メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㉟ / 灰咳奔走編
作業進捗の向上は、モチベーションにより左右する。
やりがいを見出す、報酬が良いなどにより、モチベーションが上がり、進捗が向上するのはよくあることだ。
ハルトの場合。手探りで、先行きが怪しかった道筋に、光が射したようなのだろう。
今までも決して捗らなかった訳ではないが、目に見えた成果を挙げることが出来ていなかった。
だが、今回のアイディアにより、固定観念が解されたようだった。
気体化時の濃度、温度、吸い込ませる量など、様々なパターンを試し、劇的な成果を挙げ始めるのだった。
ハルトは薬剤を蒸留機に注ぎ、気体化を図る。そして、飛鼠に対して投与し、結果を粛々と記録していく。
「この配合だと、コストがかかり過ぎですね。治療も重要ですが、症例者分の確保が出来ません」
――気体化することで、負荷よりも効能が早期発揮することを確認――
「コストがかかっても、治療を優先すべきでは?」
――承知。鎮痛時間継続の問題有無は?――
「財政破綻となります。継続的な治療が出来なくては、意味がありません」
――気体化時の温度変化により、鎮痛時間が減少――
「しかし!それでも症例者を見捨てることは出来ません!」
――温度変化が減少の原因?――
「そんなことは、言われなくても私が一番わかっています!治療を行うことが出来ないもどかしさを感じているのは、貴方だけではありません!」
――想定原因。気体化までの時間により変動の可能性アリ――
「ならば…」
――気体化を遅延で、解決可能?――
「では、素材を無償で提供できますか!?無償とは言わないでも、現状の価格を下げることは出来ますか!?」
――保留。遅延で解決、加速で解決は実験次第――
「それは…」
――承知。他のアプローチは?――
「わかっています。冒険者ギルドから卸される素材は、冒険者により採取された物であること。そして、冒険者に対して公正な報酬を支払う必要があることを」
――無――
「…その通りです。冒険者ギルドの職員、そして経理課として。彼ら(冒険者)に対し無償で動いてくれとは言えません」
――気体化の投与と、液体の投与を複合するのは?――
「こちらも、慈善事業ではありません。治療することが本分ではありますが、全てを救うことに固執し、治療体制が崩壊しては本末転倒です」
――回答不可。未実施のアイディア――
「えぇ」
――並行して実施検討――
「…とても悔しいことですが、優先順位を付けざるを得ません。治療出来る範囲で治療する。軽微な症状の症例者は後回しにするしかありません」
――承知――
「………」
――継続して製薬実施。不足分は連絡願う――
「納得できないのなら、代案か対案を出すべきです。不平不満を出すだけならば、何も変わりません」
――承知――
イニシアティブをハルトが握り、理想論を言う俺を窘めるようなやりとりを偽装する。
盗聴先では、理想をへし折られた俺が、悔し気に黙り込んだように聞こえているだろう。それが疑似餌だと気付かずに。
会話の裏で、静かに、息を潜めて試験を進めるのだった。
試行錯誤により、時間は溶けていく。
気体化までの時間による効能の差分、気体化した薬剤の投与量、気体と液体の投与バランス。
それぞれを検証し、なおかつ各要素を組み合わせ、最適な治療方法を模索する。
全ては症例者を治療するため。
ハルトは鬼気迫る勢いで机に向かう。実験台の脇の箱には、数えきれない程の、おびただしい程の飛鼠の死骸が収められている。
ヒトに仇なす訳ではない。実験生物として飼育され、新薬開発の試験結果確認のためだけに生かされ、そして死んでいく。
思うことが無い訳ではない。だが、感傷に浸ることは違うと、理性で割り切る。
今、出来ること、やるべきこと。それはこの実験生物の生命を無駄にしないことだ。
集中するハルトを邪魔しないよう、そっと席を離れ、二人分のお茶を用意するのだった。
