5.賞金首の未亡人
「改めてお詫び申し上げます、ダルトン中尉。砦内で情報の行き違いがあり、あなたにとんでもない非礼を働きました」
老齢で品のある執事は、おそらく自分の子どもよりも若いだろうカイザーに向かって、深々と頭を下げた。
「私からも謝罪するわ。あなたの到着は三日後だと聞かされていたから、まさかこんなに早く来るとは思わなかったの。初対面で疑ってかかってごめんなさいね」
あの騒動の後に通された応接室のカイザーの目の前には、謎の未亡人ことエリシアナ・カーズと執事長のブラッド・ハーマンが並んで座っていた。
ブラッドは白髪の混じる頭を膝にくっつくのではないかと思うほど首を垂れ、エリシアナは頭こそ下げてはいないものの、気まずそうに長い睫毛を伏せている。その佇まいがあまりにも儚げで、何だかこちらが悪者になって苛めているかのような錯覚に陥るから腹が立つ。
「いえ、誤解が早々に解けたようで何よりです」
出された紅茶を一口飲み、わざと憮然とした態度で返したカイザーに、ブラッドは尚も申し訳なさそうに頭を下げ続けた。
「それで? 今回の任務の詳細と先ほどの一件に至った経緯はご説明していただけるのですよね?」
「もちろんでございます」
ようやく頭を上げたブラッドが、ここ数日カイザーを苦しめていた謎の任務の詳細を語り始めた。
曰く、カーズ伯爵夫人であるエリシアナは常日頃から命を狙われており、表に出ることなく砦の中で過ごしてきた。帝国の英雄ガリオン・カーズの存命中はその存在が強い抑止力となり、刺客が現れることもほとんどなく束の間の平和を楽しんでいた。だが、そのガリオンが逝去するや否や刺客が現れ、ガリオンの死後三ヶ月が経った現在、すでに捕らえた刺客は五人に上り、今後も増え続けることは明白だ。だからこそ腕の立つ優秀な護衛を求めていた、と。
「ちょっと待て、その説明には色々と省略していることがあるだろう」
思わず素の口調が出てしまったが、構うものか。
「そもそも、なぜ夫人はそこまで執拗に命を狙われる? 誰に? いつから?」
「それは……」
「それは、私が裏社会で高値のついた"賞金首"になっているからよ」
「お嬢様!」
ブラッドが言い淀んだ先をエリシアナがあっさりと答えた。
「先ほどの非礼もあるし、ちょっと調べればすぐにわかることなのですから、隠しても仕方がないでしょう」
「いや、待ってくれ。なんであんたのようなご婦人が賞金首に?」
「さぁ? 裏社会の人間が考えることは表の人間である私にはわからないわ。言っておくけれど、私自身が何か罪を犯した大罪人だとかではないからそこは安心して。……誰が命を狙ってくるか、という問いの答えは“賞金稼ぎに目が眩んだ裏社会のゴロつき達“よ」
これで理解できたでしょ、とでも言いたげなエリシアナの高慢な態度にやはり腹が立つ。
「いつから、という質問に答えてもらっていないが?」
「……」
どうやらそれは答えたくない質問のようだった。だが、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたカイザーの頭脳が、散らばったピースを瞬時に繋ぎ合わせる。
帝国の英雄ガリオンの存在、亡き妻を愛し続け、数十年も再婚しなかった愛妻家が、五年前に突然見知らぬ若い女と再婚したという事実。そして、この難攻不落の白薔薇砦。
頭の切れるカイザーが閃いたのはすぐだった。
「なるほど、いつからかはわからないがあんたはずっと前から命を狙われ続けていて、それを不憫に思った帝国の英雄が白薔薇砦という"盾"を与えるために偽装再婚をして手を差し伸べた、と。いや、あんたの方から元中将に泣きついて匿ってもらった、か?」
「……」
「どちらにせよ帝国の英雄もただの男だったってわけか。数十年再婚せずたった一人の女に操を立てていたのに、最後はこんな若い女に言い寄られてあっさり絆されるなんてとんだ――」
「そこまでよ」
ガチャンッ!と、カイザーのわかりやすい挑発を遮るように、エリシアナのカップが乱暴な音を立ててソーサーに叩きつけられた。貴族の淑女としては、あり得ないマナー違反だ。
「私のことは、どんなふうに嘲笑おうが構わないわ。けれど旦那様を……帝国の英雄ガリオン・カーズ伯爵を侮辱することは一切許さない」
氷のように冷たく、しかし確かな激昂を孕んだ声だった。
――あぁ、なるほど。
カイザーは、謎めいたこの女の輪郭が少しだけ見えた気がした。
白薔薇を愛でる柔らかな横顔、突然の侵入者に警戒感を露わにする顔、気まずそうに目を伏せる儚げな顔、警戒心の現れか不遜で高慢に思える言動。
そして今は、大きく澄んだ碧い瞳に、大切な恩人を愚弄されたことへの激しい怒りの炎が燃えている。
――綺麗だ。
もっと、色んな顔を見てみたい。
女性不信で凍りついていたはずの心が、嘘のように粟立っている。どれがこの女の本当の顔なのか、この手で探し当てたいと――そう、強烈に思ってしまった。
「それは失礼した。で、もし俺がこの任務を蹴ったら?」
内心の動揺を隠し、あくまで不遜な態度を崩さずに尋ねる。
説明を受けてもなお疑問が残る上に割と厄介そうな案件なのは間違いない。何よりこの未亡人が怪しすぎる。
「軍人さんって上官からの命令を勝手に無視できるなんて知らなかったわ。そうね、もしあなたがこの任務を断るならヴァルツァー少佐にまた色々とお願い事をしなくちゃならなくなるわね。そうなるとしばらくは東部支部は大変になってしまうかも」
ますますこの女の謎が深まった。砦から一切出ないくせに、一度も会ったことのない東部支部の総司令官を動かせるだと? 一体どんな権力を持っているのか。
「そいつは困るな。東部に来てまだ一日も経ってないってのに、そんな大騒動になったら始末書どころじゃなくなる」
砦の門を潜る前は退役して傭兵にでもなろうかと真剣に考えていたくせに。目の前の女に興味を惹かれたというだけで、あっさりと任務を受ける口実を探している自分の変わり身の早さが、おかしくて笑えてくる。
「なら予定どおり三日後からよろしくね、ダルトン中尉」
「いや、どうせ暇だし明日から働かせてもらうとするよ、カーズ伯爵夫人」
「えっ?」
大きく目を見開き、素っ頓狂な声を漏らしたエリシアナの顔が、先ほどの威圧感が嘘のように子どもっぽく見えて、たまらなく可愛らしかった。その隣で、ブラッドがパァッと顔を輝かせている。
「あぁ今更なんだが、俺、堅苦しいのは苦手で。口調も態度もこのままいかせてもらうが、構わないか」
「別に構わないわ、ちゃんと働いてくれれば。それに私が礼儀作法にうるさい堅い女じゃないことくらい、もうわかっているでしょう?」
「確かに」
堅い女ではないが、初対面でいきなり小銃をぶっ放す危ない女ではあった。
カイザーは短く鼻で笑うと、これからの白薔薇砦での生活に、ほんの少しだけ口角を上げた。




