6.5 黒薔薇からの調査報告書
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【カイザー・ダルトン中尉に関する身元及び動向調査報告】
1.基本情報
・氏名:カイザー・ダルトン(Kaiser Dalton)
・年齢/階級:二十六歳/帝国軍中央本部所属中尉(一代男爵位保有)
・出身:帝国南西部(ダルトン伯爵家次男)
2.生い立ち及び人間関係
・家庭環境:病弱な長男を偏愛する両親のもとで育つ。八歳で自ら志願して帝都の全寮制アカデミーへ入学。以降、実家とは疎遠。
・性格・女性関係:自身の実力に対する絶対的な自負を持つ反面、自尊心が高く、他者からの嫉妬を受けやすい傾向にある。アカデミー中等部時代は多くの異性と交友関係があったが、婚約を機に全て清算。その後、十九歳の時に元婚約者と実兄の不貞により婚約破棄に至る。以降、極度の女性不信に陥ったと見られる。なお、婚約中の本人の素行は極めて誠実であり、一切の落ち度は見られなかった。
3.実績および評価
・評価:軍事学校を首席で卒業した未来の幹部候補筆頭。『中央本部陸軍始まって以来のエリート』と称され、驚異的な早さで中尉まで昇進。文武両道にして、実戦勘は極めて鋭敏。
・軍功:二十二歳で北方国境紛争にて少数精鋭を率い、自軍損害ゼロで敵本陣を瓦解(男爵位授与)。二十四歳で帝都暴動の早期鎮圧を成功させ、民間人の犠牲を最小限に抑えるなど、武功多数。
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「……まさか、あの男がこんな経歴を持っていたなんて」
報告書に目を落としたまま、エリシアナは信じられないといった様子で呟いた。
「ええ、驚きました。ですが、これほどの実力者が護衛についてくださるのは心強いですね」
ブラッドも深く頷きながら同意する。
「でも、どうしてそんなエリートが、東部のこんな田舎に?」
メアリーが淹れたての紅茶をテーブルに置きながら、不思議そうに首を傾げた。
「さぁ、そこまでは……。上層部や“あのお方“のお眼鏡に適ったのが彼だった、ということなのでしょう」
カイザーがディオスの酒場で情報収集に勤しんでいた頃、日の沈んだ白薔薇砦の三階南側――のエリシアナの執務室には、部屋の主の他にブラッドとメアリーが控えていた。
「報告書を急かしてしまってごめんなさい。まさかあの男が予定より三日も早く来るなんて、想定外でしたから」
「いえ、これが私たちカーズ家の密偵組織【黒薔薇】の仕事ですから」
ただのメイド長であるはずメアリーは優しく微笑んだ。
「そういえば、あの男にやられた皆さんは無事ですか?」
「擦り傷や打ち身程度の怪我はしていますが、大怪我どころか骨折した者は一人もおりません。多対一の丸腰状態で急襲をかけられたのにも関わらず、こちら側に余計なダメージを与えず無力化し、かつ本人は傷一つ無いとは……噂どおりの人物のようですね」
「……みんな、旦那様に鍛えられてきた砦の猛者達だったのに。明らかに手加減されていたのがすぐにわかったわ。本当に腹が立つ男」
苦々しく眉を顰めるエリシアナの両手の中の報告書がクシャリと音を立てた。
裏切られた悲惨な過去や、女性不信になった経緯には少しだけ同情しそうになったというのに。あの見透かしたような態度のせいで、全てが台無しだ。
「お嬢様、綺麗なお顔が台無しですよ。それに護衛の腕が立つことはいいことではありませんか」
メアリーはまるで実の母のように優しく宥めてくれる。もし母が生きていたらこんな感じだったのだろうかとエリシアナは時々思ってしまう。
「腕が立つだけならいいですけど……あの男、なんかムカつくんです! こっちのことを鼻で笑ってくるような、見透かしてくるようなあの顔が特に!」
「あら、中尉殿のお顔は滅多にお目にかかれないぐらいの綺麗なお顔ですよ? お嬢様といい勝負です」
「〜〜っ、そういう意味じゃなくて!」
「まぁ、エリシアナお嬢様ったら珍しく感情的ですね」
「腕が立つことと信用できるかは別問題です。ブラッドさんはどう思います?」
メアリーとこのまま話しているとなんだか分が悪い気がしたので、それまで静かに控えていた執事長に話を振る。
「私はダルトン中尉は信用に足る人物だと思います」
「どうして!」
「生前の旦那様と“あのお方“が直々に動かれた結果、彼が来たのです。私は中尉殿がどうというよりも旦那様とあのお方の慧眼を信じています」
「それは……そう、ですね」
そう言われてしまうと納得せざるを得ない。エリシアナが誰よりも信頼する人達が、あの男をこの白薔薇砦に送ってきたのだから。
「でも、あの男は私の事情を何も知らないようでした」
「えぇ、あの方があえて何も情報を伝えないようにしたのかもしれませんね」
「ある程度はこちらのことを教えた方がいいのかしら……」
今回の護衛任務を依頼するにあたって、伏せていることがいくつもあった。それに対してあの男が不信感を抱くのは理解している。
だが、いくら有能でも旦那様達が評価していても、エリシアナにとってカイザーは今日初めて会った得体の知れない男なのだ。これまでの経験上、やはりすぐにこちらのことを全て明かすには、恐怖の方が大きかった。
「その必要はないと思いますよ」
「どうして? メアリーさん」
メアリーがふふっとおかしそうに笑うと、右ポケットから取り出した通信機を見ながら答えた。どうやら砦の外にいる黒薔薇の【芽】からのリアルタイム報告のようだった。
「中尉殿は今、ディオスの酒場でお嬢様の情報を熱心に集めているようですよ。彼は武力だけでなく頭も切れるようですから、いずれご自分でお嬢様の抱える問題に辿り着くでしょう」
「おやまぁ何という行動力でしょう。自力でお嬢様の問題に辿り着けたら、お嬢様も中尉殿を信用できるのでは?」
「……危険です」
「私たちはお嬢様の信用できる人間がもっと増えて、砦の外でも自由に生きていけたらと願わずにはいられないのです」
「……」
信用できるのだろうか。エリシアナは黙り込んでしまった。
「あ、それと、中尉殿はやっぱり大変おモテになるようですね。街で声をかけてきた女性が十人は超えて、中尉殿もとても紳士的に対応していたとか……」
「今すぐ正門を閉めるように言ってください!」
エリシアナは勢いよく立ち上がった。
――あの男、報告書には「極度の女嫌い」って書いてあったじゃない! 私にはあんなに鼻につく態度だったくせに、他の女性には愛想を振りまくの!?
「残念ですが、お嬢様。先ほどもう中尉殿は砦に戻られたと」
メアリーの報告を聞いて、エリシアナは忌々しげに唇を噛んだ。
――朝まで野宿する羽目になればよかったのに!




