第378話:足掻く その8
色々と試したものの、結局、『宝玉』を回復させることはできなかった。
そうなると、今度は透輝がどれだけ弱体化したかを確認する必要があるだろう。『花コン』において『宝玉』の消耗が『魔王』の『消滅』や『封印』に関係するというのなら、そこには明確な差異が存在するはずなのだ。
あくまでゲームはゲーム。ルートを決定づけるフラグを立てるために『宝玉』の数を参照しているのかもしれないが、『宝玉』の数によって何かしらの差異があってもおかしくはない。
そう思い、透輝と共に自主訓練として軽く模擬戦を行ったのだが――。
「変わったところ、なんて言われてもなぁ……この光る『絆石』? が増えた分、動きが良くなって感覚がズレてるぐらい……かな?」
夜の第一訓練場にて、俺を相手に数分剣を振らせた透輝の感想がコレだった。たしかに透輝の言う通り、動き自体は良くなっている。しかしながら力や速度が増した分、これまでと違ってチグハグな部分が目立つようになっていた。
「そうか……ちなみに、どれぐらい身体能力が強化されたかわかるか?」
「え? えーっと……以前『絆石』が光った時よりは大きいから……二割? 三割? ズレの修正に少し手間取りそうな感じだから、それぐらい……かな?」
そう言って首を傾げる透輝だが、俺としては十分に有益な情報だ。まあ、二割から三割程度身体能力が強化されたのに、その感覚の修正に少ししか手間取らないのはさすが、と言うべきか。あるいはこれだから天才は、と妬むべきか。
確認を兼ねて『光弾』を撃たせて魔法に関しても調査するが、こちらも順当に威力が上がっているだけのようだ。
(魔法の威力も身体能力も下がってない……むしろ『絆石』の分、上がっているか……つまりそれ以外の部分で何かが変わった?)
あくまで仮定の話だが、何かに変化があったものとして俺は思考を進める。
(もしかして、『宝玉』を消耗してステータスが下がったけど、光る『絆石』が増えてステータスが上がった分、プラスになってマイナスになった分がわからない……とか?)
あり得そうなのはそれぐらいだろうか。しかし確たる証拠もないため、俺は重ねて透輝に尋ねる。
「透輝、『宝玉』を使った後、何か体に異常はなかったか? 体が重くなったとか、力が弱くなったとか……」
『宝玉』の消耗と『絆石』が輝くまでの間、タイムラグがあったはずだ。その間に何か変化がなかったか尋ねてみるが、透輝は腕組みをしながら首を傾げる。
「んーっと……そんなのあったかなぁ……あの時はとにかく焦ってたし、俺の『召喚器』が『宝玉』を使えば助かるって教えてくれたぐらいで……えー……と……」
一生懸命その時のことを思い出そうとする透輝の様子に、俺は望み薄かな、なんて思った。そこまでしなければ思い出せないような差異なら気のせいである可能性が高いのだ。
「ナズナ、当時の透輝に何か異変はなかったか?」
そこで俺は、これまで無言で同行していたナズナへと声をかける。図書館の時も一緒だったが、『召喚器』の保管庫には入れなかったし、護衛に徹していたからか会話に入ってくることがなかったのだ。
「そうですね……わたしも気が動転していたのでなんとも言えませんが、これといって目立つ変化はなかったです。突然、剣に向かって『これを使えばミナトが助かるのか!?』なんて叫び出した時は、さすがに気が触れたのかと思いましたが……」
「そんなこと思ってたの!?」
ナズナの感想に対し、透輝が目を見開いてツッコミの声を上げる。『鋭業廻器』の声は透輝以外に聞こえなかっただろうし、いきなりそんなことを叫べばナズナみたいな感想を抱くのも仕方ないといえば仕方ないだろう。
(うーん……やっぱりゲーム上の難易度調整のためのギミックであって、透輝には何の影響もないのか?)
