メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㉛ / 灰咳奔走編
「は?…ちょっと待ってください…それじゃ…今までの臨床試験は…」
副ギルド長が去り、静寂を取り戻した第三作業エリアで、俺はハルトに懸念事項を伝えていた。
「確かに新薬の検証には重罪犯罪者を対象として臨床実験を行います。…それはまぎれもない事実です」
「ですが、犯罪者を間引きするために新薬を開発するのでは、目的と手段が逆転しているではありませんか!」
「私たち薬師ギルドは、命を救うため、日々研究開発をしているんですよ!」
「命をすり減らすのが目的なら、私の、私たちの研究開発は…」
俺の推測を交えた懸念を聞き終えたハルトは、机から崩れ落ち、嗚咽を漏らし、床に這い蹲っている。
薬師ギルドとしての本懐に目覚め、気炎を上げて作業に取り組んでいる時に、氷水をぶちまけた様なものだ。
項垂れるハルトを引き起こし、再度問う。
「もちろん、すべてが事実であるとは限りません。…ですが、現状では限りなく事実に近い真実です」
「副ギルド長の言った数々の言葉」
「緊急事態宣言が発令されたにも関わらず、一糸の乱れも見えない白衣」
「医療に従ずるとは思えない豪奢な装飾品」
「その一つ一つを繋げれば、この事態が意図的に引き起こされた可能性が見えてきています」
「一回の新薬開発に何人の候補者が必要なのでしょうか?成果を確認するまでに、何日間経過を観察する必要があるのでしょうか?」
「そもそも…」
そこまで言いかけて、口元に手を当てる。
待て、俺は何か見過ごしていないか?
何故、副ギルド長はここに来た?
成果に興味を持たなかったにも関わらず、様子を見に来た理由は?
石パンを頬張り、カロリーを補給する。
喉を通り、胃の中に収められた石パンを、エネルギーに置換され、全身を駆け巡る。
脳に巡ったエネルギーを使用し、スキルを行使する。
――【カロリーコンバータ・ライト】
瞳を青く染め、思考を加速させるのだった。
―何故副ギルド長はここに来た?
――ハルトが申請した使用理由の経過を確認するためだ。
―では、なぜ成果に興味を持たなかった?
――ハルトの報告内容より、自身の計画に影響が無いと判断したためだ。
―ハルトの報告内容を全面的に信じた?
――ハルトの報告内容を信じたというより、使用理由である研究開発が短時間で成果が出るとは思えないからだろう。
―では、自身の計画とは?
――現時点では不明。
――推測するならば、『診水晶』未使用による予算の横領。
――それを覆い隠す為に、『灰咳』の症例者を意図的に増やし、新薬開発における候補者を合法的に確保する。
―開発する新薬とは?
――現時点では不明。
――推測を重ねるならば、治療目的の開発ではなく、悪化目的の開発となるだろう。
――意図的に悪化させることにより、近隣諸国への外交カードに用いるのだとすれば、強烈な効果を発揮することになるだろう。
――善悪を考慮しなければ、になるが。
―副ギルド長が率先する意図は?
――新薬開発において、成功すれば強烈な効果を持つ外交カードと成り得て、利権の温床となる。
――一時的な褒賞か、継続的なロイヤリティになるかは不明だが、莫大な金が動くことになるは間違いない。
―新薬開発には必ず利権が絡むのか?
――現時点では不明。
――だが、開発が成功し、継続的に使用されるようになれば、原材料の調達、生成、精製、販売と幅広い流通が生まれる。
――そうなれば、金流が発生しないとは考えにくい。金流が発生すれば、利権として抑えようとするものは必ず生まれる。
―『灰咳』の対処薬製法を遺した者たちは、対処薬の利権化を拒んだため、意図した製法を遺せなかった?
――現時点では不明。
――だが、十分に考えられる。当時の薬師ギルドの思想が欲に塗れていないのであれば、製法を隠したことも頷ける。
―利権を握る大本は?
――現時点では不明。
――副ギルド長が薬師ギルドの取り纏めとなるのならば、彼と同等、またはそれ以上の役職者であることが想定できる。
―彼以上の役職者といえば?
