25.二人になった夜
念のためR15回です。ご注意ください。
ガリオンの喪が明けた、夏の初めの晴れの日。
ディオスの街は全体的にどこか落ち着かないほどの喜びに浮き立っていた。白薔薇砦の周辺にはいつも以上に人が集まり、堅牢な砦から漏れ出る歓声に羨望の眼差しが注がれた。
この日、東部の白薔薇砦が初めて一般に開放されたのだ。
エリシアナとカイザーの結婚式は白薔薇砦の前庭にステージを設置して行われることになった。庭師はいつも以上に丹念に庭を手入れし、他の使用人達も初めて訪れる招待客に自慢の砦を見せつけようと、前庭の飾り付けに奔走した。
挙式の会場を前庭にしたいと言い出したのはエリシアナだった。
「いつか皆にこの自慢の白薔薇を見てほしい」と、生前のソニアが願っていたことを、かつてガリオンが寂しげに語ってくれたのだという。
それに「カイザーと初めて会ったのがこの前庭だから」とはにかみながら語るエリシアナに、カイザーは愛おしさで胸が締め付けられた。
見栄っ張りな貴族が望む豪華で派手な式よりも、誰かの大切な思いを優先する心根の綺麗さがカイザーにはとても眩しく、(だから惚れたんだ)と改めて深く実感した。
式の参列者の選別には苦労した。
というのも、初めて開放される神秘的な白薔薇砦の中に入れる上に新領主夫妻は既に東部を越えて帝都にまで噂が届くほど有名だったからだ。二ヶ月前の領主就任パレードに参加した絵師が描いた「白薔薇の女神と騎士」の幻想的で神秘的な絵画が帝都で話題を呼び、二人の姿に感銘を受けた劇作家が東部の白薔薇砦を舞台に書き上げたシナリオが上演されると帝都の貴族達の間で大流行となった。
誰もが知る帝国の英雄ガリオン・カーズが創り上げた白薔薇砦に、世間を席巻している噂の新郎新婦を一目見ようと、帝国中から参列希望者が殺到した。
もちろん、外部の人間を誰でも入れるわけにはいかないため、結婚式にはディオスの寄合員、役場の重鎮たち、ディオスの著名人の他、東部の他領地の領主のみが招待された。また、砦の護衛強化として東部支部のヴァルツァーやフィズィーロを含む軍人達も立ち会うことになった。
初めて砦の中に足を踏み入れた者達はその圧倒的な美しさに感嘆した。
正門を入れば目の前には白薔薇の海が広がり、その先の白薔薇のアーチをくぐり抜けると、大きな噴水が夏の暑さを和らげるように涼やかな音を立てている。式場として準備されたその場は帝室が有する庭園にも引けを取らないだろうと誰もが口にした。
しかし、参列者が真に感嘆の息を漏らしたのは新郎新婦がその場に姿を現してからだった。
エリシアナの純白のウェディングドレスには金糸で白薔薇の刺繍がふんだんに施され、就任祝いで身につけたドレス以上の華やかさを誇っていた。細腰から下にかけて何層にも広がる光沢のある生地には細やかなパールやダイヤが散りばめられ、彼女が歩みを進めるたびに眩く煌めく。夏の日差しに照らされた艶やかな金髪には白薔薇をあしらった花冠のようなヘッドドレスと透けるベールを被り、手には白薔薇を中心とした季節の花のブーケが握られていた。
左のこめかみにはいつものヘアピンが添えられ、胸元には白薔薇を模したダイヤモンドとパールのネックレス、そして対になるイヤリングが両耳で揺れていた。
メイド達は頑固な花嫁の説得を今回は最初から新郎に任せることにした。控え室での準備の際、カイザーは呆れたように苦笑しながらも、彼女の耳元で揺れる少々地味ないつものイヤリングと本番用のそれを手際よく取り替えてやった。
「相変わらず強情だな。……でも、今日も最高に綺麗だ」
吐息まじりの甘い囁きと共に耳たぶを指先でそっと撫でられ、エリシアナの頬は一瞬で朱に染まったのだった。
今日はカイザーもいつになく着飾っていた。エリシアナと合わせたデザインの純白のタキシード姿は、美しく着飾った白薔薇の女神の隣に立っても全く遜色のない出で立ちだ。
逞しい肩幅や厚い胸板を上品に包み込む純白の生地が彼の色気をより一層引き立てており、いつも濃紺の軍服姿しか見ていないエリシアナはそのあまりのかっこよさに胸が高鳴り、恥ずかしくなってまともに直視できないほどだった。
揃いの純白の衣装に身を包んだ新郎新婦は本人達の持ち前の美貌が遺憾無く発揮されており、参列者の中にはあまりの神々しさに涙ぐむ者すら出るほどだった。
*
挙式が順調に終わり、あまりの神々しさに参列者たちが呆然と見送る中、エリシアナとカイザーは就任パレードの時と同じ白いオープン馬車に乗り込んでリューゲンの丘へと続く街道沿いをゆっくり進んでいた。
馬車を先導していた前回とは違い、今回のカイザーはエリシアナの隣にぴったりと寄り添い、街道沿いに詰めかけた領民達へ二人並んで手を振って応えた。
領民たちの温かな祝福の歓声が次第に小さくなり、英雄たちが眠る丘に着く頃には、そこはいつもと変わらず静かで穏やかな空間になっていた。
「まさかあの帝国の英雄と身内になるとは思わなかったな」
