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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第15章

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第375話:足掻く その5

 透輝と色々と話をして、精神的にすっきりとして。

 明るくなった気分のまま寮に帰ってベッドに潜り込んで目を閉じれば、体は未だに休養を欲していたのかあっさりと眠りに落ち。睡眠時間がやや不足しているのを感じつつも()()があるからと目を覚ませば、何やら気配を感じ取った。


 部屋の中に誰かがいたわけではない。部屋の外、扉の前に誰かが立っている気配がするのだ。


「誰だ……って、ナズナ? 朝からどうした?」


 扉の前というか、扉の脇に立っていたのはナズナである。それも扉から背を向け、歩哨のように立っていたのだ。


「若様……おはようございます」


 ナズナは俺の質問に対し、少しばかり戸惑った様子で挨拶をしてくる。うん、挨拶は別に良いんだが。


「ああ、おはよう。それで? なんでそこに……というか、いつからそこにいたんだ?」


 まさか、と思いながら尋ねる。するとナズナは俺をじっと見て、何でもないように答えた。


「昨晩からです。若様が就寝の間、お守りせねばと思いまして」

「…………そうか」


 何と答えるべきか迷い、結局、そんな意味のない言葉が口から零れる。俺が透輝と話してから寮に戻ってきた時はたしかにいなかったんだが……俺が寝入ってから見張りに立ったんだろうか。


(何で急に……って、俺が死んだからか……)


 見れば、ナズナの目は薄っすらと充血しているし、化粧で隠しているが目の下に隈もある。おそらく、俺が死んで生き返ったことがナズナにとって大きなショックだったのだろう。


(俺を守るために『召喚器』も盾のものを発現したし、『掌握』に至ったのも俺を守るためだって言ってたしな……どうしたものか……)


 俺がアスターに殺されたことに関して、正直なところナズナは関係がない。俺が不意を打たれただけだ。バリスシアと一対一で戦ったのも、相手がそれを望み、こちらが頷かなければモンスターを大量召喚するぞ、なんて脅してきたからである。


 ナズナの俺を守りたいと思う気持ちはありがたいし、立場上仕方のないことでもある。だが、さすがに学園の寮の中で歩哨をするのは過剰だろう。


(学園に侵入してきそうなアスターは仕留めたしな……それに、他の『魔王の影』が襲撃してきたとしてもランドウ先生やオリヴィアさんがいるし……)


 残る『魔王の影』は三体。そこにはバリスシアだけでなくリーダー格のスイレン、参謀役のスファレライトも含まれているが、たとえ三体まとめて襲撃してきたとしてもどうにかできるだけの戦力が揃っているのだ。


 つまり、学園内に限っては本当に安全である。もちろん完全に気を抜くのは剣士として落第だが、ナズナのように不寝番をしてまで警戒する必要はないのだ。


 だが、今のナズナは主君おれが命を落としたばかりである。そのため色々と過敏になっているのだろう。


(そこまでしなくても……なんて言いたいところだけど、死んでしまった俺が言っても説得力がないか……)


 透輝の『宝玉』で生き返ったのはまさしく奇跡としか言い様がなく、本来は死んでいた。それを思えばナズナの態度も仕方がないのかもしれない。


(うーむ……仕方ない。しばらくはナズナの好きにさせるか……)


 限界を超えても休まない場合は安らぎのポーションを飲ませて強制的に休ませるとしよう。


 そんなことを思いつつ、朝の準備に取り掛かる俺だった。






 さて、そんなこんなで俺の護衛に熱を燃やすナズナを引き連れ、朝食をとるべく食堂へ向かい、それも終わったら登校の時間となる。

 登校と言っても貴族棟は寮の目の前だし、そんな大した距離でもないのだが。


「ミナト様」


 久しぶりの登校だからか、ある意味恒例となっている大名行列の準備をしていたモリオンが声をかけてくる。こちらは性格に因るものか、ナズナと違って落ち着きがある様子だった。


「おかえりなさい、兄上。無事の御帰還、喜ばしく思います」

「おかえりなさいですわっ! お兄様っ!」


 そして、俺達が留守にしていた間、派閥の旗頭を代行していたコハクやモモカが駆け寄ってくる。昨日、帰ってきてすぐに寮に引っ込んでしまったため、まだ会えていなかったのだ。


「……ああ。ただいま、二人とも」


 実際は無事ではなかったのだが、伝えても驚かせるだけだろう。そう判断した俺は意識して微笑みながら声をかけるが、コハクもモモカも怪訝そうに眉を寄せる。


「……何かありましたか?」

「お兄様?」


 二人の疑問がこもった声に、俺は笑みを浮かべたままで首を横に振った。


「いや……二人に会うのがずいぶんと久しぶりに思えてね。それだけさ」


 実際は二週間と離れていなかったが、理由としてはそれなりに妥当だろうと思いながらそう答える。そして更なる追究を避けるよう、俺は笑みを苦笑の形に変えた。


「それじゃあみんなは勉強を頑張ってくれ。俺は国王陛下にお会いしてくる」


 続いて、俺はこれからの()()について口にする。それは西の大規模ダンジョンを破壊した件について、国王陛下へ直接報告を行うという用事だ。


 北の大規模ダンジョンを破壊した際はノーサムの町から帰還した際、すぐに凱旋パレードが行われた。しかし、今回はそうではない。その理由は単純で、俺が死んでしまったからだ。