――他のギルドとの直接の関りは考えにくい為…薬師ギルドのギルド長…施療院長…財務局長…が該当すると考えられる。
―予算策定を一手に握る財務局長も対象になる?
――十分に考えられる。冒険者ギルドの資材管理部部長の治療優先において、財務局長宛に付け届けを行っていたこともある。
――予算を握るモノに歯向かえば、何もできなくなることは自明の理である。腹が減っては戦は出来ない。
―では、背後に控えているモノは財務局長なのか?
――財務局長が直接関係しているとは考えにくい。
――しかし、財務局長の息のかかった関係者による協力を、否定しきることは難しい。
―ここまでの推測は、副ギルド長は把握できているのか?
――全貌は把握できていないと思われる。その一環として、様子を見に来たのだから。
―様子を見に来たタイミングが、試薬精製完了後であった理由は?
――現時点では不明。
――タイミングが良すぎるのは、指摘の通り不自然である。
―部屋に何かしら仕掛けが行われているとしたら?
――十分に考えられる。こちらの動向を監視し、タイミングを見て踏み込むことで成果の奪取、または妨害を行う。
――そのうえで自身の計画を進めれば、一石二鳥となる。
―俺たちの試験を推進させ、なおかつ副ギルド長の妨害を受けなくするには?
――進捗を知られないようにするのが第一。確認された際に偽の成果を提出するのが第二。
――そして、投薬可能レベルになった新薬を、副ギルド長の計画よりも早く投入すること。
――計画の内容がなんであれ、『灰咳』自体の治療が行えてしまえば、治療対象が居なくなるため、新薬開発における候補者が行えなくなる。
――新薬開発が行えなければ、悪化による戦略兵器化は絵にかいた餅になる。
―では、俺たちがしなくてはいけないことは?
――ここに仕掛けられている『何か』に気付かぬフリをしつつ、試験を進めること。
――もしくは『何か』を破壊、もしくは工作し、情報の漏洩を防ぐこと。
―最もリスクが低く、リターンが高い方法を挙げるのならば?
――それは………
目を閉じる。そしてスキルを解除し、大きくため息をつく。
頭に残る鈍痛に耐え、目を開く。瞳は黒に戻っていた。
「…ハルトさん、お腹減っていませんか?」
俺の急な話題転換に、ハルトは虚を突かれたのか、口を開いて固まる。
「そろそろいい時間ですし、キリが良いところで切り上げましょう。根を詰めることだけが効率を上げるわけではありませんよ」
俺はメモ用紙に殴り書きをしながら、散乱した用紙や機材を片付け始める。
「ちょ、待ってください、話が途中ですよ!」
片付けを始めている俺の肩を、ハルトが掴みかかってくる。
俺は肩越しに、ハルトに殴り書きしたメモの一枚を見せた。
メモを見たハルトは一瞬固まる。そして周囲を慌てて見渡した後、掴んでいた手の力を緩めた。
「…わかりました。確かにろくに食事摂っていないですからね。言われてみれば、腹ペコでした」
ハルトは、先ほどまでの困惑と焦燥が無かったかのように、平静して自席に戻り、片付けを始めた。
精々油断しろ。俺たちに首輪をつけて、飼い慣らしていると思い込んでいろ。
首輪を緩めて、抜け出す準備は着々と整えている。
命は等価値だと甘っちょろいことを宣うつもりはない。親しい者に優先順位をつけてしまうのが人間としての性だ。
だが、新薬の価値を見出す為に命を犠牲にするということと、死刑台への手法として新薬を開発するということを同列に扱う。
それはもはや、ヒトではなく鬼畜の所業だ。
命を、命で、金銭を数えるのであれば、遠慮も躊躇いも何もない。
片付けを終えた俺たちは、消灯、施錠を行い、第三作業エリアを退出した。
走り書きしたメモ用紙を握りしめながら。
――監視、盗聴の疑いアリ、退室して認識合わせ要――
■執筆裏話
カロリーコンバータ・ライトにおける高速思考を、Q&A形式に仕上げてみました。
初めての試みでしたが、読み応えはありましたでしょうか?
評価、感想、御待ちしております。執筆のモチベーションアップに繋がりますので!




