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メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㉞ / 灰咳奔走編

薬師ギルド内の食堂で、一番安上がりな日替わり定食を選ぶ。

なるべく人混みを避けるため角の席を狙ったが、すでに先客に陣取られていた。仕方なしに中央の空席に腰を落ち着け、声量をギリギリまで落として雑談を交わす。内容は製薬の技術論ではなく、ジェイルの帰還についてだ。

俺たちが席に着くとほぼ同時。聞き耳を立てられる限界の距離に、複数人の職員がこれみよがしに陣取ってきた。

…作業エリアへの盗聴だけでは飽き足らず、休憩時の雑談にまで目を光らせている、と考えるのは邪推だろうか。いや、このタイミングだ、十中八九クロだろう。

なんにせよ、ここでは成果を敢えて口にしない。焦らして、焦らして、相手が痺れを切らして馬脚を現すのを待つ。

向こう(副ギルド長側)から接触してくれば、俺の仮説にまた一歩近づくのだから。

…もっとも、俺としては、外れてほしいと切に願う仮説なのだが。




―日替わり定食、旨いですね。

――えぇ、安くてボリュームがあり、味も良くて人気なんですよ。

―毎日食べたいくらいですよ。

――大袈裟ですねぇ。普段何を食べてるんですか?

―石パンです。

――え?いやいや…え?

―石パンですよ。

――え?いえ、ですから、普段何を…え?…正気ですか?

―はい。お恥ずかしい限り、金銭的な余裕が無いもので。懐に優しく、カロリーが豊富で、栄養価も高いので、重宝していますよ。

――…常食している、ってことですか?

―えぇ。まぁ。

――…私のおかず、食べますか?

―…私、遠慮しませんよ?

――えぇ、どうぞ。

―では、有難く。

関係のない話をメインに雑談を交わす。チラリと周囲に視線を向ければ、忌々し気に顔を歪めている者もいることがわかる。

表情に出すとは二流だな、と心の中で吐き捨てる。やることは監視ではなく、製薬だろう。本分を忘れるなと声を大にしたくなるのを、必死に押し留めるのだった。




食事を終え、お茶を飲みながら中身のない雑談を交わし続ける。

これ以上は意味が無い、収集する必要が無いと判断したのか、周囲の職員は食器を片付け、食堂を去っていく。

残るは俺とハルト、そして遅くに食堂に来た数人の職員となる。

俺はさらに声量を落とし、本題に移る。

―ジェイルさんの状況は、把握されていますか?

――いえ、あれから連絡はありません。

―そうですか…彼が情報を持ち帰ってくれることで、裏付けが取れるかもしれないと期待しているので…

――…ジェイルさんの情報の有無で、私たちの方針、変わりますか?

―いえ、方針を変える必要はありません。あくまで私たちは対処薬を製薬することが方針です。そこにブレはありません。

――なら…

―私たち、もっと言えば、ハルトさん、あなたの方針は変わりません。変わるのは、完成後、となります。

――完成後、ですか?

―えぇ。完成後、です。何故なら対処薬が完成し、『灰咳』の治療に目途が付くのであれば、キャスティングボードを握るのは、私たちになるのですから。

――どういうことですか?

―治療方法です。独占するにせよ、開示するにせよ、莫大な利権が発生することが予想できます。それをあの男(副ギルド長)が、ただ見過ごすと思いますか?

――………!

―あの男(副ギルド長)だけではありません。上役も絡んでくるでしょう。そうなった時…

そこまで言うと、俺は食器を持ち、席を立つ。

「そろそろ昼休憩は終わりですね。作業に戻りましょう」

ハルトに背を向け、食器の返却に向かう。ハルトは慌てて追いかけてくる。

そう、彼ら(副ギルド長たち)から圧力が掛けられたとき、どのように立ち回るかが分水嶺になる。だが、それをハルトに任せるには、余りにも重すぎた。

俺は、言葉を濁し、先延ばしせざるを得ないのだった。




――空気が違う。

機材の位置が変わったわけではない。素材の数量が変わった形跡もない。測定結果を纏めた資料が紛失している、というような明確な話ではなかった。

誰かが。俺たちではない、誰かが、ここ(第三作業エリア)に踏み入り、何かをしたという、漠然とした雰囲気が残っている。誰が、何の為に、何をしたのか。明確な証拠は何も残っていない。

