メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㊶ / 灰咳奔走編
「前置きを言う気もありませんし、搦め手を使う気もありません」
「時間が無い為、用件のみを率直にお伝え致します」
「この治療薬で、『灰咳』症例者の治療に当たらせてください」
「はい。指摘の通り、私は薬師ギルドより進捗確認で参りましたが、彼に組している訳ではありません」
「これ、なんだかわかりますか?そう、音水晶です」
「先程の会話、記録しています。『なにせ治療薬ではないのだから。知られれば暴動になるのは間違い無しだよ』でしたか?」
「これ、隔離予定者に知られたらどうします?家族や親族まで広がれば、責任取れますか?」
「貴方の背後に控えている方々が、症例者達の暴発時、身の安全を保証してくれると言い切れますか?」
「えぇ、知りません。誰が控えているか、誰が絵図を描いているのか、私は理解しようとはしていません」
「単純に。利権などに関わらず」
「暴走、暴発、暴動が発生し、物理的に、命の危機に晒されても良いのか?と問うている訳です」
「…考えるのは自由ですが、悩んで時間を浪費する余裕はありますか?」
俺は、瞳の色を緑色に染め上げたまま、反論をさせる間もないほどの口撃を行う。
院長は、何度か口を開閉するが、言葉が出てこない。
全身の毛穴という毛穴から、次々と滲み出す汗を、何度も何度も必死に拭っている。
まるで、隠して、塗り固めていた秘密が、溶け出すのを防ぐかのように。
…天秤の傾きは、ゆっくりとだが、確実に定まりつつあるのだった。
…そして、時を舞い戻す。
院長は、汗を拭いつつ、何かを探すよう目を泳がせる。
そして、悪足掻きとも取れる、言い訳じみた反論を向けてくるのだった。
「こ、この件については、薬師ギルド側とも、話がついて、いる。き、君たちが、い、今さら口を挟む権限など、な、無いのだよ」
「だ、だいたい、私の発言があったら、なんだと言うのかね?け、計画は既に動き出している。い、今更、君達が何を言おうと、何をしようと、覆ることは、無いのだよ」
「わ、私達は、い、いわば運命共同体だ。わ、私だけ切り捨てられるはずはない。ぎゃ、逆に、わ、私が裏切れば、その時こそ…」
揺れていた院長の眼は、次第に芯を帯びてくる。
それが信念による決意なのか、利害の一致による結束なのか、常軌を逸した強迫による恐怖なのか、あるいはその全てなのか。
今の俺には、判別する術が無かった。
…だからこそ。
素知らぬ振りをして。
俺はプランを打ち明けるのだった。
「…使用用途を移し替える、だと?」
院長は声を震わせながら、俺のプランを噛み締めなおすよう、復唱する。
院長に沁み込んだのを見計らい、俺はプランの詳細を語り始めた。
「はい。緊急事態宣言の対応として、冒険者ギルドより手配された、各種素材。こちらの使用用途を移し替えます」
「彼を含め、貴方たちは手配された素材を用いて、『灰咳』に何某かの手を加えるつもりだったのでしょう。どのように手を加え、どのように用いるかは、今は問いません」
「しかし、それは表だって行えることではないはずです。貴方が漏らしたように、治療薬として用いる訳ではないのですから」
「ですが、公的記録として、冒険者ギルドから素材が手配された。これは残ることになります」
「ということは、手配された素材が、どのような目的で、どのように使用されたのか。ある程度知恵が回る人間が調べようとすれば、簡単に調べることが出来ることになります」
「調べられた場合。調べた人間、一人一人を脅迫するのか、はたまた懐柔するのか。どのように対応するかはわかりませんが、多大なコストになるでしょう」
「仮に調べられなかったとしても。調べられてしまったら?という心理的リスクを常に抱えるのは、負担が大きいのでは?」
「そこで」
「敢えて、情報が漏れた、と嘯いて」
「命の危機に瀕した為、止む無く本来の用途とは異なる用途、つまりは治療目的で素材を使用せざるを得なかった、と言うことにしましょう」
足りなければ、増やす。無ければ、有る処から持ってくる。
治療用の素材が無いのならば、治療用以外の目的で手配されている素材を使用すればよい。
水差しを見て思い浮かんだのは、実に単純だ。移し替える、ということ。
俺のプランとは、副ギルド長たちが手配した素材を、治療目的に移し替える、つまりは横取りしよう、ということだった。
穴が無いとは言わない。むしろ穴だらけだ。
理論武装どころか、張りぼてで誤魔化しており、いつ看過されるかわからない。
だが。
今、この時だけ乗り切れれば。
素材確保さえ出来てしまえば。使用出来てしまえば。
『灰咳』を治療出来てさえしまえれば。
後で何を言われようと、覆すことは決して出来ない。
プランを反芻しているのか、黙って何かを呟いている院長に、俺は敢えて追撃を行う。思考をまとまらせないよう、結論を急がせるために。
「…どこからか計画が漏れた、暴動の恐れがあると、院長から副ギルド長側にリークしましょう」
