第374話:足掻く その4
リリィと色々話をしたあとのこと。
図書館を後にした俺はその足を第一訓練場へと向けた。学園に帰ってきた当日だが、透輝達の誰かが自主訓練をしているかもしれないと思ったのだ。
直接寮の方に行かなかった理由は単純に、時間が深夜に差し掛かっているからだ。第一訓練場で誰かに会えれば良し、会えなければ明日にしよう、なんて考えからである。リリィやメリアと話していたら思った以上に時間を取られてしまった。
(この時間だし、さすがに誰もいないかも……って、いたよ)
第一訓練場にいたのは透輝である。一体いつからそうしていたのか、以前アイリスから贈られた剣を一心不乱に振り回す姿がそこにあった。余程長時間剣を振り回していたのだろう。額どころか全身汗まみれで、今にも倒れそうだ。
「透輝」
そんな透輝に俺は声をかける。訓練にしてはさすがに過剰だし、体を壊すだけだと思ったからだ。あと、自惚れるなら俺が死んだことと無関係とは思えなかった。
「ッ……ミナト? って、良かった……雰囲気が元に戻ってる……元気になったんだな」
透輝は剣を振る腕を止め、俺の顔を見て不思議そうな顔をする。そして数秒経ってから安堵したようにそう言った。
どうやら俺が正気に戻ったことに気付いたらしい。剣を鞘に納めながら、嬉しそうな顔になって駆け寄ってくる。
(うーん……それだけ表情に出てたってことか。正気じゃなかったとはいえ、申し訳ないな……)
さすがに今回ばかりは自分でもどうしようもなかったのだが、多くの人に心配と迷惑を掛けていた、と自らの未熟を反省する。
「すまない、迷惑をかけたな。もう大丈夫……と、断言できるわけじゃないが、とりあえず気分の切り替えはできたよ」
「そりゃ良かった……本当に良かったよ」
透輝は心底安心した、と言わんばかりに呟く。そうして透輝といくつかの言葉を交わすと、透輝は真剣な表情を浮かべて俺をじっと見つめてくる。
「で、その、さ……ここにいたのは、もしかしたらミナトが来るかも、なんて思ったからなんだけど……」
「そうなのか? 用事があるなら部屋に来てくれれば良かったのに」
「いやぁ……何か話をしなきゃ、とは思ったけど、これだって話題が思いつかなくて……その点、ここでミナトに会えるとすれば、自主練ができるぐらい気分が持ち直した時じゃないかなって思ってさ」
どうやら立ち直ったらすぐに訓練を始める習性があると思われていたらしい。まあ、間違っていないが。
「さすがに立ち直ったからっていってすぐに訓練を始めたりはしないさ……まあ、明日から鈍った体を元に戻さないといけないけどな」
「ずっと訓練漬けだったし、少しは休んでも良いんじゃないか? それにほら、病み上がり……病気じゃないからなんて言えば良いのかわからないけど、怪我が治ったばっかりなんだしさ」
「一週間も休んでしまったし、さすがになぁ……」
そんな雑談を交わしながら、俺は内心で苦笑してしまう。俺も透輝もお互いに、探り探りの会話になっているのだ。どちらから本題を切り出すか迷うような、意味の薄い言葉のやり取りが続いてしまう。
だが、さすがにこのままでは駄目だと思ったのだろう。透輝が大きく息を吐いたかと思うと、決然とした眼差しを向けてくる。
「……よしっ、逃げるのはここまでだ。ミナト、いくつか聞きたいことがあるだけど……いいか?」
「ああ……もちろんだとも」
『魔王』や『魔王の影』、そして俺が未来の知識を元に行動していたことは伝えたが、他にも色々と気になることはあるだろう。そう判断して頷けば、透輝は『鋭業廻器』を発現して困惑したような表情を浮かべる。
「このデカい三つの宝石が『宝玉』なんだよな? で、刀身? に十個小さな宝石が嵌ってるけど、コレってなんなんだ? 最近、光ってる宝石が増えたんだけど……」
そう言われて見てみると、以前は一つ光っていた『絆石』が四つに増えていた。それを確認した俺は内心で困惑の声を上げる。
(えぇ……以前の一個はアイリスの分だったとして、この三個は一体……最近ってことは西の大規模ダンジョンの攻略メンバーか? その中でメインキャラというとモリオンとアレク、それにナズナ……ぴったり三人分になるが……)
『絆石』は好感度が一定値に達すると光るようになるが、モリオン達の好感度を稼ぐような何かがあったのだろうか――なんてことを考えて、俺は小さく苦笑する。
(あるとすれば、俺を蘇生したから……かな? モリオンやアレクにとっては友人、ナズナにとっては主君を生き返らせてくれたんだ。好感度が上がっても不思議じゃない)
ただしその場合、単純な好感度というよりも恩人に向ける感謝の念も大きそうだ。それに加え、モリオンやナズナは北の大規模ダンジョンを破壊する時からずっと一緒に戦ってきたし、アレクはアレクで道化師だろうと気にしない透輝のことを友人だと思っていた節がある。
そこに俺の死亡と蘇生というアクシデントが発生した結果、『絆石』が光る水準に達したのではないだろうか。
(というか、『絆石』が四つ輝いたってことはステータスが四割増しに……慣らしが済んだら俺、勝てなくなるんじゃ……)
そんなことを考えている場合ではないだろうが、つい、考えてしまう。
(『宝玉』を消耗してしまったけど、代わりに『絆石』が三つ光った……つまり、普通に戦う分には透輝が強くなったわけで……もしも『宝玉』の数が『魔王』の『消滅』に関係なかったら、光る『絆石』が増えた方が勝ち目がある……?)
