第366話:二度目の戦い その5
リリィの姿を真似たアスターの心臓部から、スルリと剣を抜く。
アスターの体内にある強い違和感――『本体』を寸分違わず貫いたことで致命傷を与えられたはずだ。その証拠にというべきか、アスターが焦った表情を浮かべながら傷口を手で押さえている。
「くそっ――くそっくそっ! ふざけるな! そんな死にかけの、いや、既に死んだ体でわたしを殺す!? ふざけるなぁっ!」
「ハ、ハ……化けの、皮が……剥がれてるぜ、アスター……」
俺を殺したんだ。それなら一緒に死んでもらう。道連れだ。
そう思って、剣を構え直す。正直なところ、普通に構えるのもきつい。腕に力が入らないし、今にも膝から力が抜けて倒れ込みそうだ。
それでも、タダでは死んでやらない。このままアスターを仕留め、相打ちに持ち込んでやる。
「イカれてるの!? そんな体でわたしを……殺す!? そもそもなんで体が動いてるの!?」
「さあて、なぁ……にん、げん……案外、しぶと、い……もんさ……」
俊敏に動けないから、ゆっくりとすり足でアスターへと近付いていく。『本体』は貫いたが安心できない。確実に仕留めなければ。
「くそっ! わたしがっ、こんなっ!」
アスターは近付く俺から逃げようとするが、その動きは緩慢だった。俺よりは若干速いが、『本体』を貫いたことで死期が迫っているのだろう。動きがこれ以上ないほどぎこちない。それでも必死に逃げようとする姿に、俺は頬を引きつらせるようにして笑う。
「逃げる、なよ……俺を殺し、たんだ……最期まで、やろう、ぜ……」
「ふざけないでっ! 勝手に死んでろぉっ!」
そう言って俺に指を向けたかと思うと、残った魔力を使って『雷撃槍』を放ってくる。最早それぐらいの魔力しかなかったのか、体が動かないのか。
だけど、俺も体が動かないからお相子だ。『一の払い』で両断する力がないため、指を向けられた瞬間に体を前へと倒し、倒れ込むようにして『雷撃槍』を回避する。
そして、地面スレスレを這うようにして駆けた。一歩、二歩、三歩と、駆ける度に命が零れ落ちていくのを感じながら、前へと踏み込んだ。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
体を跳ね上げ、大きく踏み込んで。力強く振り下ろすことができないから剣の重さと重力を頼りに振り下ろし、倒れ込むようにして剣に体重を乗せる。
それが俺にできる、最期の一太刀だった。普段と比べれば脱力し切って力がこもっていない、弱々しい――それでいて鋭い一閃だった。
「あ――」
袈裟懸けに斬られたアスターが声を漏らす。スルリと、体の表面を撫でるような一閃だった。手応えは軽く、抵抗はなく。既に貫いていた『本体』ごと体を両断し、剣を振り抜く。
「……ははっ」
いつもの癖で剣を構え直して残心を取ろうとしたが、体が動かずに思わず笑ってしまった。そんな俺を呆然とした瞳でアスターが見詰め、その体が斜めにずれていく。
「うそ、でしょ……わたしが、こんなところで……」
それが最後の言葉で、確実なとどめになった。それを確認した俺は全身から力を抜き、地面に膝を突く。
(……なん、とか……アスター、だけは……仕留め、られ、たか……)
最早思考でさえ途切れ途切れだ。指先から力が抜け、剣が地面に落ちてガシャンと音を立てる。
「おーい! ミナトー! こっちは終わ……ミナトッ!?」
そんな剣の音が聞こえたのか、あるいはバリスシアとの戦闘が続いているからと駆け付けたのか、透輝の声が聞こえた。
「一体何が……えっ!? リリィ!? いや、えっ、さっきまで俺達と……まさかアスターか!? って、そんなことはどうでもいい! ミナト! これを飲め! 飲んでくれ!」
リリィに化けたアスターが地面に倒れているのを見て、透輝が混乱したような声を漏らす。だが、すぐさまアスターと見抜き、なおかつ俺の容態がまずいと判断したのだろう。手持ちのポーションを飲ませてくれる。
「っ!? ミナト様!?」
「若様! これは一体……」
そうしている間にモリオン達も駆け付けたのだろう。みんなの声が聞こえてくる。振り返って確認する余裕はないし、視界もかすんでいて確認はできないが。
「っ……こういう時こそ出てちょうだい! 『三面碌秘』! よし、笑顔の面……が……効果が……ない……?」
おそらく、『三面碌秘』を使ったと思しきアレクの呆然とした声が聞こえてくる。それが聞こえた俺は申し訳なく思ってしまった。いくら回復効果があるといっても、既に力尽きた体を回復させることはできないようだ。死体に回復呪文を使っても効果はないだろう。
(で、も……まだ、いし、きは……ある……それな、ら……)
既に、呼吸さえろくにできない。いや、ろくにというのは見栄を張りすぎか。完全に呼吸が止まり、心臓が脈打つことさえないというのに、辛うじて意識が残っている。
それならまだ、やるべきことが、できることが残っている。
「お、とう……さん……?」
本物のリリィの呆然とした声が聞こえた。こうして聞けば、やっぱり偽者と違うな、なんて思える。お父さんと呼ぶ時の抑揚が僅かに違うのだ。
