善点がある。
まず、踏み込みが強過ぎる。
後先考えていない証拠だ。
攻撃が避けられたり去なされた場合、反撃を受ける事間違い無しだ。
コイツは自分に酔っているのだ。
ちょっと強いからと言って、確実に相手を殺せるものだと勘違いしている。
自信過剰過ぎるのだ。
この少年は、”自分が剣を振れば絶対相手は死ぬ”と思っているのだ。
とんだ思い上がりだ。
その結果行われたのはコレだ。
不確定要素の想定さえ行わない、後先の無い攻撃。
こんなもの、避けるのは容易い。
最低限の動きで、俺は避ける。
体の反応が遅い様だが、まぁなんとかなったさ。
俺は一歩も動かずその一撃を避けてみせた。
ヤツの動揺した顔は実に笑いモノだった。
自分の攻撃で仕留めれなかったことが不思議で仕方が無いのだ。
これだから、頭の悪いヤツはダメだ。
頭ごなしに全て決め込む様なヤツ程、突然の異変には対処出来ない。
------そして、命を落とすのだ。
「ククっ。」
微笑みを隠すことはしない。
俺は嬉しいのだ。
既に勝敗は決している。
この時点で既に俺は勝者なのだ。
俺は手の平を握りしめた。
手は宙をつかむ。
……普通ならそうだろう。
だが生憎、どうやら俺は普通じゃなくてな------。
俺が掴んだのは剣だ。
形はどうにも不格好というか、安定していない様だが……。
まぁ、今回はコレでコト足りる。我慢しよう。
「弱いものイジメは楽しかったか?」
嫌味を言った後、俺は剣を振り上げた。
さっきも言った通り、後先の無い攻撃を仕掛けたら最後。
反撃は確定して行える。
ヤツは踏み込み過ぎて避ける事も防ぐ事も出来ない。
体の重心を整えれないから、体勢を変える事自体が出来ないのだ。
もう避け様が無い。
絶対避けれないタイミングで俺は攻撃した。
これで、終いだ------。




