メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】⑬
クエスト帰りの冒険者の合間を縫って、冒険者ギルドへと速足で向かう。
掴んだ「糸」はか細いが、離す訳にも、切らす訳にもいかない。
マルコの部屋で得た情報と、かの3人の不明点とを、結び付ける必要がある。情報と不明点が結び付かなければ、得た情報は意味を成さないことになるのだから。
逸り、焦る気持ちを宥めつつ、経理課の自席に向かった。
自席には、今朝と同じくらい、書類の山脈が築かれていた。いずれも確認待ちや承認待ちとなる書類となる。
周囲に視線を向けると、目の合う職員は申し訳なさそうに会釈を返してくる。監査チーム発足の準備の為とはいえ、自己都合によりこのような体制になってしまったので、周囲を責めることは出来ない。
俺は自席に座り、石パンを貪るように頬張る。
相変わらず、固く、味が悪い。しかし文句を言うことは出来ない。これが一番カロリー補給の効率が良いのだから。
【・・・カロリーコンバータ・ライト起動】
水で強引に流し込み、瞳を青に染め、スキル行使する。
周囲の動きが遅延したような感覚の中で、俺は処理待ちとなっていた書類との格闘を開始するのだった。
書類との格闘が済んだ為、瞳を黒に戻す。処理済みとなった書類は、各担当者の元に返却する。書類を受け取った職員たちは、その場で雑談をし始める。俺がその場に居るにも関わらずに、だ。
「おいおい、戻って小一時間で全部処理したよな」
「相変わらず、とんでもない処理速度だよ」
「スキル行使しているからって、どんだけ効率良いんだよ」
自担当の書類を見せ合いながら、口々に感嘆の声を上げる。
「主任に昇格したら、あのレベルで業務を回さないといけないんかね」
「ムリムリ。ありゃレオンさんしか出来ないわ。俺らが出来るレベルじゃねーって」
「そうそう。俺らじゃ過労死するわ。俺らは俺らの範囲で、キッチリ業務回せば良いんだよ」
おい、それはなんだ?俺に過労死するレベルの仕事を振っているということか?
耳に届く雑談を、軽い咳払いで止めさせて、業務再開を促す。
雑談に興じていた職員たちは、自担当の書類を引っ掴み、俺に軽い謝罪をしながら慌てて自席に戻って業務を再開しだす。
その姿を見届けた俺は、返却した書類に不備が無いことを確認し、再度資材管理部に向かう。
背に、羨望と諦観が入り混じった視線を感じながら。
資材管理部についた俺は、真っ先にビリーの元に向かう。ビリーは俺に気付くと軽く片手を挙げた後、別室に移動するよう促してくる。
移動先の別室に入り、扉を敢えて半開きとする。個人的な会話になるが、機密性が高い訳ではないというポーズだ。草が紛れ込んでいないとは限らないのだから。
「また、お茶をご馳走になっても良いですかね?」
「あぁ、勿論だ。茶葉は御所望のあった銘柄で構わないか?」
「えぇ。こちらの方でも、良い茶器を見つけられたので、是非使用して頂きたくて」
昼前に行った、突発的な符丁を用いて会話を進める。傍から見れば、単に世間話をしに来ただけにしか見えないはずだ。
敢えて閉じない扉。そして茶を飲もうとするだけの会話。それが目星を付けた三人に対する聴取準備だとは思われないだろう。
ビリーに視線を向けると、彼は小さく頷き、席を立つ。目星を付けた対象者を順に呼び出し、 此処へと招き入れる為に。
「…疑ってはいたが、裏取りが出来るとキツいものがあるな…」
椅子に腰掛けたビリーは、微かな希望を塗り潰されたように、落胆した表情を浮かべる。望んだ結果を得られたとはいえ、上司が不正に加担していたということが、直接的に判明したのだからやむを得ないだろう。
「…ある意味、救われたと考えましょう。もし資材管理部長が加担していなかったとした場合、集めた手札が使えなくなるばかりか、私達の労力は見当違いであった、ということになるのですから」
項垂れているビリーに対し、気休めだとは分かっているが声をかける。
ビリーは両手で頬を数回叩く。そしてゆっくり顔を上げる。
「…そうだな…嘆くのは終わった後で出来るな。今、やるべきことをやることが、俺たちの仕事だな」
落胆を感じさせない、覇気の籠もった眼差しを作ったのだった。
目星を付けた三人の聴取は、思いのほか簡単に終わった。対象として選んだのは、羊ではなく狢だったからだ。
羊とした場合、脅されて動いていることも考えられるため、こちらの言葉を信用して買うのに時間がかかる恐れがあり、手土産(優先権)でも靡くかは未知数となる。
狢とした場合、自身の欲で動いていると考えられるため、利と理で容易に靡く公算が高い。
欲を言えば、救済する意味でも、羊側を対象にしたかったのだが、限られている時間を勝ち目の薄い天秤に乗せる訳にはいかない。少しでも勝算を上げるために、狢側を釣り上げることにしたのだった。
そして、結果は見込んだ通りだった。か細い糸の先には、睨んでいた獲物が潜んでいたのが確認出来たのだから。
「不正送金?なんのことですか?」
「勘弁してくださいよ。なんの証拠があるって言うんですか」
「このこと(聴取)は、部長は把握しているんですよね?無断でしたら、出るとこ出てもいいんですよ?」
「なんですかそれは?…え?あ、いや、それはですね…」
「嫌だぁ、関わってないなんて、言ってないじゃないですか」
「しかしですね、私も生活があるのでして、上に睨まれる訳にはいかない訳がありまして」
「…それはもしかして!?え!?本当ですか!?」
「…いや、でも、睨まれるのはちょっと…」
「え?他の人の物になる?このことは、私以外にも?」
「ちょ、まってください!わかりました。わかりましたってば!何でも話しますよ。話させてください!何から聞きたいですか?」
「えぇ、もちろんですよ!翻したりしないです!!ですが、情報源は曖昧にしておいてくださいよ?」
「はい、はい。では、宜しくお願いします」
「いやぁ儲けた儲けた♪」
聴取した狢たちからは、異口同音で同じ内容が採れた。
皆一旦否定、というか惚けはするが、証拠が握られているとわかると慌てふためく。そしめ、恫喝を使用せずとも、ご褒美をチラつかせるだけで、目の色を変えて飛びつこうとしてくるのだった。一旦は理性で留まろうとするが、早いもの勝ちであることを匂わせると、理性を棄てて飛びついて来た。狢の理性など、安いものだ。
…ご褒美は、対象者分用意するつもりだったので、嘘はついていない。勝手に貉たちが早い者勝ちだと思い込んだだけだ。
欲に目が眩んだ狢たちは、ご褒美に浮かれて、鼻息荒く不正送金の詳細な手口を話し出す。
濁った目と、詰まった耳鼻では気付かない。意気揚々と語り出す傍らで、俺が隠し玉に密かに触れていたことに。
…そして、か細い「糸」は、ついに強靭な「鎖」へと変貌し、獲物への包囲を狭めていった。




