サブエピソード5【効率厨レオンの業務カイゼン1:発言には責任を持ちましょう①】
更新を楽しみにされていた方々、申し訳ございません。
今回(26/9/11)も、メインエピソード2の更新が間に合わなかったため、サブエピソードでお茶を濁らせてください…
効率厨レオンは、職場の非効率な業務に苛立ちが募っています。
これは、レオンが効率良く業務を通そうとして、周囲を巻き込んでいくお話です。
「どういうことだこれは!研修で何学んできたんだ!?」
課内に怒声が響きます。声の元に視線を向ければ、二人の男女が映ります。
一人は、声を張り上げ、書類を叩きながら叱責を繰り返す中年の男性。
もう一人は、目を瞑り、体を縮こまらせて震えている年若い女性です。
いったい、何があったのでしょうか?
――公衆の面前で叱責されるのは辛いですよね。明らかに自身の非であろうとも、恐怖や羞恥心を刺激され、嵐が過ぎ去るのを待つだけになること…皆さんにもありませんか?――
中年の男性の口調は、ますます強くなり、次第に業務内容を逸脱し始めました。服装、髪型、最後には容姿に対してまでおよび、年若い女性は涙ぐみ、小さく嗚咽を漏らし始めました。
「おいおい、泣けば済むと思っているのか?気楽なもんだな、おい。このミスをどうやってリカバリするんだ。泣いてないで考えろよ。だから女はダメなんだよ」
中年の男性は、ついには関係の無い性差を持ち出してきました。
周囲を見れば、白い眼が二人に、おもに中年の男性に注がれているのが分かります。ですが、中年の男性は気付くことなく、大声の叱責を続けています。
レオンはちらりと時計に目を向けます。叱責という公開処刑が始まってから、もう15分を過ぎていることが分かります。
レオンはふぅと小さく溜息をつき、立ち上がります。そして、部下の女性を呼び寄せ、何かを耳打ちしました。女性は小さく頷くと、その地を静かに移動し始めました。いったい何を企んでいるのでしょうか?
「教育中、失礼致します。定例業務報告の時間となりますので、会議室へ移動して頂いて宜しいでしょうか?」
中年の男性の叱責など、まるでなかったかのように、感情を込められていないレオンの声が課内に響きます。
その声で熱が冷めたのか、中年の男性は周囲の視線に気付きます。白い眼で見られていることに気付いた男性は、小さく咳払いをします。
そして、逃げるように会議室へと駆け出していきました。
レオンは、ふんっと鼻を鳴らします。小者が!とでも思っているのしょうか?
叱責自体は否定しません。ですが、叱責するポイントを絞り、再発防止を考えさせ、短時間で済ませることを信条としているレオンとしては、今回の叱責はただの憂さ晴らしにしか見えていないのでした。
――皆さんもありませんか?叱責する際に、目的が手段にすり替わっていることが。失敗してしまったことに対する叱責が、いつの間にか叱責することが目的になっていて、関係ないことで叱責している。頭に血が上ると、なかなか防げませんよね――
嗚咽を漏らしていた女性に視線を向ければ、耳打ちした女性が肩を抱き、慰めている様子が分かります。15分の叱責で、本日の彼女のパフォーマンスは半分以下に落ちるであろうことが、レオンには見えていたからです。
彼女ならば上手くフォローできるだろう、と小さく頷くと、自身も会議室に向かうのでした。
定例業務報告はつつがなく終了しました。件の男性は、自身の業務報告を述べるのみで、特別な発言はしていませんでした。
だとすると、あの叱責は何の為にしたのでしょうか?レオンは首を傾げ、会議室を出ました。
「…レオン君、ちょっといいかね…」
扉の向こうには、件の男性が待っていました。
「先程の彼女の件だが…」
男性は言葉を選ぶよう、もごもごと口を動かします。
苦手な謝罪をするのでしょうか?もうフォローはしていますよ。言い過ぎたと貴方からもフォローしてあげてください。
そう返そうかと考えていたところ、とんでもない言葉が向けられてきました。
「…研修のプランを作ったのは、キミだろう?あれでは使い物にならんよ。もっとしっかりとした研修プランを組んでくれんかね。私のコストが無駄になるのだからね」
男性はそういうと、足取り軽く自席に向かっていくのでした。
――いますよね、絶対に謝ろうとしない人。転嫁できるネタがあれば、全力でそちらに舵を切ることが出来る、恥知らずな人。正直、関わりたくないですが、組織の運営上対話しなくてはならないと思うと、気が重くなりますよね――
