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メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】㉖ / 灰咳奔走編

激しい頭痛、渇きにより、意識が浮上する。

見慣れぬ寝床に数瞬固まるが、薬師ギルド内の仮眠室であることを思い出す。

ジェイルに放り込まれ、意識を失うように眠りについた俺は、水を求める身体の渇きにより、長い時間が経っていたことを把握する。

水差しに残された水を飲み終え、渇きが癒えると今度は腹の虫が鳴り出す。

何か食べる物は無いかと、ポケットをまさぐり、食べ物が残っていないかを漁っていると、扉の向こう側より、やや乱雑な足音と会話が聞こえてきた。

後ろめたいことは無いのだが、俺は横になり目を(つむ)る。それと同時に扉が開き、複数人が入室してきた、声質からして、男だろう。人数は2名か。

男達は俺が横になっていることを意にも介さず、世間話に興じていた。




――こいつ、まだ寝てるぜ

―あぁ、冒険者ギルド側からの短期出向扱いの奴だろ?

――俺たちが忙しい思いしてるってのに、気楽なもんだな

―といっても、素材が無けりゃ、何にも出来ないけどな

――ジェイルさんの調整でも、一週間はかかるって言ってたしな。ギルド長、なんか焦っていたって言うぜ?

―なんで焦るんだろうな?素材なきゃ、生成、精製出来ないのは当たり前なのにな

――ほら、緊急事態宣言出てるじゃん?それで施療院側からせっつかれてるとか?

―それこそ俺達には関係ないだろ?素材が無きゃ何にもならんのだし

――だけどよ、なんかおかしくね?今まで緊急事態宣言なんてなかったじゃん?『灰咳』にしたって、数十年ぶりに発症したとはいえ、対処薬はあるんだし…

―それがよ、俺も施療院の知り合いから聞いたばっかなんだけど、施療院側で誤診があったみたいだぜ?

――誤診?どういう訳だ?

―『灰咳』をただの風邪って診断し、『診水晶』を使用してなかったんだってよ

――ちょ、マジか

―マジマジ。初期症状は風邪と似通ってるって言うじゃん?だから風邪と勘違いして、対処間違えたみたいだぜ?

――でもよ、それなら何で緊急事態宣言までするんだよ?『診水晶』を使って診断し直せばいいじゃないか

―なんでもよ、上の方から症例者を集めて、って指示があったらしいぜ?

――集めてどうするのよ?

―さぁ?そこまでは知らんよ、お偉方の考えていることは理解出来んわ

――確かにな

―そういや知ってるか?第三作業エリアのこと

――いんや?ここんとこ、誰も使ってない場所だろ?

―そうそう、そこなんだけど、なんかハルトが使用申請出してるってよ

――へぇ、ハルトがねぇ。なんかやるつもりなのかね?

―そこまでは知らんけど、素材やら機材やら大量に持ち込んでるらしいぜ?

――論文でも仕上げるつもりかね?

―今のギルド長の元じゃ、手柄吸い取られてポイされるだけなのにな

――若人(わこうど)は痛い目を見て、成長していくってもんよ

―違いない

――俺らも痛い目あったからな。今ならギルド長ぶっ飛ばしちゃうね

―おいおい、物騒なこと言うなよい

――冗談だよ、冗談、七割くらいね。

―三割はマジなのか!?

――だってよ、お前もギルド長ムカつくだろ?

―まぁ、そうだけど、ここじゃ、な?

――そうだな

―さ、そろそろ戻るか

――そうさな、戻るか。夕飯何喰う?

―今日は麺の気分だな

――んじゃ、仕事()けたらガッツリ行くか

―おうよ




男達は雑談を切り上げ、退出していく。

降って湧いた情報に戸惑う。なんだこれは?なんだこれは!?

誤診があった?

診断に「診水晶」を使っていなかった? 

症例者を集めている?

身体が無意識に震えてくる。いつぞやに挙げた仮説が、現実味をさらに帯びて、再び鎌首をもたげてくる。

…『灰咳』蔓延の理由は、自然発生なのではなく、なんらかの目的による、意図的な医療怠慢による人為的発生なのではないのか?

…『灰咳』を戦略兵器として用いる為、人為的に蔓延させて症例者を集め、研究の為の検体として用いるのではないか?

施療院で得た情報、薬師ギルド内のポーション状況、そして薬師ギルド職員の会話。

各場所で得られた、『灰咳』に繋がる情報。これが連鎖するのは偶然なのか?

