メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㉗ / 灰咳奔走編
『診水晶』、正式には「症例診断検索装置Ⅰ型」と言う。
施療院における診断において、診察者の症状より、過去の症例に該当するかを検索する。対象となる症例は薬師ギルド、施療院間で連携更新され、常に最新状態となっている。
その為、診断者の症状が既知の症例に該当するのであれば、『診水晶』を用いることで断定することが出来る。…正しく運用されていれば、の話になるが。
『診水晶』は親機と子機に分かれている。
親機には各種症例が登録管理されており、子機にて診察した症状を検索することが出来る。
どんなに離れた場所でも、誰が運用しても、一定の効果を見込める、画期的なシステムだ。
…もう一度言おう。正しく、運用されていれば、の話になるが。
『診水晶』による診断システムの運用は、『灰咳』流行の当時よりも前から行われている為、症例未登録は有り得ない。
そして、『診水晶』を運用する為にはそれなりの費用がかかることになる。
さらに、『診水晶』を使用していなかったという情報と、緊急事態宣言発令による症例者の確保という事実。
積み上げられる欠片が、不気味な彫像を作り上げようとしている。
小さな失敗を覆い隠すため、より大きな出来事をわざと作り込んだような。
…例えば。
診察時、『診水晶』を使用したとして、費用申請を行う。そして、支払われた費用を懐にしまっていたとしよう。
簡易で安易な道の為、容易に踏み込む。突き進む。泥沼に嵌っていることに気付かずに。
何度も何度も繰り返し、気付くべきだった、気付けるはずだった病気がひっそりと蔓延し、気付いた時には隠し切れない程の規模に膨れ上がっていったとして。
誤魔化せないと悟り、逆方向に舵を切る。治療するのではなく、悪化させて戦略兵器として用いるとしたら。
根本的な治療手段が確立していないという面から、他国において蔓延すれば、確実に国力が落ちると想定し。
侵略するにせよ、援助するにせよ、主導権はこちらで探ることになることを見込んで。
主導権を握ることの出来る戦略兵器ならば、横領とは比べ物にならない程の金が動くだろう。
大規模に流動する金銭で、自身の不正を覆い隠し、なおかつ利益を得ようとしているのではないか?
彫像の造形は見えた。
では、形作る材料は足りているか?
一つ、『診水晶』を使っていなかったという点による、症状看過。
二つ、緊急事態宣言発令という点による、症状の軽重に関わらない症例者の確保。
三つ、正規の手順とは異なる製法という点による、対処薬の生成、精製。
…駄目だ、足りない。分かっている点だけでは、作れない。
横領をしていたという点と、戦略兵器に用いようとしていた点が揃わない限り、彫像を形作ることは不可能だ。
ならば、如何にして、材料を導き出す?
直接的な事実が無ければ、間接的な事実から導き出せばよい。
横領の有無と、戦略兵器化。
この二点について、彫像の材料となるよう、導き出してみよう。
四つ、架空申請という点による、横領の有無。
これは『診水晶』の費用申請に紐づいているはずだ。
申請するということは、公的な記録として残っているはずだ。さらに子機から通達された情報の検索履歴が親機に残っていると思われる。
つまり、費用申請した時期と、検索履歴の時期が一致しなければ、『診水晶』は使われておらず、不要な費用申請が行われたという事実になる。
さらに、申請者の申請回数なども併せて調べれば、誰が、何度、不正を行ったのかが分かるはずだ。
あとは該当者の金銭の用途を辿れば、横領であるという事実に辿り着けるだろう。
五つ、症例の意図的な悪化という点による、戦略兵器化。
正規手順ではない対処薬による効能を確認することで、悪化有無を判断出来る。
そして、近隣諸国との情勢を鑑みる。他国への輸出、他国からの輸入、何が値上がりし、何が値下がりしているのか。
こちらの情勢が下向いている国に対し、どのような対策を打ち出しているのか。
巻き返せない状態かつ、国家間の友好度が低い状態となっていないか。
これらを踏まえれば、戦略兵器として用いようとしているかの判断材料にはなるはずだ。
さらにもう一歩踏み込めば。仮想敵国とした他国に対し、『灰咳』をバラまき、国力低下を目論む。
その上で、善意の支援と言う大義名分を用いて、静かな侵略を行い、掌握する。
彫像を作り上げるのに、十分な材料は揃った。
しかし、材料の真贋を確かめる必要がある。特に四つ目と五つ目については念入りに。
彫像は、贋作に成り果てるのか。それとも真品として世に出るのか。
材料は正しいが、予想は間違っていて欲しいという、矛盾した思考を抱えるのだった。
各組み合わせパターンの薬効確認と並列し、「診水晶」の使途考察より導き出された彫像の見極め方針を整理する。彫像が真品なのか、贋作なのか、その見極めを、俺一人で行うことが出来るのか。
…無理だ、短期出向として薬師ギルドに所属しているとはいえ、所詮は外様。彫像の真贋を判断する為の権限が付与されているとは考えにくい。
仮に情報参照を申請したとしても、却下されるか、たらいまわしされ時間浪費することになるのが関の山だろう。
ちらりと、横目で作業中の二人を覗き見る。ハルトとジェイルは、自作業に没頭し、こちらの視線には気付かない。気付いていない。
確信を得ていない段階で、彼らを巻き込んで良いのだろうか?
