メインエピソード2【盤上の改革、監査チーム発足】⑭
腑に落ちない点がある。白い壁の一角にこびり付いた、小さな汚れのように落ち切らない、 ほんの僅かな違和感。見逃してしまうことにより、取り返しのつかない失態になってしまうのではない?という焦燥感が付きまとう。
しかし、その違和感が、焦燥感が。何に繋がっているのかが掴めない。漠然とした不安を抱えたまま、俺たちは詰めを行おうとしていた。
証拠、証言集めは順調に進んだ。
部長本人に対してではなく、部長の身内に対する不正送金で、注意を反らす。
不正送金は部内の貉に対してキックバックを約束し、ピンハネしたクエスト報酬や、横流しした素材の売却益で賄っていた。
集めた証拠や証言を時系列に並べ立て、状況を整理する。見間違いや見落としは無いはずだ。 石パンを齧りながら、青く染まった瞳で再度確認を行う。
…集めた欠片は全て揃っている。天秤を此方に傾けることが出来るはずだ。なのに、 何故不安を、違和感を、焦燥感を感じる?何を見落としている?
欠片の前で腕を組み、眉間に皺を寄せる。スキルの使用過多だろうか?頭痛に加え、 肩や腰、背中に岩が伸し掛かるような重みを感じる。
椅子から立ち上がり、瞳を黒に戻す。そして柔軟体操を始め、思考を切り替える。
手を組み、天井に向けて伸ばす。首を回して肩を上に引き上げる。屈伸して膝を曲げ伸ばす。
凝り固まった全身に、新しい酸素が行き渡り、鈍った思考が洗い流される気がする。 気分転換ついでに、新しくお茶を淹れよう。固く不味い石パンを齧り、熱いお茶で流し込む。
一息つき、深呼吸を二回。肺の奥底まで空気を送り込み、ゆっくりと吐き出す。そして、再度瞳を青に染め上げた。
考え方を変えよう。欠片が間違っていないか?ではなく、集めた欠片を無理矢理当て嵌めていないか?と考えてみる。
…そもそもの起点は何か? 監査チームを発足しようとしたからだ。
…何故発足に反対した?不正が明るみに出るからだ。
…不正は確かなのか? 集めた証拠、証言により明確だ。
…何の目的で不正を行っていた?中央への返り咲き…まて、まて、待て!
これだ!俺が見落としていたのは!
資材管理部長自身の目的が明確にされていない!
中央への返り咲きが目的ならば、自身の口座から送金して己の功績とすれば良いことだ!!
わざわざ身内の口座を用いた迂回送金をする必要が無い!!!
送金先は何処になる?その場所により、目的が明確になるのではないか?
俺はマルコに集めさせた資料を再度確認する。
狢たちは、自身の上前を撥ねて、部長の妻の口座宛に不正送金を行っていることは、証拠と証言により明白だ。問題は、当該口座からの送金履歴だ。
定期的な送金が行われている履歴は確認出来たが、宛先が集めさせた証拠からは分からない。宛先が分からなければ、目的が明らかにならない。中央の元締め宛の賄賂なのか?遊行費か?高級調度品の購入費か?
…駄目だ、このままでは手詰まりだ。スキルを行使しても、演算、解析する判断材料が無ければ答えを導き出せない。宛先が分かれば、送金の目的を割り出すことが出来る。悩む必要は無い。俺は及んだ思考をビリーと共有するのだった。
定時を過ぎた為、通常業務の残りを片付け、残業をしないよう申し付ける。全員が退勤したことを確認した俺たちは、草を警戒し、念の為に出入口が見える場所へ移動した。 俺たち以外、誰も居なくなった部屋に、芳しいお茶の香りが広がってゆく。
「…成程。宛先か」
お茶を一口啜った後、ビリーは口元を手で覆う。
「確かにそこまでは及ばなかったな。不正の証拠を確定させただけではなく、何故不正に及んだかまでを掴んでおかないと、言い逃れされてしまうかもしれないな」
こちらの意図を汲んだビリーは、机に両肘をつき、口元の前で手を組む。
「しかし、これ以上は調査しようがないんじゃないか?集めた資料には宛先が記載されていなかったのだろう?」
俺も一口お茶を啜り、肯定を示すよう、軽く頷く。
「えぇ。現時点では。依頼内容は、狢の証拠の裏付けと、部長に対する金の流通経路を中心としていましたので。部長の身内に対する流通経路を見つけられただけでも僥倖ですよ」
「確かにな。現段階でも、部長が不正に関わっている、という方向に持っていくのは可能だろう。しかし、それでは遺恨が残るだろう。それはレオンさん、貴方も望むところではないのだろう?」
ビリーの問い掛けに俺は頌く。瞳を青に染め、そして滑らかに、纏めた考えを口にする。
「はい。私が行いたいことは、監在チームを発足させ、継続的に不正防止を行うということであり、過去の不正を罰することが目的ではありません。勿論、脅しとして匂わせることは考えていますが」
「整理しましょう。仮に、勝利条件としましょうか。私たちの勝利は、過去の不正を露にして、貉たちを罰することではありません。監査チームを発足させ、未来の不正を防止することにあります」
「そのためには、四部長とギルド長、計五票のうち、過半数の三票の賛成が必要となります」
「現在賛成を示しているのは、ギルド長と経理部部長の二票。反対を示している三部長のうち、一票でもこちら側に引き込めれば、賛成三、反対二による賛成多数となり、勝利条件を達成することが出来ます」