そういえば、自分はアカデミー時代にガリオン・カーズの英雄譚に憧れて軍人になったのだった、とカイザーは感慨に耽った。
あの頃の自分に教えたら一体何と言うだろうか。いきなり田舎東部に左遷されたと思ったら、そこで白薔薇の女神に惚れ込み、最終的には領主となった彼女に婿入りしてガリオンの姓を名乗ることになる、だなんて。
「カイザー・カーズ」は語呂は良くないが、ダルトンの姓よりも自分には合っているような気がした。ちなみに、ダルトン家には形式上の結婚の報告はしたが式への招待はしなかった。カイザーにとっての家族はもう、エリシアナと白薔薇砦の使用人たちだったからだ。
「私も。まさか自分が結婚するだなんて思わなかった。……ずっと逃げ続けて、こうやって堂々と外に出られるなんて想像もできなかった」
英雄夫妻の墓を見つめながら静かに呟いた言葉に、カイザーはたまらずエリシアナの肩を抱き寄せ、愛おしげに彼女の頭に頬擦りした。
「これからは自由に外を歩き回れる。もう隠れて我慢する必要はない。したいこと、行きたいところ、一緒に全部叶えていこう」
「うん……っ」
涙に揺れる声と共に、彼女の細い腕がカイザーの背中にぎゅっと回された。
カイザーは、目の前で眠る英雄たちの墓に向かって静かにそして力強く誓った。
――今までエルを守ってくれてありがとう。これからは、俺が一生守り抜くから。
*
カイザーは柄にもなく緊張していた。
リューゲンの丘から砦に戻ると、やはり結婚祝いという名の宴会が準備されていた。ただ、前回の領主就任祝いの宴会と違うのは、エリシアナは一滴もアルコールを口にしなかったこと、カイザー自身もこの後のことが頭にちらつき全く落ち着かなかったこと、そして宴会が始まって早々に二人揃って初夜の準備と称して追い出されたことだった。
これまで数多の女と浮き名を流してきたはずなのに、相手がエリシアナだというだけでこんなにも特別で、緊張するものだとは思わなかった。
念入りに体を清め、脱ぎ着しやすいゆったりとした寝巻きの上に薄いガウンを羽織ったカイザーは、これから二人の寝室となる部屋の前で深呼吸してから扉を開けた。
エリシアナはガウンを首元まできっちりと着込んだ状態でベッドの端に小さく縮こまって座っていた。膝の上の両手は白くなるほど強く握り込まれ、肩は強張り、こちらを見られないほどガチガチに緊張している。
自分よりも明らかに緊張に強張った姿を見て、カイザーの肩からようやくふっと余計な力が抜けた。
「エル」
優しく声をかけながらぴたりと寄り添うように隣に腰を下ろした。触れ合った体の左側から、彼女が小刻みに震えているのが伝わってくる。
「怖いか」
労わるように問いかけると、エリシアナはふるふると小さく頭を横に振った。
「怖くない。き、緊張、してるだけ」
「俺も」
「え?」
ぐいっと彼女の華奢な体を抱き上げ膝に乗せると、エリシアナの小さく固く握られた拳を優しく開いて、自身のはだけた胸に直接触れさせる。
「な?」
「う、うん……」
少し落ち着いたとはいえ、平時の倍以上は速い心拍はエリシアナの掌にもしっかり伝わったらしい。強張っていた彼女の体から力が少し抜けていくのがわかった。
「怖かったり、嫌なことがあったりしたらすぐ言えよ。我慢はしてほしくない」
「わ、わかった」
「してほしいこともちゃんと言えよ」
「……? わかった」
言葉の意味をあまり理解できていなさそうなその顔にカイザーは思わず吹き出してしまった。
きょとんとした無防備な表情があまりにも可愛くて、顔中にチュ、チュっと音を立ててキスを落としていく。
エリシアナの目に焦れったそうな不満げな色が見えても、あえて唇だけは避けて軽いキスをし続けた。
「言いたいことがあったら言えよ」
「……」
「前は自分からねだってきたくせに」
「あ! あれはっ、酔ってたから……!」
「まったく、いつになったら素直になるんだろうな? うちの奥さんは」
愛おしさにたまらず目を細め、エリシアナの求めることはあえて避けてからかっていると、彼女がプルプルと震え始めた。そろそろ勘弁してやるか、とカイザーが気を抜いた瞬間、いつかの時のように首に細腕が絡みつきカイザーの口に柔らかい唇が勢いよく押しつけられた。
素面の時は言葉では素直にねだれないくせに、大胆な行動には出てくるそのギャップに、カイザーは喉の奥で低く笑いながら喜んでその甘い挑発に応えた。
エリシアナの体が熱に溶けて弛緩するまで深く口付け合うと、カイザーはその体をそっとベッドへ横たえた。
*
初めての経験にすっかり疲れ果て眠ってしまったエリシアナの乱れた衣服をそっと直してやり、両腕で優しく抱きしめた。
心と身体の両方で深く繋がった。公的にも二人は夫婦として認められた。ここから二人の新しい人生が始まるのだとカイザーは明日からの未来が楽しみになった。腕の中に収まる愛おしい温もりを感じつつ幸せな気分でゆっくりと眠りについた。