一回なら偶然、二回なら蓋然(がいぜん)、三回重なればそれはもう必然になるだろう。

仮説が事実で、それが現実になろうとするのならば、俺たちにとって最悪の事態になる。

猛烈に自己主張を繰り返す腹の虫を宥める。そしてふらつく足腰のまま、仮眠室を立つのだった。




壁伝いに移動する。足を一歩動かす。ただそれだけのことで、多大な労苦を覚える。鈍重な身体が悲鳴を挙げる。まるで鉛を飲み込んだかのように、重く、鈍っている。

常人ならば数分で到着するであろう距離を、数倍の時間をかけて踏破する。

辿り着いた場所は第三作業エリア。『灰咳』対処薬の生成、精製本拠地。

萎えた腕に力を込め、扉をゆっくりと開くのだった。




扉の向こう、第三作業エリアには、寝息と思われる微かな呼吸音が支配している。

目に見えるのは、机に突っ伏したハルト。そして、椅子を並べ、その上で横たわっているジエイルだった。

周囲を見れば、何かを書き連ねた紙が散乱しており、洗浄し乾燥待ちとなっている試験官が並べられている。

室内に設置されている時間を見れば、短針は頂点を超え、かなりの時間を過ぎていることが分かる。

察するに、俺が離脱した後、休む間を惜しんで作業に没頭していたのだろう。

心の中で感謝を述べ、二人を起こさないよう静かに移動する。

移動先には、ジェイルに持ち込んでもらった石パンと岩パン。多少悩んだが、石パンを手に取り、ゆっくりと(かじ)る。

(かじ)る、咀嚼(そしゃく)する。嚥下(えんげ)する。(かじ)る、咀嚼(そしゃく)する。嚥下(えんげ)する。

途中でむせそうになるも、二人を起こしてはなるまいと必死に我慢し、水で流し込む。

二つ目の石パンを胃に収めると、ようやく人心地がつく。口の中には形容しがたい不快感が残っているが、それを差し引いても十分なカロリー摂取により、兵站が整えられたことが自覚出来た。

落ち着いたことで、状況を整理する。

対処薬の精製状況、残り時間、そして裏で(うごめ)いているナニカ。

このナニカを見極めることが出来なければ、土壇場でひっくり返されるような、全てを奪われるような、そんな実態の伴わない不安感に絡めとられてしまう気がしてならない。

ジェイルが、ハルトが、ビリーが、資材管理部部長が、皆が作ってくれた時間を無駄にする訳には行かない。

俺は不安感を晴らすよう、紙にペンを走らせるのだった。




ある程度状況を整理し終える。振り返ると、ハルトとジェイルの寝姿が映る。彼らは未だ夢の旅人となっており、帰還する様子はない。

ふと喉の渇きを覚える。水を飲もうと、彼らを起こさぬようそっと席を立つ。

水を含み渇きを癒す。ただの水が何よりも旨く感じるのは何故だろう。一人ではなく、同志として認め合った者達と闘っているからであろうか。

とりとめのないことを考えながら時計に視線を向けると、かなりの時間が経過していたことに気付く。

「ぐへっ」

肉塊が叩きつけられるような音と合わせて、潰れるような呻き声に意識を向ける。

「いててててて…」

腰をさすりながら、ジェイルがむくりと起き上がる。どうやら寝返りをうった拍子に、椅子の上から落ちたのだろう。

呆れと心配の比率が7対3程となる視線を向ける。視線に気付いたジェイルは、寝ぼけ顔を引き締め、こちらに歩み寄ってきた。

「なんでもう起きて来ているんだ!」

「もう充分に休んだ?あれから半日も経っていないだろう!?」

「お前の気持ちはわからんでもないが、休むべき時は休むべきだろう?」

「…わかった。もうこれ以上は言わん。だが、無理はするなよ?」

ジェイルとの問答を終えると、ハルトも起き出してきた。

「レオンさん!もう起きて来て大丈夫なんですか!」

「ジェイルさんは24時間休ませるって言っていましたが、まだ経っていませんよ?」

「…わかりました。何も言いません。では、こちらに」

「組み合わせパターンNo.167、No.172に対する精製準備は済んでいます。早速ですが、分析を始めましょう」

「準備に並行し、優先度が低い組み合わせパターンを時間の許す限り実施しました。結果に纏めてありますので、後でクロスチェックをお願いします」

ハルトもジェイルと同じよう、容態を心配する声を挙げるが、俺が制するのを見ると苦笑し、作業報告を始める。




再び三本の矢が集う。

目には見えない、裏で(うごめ)くナニカを穿つため、静かに弓を引き絞るのだった。


■執筆裏話

ジェイルのコミカルなシーンが思ったより気に入っています。


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