「漏洩元は分からないが、治療目的ではないという内容が伝わっているため、現場では大混乱に陥っている、と。併せて、既存の治療薬と比較し、格段に効能が向上している治療薬が存在する、と。その治療薬を出し惜しみしている、と」
「時間があれば、貴方の発言の真贋を確かめるでしょう。ですが、素材の手配が行われるまでの時間。そして、実際に発生し得る暴動。時間制限がある中、正確に漏洩元を探し出す余裕がありますか?犯人捜しを優先し、暴動によるリスクを無視出来ますか?」
「混乱し、指針を決めようとしている間に、素材が届くでしょう。そうなれば隔離された症例者やその親族はどうなるでしょうか?」
「考えるまでもありません。貴方にとって、最悪のシナリオを迎えることになるでしょう」
「…これは明確な裏切りではありません。緊急避難です。むしろ、『灰咳』を治療するための英雄的行為と見受けられます」
「起こり得る未来の可能性を提示すること。そして『灰咳』の治療を行うこと。院長は間違ったことはしていないのですから」
嘘は吐いていない。俺達にとって、都合の良い部分を強調しているのは事実だが。
だが。
心が揺れ動いている人間にとって。分かり易く、縋りつき易く、耳障りの良い言葉は、何にも勝る。思考を冷静に保てなければ、猶更だ。
「…それで、私は…助かるのか…?」
院長の天秤は、確実に俺たち側に傾いたのだった。
「少なくとも、私、いや、私たちは、貴方への協力を惜しみません。向こう側が、どういう対応を取ろうとも、です」
裏切る、という言葉を使わず、協力という言葉を使うことで、自身が味方であると同時に、向こう側が潜在的な敵であると植え付ける。
「私たちは、院長の動きに合わせて、現場に向かいます。…何をするかは、想像の通りです」
土壇場になって、日和って立場を翻すことが無いよう、楔をいくつも打ち込んでおく。
「院長を含めた、私たちの行為によって、不知にして不治の病とされていた『灰咳』の治療が進むことになります。恐れず、誇りを持って動いてください」
俺の言葉に、院長は震えながらも、黙って頷く。
困惑もあったろう。葛藤もあったろう。恐怖も、保身も、願望も、妥協も。
何もかもが混沌として混ざり合い、最後に残った命への渇望が。
彼をこちらに引き込む要因になったのだった。
「…明日、彼と会談するよう、調整してくれないか…その時に話そう」
院長は俺の後ろに控えていたハルトとジェイルに視線を投げかけ、アポイントを要求する。
ハルトはジェイルに振り向き、ジェイルは黙って頷く。そして、ハルトは了承の意を院長に伝えた。
「…下がってくれ…少し休ませてくれ…」
力なく言う院長は、そう言うと俺たちに背を向ける。それを受け、俺たちは深くお辞儀をし、院長室から退室するのだった。
退室して、数歩歩く。
瞳の色を黒に戻し、スキルを解除すると同時に、足腰に力が入らなくなり、膝をついた四つん這いになってしまう。
「お、おい!」
「レオンさん!」
荒い呼吸を繰り返す俺に、ジェイルとハルトが駆け寄り、顔を覗き込んでくる。
「大丈夫、とは言い切れませんが…なんとか捻じ込めました。あとは副ギルド長が動く前に…」
俺の言葉を遮るように、ハルトとジェイルは俺の腕を肩に回してくる。
「とりあえず、休めるところまで行こう。お前が倒れたら、全てご破算になるからな」
「ちょっと飲み物を貰ってきます。待っていてください!」
施療院内の休憩室に向かい、腰を下ろす。
ハルトに貰ってきてもらった水を含む。張り付き、乾いた喉に染み渡る。
数回水を飲み込むことで、ようやく呼吸は落ち着き、人心地がつく。
「ありがとう…ございます…もう、大丈夫、です」
疲労は残っているが、意識ははっきりとしている。残された時間を無為にしない為、俺は次の手を打つ。
「院長をこちら側に引き込めたと言っても、味方になった訳ではありません。不安定になった所に、こちら側の都合の良い利と理を提示して、傾きを大きくしたに過ぎません」
「時間が経てば、傾きは再度元に戻ることが懸念されます。その前に、決着を付けましょう」
「彼にアポイントを取るよう、動いてください。あれで、こちらの動きを把握しているつもりでしょうから、施療院の動きには寝耳に水となるでしょう」
「彼と相対してきた経験から、不測の事態が発生すれば、自己解決しようとせず、まずは周囲に当たり散らすことになるでしょう。そして嗜虐心を満たしてから、問題解決を周囲に投げるでしょう」
「アポイントを取る側が出向くのがスジですが、時間が無いことに加え、自身の焦燥より、ここに出向く可能性が高いです」
「こちらに出向いた際に、症例者たちと引き合わせて。暴動に発展する恐怖を匂わせて、なし崩しで合意させるよう仕向けましょう」
ハルトとジェイルは、難しい顔をしながらも、はっきりと頷く。
仮定に希望的観測を加えたプランになる。上手くいく保証はない。
だが、他に術が無い。
薬師ギルドに向かう二人を見送り、俺は横たわる。
頼みます、と願いながら瞼を閉じる。そしてゆっくりと意識を手放すのだった。
■執筆裏話
レオンの科白メイン回です。
成程!と膝を打っていただければ幸いです。