「引き込む対象としているのがビリーさんも在籍している、資材管理部の部長」
「彼に対する不正有無を調査し、クロであればこちらに天秤を傾けてもらうよう交渉する」
「彼個人には後ろ暗い所は見受けられませんでしたが、彼の身内に不正の形跡が残っていた。これは他の職員の証拠や証言により明らかである」
「…ここまでの内容で、十分交渉材料にはなっています。しかし…」
俺は、いったん言葉を止める、そして、お茶を含み、喉を湿らせる。ピリーは俺の言葉を反芻するかのように、何度か頷き、先を促してくる。それに答え、続ける。
「そう、彼の身内が何故不正を行っているのか? 彼はそれを見過ごすような男なのか?」
「彼ではなく、彼の身内が行ったことを追求しても、彼個人には関係ないことだとゴネられると、こちら側への引き込みが難しくなるかもしれません」
「逆に言えば、何故身内が不正に関わっているのか?それが分かれば引き込む材料に値すると考えられます」
「資材管理部部長という役職に就かれているということは、彼個人の能力は決して凡庸ではないのでしょう」
「にも関わらず、身内の不正を正さないということは、彼個人も何某かの理由で関わっていると考えられます」
「…そこに付け込む余地があると考えます」
「自身は潔白を保ちながら、身内の不正を見逃さざるを得ない状況。そこにある急所 を衝くことで、天秤の傾きをこちら側へ促す」
「と、ここまでが前提です」
カロリー補給の為、石パンを齧り、残ったお茶で強引に流し込む。口元についた水滴を袖口で乱雑に拭い、宜しいですか?と、ビリーに視線を向ける。ビリーは黙って領さ、続きを促す。
「彼は、何故身内の不正を見逃しているのか?」
「いくつか考えられます。一つ目は、彼の個人的な欲求解消。隠し口座扱いで、身内の口座を使用し、遊行費として使用、または借金の返済」
「二つ目は、一つ目と類似しますが、彼の身内の個人的な欲求解消。今挙げた二点ならば、 話は早いのですが、ね」
「欲求解消でなければ、脅迫でしょうか? 何某かの理由により、部長、または部長の関係者が脅迫されており、定期的に強請られている」
「…そして、あって欲しく無いのですが」
俺は言葉を濁しながら、最後の予想をビリーに伝える。
ビリーは驚き、目を見開く。そして、震える唇から絞り出すよう、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「…いや、まさか…しかしそれならば…」
ビリーは抱いた疑念を否定しようとするが、否定する材料が揃っていない為、反論が出来ず、 呆然と立ち尽くしている。
「飽くまで、現時点における私の予測です。明らかにするために、新たな証拠を確保しに向かいます。ビリーさん、貴方には…」
そこまで言って立ち上がろうとするが、足に力が入らない。全身が弛緩し、机に突っ伏してしまう。その拍子で、お茶が入ったカップが倒れ、机に小さなしみが作られる。
「レオンさん!?」
駆け寄ろうとするビリーを、震える片手で制する。全身に寒気が襲ってくる。瞳の色は黒に戻り、色彩の戻った視界はぼやけ歪んで見える。スキル使用過多により、カロリーの消費量が摂取量を大幅に上回っているためだ。
急激なカロリー消費は、低血糖症状を招くことになる。スキル行使に必要なカロリーが足りなくなった為、意思に反して解除されてしまった。
石パン摂取により、こまめにカロリー補給をしていたつもりだが、どうやら足りなかったらしい。
「…大丈夫です。ただの眩暈です」
掠れる声で、自分に言い聞かせるよう呟く。机に作られたしみが、感じていた違和感と重なる。皮肉なことだ。違和感を解消したと思ったら、新たな汚れを作ってしまうとは。
「…俺が引き継ぐ」
ビリーはそういうと、突っ伏した俺を抱きかかえ、上着のポケットより何かを取り出す。包み紙に包まれたそれを、強引に俺の口の中に放り込む。
口内に暴力的なまでの甘さが広がる。すでに麻痺していた舌を、さらに痺れさせ、脳内に電流が走るような錯覚を覚える。
「噛むなよ、ゆっくり舐めろ。すこしずつだ、すこしずつ・・・」
放り込まれたのは飴玉だろう。カロリー補給量は石パンには及ばないが、補給速度は上回る。
飴玉が小さくなるにつれ、体の震えは少しずつ収まり、視界がはっきりしてくる。
「ビリーさん…」
万全の状態には程遠い体に鞭打ち、起き上がろうとする。しかし、俺の意思に反し、穴の開いた器に水を注ぐかのように、力が抜けてゆく。
「後は任せてくれ。俺にも、多少だが伝手はある。宛先を調べればいいのだろう?」
ビリーの言葉に、俺は頷き、か細い声で謝罪を口にする。
「申し訳…ありません」
ビリーは苦笑し、言葉を返す。
「おいおい、此処は謝罪ではなく、感謝だろう?レオンさん、貴方はもう少し、誰かに頼るということを覚えておいた方が良いな」
そう言うが早いか、彼は弛緩しきった俺の身体を担ぎ上げ、備え付けのソファの所まで運び込み、横に寝かせる。
「少し休んでいてくれ。出来るだけ早く戻ってこよう」
ビリーは俺の返事を待たず、部屋を後にする。
「…感謝…しま…す」
声は届かずとも、意思は伝わると願い、俺は意識を手放し、闇に委ねるのだった。