 日常生活は送れるし、そろそろ剣を振らないとな、なんて思えるようになってきた俺だが、アスターに背中から心臓を貫いて破壊されたのはほんの一週間程度前のことである。


 透輝の『宝玉』で蘇生してもらったし、回復魔法や回復ポーションがある世界だからこそ治療も済んでいるが、前世ならまだまだ入院している段階である。というか、集中治療室から出ることさえできないほどの重傷ではないだろうか。傷は塞がっていても血が足りてないのである。


 そんなわけで、凱旋パレードは順延。今のところは報告だけに留め、後日改めてパレードが行われる予定である。


 本当は昨日の内に報告に行きたかったのだが、俺が正気じゃなかったし……と自分で自分に言い訳する。オリヴィアには報告が済んでいるし、事前に竜騎士から報告も行われている。詳細を記した報告書も陛下宛てに渡すよう頼んでいる。そのため当事者の代表として俺からの報告は今日中に行えば問題はないだろう。


「それでは若様。わたしがお供いたしますね?」


 俺の話を聞いたナズナが真剣な表情で宣言する。そこには一切の迷いがなかった。


(いや、授業に出てくれて良いんだが……って、こりゃ無理だ。俺も怪我が治ったばかりだし、ここは素直に従っておくか)


 また俺に何かあったら、と言わんばかりの様子である。そのため俺は素直に頷くと、教室に向かう大名行列を見送ってからナズナと共に王都へ向かうのだった。






「…………」

「…………」


 学園で馬車を借りたものの、妙に重苦しい沈黙が下りてナズナとの会話が一切ない。御者を任せているため会話の必要がないといえばそうなのだが、普段を思えば異常なほど、お互いに言葉が出なかった。


(き、気まずい……ナズナはナズナで何か言いたそうな感じがするんだけどな……)


 馬車を曳く馬の手綱を操りつつ、時折チラチラと俺を見てくるナズナ。そこに複雑な感情の色を見て取った俺は、内心だけでため息を吐いてから御者席へと移動する。


「ナズナ。何か言いたいことがあるんじゃないか?」


 なるべく軽く、堅苦しくならないように尋ねた。ナズナが少しでも言い出しやすいようにと思ってのことだ。


「若様……若様の性格を思えば望めないことだとわかってはいるのですが……何か、わたしへの罰はないのでしょうか?」


 だが、返ってきた言葉も眼差しも暗く、重い。


「あー……っと、何に対する罰か、聞かせてくれるか?」

「無論、若様をお守りできなかったことへの罰です。今までは若様の負担にならないよう、言い出せなかったのですが……お守りすると誓ったのに、何もできなかった。その罰を賜りたく」


 どうやら俺が死んでしまったことに対して、罰が欲しいらしい。だが、俺としてはそんなことを言われても困るわけで。


「あの状況で俺を守るのは無理だろ……ナズナ、君の忠義は嬉しいが、無理難題で罪に問うような真似をさせてくれるな」


 俺を守れたか、守れなかったかの二択で言うのなら、たしかに守れなかったのだろう。だが、俺がバリスシアと戦っている間に白虎を倒すよう命令したのだ。


 その状況でダンジョンの地形の変化まで加わり、ダンジョンの崩壊に合わせてアスターがリリィに化けて不意打ちを仕掛けてきたのを、どうやって防げるというのか。


 いやまあ、ナズナからすればそれさえも防げてこその家臣、みたいに思っているのかもしれないが、さすがにそれは無茶振りが過ぎるというものだろう。


 少なくとも俺としてはそう思った――のだが。


「だって……だって! 若様、死んでいたんですよ!? 透輝が『宝玉』とやらを使ってくれなければ、あなたは死んでいたんです! それなのになんで……なんでそんな、平気そうな顔をしているんですかっ……」


 手綱を誤って操作しないよう注意しながらも、涙を零しながらナズナが言う。そんなナズナの言葉を聞いた俺は、これはさすがに反論できないと判断して困ったように眉を寄せた。


(そう言われると何も言えないな……いや、すまなかった、と謝ることはできるが……)


 死んでしまってごめんね? なんて言ってもナズナを怒らせるだけだろう。逆の立場なら拳が出てもおかしくない。そう判断した俺は口を閉ざしてナズナの反応を待つ。


「血だらけの若様を見た時、どんな心境だったか……わかりますか? 目の前が真っ暗になって、言葉も出なくて……」


 手綱を握るナズナの手が、感情を表すように震えている。それを見た俺は心底から申し訳ない、と思った。


「お願いです、若様……あんな思い、二度とさせないでください。お願い、ですから……」


 そう言って俯いてしまったナズナから、馬の手綱を預かる。俺を守れなかったこと、俺が死んでしまったことで情緒が不安定になっているようだ。


 死なないでくれ、というのは願いとして真っ当だろう。だが、戦いに身を置く者としては素直に頷き難いものがあるのもたしかだ。


「……ああ、わかったよ」


 それでも、俺としても再び命を落とすつもりはない。仮に死ぬことがあるとすれば、それはメリアとの『契約』の力を使い、存在たましいを削って人として消滅する時ぐらいだろう。


 だから――涙に濡れた真っすぐなナズナの願いが、胸に痛かった。

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