休憩を挟み、作業を継続する。
試験により機材を動かす音のみが、作業エリアを支配する。
時計の長針は幾度も周回しており、既に定時を大きく過ぎていた。
俺たちは大きく伸びをしながら、進捗成果を確認し合う。
「…ダメです。幾度試しても、期待値には届きません。根本的に考え直さないと、臨床試験に辿り着くことは難しいです」
――凡そのパターンを把握――
「現在の製法では、難しいと?」
――承知。最適解は提示可能?――
「というより、コストです。製法自体には問題はありません。生成、精製によるコストがかかり過ぎるので、症例者数分の用意が追い付かないんです」
――可能。低速での気体化、気体化した薬剤を3呼吸分として吸入、気体の吸入に合わせ、液体の投与を当初の1/2。以上が最適解と判断――
「やはり、コストに行きつくのですか…」
――効能は負荷を看過?――
「他の製法では、効果が見込めず、現状の製法と大差ありません。それでは意味がありません。やはり別のアプローチが必要に…」
――看過。気体化により、効能と鎮痛が早期発揮。影響時間短縮は液体投与により解決――
「極論としてですが。素材が予算内で確保出来れば、問題の大半は解決する、という認識で良いですか?」
――承知。他の問題有無は?――
「えぇ、確保出来れば、ですが」
――投与手順が複雑化。気体化実施のための蒸留器確保、および気体化薬剤の吸入に難アリ――
「予算確保のため、副ギルド長に泣きつくのはどうでしょう?」
――粘膜摂取方法に問題アリ?――
「は?」
――是。飛鼠において、鼻より吸入させる際、ロスが多量に発生――
「いえ、ですから、私たちの成果を説明し、予算が確保出来れば対処出来ると報告するのです」
――効率の良い吸入手段が無い?――
「そんなことすれば…私たちの試験が停止される恐れが…」
――是――
「えぇ、その可能性は否定出来ません。なので、同時にこう言いましょう。『責任の所在を副ギルド長に移管することを了承願います』と」
――鼻、もしくは口を覆う方法があれば解決可?――
「それは、つまり?」
――是――
「要は、上にケツを持ってもらいましょう、ということですよ。対処できる道筋はあります。ですが権限が無い為、やりようがありません。なので、助けてください。と」
――蒸留器は要求分確保可能?――
「…嬉々として無視するのでは?」
――是――
「併せて、こうも言いましょう。『私たちが無力であったことを、施療院で隔離しようとしている症例者に謝罪もしましょう』とも」
――蒸留器からの排出口を延長し、漏斗の脚と接合。排出を傘からとし、摂取範囲を拡大。本内容による対処で、解決可?――
「うわぁ」
――要検討――
「現場は頑張って対応を模索したが、責任者が非を突き付けた、とわかれば、暴動必至です。それを想像できない訳ではないでしょう」
――承知。継続実験願う――
「えげつないですね」
――承知――
「いえ、正しい作業工程ですよ。許可を得ずに進めて、手戻りが発生した場合にかかるコスト程、上は嫌がりますからね」
――作業用の製薬量に不足は?――
「確かに」
――追加精製願う――
「では、内容を纏めて、説明する準備に取り掛かりましょう。で、報告は明日にして、今日は上がりましょう」
――承知――
非臨床試験段階の目途はたった。懸念として挙げられたロスについても、おそらく対応できるだろう。
先の会話を聞けば、無茶ぶりをされたと慌てるか、匙を投げて逃げようとするか、逆ギレしてくるかの何れかになるだろう。
それが、狙いだ。
監視し、把握していると思われていればこそ、油断が生まれ、こちらの真意には目が届かなくなる。
残り時間は少ない。だからこそ、焦っていけない。確実に、慎重に、進めなければ。
資料を纏めていると、ハルトと視線が合う。俺たちはどちらともなく、ゆっくりと頷くのだった。
…ジェイルは、今日も帰ってこなかった。
■執筆裏話
やるべきことをやって、そのうえで責任を上司に投げるのって、社会人として楽しいですよね(笑)




