第373話:足掻く その3
『鋭業廻器』の『宝玉』を消耗してしまった問題――その解決方法として考えられるのは二つ。
一つは、『花コン』で行われたように他者の『召喚器』を破壊すること。
ただ、『花コン』だと『魔王の影』に踊らされたミナトを度重なる決闘で倒した際、『召喚器』を砕いてしまった結果、『宝玉』を消耗した状態だと吸収するってイベントがあるだけだ。
別ルートの俺の『召喚器』が残っていたことを思えば、こちらは望み薄だろう。
もう一つは、リリィの『相埋模個』を使って再び過去に飛んでもらい、俺がアスターに殺されてしまった過去を改変することなのだが――。
「メリア? あの、メリア? なんでまた俺の脇腹を摘まんで引っ張るんだ? それ、地味に痛いんだけど……」
「むぅ……めっ」
何やらメリアに再び脇腹を引っ張られてしまった。普通に痛いんだが。
「えっと……お父さんの言いたいことはわかるし、それができるならわたしも過去に戻っても良いんだけど……」
俺とメリアのやり取りを見て少しだけ笑顔になったリリィだったが、部屋に引っ込んだかと思うと一冊の本を持ってくる。別ルートの俺が所持していた本の『召喚器』だ。
「……うん……やっぱり無理、かな……」
「無理か……」
どうやら無理らしい。リリィが言うことなら嘘はないだろうと納得すると、リリィはどこか慌てたように言う。
「えっとね、正確に言えば戻ることはできると思う。ちょっと……ううん、かなりきつそうだけど、なんとかね? でも、この子に記録された情報を元にして過去に飛ぶから……その、アスターに殺された過去を変えるのは無理かなって……」
そう言って窺うように上目遣いで俺を見てくるリリィ。
(あー……つまり、なんだ? 戻れるとしたら別ルートの俺と今の俺の共通している過去……つまり、リリィが以前飛んだっていう『王国北部ダンジョン異常成長事件』の直前ってことになるのか?)
リリィの力で遡れたのはそこまでだった、とも以前言っていた。そして、そこから俺が死なないよう『王国北部ダンジョン異常成長事件』でこっそりと手を貸したり、『魔王の影』に扮して俺と戦って成長を促したりと、俺が強くなるための手助けをしてくれたのだ。
そして最大の目的である、『飛竜の塒』でバリスシアに殺されるという過去の改変。それを成し遂げたことさえなしにすれば過去に戻れないこともない、ということか。
(いや、なくなるのはそれだけじゃないな。『王国北部ダンジョン異常成長事件』の前に戻るってことは、またルートが変わるってことだ。そうなると今よりも悪い状況に陥る可能性もある)
別ルートの俺は『王国北部ダンジョン異常成長事件』でボスモンスターが火竜という、運の悪い人間だった。しかもウィリアムやゲラルド、それに配下の騎士や兵士が大勢死に、カリン達もカリンだけが生き延びて俺に対して盲目的になるという、今では考えられない未来になる。
それと比べた場合、俺はデュラハンがボスモンスターで、死者もウィリアム指揮下から少数出た程度。その後に関しても、リリィのおかげもあって別ルートの俺より強くなれているという自信がある。
(待てよ? そもそもリリィが再び過去に飛んだとして、今の俺達はどうなる? リリィは更に別のルートに飛び移るだけかもしれないけど、まったく同じルートを辿れない可能性が高い以上、この世界は……)
今の俺とまったく同じルートを辿れる保証などない。というか、それを可能とするのは過去に移動できるリリィだけで、他人の意識を誘導して今と全く同じルートを辿らせるなんて神業、どう考えても不可能だろう。
(俺の意識だけを過去に飛ばすことができれば……って、それでも無理か。ダンジョンでの出来事はランダム性が大きいし、今と全く同じっていうのは不可能だろ)
結論として、可能性はゼロではないものの実際にやるのは不可能、という結論に着地する。
「一応聞くけど、リリィが持ってる『召喚器』で無理なら今の俺の『召喚器』ならどうだ? これなら戻れたりは……」
そう言いつつ、本の『召喚器』を発現して手渡す。
ここ最近、新たにページを増やしたが、相変わらず何がしたいかわからない代物だ。
増えたページは四ページで、合計で九十八ページまでページを増やしている。
増えたページはアレクとモリオンが二ページずつで、アスターに刺されて死んでしまった俺を呆然と見つめる姿が描かれたもの、そして俺が蘇生してから諸々の事情を説明した際の様子が絵として描かれている。
アレクに関してはそれで十ページ目であり、やはりというべきかページが淡く光っていた。モリオンは二ページ増えても九ページのため、まだ光るページは出現していない。
そしてこれは予想していたことではあるが、各自十ページ目以降は記されないらしい。あくまで状況からの推察だが、ナズナの新しいページが増えていないからだ。
さすがに主君が死ぬようなことが、そして生き返るようなことがあれば『想書』に書くだろうし、何かしらの影響は与えているはずである。それだというのにアレクとモリオンの分しかページが増えていない点から、十ページが上限なのだろうと推察できた。
そんなわけでページを増やした『召喚器』をリリィに手渡したのだが、リリィは難しい顔をしながら黙り込んでしまう。本の『召喚器』を撫で、何かを探るように目を細めているが、最後には小さくため息を吐き出す。
「……駄目。この子じゃ過去に戻れそうにない……なんというか、指を引っ掛けるところがない球体みたいな……お父さんが生きてるから? あっ、待って! 今のなし! お父さんが死んだら過去に戻れるって意味じゃないからねっ!?」
「さすがにそんな勘違いはしないが……」
慌てたようにリリィが言うが、さすがの俺も確実性がないのにまた死んだりはしないからな? 確実性があるなら検討するが、『宝玉』を消耗したのにまた死ぬっていうのも無駄死に思えるし。
(というか、そもそもリリィがいるのに別のリリィが過去から移動してくることってできるんだろうか……リリィ同士が会わなきゃセーフ?)
