第372話:足掻く その2
学園に隣接する形で建てられている王立図書館だが、オレア教の施設でもあるため様々な施設が設けられている。
以前俺が足を運んだ地下にある『召喚器』の保管庫もそうだし、正の感情を溜めた『想書』が山のように保管された部屋もそうだし、オリヴィアやメリア、それにリリィが借りている部屋など、宿泊のための設備も存在する。
これまで訪れたことがあるわけではないが、図書館の構造から大体の場所はわかる。そのためコツコツと足音を立てながら進んでいくと、目的地へと辿り着くことができた。
学園の寮と似たような――あるいは前世で見た集合住宅みたいな造りになっており、石造りの壁に玄関の扉がいくつも並んでいる。
利用者がほとんどいないからか、最低限灯された明かりを頼りに進めば人の気配が二つほどある部屋があった。おそらくメリアとリリィだろう。
(えーっと……ここまできたけど、最初はどんな顔をすれば……)
正気に戻った俺だが、リリィには父親が死ぬところを別ルート込みで二回見せてしまったわけで……どんな顔で会えば良いのかわからない。
俺が死んだのはリリィのせいじゃないって何度も伝えているが、そう伝えた時、俺は正気じゃなかったしな。多分、本心からの言葉としてリリィに伝わってないんじゃないか、なんて思う。
(…………よし)
俺としても色々と思うところがあるが、放置するわけにもいかない。そのため大きく深呼吸をして自分に気合いを入れると、気配がする部屋の扉をノックする。
「……?」
だが、反応がない。人の気配はたしかにするのに、扉を開けるべく気配が動き出す様子はなかった。
(あ、あれ? 居留守? いや待て、メリアはリリィを慰めるのに忙しいから、なんて理由でオリヴィアさんへの報告を後回しにしていたぐらいだし、来客なんて無視してしまえって考えかもしれんな)
さすがにここまで来て門前払いは困るため、俺は再度扉をノックした。しかし相変わらず気配が動かないため、もしかして寝ている? なんて思いつつドアノブに手をかける。
(開いてるし……不用心だな)
女の子なんだから気を付けないと、なんて思いつつ扉を少しだけ開けると、中に向かって声をかけることにした。
「おーい、メリア、リリィ? 俺だ。ミナトだ。少し話をできるか?」
そうやって声をかけると、何やら気配が揺らぐ。躊躇するような感じだ。
どうしよう、このまま部屋に入ってもいいのかな? なんて考えていると、なにやら柱の陰から覗くようにしてメリアが顔を見せる。ただし、その顔はこれまでに見たことがないような、厳しいものだった。
まるで子猫を庇う親猫みたいな……いや、実態はそんな可愛らしいものじゃないけども。
「……何をしにきたの?」
「何をしにって……リリィの様子を見に来たんだ。娘のことが心配になってね」
俺がそう言うと、メリアの眉がピクリと動いた。そして逡巡するように目線が動いたかと思うと、まるで何かを引きずるようにして俺の前に姿を見せる。
メリアに引きずられるようにして姿を見せたのは、目を真っ赤に泣き腫らしたリリィだった。しかもこれまでと違い、黒く染めていた髪を元の銀髪に戻している。
「あー……メリア、聞いたか?」
現状ではまだ、直接的にメリアがリリィの母親だと告げてはいない。だが、髪の色を元に戻し、こうしてメリアにべったりしがみついているリリィを見ると、答えは一つだろう。
「ん……わたし、お母さん」
何故か自慢気に胸を張るメリア。リリィに抱き着かれていることも迷惑そうではなく、むしろメリアを抱き締める仕草には母親らしい愛情と優しさが見えるようだった。
「お、おう……そうか。いや、そうなんだが……何か思うところがある、とか……」
とうとうメリアが知ってしまった。そして客観的に考えた場合、未来の存在とはいえ自分に娘がいて、しかもその娘の父親が俺である、なんて話を聞いたら色々と思うところがありそうだが。
「……? 何が?」
だが、メリアは不思議そうな顔をしながらリリィの頭を撫でるだけである。どうやら俺が父親であることより、リリィの方が最優先らしい。もしくは将来俺と結ばれるということに思い至っていないだけか。
(メリアは……うん、メリアだしなぁ……それよりもまずはリリィだ)
メリアは以前からそういう不思議なところがあるし、現状は置いておくとしよう。そう考えた俺は膝を折って目線の高さをリリィに合わせる。
「リリィ。これはただの確認だけど、メリアに事情を話したのかな?」
怒っているわけじゃなくて、本当にただの確認だ。そのため声色を柔らかくしながら尋ねると、リリィは小さく頷く。
「そっか……今まで黙っててくれてありがとうな。それとごめん。本当はもっと早く、メリアに甘えたかったよな」
リリィの俺へのこれまでの甘えぶりを見れば、母親に対しても甘えたかったのだと容易に推測できる。そのためまずは黙っていてくれたことへの感謝を述べ、それから徐々に近付いていく。
ここ最近の言動を見た限り、リリィは自分がいたから俺が死んだのだと思っている節がある。それは何度も否定したのだが、それで簡単に納得できれば苦労はしないだろう。
