メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㉜ / 灰咳奔走編
「狭いところになりますが…」
俺は孤児院の応接室にハルトを通す。
日は既に落ち、星々が瞬いている。そして、ここはやや郊外に位置しているため、街の喧騒は聞こえない。
孤児院の子たちは既に寝静まり、起きているのは俺とハルトだけだ。
「ここは…」
ハルトは応接室内に備え付けられた年季の入った椅子に座る。そして周囲を見渡し、俺に問い掛ける。
「私が入居していた孤児院です。原点、というところになりますね」
ハルトへの回答に合わせ、安物ですが、と言って、温かいお茶を渡す。
監視が疑われる以上、下手な場所で認識合わせは出来ない。
薬師ギルド内は論外。冒険者ギルドは新たな監視対象になる危険がある。俺の自室は落ち着いて会話出来るスペースではない。
そのため、俺は苦肉の策として、孤児院に案内したのだった。
そうですか、という短い相槌と共に、ハルトはお茶に口をつける。
カップから上る白い湯気が、じんわりと緊張を解きほぐしてくれた。
カップのお茶が1/3ほどになったころ、俺は本題を切り出した。
「あの部屋は、高い確率で監視されていると考えられます」
「ハルトさんが使用申請され、直後ではなく試薬が完成し、効能に成果が見られた時に来訪するのは、タイミングが良すぎる」
「もちろん、偶然という線も捨てきれません」
「ですが、私は、彼が何某かの手段で監視していると睨んでいます」
そこまで言うと、俺はカップに残ったお茶を飲み干し、一息つく。
「監視といえば、草を放ち、会話や記録を見張る、という手段が常套です」
「ですが、あそこには、私たち以外には居なかった」
「私、ハルトさん、ジェイルさんがスパイであった場合はその限りではありませんが、そんなことは無いでしょう」
「ということは、あそこには、前もって何かが仕掛けられたのでは?という疑いがあります」
一旦区切り、2杯目のお茶を注ぐため、立ち上がる。そしてカップの8分目までお茶を注ぎ、再度腰を落ち着ける。
「彼が様子見に来た時、複数の薬師ギルド員が同時に来ました」
「彼らの目的は何だったのか?私は、監視用の機器の交換ではないかと睨んでいます」
そういうと、俺は懐に忍ばせていたあるモノを取り出し、ハルトに見せる。
「『音水晶』、ご存じですよね?」
ハルトは俺が取り出した『音水晶』を見て、息を飲む。
その姿を見て、俺は軽く頷き、言葉を続ける。
「私が持っている同型とは限りませんが、これが事前にあそこの何処かに仕掛けられていた」
「それを回収、および新たに設置する為に様子見を装い、集団で来訪した、ということも考えられます」
「現に、彼らは副ギルド長の言葉に追従するのみで、私たちの成果に何の反応も示さなかったのですから」
ハルトは俺の考えを咀嚼しようと、俯き何かを呟いている。俺は彼の考えが纏まるまで、2杯目のお茶をゆっくり飲むのだった。
お茶の残りが半分ほどになると、ハルトは顔を上げ、続きを促すよう頷いてきた。
「残念ながら、監視していた、という明確な証拠はありません」
「あそこをひっくり返して、証拠を見つけようとすると、逆に邪魔が入るでしょう」
「かと言って、今から別の場所を確保するのも効率的ではありません」
「と、なれば。彼らには踊っていただきましょう」
「こちらの情報を収集するためには、監視用の機器を交換する必要があります」
「そのため、明日以降は、おそらく毎日様子見と称して機器の回収と再設置が行われるでしょう」
「それを逆手に取り、進捗が芳しくないという偽情報を流します」
「進捗遅れやでっちあげた試験不具合などを言い合い、筆記によって本来の意思疎通を行います」
「様子見で成果提出を求められたら、失敗により何にも進んでいない旨を報告し、敢えて叱責を受けましょう」
「そのうえで、本来の臨床試験に臨み、効能確認を進めましょう」
一通り考えを伝えると、ハルトは喜色を浮かべ、頭を上下に何度も動かした。懸念が解消され、やるべきことが明確になったからだろう。
懸念が解消されたからと言って、問題が解決した訳ではない。
非臨床試験での課題は残っているため、このままでは臨床試験には望めない。
喜びを浮かべるハルトを尻目に、俺は小さな溜息を着くのだった。
小休憩として、雑談を交えながら食事を摂る。
俺は例にもれず石パンを、ハルトはここに来るまでの道のりで目についた露店で購入した食材を頬張っている。
製剤とは関係ない、他愛無い話をぽつぽつと交わす。
―そちらでも、上司の対応には苦労するんですねぇ。
――まぁ、何処でもあると思いますよ。部下を鑑みてくれる方も入れば、使い潰すことを何とも思わない奴も居ますから。
―当たり外れがあると、キツいですよね。こっちでは研究の成果を吸い上げられることもあるので…
――…それは、聞いても宜しいので?