『花コン』では『宝玉』を一つでも消耗するとグランドエンドやグッドエンドに入れなくなるが、二つ、三つと消耗したからといってバッドエンドに直行するわけではない。三つ消耗した状態で死ぬとバッドエンドだが、三つまでならセーフなのだ。
もちろん条件を満たさなければバッドエンドに進むが、仮に『宝玉』を全て消耗したとしてもノーマルエンドには到達できる。
一応、周回している主人公ならメインキャラの誰とも絆を築かず、『宝玉』を消耗した状態で『魔王』を『消滅』させると『ひとりぼっちの英雄』エンドという特殊グッドエンドに到達することもできるが……眼前の透輝はどう見ても一周目だし、無理だろう。
ただしこの『ひとりぼっちの英雄』エンド、グッドエンドと言いながらも主人公が『魔王』以上の脅威と見做され、エンディングの後に暗殺されてしまう。異世界側の人間にとってのグッドエンドということなのだろう。
そんなわけで、ああでもないこうでもない、と色々確認をしていた俺達だったが、コレだという結論は出なかった。俺の錆落としを兼ねて透輝と打ち合い、客観的に確認してみても答えは出ない。
「おう、ミナト。帰ったか」
そうやって透輝やナズナと訓練兼確認を行っていると、自主訓練なのか、あるいはわざわざ会いに来てくれたのか、ランドウ先生が姿を見せる。そして俺達の動きを見てピクリと眉を動かした。
「孫弟子、ずいぶんと動きが変わったな。それにミナト、お前のソレはなんだ?」
どうやら一目見ただけで透輝の身体能力が強化されたこと、それに俺が一週間近く剣を振っていなかったことを見抜かれたらしい。
俺は直立不動の体勢を取ると、帰還の挨拶も報告もまだだったことを詫びてから何があったかを説明していく。
その中でも特にランドウ先生の注意を引いたのは、アスターを仕留めたことと俺が一度死んでしまったことだろう。
普段は何があっても動じるところを見せないランドウ先生が大きく眉を寄せ、口元に手を当てたのだ。
「えー、そんなわけでして……俺の腕が鈍っているのは一週間ほど療養していたからです。さすがに体を治す方を優先していましたので」
言い訳というわけではないが、許しを請うようにそんなことを言う。さすがに血が足りなくてまともに動けなかったし、勘弁してほしいところだ。
俺はそう思って報告を行った――のだが。
「それは別に構わねえよ。休むべき時に休むのも剣士の務めだ……が、俺が言いたいのはそうじゃねえ。ああ、アスターを殺したのはよくやった。そこは褒めてやる。さすが、俺の弟子だ」
そう言ってランドウ先生は俺の頭に手を乗せ、ガシガシと乱暴に撫で回す。以前、オウカ姫を騙って挑発してきた以上、本当は自分で仕留めたかったのだろう。それでも俺が仕留めたのなら、と溜飲を下げた様子である。
(相変わらず褒め方が雑というか、乱暴というか……いや、嬉しいけどさ……)
ランドウ先生にとっては俺もまだまだガキだということなのか。シェイクするように頭を撫で回され、少しばかり気恥ずかしく思ってしまう。
「俺が言ってるのは、以前にも増してお前の剣から無駄な力みがなくなっていることだ。最小の力で最大限の威力を発揮するような剣の振り方になっているぞ? 一度死んだからか?」
「そう言われましても……」
一度死んだからか? なんて普通なら聞きようがない質問に対し、俺は苦笑を返す。だが、すぐに思い当たる節が脳裏に浮かんだ。
(そういえば、アスターに心臓を刺された直後、ほとんど剣を振れないから最低限の動きだけで戦ったっけ? アレか?)
剣の重さや重力を頼りに剣を振り、『三の突き』や『閃刃』を使ったあの感覚。無駄な力みがないというか、そもそも力が入らなかったのだが。
「……そんなに違いますかね?」
そう言いつつ、俺は軽く剣を振るう。意識してみればたしかに、体から余計な力みが抜けているような感じがした。
(以前、ランドウ先生と一対一で戦って殺されかけた時の感覚を更に研ぎ澄ましたような……死ぬ間際にコツを掴んだか?)
なんというか、剣を振っても疲れないのだ。もちろんまったく疲労がないわけではないが、以前と比べれば体にかかる負担がぐっと減っている。
「全然違うぞ。そもそも、人やモンスターを斬るのにそこまで力はいらねえんだ。切っ先でほんの数センチ急所を斬るだけで相手は死ぬ」
自身の首に手刀を当てつつ、ランドウ先生が言う。たしかに、首を数センチ斬るだけで動脈が切断され、人は死ぬだろう。
「技量が近い剣士と打ち合う時はさすがにそうも言ってられねえが、相手を斬るのに必要な最小限の力で剣を振れればどうなる?」
「無駄に力を使うことがないので、継戦能力が上がります」
「そうだ。つまり、より多くの敵を手早く片付けられるってことになる。お前がやってたのはそういうことだ」
どうやら死んだことにも意味があったらしい。剣士として一段階、あるいは数段階すっ飛ばして強くなれるコツを掴めたようだ。
「ああ、それと……だ」
そこまで話していたランドウ先生がそう言って言葉を区切る。その前振りに一体何事かと首を傾げた俺だったが、こちらの虚を突くようなスルリとした動きで、俺に見本を見せるかのような最小限の動きで拳が振り下ろされ、俺の頭頂部を殴打した。いわばゲンコツだ。
いきなりの行動に俺が目を白黒させていると、ランドウ先生はなんとも形容しがたい眼差しで俺を見詰め、ため息を吐くように言う。
「生き返ったとはいえ、弟子が師匠より先に死ぬとは何事だ……馬鹿弟子め」
それは、どこか安堵を含んだ声だった。俺が生きて帰ったことを喜ぶような声だった。
「……すみませんでした」
俺はそんなランドウ先生の言葉に何も言えず、結局、謝罪するような言葉を吐き出すに留める。そこには、妙な嬉しさがあった。
「これからは死なずに強くなれ。いいな?」
「――はい!」
続いた言葉に俺は元気良く返事をする。
結局、透輝が『宝玉』を消耗したことに関しては変化が確認できなかったが、俺自身、更に強くなれることが確認できただけ前進と思えたのだった。




