第371話:足掻く その1
何はともあれ、俺は正気を取り戻した。
初陣で数日間正気を失ったことがあったが、あの時は初めての殺人に対する衝撃で意識が飛び、今回は世界が滅ぶかもしれないという衝撃で頭が回らなくなっていた。
しかし、それもここまでだ。完全に元通りとは言えないし、今もまだ、精神か頭か感情かそれら全部かその他がおかしくなっている可能性は否定できないが、少なくとも後ろ向きの思考を断ち切ることができた。
まあ、だからといって前向きになったかと言われると微妙なところなんだが……それでも今、やるべきことをやらなければならないという意識を持つことができた。
そうして何かをすることで現実から逃げているだけ、という可能性もゼロではない。カリンのおかげで正気を取り戻したといっても、俺が失敗して『魔王』対策が一気に厳しくなったことに間違いはないからだ。
それでもカリンに感謝を伝えてから部屋に帰し、まずはオリヴィアに報告と相談をしよう、と考えることができた。それとあわせてリリィを立ち直らせなければ、という思いもある。
普段は深夜に訪れるが、今日のところはじっとしてもいられない。そのため日が暮れてすぐにもかかわらず図書館へと足を運ぶと、ありがたいことにいつもの場所にオリヴィアの姿があった。
「……やっときたわね」
そしてどこか疲れたような、今にもため息を吐きそうな様子で声をかけてくる。
「光竜が戻ってきたからすぐに報告があるかと思ったのだけど……一体何をしていたのかしら?」
どことなく不機嫌そうにオリヴィアが言う。それに疑問を覚えた俺は小さく首を傾げた。
「すいません、ちょっと精神状態がまともじゃなくて……ようやく落ち着いたんで顔を出しに来たんですが、メリアからの報告は……?」
自分で言うのもなんだが、本当に精神状態がまともじゃなかったのだ。
あと、すぐさま来なかったのは俺が悪いが、何も俺だけが情報源というわけではない。むしろオレア教という括りで見ればメリアの方から先に報告があってもおかしくはないだろう。
というか、西の大規模ダンジョンを破壊してからすぐに竜騎士を飛ばし、王城やオレア教の方に報告が届いているはずだ。さすがに俺が死んで云々、『宝玉』を使って蘇生して云々っていうのは報告書にも記載していないが。
「リリィを慰めるのに忙しいから貴方から聞いて、だそうよ。無事に大規模ダンジョンを破壊して、アスターも仕留めたって聞いたのにあの調子だし……一体何があったのかしら?」
どうやらメリアは報告よりもリリィを優先していたらしい。メリアらしいマイペースさというべきか、それとも無意識の内に母親としての感情が働いたのか。
「あー……それなんですが……」
それなら俺から報告するしかあるまい。そう判断し、俺は今回の出来事に関して改めて報告していく。
特に問題なくボスモンスターのところまで到着したものの、それは罠で、バリスシアとボスモンスターの白虎が待ち構えていたこと。
俺がバリスシアの相手をして、その間に透輝達に白虎と戦ってもらったこと。
白虎を倒し、バリスシアにも痛手を与えたものの、逃げられたこと。
その直後――強敵を退け、ダンジョンが崩壊し始めた油断を突かれ、アスターに致命傷を負わされたこと。
それでもなんとかアスターを仕留めたが、力尽きて死に、透輝が『宝玉』を使って俺を蘇生したこと。
それらの情報を淡々と、感情を交えずに報告していく。
「……そう」
そうしてどんな反応が返ってくるかと思えば、俺の報告と同様に淡々とした声を漏らして頷くだけだった。オリヴィアは何かを考え込むように口元に手を当て、こちらに視線を向けることさえしない。
「……怒らないんですか?」
その反応が意外過ぎて、思わずそんな馬鹿なことを尋ねていた。
「怒られたいの?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんですが……」
「でしょう? 怒ったら状況が改善するというのなら、いくらでも怒るわ。でもそうじゃない……そうでしょう?」
「そうなんですが……」
正論を叩きつけられ、俺としては恐縮するしかない。
(いや……俺は責められたかったのか……?)
お前が死んだせいで予定が狂ったと責められれば満足だったのだろうか。そうすることで気持ちが少しでも楽になると、逃げたかったのだろうか。
そういう意味でいえば、オリヴィアの反応は一番厳しいと言えるのかもしれない。俺を楽にしてくれないのだ。だが、その辛さが今の俺には丁度良い。
「それに、アスターを仕留められたというのが大きいわ。あなたも体験してわかっているでしょうけど、アスターの能力は情報収集と暗殺に向いているもの。こちら側の主力や重要な人物が暗殺される危険性がなくなった、と思えば十分な戦果だわ」
それに、と言葉をつないで、オリヴィアは言う。
「『宝玉』だったかしら? 特定の人物が持つ『召喚器』に備わっている特定の能力によって『魔王』を討滅できるかが変化する……そんな馬鹿な話があってたまるものですか。それが本当だとすれば、他に何をしても無意味だってことにもなりかねないわ」
そう言ってどことなく不機嫌そうな息を吐くオリヴィア。それを聞いた俺は、まさか、と思う。
(もしかして、俺を慰めようとしてくれている……のか?)
