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メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㉚ / 灰咳奔走編

「ハルトさん…もう一転確認させてください。臨床試験用の対象者について――」

振り向いたハルトに対し、核心を問い掛けようとした、その時だった。

乱暴に扉が叩き開けられ、第三作業エリアの静寂が粉砕される。

何事かと俺とハルトが視線を向けた先。

先頭を歩いてきたのは、使い込まれていない、ひとつない真っ白な白衣を纏った小男だった。その後ろに、これまた同じような白衣を着た数人の男たちが、威圧するようにゾロゾロと侵入してくる。

「やぁやぁ、進捗の方はどうかね?成果になりそうな見込みはついたかね?」

やや軽快な、それでいてこちらを値踏みするようなドブネズミじみた視線のまま、小男が近づいてくる。

「わざわざ、この私直々に第三作業エリアの使用許可を出してあげたんだ。『何の成果も挙げられませんでした』じゃ済まないことぐらいは、当然分かっているよね?・・・あちらの『準備』も着々と進んでいるんだから…ね…」

前半はやや威圧するような声音で、後半はかすかに聞き取れるくらいか細い声で、ハルトに言い放った。

続いて、小男は舐めるような目つきで、ハルトが洗浄し終えたばかりの試験管を持ち上げ、光に透かした。その指先には、現場の薬師にはあるはずのない、高価な指輪が光っている。

…こいつが…『診水晶』の予算を握っている奴か?

声音、姿勢、服装、装飾物…ありとあらゆる要素を、冷徹に観察する。

「ま、まだ、確実な成果として公表できる段階ではありませんが…進捗に遅れは見受けられません」

ハルトはあからさまに口元を引き攣らせ、ぎこちない笑顔を浮かべて平伏するように回答した。

「ふぅん…遅れていないなら良いけれどね。時間の無駄だし」

ハルトの報告に劇的な進展が無かったためか、小男は一瞬で興味を失ったようだ。乱暴に試験管を戻すと、ねっとりとした視線が俺へと移る。

「で、その見慣れない顔の彼は誰だい?」

「は、はい!こちら、冒険者ギルドより短期出向頂いているレオンさんです。――レオンさん、こちら、我が薬師ギルドの副ギルド長となります」

ハルトの声が緊張で上ずっている。

俺はすっと一歩前に出ると、完璧な所作で小男に対して深く頭を下げた。心の中の冷ややかな刃は、鞘に納めてる。僅かな光も漏らさずに、一筋たりとも。

「挨拶が遅くなり、申し訳ありません。冒険者ギルドより出向させていただきました、レオン・クラークと申します。短い間ですが、お世話になります」

彫像の材料と思われる存在が、向こうからわざわざ出向いてくれた訳だ。丁寧な挨拶の裏で、俺は静かに、この小男から如何に情報を吸い上げるのかの算段を始めるのだった。




「あぁ、キミか・・・ギルド長から聞いたよ。ウチのジェイルと組んで素材調達をやってくれるんだってね?」

「調達の遅延は全てに関わることになるから、(ギルド長)も気が気じゃないみたいだしね。ちゃちゃっとやってくれたまえ」

「あぁ、そうそう。支払いは適正価格で頼むよ。納入は急いでいるが、割増は認めないからね」

小男、いや、副ギルド長は一通り言いたいことを言って満足したのか、俺から視線を外す。次いで作業台に向かい、生成済の素材に目をつけてきた。

「太陽草に、銀星花か。ずいぶん丁寧に生成したね。これはキミがやったのかい?」

俺は首を横に振り、ハルトの所業である旨を示す。

「だろうね、部外者がここまで丁寧に作業出来たら、私たちの立場が無いよ。そうだろう?」

副ギルド長が問い掛けると、控えていた白衣たちは視線を下に向けたまま、無機質な声で口々に追従の意を示していた。

…これは、副ギルド長に弱みを握られているか、お零れに(あやか)ろうとする(たぐい)だな。

「まぁ、いい。レオン君、だったかな?短期出向とはいえ、こちら(薬師ギルド)で働いてもらうのだから、調達だけに限らず、出来ることは率先してやるようにね」

「…あぁ、分かっているとは思うが、出来ることは、『誰にでも出来ること』であって、 『何でも』じゃあないよ?履き違えないようにね?」

ここ(薬師ギルド)独自の機密もあるんだ。・・・キミが触れることにより、処罰を与えるといった手間が増えないよう、気を付けてくれたまえよ?」

必要以上に踏み込まないよう、釘を刺したつもりか?だが、それは逆に見られては困るものを隠しているとも考えられる。

俺は胸に手を当て、敢えて一歩踏み込むのだった。




「早速の御指導、感謝いたします。・・・僭越ですが、私は何処まで関わっていいか、確認させて頂きたく。…ハルトさんの指揮下の元、ここ(第三作業エリア)での作業を継続する、という認識で宜しいでしょうか?」