だが、推測は出来る。おそらくは――「そう」なのだろう。

温く、澱(よど)んだ、不快な気配に顔を顰(しか)めながら、俺はハルトの視界にだけ入るように、あらかじめ用意していたメモを差し出した。そこに書かれた短い文面を読ませ、すぐに握り潰す。

『釣果アリ、継続実施要』

ハルトが息を呑むのを横目に、俺は何事もなかったかのように、淡々と作業を再開するのだった。




「…飛鼠(フライングラット)による負荷影響、これ以上は看過出来ません」

ハルトは『言行一致』のメモを見せながら、報告をしてくる。

「投与量を調整しても、効能が発揮される前に、負荷による影響が大き過ぎてしまいます。計算上のギリギリまで下げても、負荷影響をクリアできません」

ハルトは悔し気に机を叩く。

先人が遺した、伝承に秘された手順を解明し、『灰咳』の真なる治療方法を復活させることが出来た。

しかし、その製法においては、効果が高すぎて人体に対する影響が懸念されることになる。

目の前にある治療法を使用することが出来ないのか。『灰咳』を治療しても、生命の危険に陥るようでは意味が無い。が、逆に言えば、生命の危険があるくらいの劇薬でないと、『灰咳』を治療することが出来ない、ということになる。

解決の糸口が見えないハルトは、苛立ちを机にぶつけるほか、術が無かったのだった。




投与量を調整しても、負荷影響を看過出来ない。計算上の閾(しきい)値下限を用いても、不可であった。となれば、打つ手が無いのではないか…

ぐるぐると堂々巡りする思考を留め、気分転換を図る。

「一旦切り替えましょう。お茶を淹れようと思いますが、銘柄は何にしますか?」

ハルトの返事を背に受け、俺はお茶を淹れるため、お湯を沸かしに向かう。

煮立ったお湯によって抽出されたお茶をカップに注ぎ、ハルトに差し入れる。ハルトは両手でカップを持つと、息を吹きかけて少し冷まし、少しずつ口に含む。

その様子を見ながら、俺もお茶を飲み始める。お茶の味を舌で感じ、匂いを鼻で嗅ぐ。

ほんの少しだけ、時間がゆっくりと過ぎるように感じるのだった。




不意に、脳裏に閃(ひらめ)きが疾走(はし)る。

俺は今、何を考えた?

お茶を飲んで…そうだ!『舌で感じ、鼻で嗅ぐ』だ!

精製した対処薬を、液体状で投薬するのではなく、気化した気体状で投薬したらどうだ?

うろ覚えだったが、同じ薬効成分においても、経口摂取と粘膜摂取においては、効能発揮に差分があったはずだ!

俺はカロリーコンバータ・ライトを起動し、浮かんだ考えをメモ用紙に書き殴る。

秒針が数周回り終えた後、俺は瞳の色を黒に戻し、石パンを貪(むさぼ)るように齧(かじ)りつく。

そして、俺の異変を呆然と見ていたハルトに、静かに書き殴ったメモを突き付ける。

虚を突かれた表情のままメモを受け取ったハルトは、急に立ち上がる。その反動により、椅子が倒れ、大きな音が鳴り響いた。

「こ、これは…!」

ハルトが何かを喋ろうとするのを、口元に一本指をあて、静かにするようジェスチャーを行う。ハルトの反応からして、メモの内容は吉と出るのだろうか。

「さぁ、休憩はここまでにしましょう。結果出さないと絞られますよ」

――示した内容で、再実験要。結果は裏で報告願う――

「そうですね、まだ何も結果だせていませんからね」

――承知――

ハルトの顔に明るみが差している。先に浮かんでいた苛立ちは、いつのまにか霧散していたのだった。


■執筆裏話

食堂におけるハルトとの食事シーン、ホロリと涙ぐんでくれると幸いです。


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