第380話:婚約者候補と未来の娘 その2
比べる意味があるのか、と思われるかもしれないが、『花コン』で知るメインキャラ達と現実の彼ら、彼女らを比べた時、最も差異があるであろう人物を挙げるとすればカリンである。
モモカもだいぶ違うというか、かなり腕白な感じに育ってしまったが、モモカに関しては幼い頃から兄の影響があった、と思えば不思議ではない。
だが、カリンに関しては別だ。初めて会ったのは十二歳の時で、『花コン』で知る性格とそこまで大差ないはずだというのに、大きな差異があった。
おそらくは『花コン』ではミナトと婚約者候補になったことが原因で性格を変える――正確には強気な性格を演じるようになったのだろうが、素のカリンは俺が知るものと比べ、性格が全く異なるのだ。
そのため、今回もカリンがどんな反応をするのか予想ができない。
これまでの付き合いから、カリンは少し恥ずかしがり屋なところがあるとか、それでいて譲れないところは譲らない芯の強さがあるとか、場合によっては思い切りの良い行動に出るだとか、色々と知っていることはある。
それでも今回のように荒唐無稽というか、未来の俺の娘がやってきた、色々とあって『魔王』が発生したら倒せないかもしれない、なんて情報を聞いてどんな反応を示すのかは不明だった。
俺はカリンがどんな反応をしても良いよう、心構えを作る。そうして窺うようにカリンの顔を見詰めていると、カリンは俺ではなくリリィを見詰め、小さく息を吐いた。
「ふぅ……まったく、ミナト様と一緒にいると退屈とは無縁ですね」
それは苦笑の混じった声だった。カリンは仕方ないなぁ、と言わんばかりに呟いたかと思うと、俺を一度見てからリリィへ視線を移し、何を思ったのか一礼を向ける。
「まずはリリィさん、あなたに感謝を。いくら父親のためとはいえ、人ひとりを救うために過去に移動してくるなんて……並大抵の苦労ではなかったでしょう。それでもミナト様を助けていただき、ありがとうございます」
「えっ、あっ、は、はい……どう、いたしまして?」
リリィは面食らった様子で頷くが、すぐに助けを求めるように俺を見てくる。期待に添えられなくて悪いけど、そこで俺を見られても困るよ……。
「自分以外の女性とミナト様の間に生まれた子。それに関して思うところがないとは言いません。しかしリリィさんからすれば……生まれた側からすれば、わたしの方が異物でしょう」
そう言ってカリンは苦笑を深める。認めたくない気持ちがあるが、それはそれとして、客観的に考えればそうなるだろう、と。
「ちなみにですが、リリィさんが生まれる未来のわたしはどんな感じだったのでしょうか? 学園での間だけとはいえ、メリアさんとも親しくできていれば良いのですが……」
「……お父様にものすごく執着していて、他の女性が近付けば威嚇して、すぐさま排除に動く性格で……その、お母さんも苦労してたって言ってました……はい……」
「……………………」
多分、カリンにとって予想外だったのだろう。それまでと違い、動きを止めて沈黙してしまった。そして無言のままで口元に手を当てたかと思うと、何かを考えるように目を細める。
「『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時から違う……わたしにはミナト様だけしか残らなかった……執着するとすればそこからで、婚約者候補ではなく婚約者というのも……」
ブツブツと呟いたかと思うと、カリンは一度だけため息を吐く。そして再びリリィへ視線を向け、申し訳なさそうな顔をした。
「今のわたしが謝罪しても何にもならないのでしょうが……あなたのお母様には苦労をかけたようで、申し訳なく」
「あ、いえ……」
リリィがメリアから聞いていたカリンの性格と違い過ぎるからだろう。リリィは先ほどから困惑の声を漏らすばかりだ。
(何か言うべきなのか……いや、ここは黙っておくべきか? どうすれば良いのかわからんぞ……)
婚約者候補と、別の女性との間に未来で生まれる娘との会話。その際にどうすれば良いかなんて、貴族教育の中でも習わなかった。いや、そんなことを学ばせたら教育係の正気が疑われるだけだろうが。
「ミナト様」
「はい」
名前を呼ばれたため、俺は直立不動で返事をする。やましいところはないというか、やましいと思うのはリリィに対して悪いからそうとは思えないのだが、それはそれとして形容しがたい気まずさがあった。
「リリィさんに関しては飲み込みました。元々、正妻として差配するつもりでしたし……側室の子が生まれたのが想定よりも遥かに早かった、ということで納得します。これはこれで、未来の予行演習と思えば有意義なものです」
納得できるんだ、なんて言葉は飲み込んだ。貴族としてそういった教育を受けてきたのもあるだろうが、俺の事情とカリンの気質から、リリィに関しては納得できる範疇だったらしい。
俺はその事実に安堵する――が、射貫くような視線をカリンに向けられ、思わず背筋を正した。どうやらここからが本題らしい。