頭を上げ、副ギルド長と視線を合わせ、確認を取る。

俺の言葉に、副ギルド長は何をいまさら?といった怪訝な表情を浮かべる。

「私の話を聞いていなかったのかね?誰にでも出来ることをやるように、と言ったのだよ?」

やや語気を強く、不機嫌じみた声音で再度言い放ってくる。

「承知しております」

「ですので、ハルトさんの指揮下の元、第三作業エリアで、誰にでも出来る作業を、継続実施する、という認識です」

「この認識で宜しいでしょうか?」

先の俺の発言に、ギルド長自身の発言を加え、噛み締めるよう繰り返す。

「くどいなぁキミは・・・合ってるよそれで。もういいかい?」

再度頭を下げ、了承を示す。

従順を装った対応に満足したのか、副ギルド長は足取り軽く、退室しようと扉に向かう。

白衣の一人が先回りし、扉を開ける。

退室間際、副ギルド長はこちらへ振り向き、特大の爆弾を放り投げてきた。

「そうそう、大事なことを言い忘れていたよ。臨床試験用の候補者だが、申請した人数の 2/3としてくれたまえ。優先度が高い、他の試験が控えているのでね」

そこまで言うと、ギルド長と白衣たちは今度こそ去っていった。残った俺とハルトは互いに目を見合わせる。

室内は耳が痛くなるほど、奇妙な静寂に包まれるのであった。




「…さ、2/3…」

先に言葉を発したのはハルトだった。

思わず口から洩れた、というように、力が抜けたハルトはどさりと椅子に腰を下ろす。

血の気が引き青白くなった顔色、眉間に寄った皺。細かく震えている唇。どれをとっても、動揺を隠せない有様だ。

「そんな・・・ただでさえ劇薬になり得る新薬なんです。候補者を減らされたら、安全性を担保する為の見極めに余計時間がかかる…副ギルド長は…上は…患者を何だと思っているんだ…命を、何だと思っているんだ!」

悔しさにハルトは唇を噛み締める。だが、俺はそっと、石パンに手を伸ばし、それをゆっくりと口に運んだ。慣れ親しんだ、相変わらずの味。固く、パサパサで、形容しがたい不味さ。

だが、今の俺にはこの不味さが、冷え切った怒りを燃やす極上の燃料になる。

――【カロリーコンバータ・ライト】

スキル起動に伴い。俺の瞳が深い青へと染まる。

視界から全ての色彩が抜け落ち、モノクロに変化した世界の中で、俺は思考を爆発的に加速させる。

…優先度が高い「他の試験」とは一体何だ?

『灰咳』による緊急事態宣言が発令されたこの状況だ。優先されるべきは当然、対処薬の確認のはず。

なのに、副ギルド長はハルトの作業台にある新型試薬(成果)に対して、完全に無関心だった。

もし上の目的が『純粋な治療』なら、新薬の兆候に飛びつくはずだ。逆に『隠蔽や妨害』 が目的なら、成果を潰すために何らかのケチをつけてくるはず。

だが、あの男は本当に、どうでもよさそうに試験管を戻した。新薬に対しては、目も向けずに、だ。

つまり、初めから、ハルトの成果なんてあてにしていない。

故に、臨床試験の候補者を2/3に減らした、その理由は一つしか残らない。

――ハルトの成果の有無に関わらず、最初から『他の試験』のために、一定数の『生きた人間(検体)』を確保するスケジュールが組まれていたのだとしたら?

脳の裏側が、ぞっとするような冷気に満たされる。

待て、結論を急ぐな、まだ確定ではない。その疑いが濃厚であるというだけだ。

…では、その『他の試験』とは?その試験には、どのような薬を使う?

伝承の手順で精製される対処薬ならば、臨床試験用の候補者を大掛かりに確保する必要はない。となれば、伝承の手順とは異なるやり方で精製が行われた対処薬であると考えられる。

仮に、既存の対処薬よりも効果が向上する精製方法が分かったのであれば、薬師ギルド内に周知し、堂々と試験を行えばよい。

が、それをやらず、緊急事態宣言の裏側で試験を行うということは、効果が治療目的とは掛け放たれていると考えざるを得ない。

治療目的ではない臨床試験、それが示すのは…『戦略兵器』。

人為的に蔓延させられた『灰咳』。

治療目的ではなく、戦略兵器として『悪化』させるための臨床試験。

欠片(パーツ)が揃い過ぎている。

「…最悪だな」

瞳を黒に戻し、スキルを解除する。色彩の戻った世界で、俺は残りの石バンを水で強引に胃の中に流し込んだ。

まだ仮説だ。だが、この仮説は限りなく最悪な事実に近づいている。もし事実ならば、削られた 1/3の候補者はおろか、治療を期待している症例者たちも、待っているのは『地獄の実験場』だ。

「レオンさん……?」

椅子に座り込んだまま俺を見上げるハルトの目に、怯えの色が混じる。

猶予はさらに目減りしている。ジェイルの裏取りを待つ時間すら惜しい。

俺は、最悪の事態に抗うべく、再びハルトへと声をかけるのだった。


■執筆裏話

副ギルド長の登場は、大学病院における教授回診をイメージしています。


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