さらなる沼に引き込むことになっても良いのだろうか?
だが、彼らの協力を得られない状態では、真贋の判別を行うことは出来ない。
問うしかない。彼らに魑魅魍魎が跋扈する、茨の道を共に歩む覚悟があるのかを。
そして、頼むしかない。茨の道に灯りを掲げ、正道として照らすことを。
「…お話があります」
提示された各組み合わせパターンの薬効確認を終えた俺は、意を決して二人に語りかけるのだった。
頭の中で組み上がった推測を、私情を交えず、客観的な事実で以って、二人に語り終えた。ハルトは大きく目を見開き、ジェイルは逆に何かを考えるよう、両目を閉じた。
「…まさか…そんなことが…」
ハルトは事の次第を飲み込めず、狼狽する。
「…いや、無いとは言い切れないぜ」
ジェイルは顎に手をあて、右目だけ見開き、自身の考えをぶつけてくる。
「初動を見てみろ、素材調達が出来ず、対応が後手に回っているというにも関わらず、何ら行動を起こしていないだろう?」
「調達を遅らせている俺自身が言うのもなんだが、焦燥感を募らせているのは俺ら末端を含めた中間管理職以下の立場の奴らだ」
「上層部のうち、どこまでが意図して関わっているかはわからないが、十分に有り得ることだぜ」
「施療院での誤診。あれがそもそもおかしい」
「レオンも言ってたろう?そもそも使わないという選択が出来るのはだれだ?施療院側の末端職員がそんなことを出来るか?」
「実際は使っていないのに、使ったことにする、という虚偽の記録改竄くらい、やっていたんじゃないか?」
「それが出来る立場にいるのは…言わなくても、分かるよな?」
ジェイルの言葉に、ハルトは反論出来ない。言葉を探すよう、周囲に視線を巡らせる。そして、俺と視線がぶつかる。
俺は真っ直ぐ、ハルトを見詰める。嘘が混じり、騙そうとする澱んだ目ではなく、事実と現実を重ね、信じてもらう為の澄んだ目で。
ハルトは肩を落とし、大きく溜息をつく。そして観念したかのように言葉を紡ぐ。
「…わかりました。レオンさん、ジェイルさんの言うことに反論できない為、ひとまず信じることにします。ですが、レオンさんの懸念の通り、裏取りし、推測が事実であるという確証が得られない限り、状況は変わりませんよ?」
ハルトの指摘はもっともだ。俺が述べ、ジェイルが補足した内容は、現時点では極めて高い現実味を帯びた推測に過ぎない。
確証を得られなければ、現実味を帯びていても、推測はただの推測、陰謀論めいた妄想に過ぎなくなる。
「一旦整理しましょう」
俺は積み残された課題を挙げていく。
一つ、組み合わせパターンNo.167、No.172に対する薬効確認。
一つ、未確認の組み合わせパターンに対する生成、精製、及び薬効確認。
一つ、薬効が高い組み合わせパターンにおける非臨床試験と、臨床試験。
これと並行し、以下を確認する必要がある。
一つ、診水晶の使用履歴。
一つ、近隣諸国に対する情勢。
親指から折り始め、小指で折り終える。合計五つの課題が積み残されている。
中指までの三点は、まだいい、答えを出せる。数字は嘘をつかないからだ。
しかし、薬指と小指の二点は、答えが出せない。正確に言えば、答えを出すための情報が無い。
懸念ではなく、本当に未使用であったのか。そして、他国への侵略兵器に用いる準備が進められているのか。
課題点を挙げ終わる。ハルトは腕組みをしたまま考え込み、ジェイルも再び目を閉じる。
「…よし」
静かに声が響く。
「俺が調べてやる。外様扱いのお前や、ペーペー扱いのこいつじゃ、追い切れんだろう」
閉じていた両目を見開き、ジェイルは立ち上がる。
「三つ目までの課題については、お前たちに任せる。四つ目以降は俺に任せろ。こう見えて、俺にも伝手があるんでな」
ジェイルは背を向け、作業エリアを後にする。彼の進む先には、朧気だが光が射されているようだった。
信頼を込め、無言でジェイルを見送った俺たちは、確認を急ぐ。彼の厚意を無下にする訳には行かないからだ。
軽く頬を叩き、決意新たに歩み出すのだった。
■執筆裏話
いろいろなガジェットを持ち出す際、正式名称を考えるのが楽しいです。