レオンは呆気に取られ、数瞬固まります。そして、理解が追い付くと、怒りで肩を震わせ始めました。
自身が組み上げた研修プランを蔑ろにされただけではなく、自身の非を認めない、その態度に。
瞳が青くギラリと鋭く輝きました。
「…わかりました。徹底的に、何の非の打ちどころの無い、完璧な業務改善をしてみせましょう」
たったいま、この瞬間。レオンにとって、男性は不良債権に成り下がったのでした。
レオンが自席に戻る頃には、終業時刻を迎えていたため、退勤する者がチラホラ出始めていました。件の男性の席に目を向けると、既に姿が見えません。おそらく終業を告げる鐘が鳴り響くと同時に退勤していったのでしょう。
表面上では怒りを見せぬよう、無表情の仮面を被ったまま、机に積まれた書類を処理し始めます。大した分量では無かったのですが、頭に血が上っている状態での作業です。作業効率は通常時の二割減となっていました。
怒りによりモチベーションが上がらず、パフォーマンスも上げられないと判断すると、期日が間近となっている書類のみを処理し、今日は切り上げることにしました。
自処理を終えて周囲を見渡せば、チラホラ業務を継続している者が見えます。おそらく残業でしょう。期日に間に合わすために、必死にペンを走らせている姿を見て、レオンは苦笑を浮かべるのでした。
残業はほどほどにするように、と周囲に声をかけます。そして席を離れようとした時です。
「…レオン主任…少し時間を頂いて宜しいでしょうか…」
部下の女性に声をかけられました。部下の女性は、肩を震わせています。おそらく義憤に燃えているのでしょう。そして、その後ろには叱責を受けていた女性が控えています。目を赤くさせて、背を丸めて申し訳なさげに俯いているのでした。
レオンは小さく頷きます。二人に会議室に向かうよう告げると、三人分のお茶を用意するのでした。
会議室で、三人は静かにお茶を飲み始めます。
温かいお茶のぬくもりと、鼻孔をくすぐる優しい香りが、緊張とストレスを緩和するようです。
――過度な緊張により、何も手につかなくなることってありますよね。落ち着こうと思えば思う程空回りしてしまう。そんな経験、皆さんにもありませんか?そんな時は、温かいお茶をゆっくり飲み、何もしないでみてください。きっと驚くほどの効果が見受けられますよ――
静かに時が流れます。カップのお茶の残りが三分の一に差し掛かると、レオンは部下の女性に目配せをしました。
それを受けた部下の女性は、叱責を受けた女性の肩に優しく手を置きました。
叱責を受けた女性は、小さく震え、縋るような目で部下の女性を見詰めました。部下の女性は、しっかりと視線を合わせ、力強く頷きました。まるで大丈夫!と言わんばかりに。
視線を受けた叱責を受けた女性は、レオンに向き直ります。そして、ポツポツと事の経緯を語りだしたのでした。
「最初は素材報網額の違和感でした」
「研修時に教わった通り、納品物買取年鑑の価格と、市場の流通量、在庫数量より計算をしていたのですが、係長が口出ししてきたんです」
「自分の権限で価格を決定するから、その価格で書類作成するように、と」
「マニュアルに反する内容でしたので、そのことを指摘すると、下っ端は口出しするな!と叱責されてしまいましたので、指示通り書類作成をしました」
「そういうことが何度か有りました。そのうち、通常時では考えられない買取量と価格で書績を作成するよう指示がありました」
「指摘したのですが、これも自分の権限で処理しておくから、と言って強引に…」
「私の方も、言っても係長が処理するといなら、と本来の手順を読んでいませんでした。…それが今回の件に繋がったのだと思います」
「いつもよりも遥かに多い買取量と価格の書類を作成するよう指示があったので、何も考えずに作成しました。すると、受付からこんな価格で報酬を渡すことなんて出来ない!とクレームを受けまして」
「クレームの行き先が書類作成をした私に行き着き、係長から叱責を受けました。何故研修通りに価格を決定しなかったのか、と」
「係長の指示通りにしました、と言ったところ、そんなことを言った覚えはない、と言われました。自分のミスを棚に上げ、他人に擦り付けるのか、とも」
「私…悔しくて、情けなくて…」
…長い告白、いや告発が終わりました。