「ですが、ミナト様やメリアさんの存在が消えるかもしれないという未来に関しては許容できません。誤解を招く前に明言しておきますが、これはリリィさんが生まれる未来を拒絶しているわけではありませんからね?」
そう言いつつ、カリンは俺に向けている視線を強めていく。
「『魔王』を『消滅』させ、平和になった世界で、周囲に祝福されながら生まれる……そんな未来を用意してあげるのが父親としての役目ではないですか?」
もちろん、わたしも正妻の座を譲るつもりはありませんが、と付け足してから、カリンはリリィをちらりと見る。
「ご両親と三人だけの生活が不幸だった、なんて意味ではありませんよ? そこにはたしかな幸福と愛情があった……ミナト様ならそれができたと信じています。ですが、叶えるのならより良い未来を求めるべきです」
「……カリン、それは」
願ったからと叶えられるのなら苦労はせず、別ルートの俺が無理だったように今の俺も『魔王』を『消滅』させられる保証などない。しかも俺が死んで、透輝の『宝玉』を消耗してしまったから尚更だ。だからこそ、俺も悩んでいるのだ。
だからこそ、今までカリンに事情を打ち明けられなかったのだ。
「できます」
だが、カリンは断言する。より良い未来に到達できると、『魔王』を『消滅』させることも可能だと、一片の疑いも迷いもなく断言する。
それが何故なのか、俺にはわからない。そのため困惑していると、カリンは俺を真っすぐに、じっと見つめながら言う。
「――それを成すのが、わたしが惚れた方だからです」
それは、確信と信頼が込められた声だった。
カリンが惚れた相手――俺ならそれができると、信じ切った声だった。
具体的な方法はない。ただ、信じるだけというある意味丸投げみたいな言葉だった。
しかしそこに込められた意味はそうではない。
俺ならできると、例えごく僅かな可能性の果てに得られる未来だろうと掴むことができると、そう信じての言葉だ。
「だから、どんな困難だろうと越えられますし、不可能だって可能にすると信じています」
それが実現できなければ世界が滅びかねない。そう考えるとひどく重い信頼と言葉だった。
同時に、未来へのプレッシャーで押し潰されかけていた俺の背中を盛大に蹴り飛ばすような言葉でもあった。
(あぁ……そっか……そうだよなぁ……)
グダグダと考えても、やろうと思わなければできないのだ。もちろん何事にも限度があるが、できないと思いながら挑むのとできると思いながら挑むのとでは大きな差がある。
そして、『魔王』の『消滅』に関してはできることなのだ。
いくら決意をしても不安は尽きないし、今後も悩むことがあるだろう。『魔王』の対策を色々としてきたが、ぶっつけ本番みたいなものなのだ。一度の挑戦で最良の未来を引き寄せなければならない、と考えると楽観視はできない。
それでも、だ。少なくとも、先ほどまで胸中にあった不安のほとんどが消え失せていた。
「知らなかった……カリンさんって、本当はこういう人だったんだ……」
リリィが驚いたように、戦慄したように呟く。別ルートではメリアから聞いた限りだったが、それでも眼前のカリンと比べれば別人かと思うほどに違いがあったことだろう。リリィのその瞳には、これまでにはなかった尊敬の色が浮かんでいるようにさえ見えた。
そんな娘の横で考えるには、少し気まずいものがあるけども。
(――惚れた女が俺ならできるって信じてるんだ。それならあとはやるだけだな)
大袈裟な宣言は必要ない。ただ、カリンが信じた俺ならできると、俺自身も信じる。
『花コン』ではそんなルートはなかった? それなら新しく開拓するだけだ。この世界はプログラムで作られたゲームじゃない。
いくらでも未来を変えられる、たしかな現実なのだから。
――そう思った、瞬間だった。
「…………?」
ドクン、と心臓が、いや、心が脈打つような感覚がした。まるで自己主張するように強く、何度も何度も。
これまでに何度かあったことだが、これまでにないほど強く脈打つ感覚が全身を襲う。
(まさか……)
俺はその脈動に背中を押されるように、意識を集中して本の『召喚器』を発現した。これまでに何があろうと沈黙していた己が『召喚器』を。
(……光ってる?)
本の『召喚器』は、まるで自己主張でもするように本全体から淡い光を放っていた。カリンやナズナ、スグリやアレクの十ページ目が淡く輝くことはあったが、本全体が光を放つのはこれで二度目である。メリアと『契約』を交わした際、意味深に光ったことがあった。
そして、これは初めてのことだが。
(『召喚器』から感情が……何か、言いたいことが伝わってくる……これが透輝が言っていた、『召喚器』が教えてくれたってやつか?)
明確に言葉で伝えてくるわけではない。だが、俺の『召喚器』が何かを伝えようとしているのが理解できた。
『召喚器』を発現できるようになってから、初めて行われる『召喚器』側からのアプローチ。
そうやって初めて伝わってきたもの――それは、呆れの感情だった。