―まぁ、本来は良くないことですが、薬師ギルド内では公然の秘密ってやつですよ。
――…公然の秘密ですか…
―えぇ。ギルド長は上昇志向が高いようで。定期的に何らかの成果を挙げるよう、周知してくるんですよね。
――周知、ですか。
―例えば既存ポーションの原材料の使用量を1/2に抑えて、効果を2/3まで落とす廉価版開発とかですかね。
――ほう、廉価版!
―もちろん価格も通常よりは抑えますが、原材料を抑えているため、薬師ギルドとしての利益は多くなります。…ですが…
――ですが?
―生成の工程が煩雑になることで、お蔵入りとなりました。
――お蔵入りですか…
―アイディアとしては良かったのですが、薬師ギルド内の人員で全ての工程を回そうとすると、リソースが足りないということで…
――なるほど…リソースが問題、ということですね。
―えぇ…いいアイディアだと思ったんですけどねぇ…
ハルトとの会話で、引っかかるものを感じた。全ての工程を薬師ギルド内で完結する必要があるのか?
納品、検品、生成、精製。大雑把に考えてこれだけの工程がある。中でも生成の工程で時間がかかるとすれば、それを外部発注するのはどうだろう?
信頼の出来る業者を選定し、下請けとして雇うことが出来ると仮定する。
そうすることで、薬師ギルド員のリソースを空けることが出来て、廉価版ポーションの販売が出来る。
廉価版ポーションは、おそらく恒常的な需要を見込める。通常のポーションよりも安く使用できることで、使用を躊躇わなくなるからだ。
…腰を据えて考える必要がある。
「ハルトさん、廉価版ポーションについては、ちょっと持ち帰らせてください。形になるよう検討してみます」
「え?あ、はい。お蔵入りしているアイディアですので…」
俺の発言に、ハルトは驚きながらも了承を示す。
『灰咳』に注力しなくてはならないが、それとは別に飯のタネが生まれるかもしれない。
俺は少しだけ明るい気分になれたのだった。
腹が膨れ、疲れが出たのか、ハルトは少し眠りますというと、机に突っ伏して寝息を立てだした。
俺は起こさぬよう、席を立ち、窓際に移動した。
再度石パンを齧り、お茶で流し込む。
「…度し難い…」
『灰咳』蔓延から始まり、『診水晶』未使用による予算横領、治療薬の隠蔽、研究の監視、そして戦略兵器化。
全ての裏取りが出来ている訳ではないが、高い確率で繋がっているのであろう。
数日の間で、我が身に降りかかった内容が濃すぎる。
ふぅ、と肺に溜まった空気を吐き出す。
誰も彼も、自己の欲に塗れている。
いや、それは俺も同じか。金を求めるか、名誉を求めるか、それとも命を求めるか。それだけだ。
…だめだ、頭が茹っている。感傷的になるのは、全てが済んでからでも遅くない。
再度、大きく息を吐く。欲を全て洗い流すように。
一度立ち止まって整理しよう。俺は残った石パンを飲み込み、顔を顰めながらスキル起動する。
――【カロリーコンバータ・ライト】
瞳が青く染まる。視界から色が抜け落ちモノクロの世界となる。そして、思考が加速する。
耳が痛くなるような静寂の中で、俺は推測の海に深く潜るのだった。
事の発端は、『灰咳』による緊急事態宣言の発令だった。
事態の把握のため、施療院、薬師ギルドを巡り、治療方針に疑問を持った。
素材の収集に遅延工作を仕掛け、伝承の製法には隠された意思があったことを突き止めた。
『診水晶』未使用による予算横領、それに伴う症例者の蔓延。
症例者を臨床試験者として確保し、対処薬を戦略兵器化する。
…間違っていない。事実が挙げられている。
しかし、違和感が拭えない。
俺は、また、何かを見落としているのか?
…いや、見落としはないはずだ。起きた事象は全て挙げられている。
では、何に違和感を感じている?
似たようなことを、あそこでも感じなかったか?
そうだ、あの時は…『目的と手段が逆転している』だった。
まて、ということは…
…『灰咳』が蔓延し、臨床試験者が増えたから新薬開発による戦略兵器化ではなく。
…新薬開発により戦略兵器化を推し進めるため、意図的に『灰咳』を蔓延させた?
…かつてない衝撃と共に、脳髄に氷を差し込まれたような震えが走る。
もし、この仮定が正しければ。
俺は間違いなく、禁忌の箱を、無防備に開けてしまったのだった。
■執筆裏話
目的と手段の逆転は、当初から考えていたアイディアであったので、驚きがあれば嬉しいです。