思わずそんな希望的観測が脳裏に過ぎり、俺は透輝が持つ『鋭業廻器』をじっと見る。
「……『召喚器』が教えてくれなかったのか?」
「え? いや、コレが光ると身体能力が強くなるっていうのは教えてくれたんだけど、なんで光ったかは教えてくれなくて……なんかハンセキって言うらしいんだけど」
「絆の石と書いて『絆石』、だな。簡単に言うと、仲が良い相手ができると光るんだ。で、光った分、身体能力が強化される」
「へー……本当にそういう知識があるんだなぁ。『絆石』……『絆石』かぁ……」
透輝は己の剣をまじまじと見ながら呟く。しかしその視線を移動させて『宝玉』を見たかと思うと、深く思い悩むような顔になり、どこか不安そうに俺を見てくる。
「えーっと……それで、さ……後になって気付いたというか、ミナトの反応を見て気付いたというか……この『宝玉』って、減ったらまずいやつだったりする?」
ミナトがあんな風になるぐらいだし、と付け足して、透輝が問いかけてくる。
その問いかけを受けた俺は数秒迷ったものの、素直に答えることにした。
「まずいやつだったりする……けど、本当にまずいのかわからなくなった」
「えっ? ど、どういうことだ?」
透輝が困惑したような顔をするが、俺としてもそれ以外に答えようがない。
『花コン』でならルートを決定づけるギミックの一つなのだが、この現実と化した世界でもそうであるという保証はないのだ。
それこそ、透輝をアイリスルートに進ませた上でメリアやランドウ先生の力を借り、長期間の『封印』で終わるところを『消滅』に変えようとしている俺からすれば、結末は変えられるという前提があった。
――この世界は現実で、ゲームの世界じゃない。
だからこそ、『花コン』で知るものよりもより良い未来を目指せるはずなのだ。
「…………?」
そう考えた瞬間、ドクン、と胸の中で何かが跳ねたような気がした。しかしそれを気にするよりも先に、透輝が真剣な、それでいてどこか挑むような顔付きになる。
「こう言うとミナトは怒るかもしれないけど――俺はミナトを助けたことを間違いだとは思ってない」
「……透輝」
「仮に何回、何十回とあの時を繰り返したとしてもきっと、同じ選択をする。そうじゃないと後悔する」
それは迷いのない断言だった。俺を生き返らせたことは間違っていないと、そうしなければ後悔したと、透輝は言う。
「何故……と聞いてもいいかい?」
それが少しばかり不思議で、馬鹿なことだと思っていても俺は尋ねていた。
俺が今にも死にそうになっていた状態で、遺言のように残した言葉。それを聞いた上で、その遺言にリリィが従ったのを見た上で、何故、俺を助けたのか。
「そんなの決まってる――親友だからだ」
俺の疑問に、今まで以上に迷いも悔いもない口調で透輝が答えた。
「俺がこの世界に召喚されてからずっと、俺のことを気にかけてくれた。辺境伯家の嫡男っていう偉い立場なのに気さくで、色々と気を利かせてくれたり、俺とアイリスの間を取り持ってくれたり、剣を教えてくれたり……大切なダチだからだ」
透輝はそう断言する。身分も立場も関係ない。そう思ったから、親友だと思うからこそ助けたと、死んでほしくないと。
「多分さ、ミナトからするとあの場で助けるのは不正解だったのかもしれない。俺、頭が良くないからわかんねえけど、多分、ミナトにとってまずいことをしたんだろうなっていうことはわかる……でも、今回ばかりは曲げねえ。間違ったことをしてないって言い張る」
――それがたとえ、世界を滅ぼす引き金だったとしても?
そんな、底意地の悪い質問が脳裏に浮かび、俺は浮かんだ考えごと大きくため息を吐き出す。
(大切な相手だから助けたい、か……馬鹿野郎……そんなことを言われたら、何も言えないじゃねえか……)
『魔王』をどうしようだとか、今後のことだとか、色々と浮かんでいた悩みを俺は放り投げることにした。『宝玉』の消耗は既にやってしまったことだし、透輝の立場からすれば俺を蘇生しないという選択肢もなかっただろう。
だから――決めた。
目の前の馬鹿野郎の選択は間違いじゃなかったって、俺を蘇生したことが間違いじゃなかったって、証明してみせる。
なあに、これまでも必死に足掻いてきたんだ。多少……いやさ、かなり絶望的な条件になったが、まだ終わっていない。これから引っ繰り返してやるとも。
最悪、メリアとの『契約』の力を使って『魔王』をどうにかすることもできるが、それはなしだ。本当にどうしようもなければ頼るしかないが、俺は死にたくないしみんなに忘れられたくない。
「そうか……わかった。『宝玉』についてなんだけどな……減っても大丈夫だ。なんとかできるし、それが無理でも俺がなんとかする。そう決めた」
「え? いや……なんか、それが無理っぽいからあんな雰囲気だったのかなって思ったんだけど……あと、それって何か無茶をする前振りじゃね?」
「『魔王』をどうにかして世界を救うんだから、無茶の一つや二つ、当たり前だろ」
何を言っているんだ、とにやりと笑ってみせれば、透輝は目を瞬かせる。
「……ああ、そうだな! これからもよろしく頼むぜ、ミナト!」
そして、どこか安心したように笑うのだった。




