メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㊵ / 灰咳奔走編
救うための手立てはある。だが、実行することが出来ない。
突き付けられた困難がシンプルであればあるほど、解決が難解になる。基本にして頂点となる問題だった。
『灰咳』症例者は、非常事態宣言発令後、徐々に隔離施設に搬入されることになるだろう。正確な人数は把握出来ていないが、恐らく3桁は超えることになるだろう。もしかすると、4桁に届くかもしれない。
その人数分の治療薬を用意することは、手持ちの材料からでは物理的に不可能だ。
薬師ギルドから冒険者ギルドに対する発注分は、既に抑えられている。冒険者ギルド側で在庫が無いように見せかけ、時間を稼いだのだから、これ以上の引き延ばしは意味をなさないだろう。
今から新たに個別に素材を採集するよう依頼を展開しようとしても、症例者全てに回すだけの素材を用意するには、時間がかかり過ぎることになるだろう。
薬師ギルド側、いや、正確に表そう。副ギルド長は。
冒険者ギルドから納入される素材を持って、『灰咳』を悪化させる手立てを整えているはずだ。
その手立てを実施するまでに、『灰咳』の症状を改善する治療薬を作る必要があった。
治療薬は精製出来た。効果の確認も行えた。だが、人数分の用意が出来なかった。ただ、それだけだった。
ハルトとジェイルからの視線を感じる。
頭を掻き毟っていた俺を見て、不安を感じているのであろう。
何か手立てが無いか…
ふと、視線を巡らせる。
すると、ジェイルが飲んでいた水差しが視界に映り込む。水差しの脇には、空のカップが置かれている。
水差し…空のカップ…
そうだ!そうすれば!
…いや、いけるか?
…だが…他に手段は…
【カロリーコンバータ・ライト】
瞳を青に変化させ、加速する思考の中で、不意に思いついたプランの有効性を検討する。
石パンに齧りつき、水で流し込む。強制的な兵站管理で、思考を継続する。
瞳を黒に戻す。額に浮いた大粒の汗を拭い、もう一度水を飲む。
これしかない。…いや、これ以外に術はない。
「…ハルトさん…ジェイルさん…」
当惑する二人に、俺は自身のプランを打ち明けるのだった。
「…いやいやいや…言っていることは分かりますよ?ですが、それを副ギルド長が了承しますか?」
「一筋縄ではいかないことは確かだろう…彼奴らの米櫃に手を突っ込んで、掻き回そうとしているんだからな」
ハルトも、ジェイルも。俺のプランに対し、否定的な態度を示す。
それはそうだろう。俺自身も、このプランが素直に受け入れられるとは思っていない。
協力者であるハルトやジェイルが否定的で懐疑的ならば、副ギルド長は絶対に受け入れられないだろう。
…それが狙い目だ。
絶対に受け入れない、ということは。
その手段を取ってこられたら明確な拒否を露わにする、ということだ。
そして、その上で。
その拒否を凌駕するほどの圧力が加わった場合、逃げ道を用意できているのか。
用意出来ていないだろう。考えてもいないことなのだから。
思考の隙間、または裏側を衝いて。そして立て直す前に押し通す。
多少強引だが、他にやりようが無い。時間は刻一刻と過ぎていく。稼いだ時間を無駄にしない為にも、早急に動かざるを得ない。
「兎に角動きましょう。行動の制限を設けられたら、もう何も出来なくなります。詳細は動きながら説明しますので」
俺はそういうと、手早く機材の撤収、臨床試験者の収容を始める。
ハルトとジェイルは真顔のまま、数舜お互い顔を見合わせる。が、すぐさま意識を切り替え、手足を動かすのだった。
第三作業エリアを後にする。
機材の撤収、臨床試験者の収容、室内の清掃など。
全てが片付いた時には定時まであと一時間を切っていた。
薬師ギルドを抜け、施療院に向かう。途中、職員の何人かが声をかけてくるが、ハルトやジェイルがいなしてくれたことにより、行き足は鈍らなかった。
そして、定時間際に施療院に辿り着く。
隔離施設への搬送準備になるのか、職員は忙しなく動いている。
二次感染を防ぐ為か、新たな指示ゆえか。以前には見受けられなかった、口元の布が目立つ。