もしかするとオリヴィアなりに不器用ながら励ましてくれたのかもしれない。そんなことを思いながらオリヴィアをじっと見ると、僅かに眉を寄せ、不機嫌そうに口を開く。
「何か勘違いしているようだけど、わたしは元々、あなただけでなくテンカワ君やランドウ=スギイシがいない状態で『魔王』と戦うつもりだったのよ? 『宝玉』がどうとか言われても、元々頼りにしていなかったものだから別に構わないの」
わかるかしら? と言うオリヴィアに対し、言われてみればたしかにそうか、と納得する。オリヴィアは元々、パエオニア王国やオレア教、それにメリアの力だけで『魔王』をどうにかするつもりだったのだから、それ以外の力はあくまで計算外のことでしかないのだろう。
そうなるとむしろ、オリヴィアから見れば怪しい動きをしていた俺をよく使おうと思ったな、なんて考えてしまう。
「そう言ってもらえると頼もしいですが……勝算があったんですか?」
自惚れるわけではないが、俺はともかく、主人公やランドウ先生の力は非常に大きい。『魔王』へ特効となる光属性の透輝に、ルートによるが単独で『魔王』を殺せるランドウ先生は破格の戦力だろう。
しかし、オリヴィアへと尋ねた俺は馬鹿なことを聞いた、と頭を振った。
「いえ、答えなくても大丈夫です。そのためのメリアでしたね」
メリアの『献魂逸擲』を使って『魔王』を吹き飛ばすのがオリヴィアの作戦だったのだ。今はそれ以外の作戦を色々と考えているようだが、どうしようもなければ最終的にメリアを犠牲にして『魔王』を攻撃するはずである。
(で、メリアを犠牲にしないために必要だった『宝玉』を消耗したのが俺、と……『魔王』をどうにかする方法を見付けないとな……)
さしあたっては透輝の『宝玉』を補充する方法を探すとしよう。そう考えた俺は、オリヴィアに一つ頼むことにする。
「予定外の戦力といっても、『魔王』に対して効果があるならそれに越したことはないでしょう? つきましては、オレア教で保管している『召喚器』を場合によっては譲り受けたいのですが……」
そう言ってから、俺はオリヴィアに説明をする。
透輝の消耗した『宝玉』だが、『花コン』では俺の『召喚器』を砕くことで一回分だけ使用回数を回復することができた。
だが、俺の『召喚器』は別物のため、同じことができる保証がない。そのためオレア教が保管している『召喚器』を片っ端から調べ、透輝の『鋭業廻器』が吸収できそうなものがないかを調べるつもりだ。
そう伝えると、オリヴィアは目を細めながら頷く。
「それぐらいなら別に構わないわ。好きにしてちょうだい」
「ありがとうございます。それと、今後のことについてなんですが……」
大規模ダンジョンを二つ破壊したし、あとは『魔王』の発生に備えるだけである。あるいは、予定を変更してもう一つ大規模ダンジョンを破壊するか――なんて今後のことを相談しようとしたら、オリヴィアはどこか呆れたような顔をした。
「こちらでも色々と対策を進めているし、今日明日で『魔王』が発生するわけでもないわ。まずは体と精神をしっかり元通りにしなさいな」
慌てるんじゃない、といわんばかりの口調だった。俺の感覚として正常に戻ったつもりだが、オリヴィアから見るとまだ正気を取り戻していないように見えるのだろうか。
そう判断した俺が納得したように頷くと、オリヴィアはどこか別の場所を見るように視線を逸らす。
「それと……休むとしても、その前にリリィをどうにかしてきなさい。お父さんなんでしょう?」
「はい……」
元々そのつもりだったが、オリヴィアからそう言われては断れない。そのため断りを入れてからリリィやメリアが利用している部屋がある方向へ足を向けると、ああ、そうそう、とオリヴィアからの声がかかった。
「たとえ生き返ったのだとしても、そうやって生きて帰れたのならそれで勝ちよ。死んでしまえば何もできないのだから」
「……そうですね」
ごもっとも、と頷く俺。過程はどうあれ、こうして生きていられるのならそれで十分だ。オリヴィアのかつての仲間のように、命を落としてしまえばそれ以上のことはできないのだから。
そして、俺は一礼してからオリヴィアに背を向け、リリィ達がいるであろう部屋を目指すのだった。