告発をし終えた女性は、叱責を思い出したのか、また啜り泣き始めました。それを部下の女性が再び優しく慰めるのでした。
耳を疑う内容に、レオンは目眩を感じます。
昨日の今日、とまでは行きません。ですが、同部内で問題が発覚していたのにも関わらず、このような問題を引き起こしていたとは。
レオンは頭を振り、意識を切り替えます。何故起きてしまったのかの原因究明も大切ですが、今は起きてしまった問題に対する対応の方も、重要だからです。
ふぅと一呼吸置きます。新鮮な酸素を脳に送り込み、思考をクリーンにします。煮え滾った頭では、物事を多面的で捉えることが出来なくなることを、経験則として知っていたからです。
「…わかりました。ですが、貴方の言葉だけを一方的に信じるというわけには行きません」
「物事は公正に判断する必要があります。貴方の言葉は恐らく「真実」なのでしょう。ですが、揺らがない「事実」が無い限り、貴方の言葉だけを信じて動くことは出来ません。それが「現実」です」
「まず、「事実」を確保する必要があります、係長の指示内容を示す、書類やメモ書きなど、残っていますか?出来れば原本が望ましいですが」
「指示された日時、品目、数量、価格…覚えていることを全て洗い出してください。どんな細かいことでも構いません」
「数字は嘘をつきません。彼が数字を弄っているのならば、その報いを必ず受けさせます」
レオンは瞳を青くし、会議室の向こう側に視線を向けます。
その姿を見て、叱責を受けた女性はコクコクと頷きを繰り返します。涙はいつの間にか止まっていたのでした。
三人が会議室を出ると、時計の針は終業時刻をだいぶ過ぎていることがわかりました。残業していた者たちも、皆退動したようで、室内に残ったのはレオンを含めた三人となっています。
叱責を受けていた女性は足早に自席に駆け寄り、何かをゴソゴソ探しています。おそらく、レオンの言った「事実」を見つけようとしているのでしょう。
しばらくかかると判断したレオンは、部下の女性に何かを言い含めます。部下の女性は小さく頷くと、足早に立ち去ります。その後ろ姿を見送り、レオンも自席に戻り、未処理となっていた書類整理を始めるのでした。
「レオン主任、宜しいでしょうか?」
未処理としていた書類がほぼ無くなった頃、叱責を受けていた女性がファイルを抱えて声をかけてきました。「事実」の確保が行えたのでしょうか?走らせていたペンを置き、レオンは女性に向き直ります。女性の目には強い光が宿っているのが伝わってきました。
――孤立無援と思われていた状況で、差し伸べられた手は有難く、心強いものです。皆さんも記憶にありませんか?それが頼りになる上司ならば尚更ですよね――
「こちら、確認ください。それと、こちらも」
女性はファイルに束ねられていたいくつかの書類を広げます。それと併せて、走り書きと思われる紙片も。
「係長に指示された内容を示す書類です。品目、数量、価格について、係長の指示により作成しています。こちらが、その指示メモです」
女性はクレーム内容の元となる書類と、書類作成に行う指示メモをレオンに提出しました。レオンは書類と指示メモを受け取ります。
そして、瞳を青くし、思考を巡らせ始めました。
「事実」となる証拠の確保が行えたこと自体が喜ばしいのは確かです。ですが、ことが簡単に進み過ぎていることに懸念がありました。
彼が只の小者で、隠蔽に気が回っていなかった、というのならばそれまでですが、何かあるのでは?と気を巡らせてしまうのでした。
レオンは書類と指示メモを確認し、小さく頷きました。そして、他にも同様の責頬は見つかったのか?と水を向けます。
女性は、我が意を得たり、とばかりに数々の書類を広げて見せてきました。
今まで指示された、不適切と思われる処理がレオンの机の上でこれでもか!と並べられました。
レオンは並べられた書順を呆然と見詰めます。そして、小さく背を丸め、くつくつと声を押し殺して笑い出しました。深読みが過ぎた、こんなお粗末な対応で、よくも研修プランのことを蔑ろに出来たな、と。
最早疑う余地はありません。女性の言い分は「真実」であり、「事実」でした。あとは、「現実」をあの男に見せるだけ。レオンは女性に何かを指示すると、着々と準備を推し進めるのでした。
「ただいま、戻り、まし、た」