その辺り、実際にやってみないとわからないだろう。だが、やったが最後、世界のバグみたいな感じでとんでもないことが起きる危険性もあるわけで。
既に一度過去に移動し、俺がバリスシアに殺されるという結末を変えている時点でも大概だというのに、追加でアレコレと手を加えたらどうなるか。
(とりあえず、俺の『召喚器』を使っても無理ってことがわかっただけ良しとするか……というかコイツ、いつになったら名前とか能力とかを教えてくれるんだろうな……)
握ったままリリィに手渡した己の『召喚器』を見て、俺は内心だけで深々とため息を吐く。相変わらず名前すら教えてくれないが、アスターに殺されようとも何もしなかったことから、発動条件があるとすれば俺のピンチ以外なんだろうな、なんてことを思った。
(あるとすればやっぱり、ページ数か? あと二ページで百ページになるからキリが良いし……他に何がある? 百ページに到達したら平然と白紙のページが追加されたりしないだろうな……)
ここまで一向に名前を教えてくれないし、白紙のページが追加されるのも十分にあり得ることではないだろうか。
そんなことを考え、ふと、気になることがあったため俺はリリィへと視線を向ける。
「というかリリィ、過去に戻ることができるなら、未来に行くこともできるのか? もしもそうなら色々と助かるんだが……」
俺が今悩んでいるのは、未来がどうなるかわからないからだ。仮にリリィが現在と未来を自由に行き来できれば、それこそ未来予知が可能になる。
『宝玉』を消耗してしまったが、それでもハッピーエンドに到達できるのならそれで良いのだ。それさえわかれば俺としても悩む必要がなくなる。
ただまあ、リリィの方から言い出していない以上、無理だと思っているが。
「ん……と、あくまで感覚的なものなんだけど、元々の未来にはいけそう……かな? わたしにとっては確定した未来だし、そっちなら飛べそうなんだけど……」
「……これから先の未来は確定していないから飛べないと?」
「うん……」
俺がやりたいこと、知りたいことを悟ったのか、リリィは申し訳なさそうに俯く。だが、俺としては未来が確定していないというのはありがたい情報でもあった。
(未来が確定していないってことは、いくらでも変えられるってことだよな……つまり、頑張ればここからでもハッピーエンドを目指せる? どうにか『魔王』を『消滅』させる手段がある?)
あくまで希望的観測でしかないが、そう考えることもできるだろう。『宝玉』を消耗してしまった分、実現する可能性は低くなったかもしれない。だが、それでもまだ、どうにかできる可能性があるのだ。
(逆に考えよう……別ルートの俺と同じ流れになったとしても、最低限、二、三十年の時間は稼げる。そのために必要なのはメリアとの『契約』によって『魔王』を『封印』する、『二人の旅路』エンド……これを更により良いものにするにはどうすればいいか……)
前向きに考えるなら、現状でも最低限の時間稼ぎはできる。そして別ルートの俺は『二人の旅路』エンドに到達したようだが、別ルートと比べた場合、俺の強さ、透輝の成長具合い、仲間の強さなど、様々な面でこちらの方が優越しているはずだ。
つまり、別ルートの俺と比べれば恵まれているし、別のエンディングに到達できる可能性が高い。
(……そう思わないとやってられねえ……押し潰されそうだ……)
前向きになったつもりだが、自分の選択がどんな結末につながるかわからないというプレッシャーは無視できない。というか両肩が重い気がするし、胃は慢性的に痛い。死んだこととは別に痛い。
(リリィだけでなく、透輝達のことも心配だしな……あっちも様子を見ておかないと)
普段通りを装っていたつもりだが、正気を失っていた間、心配をかけただろう。そのため、元気になったところを見せなければならない。それと、透輝に関してはたとえ望みが薄いとしても、『宝玉』を補充する方法を試してみる必要もある。
(まだだ……まだ、これからだ……)
俺は自分にそう言い聞かせ、リリィの部屋を後にする。
こうして、ひとまずはリリィも落ち着きを取り戻してくれたのだった。