「お、お父さん!? いやっ! な、なんで!?」
「ちょっ、リリィさん!? お父さんって……いや、それよりもミナトを揺らさないでくれ! 死んじまうよ!」
俺にしがみつくようにして抱き着いてくるリリィだが、慌てた様子で透輝が引き離した。すまんな、透輝。最期に迷惑をかける。
リリィの『召喚器』の能力なら俺を助けることができるかも、なんて思考が過ぎったが……さすがにもう、間に合わないか。
「とう、き……」
「な、なんだよミナト! 無理に喋らないでくれ! 次は背中の……くそっ、なんでこんな……ポーションがしみて痛いかもしれないけど我慢してくれ!」
そう言ってすぐさま回復ポーションを振りかけられる。既に血液の多くが流れ出たのか、出血は多くない。
だが、やはりと言うべきか。いくらポーションをかけても、心臓が動き出すことはないようだった。
「きけ、とう、き……おれは、ここま、で……だ……あとの、ことは……と、しょ、かんの、オリヴィア……に……」
あとどれだけ喋れるか、俺自身にもわからない。そのため遺言として重要なことから伝えていく。
俺という駒が死んだとしても、透輝やメリア、ランドウ先生がいれば『魔王』もどうにかなるはずだ。人間に化けて諜報活動を行うアスターを仕留めた以上、オリヴィアなら上手く手を打つはずである。
そんな未来のことを考えると同時に、俺の脳裏に走馬灯のような様々な情景が浮かびつつあった。
アスターの対策のために一生懸命兵士を育てたのに無駄になったな、とか、コハクとカトレアの仲を引き裂くことになってしまう、とか、色々と、頭の中を過ぎるものがある。
『魔王の影』と相打ちで死ぬなら上等だろう。少なくとも、『花コン』でのミナトのように悪役とも言えないかませ犬として死ぬより万倍マシな死に様だ。仲間に裏切られたり、アスターに殺されて化けられたりするより、遥かにマシなのだ。
正直に言えば、死にたくない。既に死んでいるようなものだが、このまま終わりたくない。透輝が持つ『宝玉』で生き返らせてほしい。
そう思い――寸でのところで踏み止まる。
俺がこのまま死ねば、リリィがどうなるか。後を託す形になるコハクやモモカにも迷惑をかける。他にも色々と困ることが起きる。
だが、それでもだ。
「とう、き……」
「なんだよっ!? 頼むから死なないでくれよ! 今! 今追加でポーションを使ったから! 傷口にかけたから……だからっ!」
「おれを……いきかえ、らせるな……たの、む……」
『宝玉』のことは伏せ、生き返らせるなと、それだけを伝える。せっかくここまで上手く進めてきたんだ。
大規模ダンジョンも二ヶ所破壊して、『魔王の影』は一人削った。あとはオリヴィアが上手くやるだろう。今の透輝なら十分に強いし、『魔王』が発生するまでの期間で更に強くなるはずである。
――死にたくない。
そんな本能の声が聞こえた気がして、俺は内心だけで苦笑する。既に死んでいる身だ。『魔王』が発生するよりも先に死ぬのは予想外だったが、俺の油断と未熟が招いたことである。
「やだぁ……やだよ……おとうさん……なんで……なんで? 二回目だよ……なんでこんな……これじゃあわたし、なんのために……」
俺の耳に、リリィの泣く声が聞こえた。それを聞いた俺は、そうか、リリィにとっては父親の死を見送るのは二回目になるのか、とかすれた思考で思う。
「リ、リィ……ごめん……ごめん、な……でも、ぜったい、いわないで、くれ……」
残酷な願いだとわかってはいるが、リリィの口から『宝玉』に関して漏れないよう、今際の際に頼み込む。
『宝玉』を一つでも消耗したらハッピーエンドに辿り着けないのだ。『花コン』でなら俺の『召喚器』を砕けば回復できたが、『召喚器』自体が違う以上、それを見込むのは楽観が過ぎる。
そうやって言葉をかけて、限界がきた。足の先、指の先から力が抜け、体の中心に向かってどんどん力が抜けていくのを感じる。
「すまん、とう、き……あ、とは、まかせた……せかい、を、たのむ……」
だから、俺はそう願っていた。それが呪いの言葉になるとわかっていても、願わずにはいられなかった。
後を託すと、頼んだと、希望の言葉を吐き出す。
「…………ご、め……カリ……ン……」
そして最期に、無意識の内にそう呟いて、意識が途切れ――――。
「…………?」
ふと、目が覚めるようにして意識が浮上した。
そして何事かと目を開け、周囲の様子を窺う。
「ああ……ああっ! ミナト……良かった……」
そこには、『鋭業廻器』を俺に向かってかざす透輝の姿があって。
『鋭業廻器』に嵌っているはずの三つの『宝玉』が一つ減って二つになっていて。
「ばか……やろう……」
状況を理解した俺は、絞り出すようにそう呟き、再度意識を失うのだった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
これにて14章は終了となります。
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それでは、こんな拙作ではありますが15章以降もお付き合いいただければ幸いに思います。