恐らく『灰咳』の検査により、症例者が増えたため、防護対策としたのだろう。感染経路に空気感染が含まれると確定した訳では無いが、経験則として対応していたのであろう。
尊敬の念を抱きつつ、忙しなく働く職員を捕まえ、院長への取次ぎを依頼する。
捕まった職員は怪訝な眼差しを向けてくるが、ハルトとジェイルが薬師ギルド職員である旨を明かすと、態度を翻してきた。
そして、速やかに院長室へと案内を申し出てくれたのだった。
「こ、この件については、薬師ギルド側とも、話がついて、いる。き、君たちが、い、今さら口を挟む権限など、な、無いのだよ」
施療院院長は、額に浮き出る汗を何度も拭う。その回数だけ、発する言葉が軽く感じられるようになるのだった。
…時をしばし巻き戻そう。
「アポイントメントも無しに、と問い質すのは無意味だね。で、冒険者ギルドの職員と薬師ギルドの職員が並んで、何の用事かね?」
入室した俺たちに驚きはしたが、慌てはしていなかった。施設の頂上に君臨しているだけの器があったのだろう。来訪の目的を鷹揚に聞いてくる。
俺の推測が正しければ、院長も向こう側に組している。副ギルド長は薬師ギルドとして、同じ旗を掲げているが、ハルトとジェイルは薬師ギルドに属しているというだけで、同じ派閥という訳では無い。
…つまりは、薬師ギルドである、という点でのみ判断し、誤認しているのであろう。同じ穴の貉であることを。
それならば、逆に都合が良い。敢えて多く説明せず、院長の理解のまま、話を進める。
「…素材の納入スケジュールに変更はありません。そちらのスケジュールを確認させていただきたく」
精製する、いや、した内容には触れず、隔離施設に搬入するであろう予定を問う。
嘘は付いていない。敢えて情報を伏せているだけだ。内容を問われば、もちろん答えるつもりはあるが。
「…ふむ…遅延無し、か。成程、優秀だね。彼の手配ならばさもありなん、と言ったところかな?」
院長は顎に手を当て、目を細めて満足そうに頷く。
俺はその頷きに、院長が向こう側であることを確信する。そして、極めて不自然にならないよう、懐に手を伸ばすのだった。
「こちらも順調だと伝えてくれ。検査によって必要となる検体数の目途は付いている。搬入先となる場所の確保も問題ないと、ね」
…足りない。発せられた言葉は、限りなく黒に近いグレーだ。解釈によって言い逃れを許してしまうことになる。俺は危険を承知で、敢えて一歩踏み込んだ。
「搬入先での人員について、追加調整は必要になりますか?」
俺の発言に、院長は一瞬怪訝な表情を浮かべる。が、すぐに元の満足気な表情に戻る。
「そちら側より、手順を指示する人員は調整してくれるのだろう?こちら側は作業員扱いになるのだから、船頭は多くなくて良いだろう。下手に増やせば、漏れ出る危険性も考慮する必要が出てくるからね」
…まだ足りない。もう一歩だ!俺はさらに踏み込んだ。
「機材搬入などを、前もって行わなくて宜しいでしょうか?」
院長はしばし思案にふける。そしてゆっくりと口を開く。
「…いや、必要ない。下手に動くことで察知される訳には行かない。キミも気を回すのは良いが、漏洩に当たらないよう注意したまえ。なにせ治療薬ではないのだから。知られれば暴動になるのは間違い無しだよ」
掴んだ!ついに言質を取った!
順風な風向きで興が乗ったのか、それとも元々口が軽かったのか。
ついに。
行われる内容が。
治療目的ではなく、戦略兵器としての新薬開発であるという、尻尾を掴むことに成功したのだった。
「…承知致しました…では、そのように」
そういうと、俺は後ろに控えていたハルトとジェイルに目配せをする。
二人は黙ったまま、そっと下がり、院長室の扉に鍵をかけるのだった。
「うん?何をしているのかね?用事が済んだのならば、下がって宜しい」
何時までも退室しない俺たちを訝しげに見詰めてくる。他に何かあるのかと言わんばかりに。
その理解は正しい。だが、判断が遅い。
「…ここに、『灰咳』を治療目的とした試験薬があります。どういう意味か、分かりますか?」
俺は瞳の色を、青を経て、緑に染め上げて。
改めて院長と対峙するのだった。
■執筆裏話
なんどか間に合いました…




