第381話:婚約者候補と未来の娘 その3
己が『召喚器』と初めてとなる意思の疎通。
それは『召喚器』側の、明確な呆れの感情から始まった。
(え? ちょ、なんだこの感じ……呆れてる? なんで?)
俺はといえば、そんな『召喚器』から向けられる感情に困惑するしかない。何故いきなり呆れられているのだろうか。
「お父さん? いきなり『召喚器』を取り出してどうしたの?」
そんな俺の困惑をどう思ったのか、リリィが不思議そうにしながら尋ねてくる。
「いや……今、初めて『召喚器』の方から俺に対して意思の疎通があってだな……」
「……お父さん、『召喚器』を発現したのって十年ぐらい前じゃなかったっけ?」
今更? と言いたげな眼差しを向けられるが、今更である。今になってようやくだ。というか、さすがのリリィもその辺りの事情は知らなかったのか。
「それは……不思議ですね。わたしも『召喚器』の扱いに長けているというわけではないですが、それでも使い方などはこの子の方から教えてくれたものですが……」
そう言って『尖片万火』を発現するカリン。どうやら俺の方が少数派らしい。リリィも幼い頃に召喚器を発現し、今では自在に操れるんだから俺の困惑など想像の埒外なのだろう。
「まあ、人によっては『召喚器』の発現がすごく遅いこともあるみたいだし……突然そんなことが起きるなんて、何かきっかけでもあったの?」
「きっかけ……あー……」
リリィの問いかけに対し、俺は少しばかり悩む。しかしカリンは言葉にしたのに俺の方は黙っている、なんていうのは不誠実だろう。
『召喚器』がこちらへ働きかけてきた理由――それに思い当たる節は二つ。
一つはカリンへの想いを明確にしたこと。もう一つは現実への向き合い方を正したこと。このどちらか、あるいは両方が原因だろう。
「まあ、なんというか、だ……惚れた相手にあそこまで言われたら、覚悟を決めるしかないよな?」
現実への向き合い方に関しては、『花コン』がどうと説明する必要がある。しかし『花コン』に関しては俺も明かすつもりはない。そのためもう片方の理由を口にすることにした。
「ミナト様……」
俺が照れながら言うと、カリンも少しばかり恥ずかしそうにしながら俯いてしまう。リリィの前でこんな言葉を言えばどんな反応が返ってくるか、と少しばかり不安に思ったが、ここは堂々としておくべきだろう。
「…………」
そんな俺の態度をどう思ったのか、リリィは少しだけ寂しそうにしながら無言を貫く。それは多分、先ほどのカリンの態度が影響しているのだろう。話を聞いて即座に反発することはなかった。
「そ、それで、ミナト様? 『召喚器』からどんな感情が伝わってきたのですか?」
カリンは頬を朱色に染めつつ、それでいて嬉しそうに口元を緩めつつ、話を進めようとしてくる。明らかに声も弾んでいたが……俺も気恥ずかしいし、指摘はしない。
「なんと言ったらいいのか……なんか、呆れたような感情を俺に向けてるんだよな」
「呆れ……」
「うーん……?」
俺の言葉を聞いたカリンもリリィも、不思議そうな顔をする。その反応を見た俺は少しばかり嫌な予感を覚えた。
「……もしかしてだけど、二人とも、自分の『召喚器』からそんな感情を向けられたことはない……とか?」
「ない、ですね……この子は割と素直というか、わたしが能力を使おうとすれば後押ししてくれるぐらいですし」
「わたしもないかなぁ……能力を過剰に使おうとした時に、それは無理だよーって止めるような感じはあるけど……」
どうやら自分の『召喚器』から否定的な感情を向けられることはないらしい。俺は思わず本の『召喚器』を見下ろすと、まさか、と思って小さく頭を下げる。
「もしかして、初めて発現した時に焚き火に放り込んだことをまだ怒ってる……とか? あの時は本当に気が動転してたんだよ。ごめん」
魔法の練習をしようとして『召喚器』を発現してしまえば驚くのも無理がないだろう、と自分に言い訳する。ただ、その後の行動は我がことながら本当に気が動転していたんだろうな、なんて思ったり。
「ミナト様、さすがにそれはちょっと……」
「へー……お父さん、小さい頃にそんなことしてたんだ。そういう話って全然してくれなかったよね」
カリンは苦笑し、リリィはどことなく嬉しそうに目を輝かせている。どうやら俺が子どもの頃の話に興味があるようだ。
「そういう話はまた今度な? しかし、感情は伝わってくるけどそれ以上のことはわからないな……これが『掌握』なのか?」
でも名前がわからないしな、と思いながら俺は本の表紙を撫でる。一応中身を確認するが、ページが増えたりはしていない。九十八ページまで埋まったままだ。
(百ページまで到達したら名前を教えてくれるとか……もしくは仲を深めるとか? とりあえず感情を伝えてくれるようになったし、話しかけてみるとか……)
そこまで考え――ふと、思った。
(……あれ? もしかしてだけど、『掌握』じゃなくてようやく『活性』の段階に至った……とか? 今までも身体能力を強化してくれていたから『活性』の段階だと思ったけど、実はまだそこまで到達していなかった?)