そんな俺の言葉をどう感じたのか、メリアにしがみついていたリリィがチラ、と視線を向けてきた。そして鼻声で尋ねてくる。
「お父さん……もう、大丈夫なの?」
「……ああ。心配をかけたな。元通り……とは言えないかもしれないけど、ひとまず落ち着いたよ」
カリンのおかげで立ち直った、とまではさすがに言わない。母親にしがみつく娘の前でカリンの名前を出すことが妙に心苦しかったのだ。
そんな考えを思考から追い出すと、俺は真剣な表情を作る。
「リリィ、改めて言うけど、今回俺が死んだのは俺の油断と未熟が原因だ。だからリリィのせいじゃない。責任に感じる必要はないんだ」
「で、でも……」
リリィは納得していない様子で言い淀むが、俺としても譲れない。
本当に、俺が死んだ原因は油断と未熟が大きい。言い訳をするなら、『魔王の影』が二人がかりで俺を殺すべく、あれほどまでに周到に策を用意するとは思わなかったのだ。
ランドウ先生を殺すためならまだわかるが、まさか俺を殺すためだけに西の大規模ダンジョンが破壊されることを許容し、なおかつ最初にバリスシアと戦わせ、後詰としてアスターが襲ってくるなんて考えなかった俺の油断だ。
リリィに化けたアスターが俺を『お父さん』と呼んだことでリリィ本人だと思ってしまった部分もある。おそらく、ダンジョン内での行動をずっと監視していたのだろう。
そこまでして俺を殺しにきたのだ。リリィに責任などない。仮にリリィ以外のメンバーに化けられたとしても、アレは防ぎようがなかったと思う。
(ダンジョンが崩壊する際の気配に紛れられちゃな……ランドウ先生ならそれでも気配を見分けられたんだろうけど……)
この二点があるからこそ、俺の油断と未熟が原因だと思っている。それらを完璧にカバーできていれば死ぬこともなかったんだろうけど……さすがにそれが可能なほど、強くはなっていなかった。
「むしろ俺が謝らないと。情けない父親ですまん。死ぬところを娘に二回も見せちまうとはな……って、メリア? なんで引っ張る……痛い痛い……」
「むぅ……」
俺がリリィに謝罪していると、不満そうな様子でメリアが俺の脇腹を摘まみ、引っ張り始める。普通に痛いんだが。
「……ふふっ」
そんな俺とメリアのやり取りを見て、リリィが小さく噴き出した。そして目元を擦りながら、どこか懐かしむように言う。
「懐かしいなぁ……お父さんがお母さんを怒らせた時、今みたいなことをよくされてたっけ……」
どうやら別ルートの俺やメリアもこんな感じらしい。リリィからすれば両親の懐かしいやり取りといったところだろうか。
(それはそれでちょっと複雑なんだが……)
メリアも意識してやったわけではないだろうが、別ルートの出来事が起き始めているようで少し怖い。まあ、本来はずっと先の出来事だろうから、ただの偶然なんだろうけど。
何はともあれ、俺とメリアのやり取りを見てリリィも落ち着きを取り戻したらしい。相変わらず目が泣き腫らした状態になっているが、こればかりは仕方がないだろう。さすがにすぐに治るものでもない。
「少しは落ち着いてくれたか?」
「うん……ずっと泣いてちゃ駄目だよね……前を向かないと」
そう言って目元を擦り、涙を完全に拭い去るリリィ。そして自分に気合いを入れるように、よし、と呟いてから俺をじっと見る。
「それでお父さん、わたしに何か用があるんだよね?」
「いや、用というか……リリィが落ち込んでいるだろうから、それを慰めるのが父親としての本題だ」
「そ、そうなんだ……えっと……それ以外には? 父親としてってことは、それ以外の用件もあるんでしょ?」
俺の言葉を聞いてリリィが嬉しそうな顔をするが、すぐに表情を取り繕う。
「ちょっとした確認さ。リリィが知っている歴史だと、俺はバリスシアに殺されてただろ? その後、透輝が使った『宝玉』を補充しようと色々とやったと思うんだが……」
俺がリリィに尋ねるのは、透輝の『宝玉』に関してだ。
先ほどオリヴィアから許可を取ったが、『花コン』での『宝玉』の補充方法のように、他の『召喚器』を破壊して取り込むというのは別ルートの俺も試したはずだ。条件が違うかもしれないからこちらでも試すつもりだが、一応、事前に確認をしておこうと思ったのである。
「ん、と……それは、うん……でも、何をやっても上手くいかなかったみたいで……」
「だろうなぁ……俺も後で透輝に確認してみるけど、それができてるなら『魔王』ももう少し長期間『封印』したか、『消滅』させることができただろうし」
あくまでも『花コン』での、ゲーム上での救済措置だったということか。ただし、試してみない理由もないため、今後確認は必須だろう。
「それで、だ……あー……本当はこんなこと、尋ねたくないんだが……」
そうして俺は、次の話題に移ろうとする。だが、その内容が内容だけに言葉を濁してしまう。それでも、『魔王』を『消滅』させる可能性が得られるのなら、尋ねなければならない。
「多分、無理だとは思うんだが……リリィがもう一度過去に戻るのって、可能か?」
それができるなら俺がアスターに殺された過去さえ変えられるかもしれない。そう考えた俺は、リリィに質問をぶつけるのだった。