部下の女性が、何かを抱えて戻ってきました。余程急いでいたのか、息が切れ、額にはうっすらと汗が滲んでいるのが分かります。
レオンは労うよう、冷えたお茶を差し出しました。
部下の女性は頬を緩ませ、お礼を言うと、お茶を一息に飲み干し、汗を拭いました。
「首尾の方は?」
空になったカップにお代わりのお茶を注ぐと共に、下の女性に問い掛けます。
「上々です。こちらをご覧ください」
注がれたお代わりのお茶を飲みながら、抱えていた物をレオンに差し出しました。
レオンは差し出された物に目を通すと、ニヤリと口角を上げます。
「これはこれは…こうも想定通りだと、笑う以外に術がありませんね」
部下の女性より差し出された物は、申請書類の返却率を示す書類と、資材管理部で余剰傾向にある素材一覧でした。
あの男より提出された書類は、高い頻度で差戻しが行われていることが示されており、かつ余剰傾向にある素材を対象に、相場よりも高い価格で申請が行われていることが分かったのでした。
レオンは瞳を再度青く染め上げ、思考を加速させます。視界が白と黒のモノクロの世界に変わります。
―余剰傾向にある素材を、相場よりも高い価格で申請する。それではギルドは損をするだけだ。
レオンの思考が加速します。
―得をするためには、不足傾向の素材を相場よりも低い価格で申請し、各所には相場通り、または相場よりも高い価格で捌くことだ。
レオンの思考が加速します。
―今回の事象は逆転している。ということは?
レオンの思考が加速します。
―そういうことか、相場よりも高い価格で申請をしても、それを上回る価格での取引を『今までは』行えていた、ということだな。
レオンの思考が加速します。
―高い価格で申請しても、それ以上の価格で捌くことが出来れば、リスクを最小限に抑え、リターンを最大限に得ることが出来る、という訳だな…今までは、だが。
レオンの思考が加速します。
―高い価格で申請をしても、その分の利益が上がり、在庫を抱えていなければ、ギルド側も指摘することは無かったのだろう。
レオンの思考が加速します。
―だが、何かしらの要因により、取引をすることが出来なくなった。その為、素材を捌く宛が無くなり、在庫余剰が発生し。そして、クレームに発展した、ということか!
レオンの思考が加速します。
―なんてことはない…単純な素材の横流しという訳だ。上手くいかなくなった腹いせに、彼女を罵倒していた、という訳だな。
レオンは瞳を黒に戻します。視界に色彩が違ってきました。
ふと時計を見ると、もう少しで日付が変わりそうになっています。レオンは彼女たちに気をつけて帰るよう言い含め、見送ります。そして、部下の彼女が用意してくれた素材一覧に視線を送った後、最後の裏付けを取る為、とある場所に向かうのでした。
誰も居ない廊下に、コツコツと革靴による足音がきます。
足音の主は、暗い廊下を物怖じもせず、規則的なリズムで進みます。
不意に足言が止みます。足音の主の前には、施錠された扉が鎮座されています。守衛室より借り受けてきた鍵で開錠すると、足音の主はゆっくりと扉の向こう側へ入っていくのでした。
室内は多様なシロモノが所狭しと並んでいます。しかし、決して乱雑ではなく、規則性を持って並べ立てられている為、目的を持って整理されていることが分かりました。
その中で、明らかに不釣り合いに映る空間が一角を占めています。周囲のモノと比較すると、明らかに数量が多く、整理も御座なりになっているようでした。
足音の男は、確信を持ってその空間に近づきます。そして、そのモノに付けられた品目札と納入日に、青く光る目を向けました。
「…やはり…な…確定か…」
モノを持ち上げ、様々な角度から眺めます。握ったり、肌に触れさせたり、匂いを嗅いだりと、触感と鮮度も確かめます。
そして、ついには懐から紙を取り出し、何かを書き出しました。ほんの数瞬で二重線や取り消し線などが雑多に書き込まれ、余白はみるみる少なくなっていきました。
一通り書き出し終えて、男は自身の考えに満足したのか、室内を後にします。そして施錠を終えるとまた何処かに向かっていきました。
室内のシロモノは、何も言わず静かに佇んでいるのでした。
■執筆裏話
3話連続更新の1話目です。2話目は明日の21時、3話目は明後日の21時となります。
パワハラ…モラハラ…セクハラ…うっ頭が…
評価、感想、御待ちしております。執筆のモチベーションアップに繋がりますので!