仮にそうだとすれば、『掌握』に至ればどれほどの能力を発揮するのか。いや、さすがにそれは勘違いで、既に『活性』には至っていて、『掌握』との丁度中間ぐらいなのか。
ただ単にようやく心を許してくれただけで、『活性』も『掌握』も関係ないという可能性もあるが――。
「その辺、どうなんだ? 教えてくれよ」
反応があったのを良いことに、とりあえず声をかけてみる。すると呆れの感情が強くなったように感じられた。多分、的外れのことを考えてしまったのだろう。
「駄目か……ちなみにだけど、『召喚器』の名前ってどんな感じでわかるんだ? 『召喚器』が教えてくれるんだよな?」
「えーっとね、わたしの場合は能力を使っている内に自然と思い浮かんだよ?」
既に『相埋模個』という名前がわかっているリリィが思い出すようにして答えてくれる。カリンの方は『尖片万火』で合っていると思うが、本人が『掌握』に至っていないからか、不思議そうに首を傾げていた。
「わたしはまだ『活性』の段階のようですから、なんとも……ただ、不思議な感覚なのですが、薄っすらと名前の輪郭が見えてきている感じがします。どうやら火に関係する名前のようですが……」
「へぇ……そういう感じなのか」
どうやら『召喚器』の方から教えてくれるらしい。そしてカリンの場合はやはり、『尖片万火』で間違いなさそうだ。
「それで、君の名前は? いつまでも君じゃあ芸がないし、そろそろ教えてくれないか?」
俺は自分の『召喚器』に話を振ってみる。話の流れで教えてくれないかな、と思ったのだが。
「…………駄目か」
何かしら、訴えかけてくるものがあるのはわかる。だが、カリンが言うように薄っすらとでも輪郭が掴めれば良かったのだが、今の段階では何もわからなかった。
(でも、こうして『召喚器』とコンタクトが取れるようになっただけ大きな前進だ……)
ずっと何もわからず、危機的状況に陥ってから土壇場で覚醒してぶっつけ本番で戦う――なんてことになったら本気で困るところだった。それでどうにかできるのは透輝みたいな天才だけであって、俺みたいな凡才は繰り返し訓練を重ねてしっかりと身につけないとまともに能力を使えないのだ。
『瞬伐悠剣』を初めて『掌握』した時みたいに、ぶっつけ本番で使って右足首が砕けました、みたいなパターンは避けたい。
その点、『召喚器』から感情が伝わってくるだけでもかなり違う。少なくとも前準備として心構えを作ることができる。
(『魔王』の発生まで、まだ時間がある……『召喚器』を使いこなせるようになれば、『魔王』退治に関して大きな力になるかもしれないな)
そう考えれば、少しは明るい未来が見えてくるような気がした。これまではひたすら剣の腕を磨いてきたが、別の方面から『魔王』に備えることができるのだから。
(……でも、なんで最初に伝わってきたのが呆れるような感情なんだろう……『コイツ、やっと俺に気付きやがった』みたいな感じとか? いや、人格があるのかわからないし、男とは限らないんだけどさ……)
その辺りも今後、対話を続けることでわかってくるのだろうか。そんなことを俺が考えていると、カリンが真剣な表情で俺をじっと見つめてくる。
「ミナト様……それで、その……」
「ああ、すまない。盛大に話の腰を折ってしまったな」
これまで十年近く沈黙していた俺の『召喚器』がいきなり感情を向けてきたのだ。そのため話をずらしてしまったが、今は今後に関して話すべきだろう。
「カリンは俺ならできるって言ってくれたけど……ああ、俺もその自信が出てきた。すごいよ、カリンは。俺が今までずっと、何年も足踏みしていたことをこうやって解決してくれたんだ」
まだ『召喚器』の名前がわかってもいないし、『掌握』に至ったわけでもない。だが、間違いなく大きな一歩だ。そう確信を持って言える。
「未来のことはわからない。でも、わからないからこそどうにかできる。そう思うことにした……ああ、どうにかしてやろうって思えたよ」
カリンのおかげだ、と俺は笑う。
存在を削って消滅するような未来は御免だ。もちろん他に手がないならそうするしかないが、あくまで最終手段である。
(使えるものは使う。頼れる相手は頼る。巻き込める相手は巻き込む。俺自身、まだまだ強くなれる。それなら後は強くなって、備えて、『魔王』をどうにかするだけだ)
二度目の死を迎えて、知らず知らずのうちに心が折れて。
今、たしかに立ち直れた。カリンのおかげで継ぎ接ぎに直っていた精神が、完全に修復されたのを感じる。
「ありがとう、カリン――君のおかげでまた、前を向ける」
リリィの視線に複雑な色が混ざるのを感じつつも、今だけは。
心からの思いを込めて、カリンに感謝をするのだった。




