第367話:説明 その1
西の大規模ダンジョンから最寄りの町にある宿屋の一室。
部屋に設けられたベッドの上で体を起こした俺は、無言のままぼーっと宙を見上げる。
西の大規模ダンジョンの破壊およびバリスシア、アスターとの戦闘も終わり、今はダンジョン跡地に残っているはぐれモンスターの掃討が行われていた。
透輝達もモンスターの掃討に参加しており、俺は血を流し過ぎた体を休めるためにもこうして宿屋で休養に勤しんでいるというわけだ。
ダンジョンを破壊してから今日で三日目であり、昨日まではほとんど眠ってばかりだった俺もこうして体を起こせるぐらいには体調が回復しつつあった。
「…………」
そしてまあ、ある意味当然というか、なんというか……見張り兼護衛としてリリィが宿屋に残っている。今もこう、なんだ……見たことがない怒りと不機嫌を滲ませた顔でリンゴっぽい果物の皮を剥いていた。
「…………」
ずい、と無言のままでリンゴっぽい果物が差し出される。綺麗に皮を剥いて食べやすいようにカットされた果物を前に、俺は表情の選択に困りながら頬を掻く。
「すまない、ありがとうリリィ」
「…………ん」
ようやく小さな返事があった。それに苦笑を浮かべつつ、果物をかじる。瑞々しさと甘さが口の中に広がり、なんというか、生きてるなぁ、なんて思った。
こうして果物を食べたり、リリィと会話をできるのも、俺が生き返ったからである。
あの時の死の感覚は間違っていなかったようで、俺は一度、本当に死んだ。だが、透輝が『鋭業廻器』の『宝玉』を使い、俺を蘇生させたのだ。
なんでも、リリィは俺の言葉に従って『宝玉』に関して口外しなかったが、透輝が言うには『『召喚器』が教えてくれた』そうだ。
その結果、『宝玉』を消耗して俺を蘇生させることに成功した――らしい。
あくまで目が覚めてから聞いた話で、それらのやり取りが行われている間は間違いなく死んでいた。そして俺が死んでいる間もリリィは存在を消滅させず、その場に残り続けていたそうだ。
(つまり、『相埋模個』がタイムパラドックスを完全に曖昧にしているってことか……すごい『召喚器』だな)
俺としてはリリィが消滅せず、嬉しい話だった。ただ、俺が死んだところに立ち会ったのは未来含めてこれで二度目である。仕方がないことだが、俺の傍から離れなくなってしまった。
そうやってリリィと共に宿屋で養生していると、騒がしい気配が近付いてくる。それははぐれモンスターの掃討に向かった透輝達の気配で、一直線に俺達がいる場所へと向かってきた。
「ただいまー、ミナト、ちゃんと休んでたか? 無茶してないか?」
「おかえりなさい、透輝さん」
帰ってきた透輝を見て、リリィが椅子から立ち上がってパタパタと向かう。そして透輝が羽織っていた外套を受け取ると、しわを伸ばしてから外套掛けにかけた。
……なんとなく、その手付きや仕草が丁寧な気がするが……父親の命の恩人だからかな?
「一日中リリィに見張られてたからな。ちゃんと、ずっと休んでたよ」
皮肉ではなく、単純な苦笑を浮かべてそう言えば透輝も安堵したように笑う。その後ろにはナズナ達もいたが、俺を見て安堵したように息を吐いていた。
どうやら俺がすぐに無茶をするとでも思っていたようだが、せっかく助けてもらった命だ。さすがに大人しく養生するとも。
そうやって言葉を交わしていると、透輝が不自然に視線を彷徨わせる。そして俺とリリィを交互に見たかと思うと、気まずそうに口を開いた。
「あー……それで、さ。もうちょっと元気になってから聞こうと思ってたんだけど、さすがに気になりすぎるから聞かせてほしいなって思うことがあって……」
「俺とリリィの関係性か?」
「ああ。リリィさんがミナトのことをお父さんって呼んでたけど、どういうことなんだ?」
何かやばい家庭の事情でもあるのか、聞いても良いのか、なんて思ってそうな顔で透輝が尋ねてくる。うん……リリィぐらいの外見の子が俺を父親だって呼んでるんだ。何事かと思うよな。
「たしかにさ、初めてリリィさんを見た時、なんかミナトに似てるなーとは思ってたんだよ。目の辺りがそっくりだしさ」
「透輝さん……」
リリィがどことなく嬉しそうに呟く。俺と似ていると言われて喜んでいるらしい。父親に似ているって言われて嬉しいものなのかは……いや、どうなんだろうな。俺は嬉しいけど、リリィは女の子だし……。
そして透輝の言葉を信じるなら、初対面の時に俺とリリィの関係性を疑っていたらしい。たしかに妙な反応をしているな、とは思ったが、そんなに似ているんだろうか?
そんなことを現実逃避のように考え、助けを求めるように視線を彷徨わせる。そしてその視線をなんとなくアレクに向けると、アレクは苦笑を浮かべた。
「そんな風に助けを求められても助けないわよ。今回ばかりはアタシも怒っているんだからね?」
「だよなぁ……」
どうやら俺が死んだことに対してご立腹らしい。友情に篤いアレクならそれも仕方ないといったところか。
「それに、アタシもリリィちゃん以外のことで聞きたいことがあるのよ。推測はしていたけど、アタシの『召喚器』の『顕現』に関して知っていた理由とか……ね?」
「多分、君が考えている推測で間違いないと思うよ……だけどまあ、直接話すのが筋か」
俺とリリィの関係性について、すぐさま推測していたのがアレクである。俺が様々な知識を持つことに関しても同様に推測していたのだろう。
だからこそ、事前の打ち合わせなしで『悲運幸運悲喜交々(プレシャスオパール)』を使ったのだ。そのおかげでバリスシアを撃退することができた以上、文句は言えない。ある意味味方への不意打ちでもあったからこそ、バリスシアが立て直す暇を与えず攻め立てることができたのだから。
「ふぅ……さて、どこから話したもんか……」
『花コン』云々、ゲーム云々っていうのはさすがに話せない。そのためどこから、どうやって話そうかと思案するが、まずは透輝達が気になっているであろうことから明かすことにした。
「まずは断言しておくが、リリィは俺の娘だ。この点に関しては間違いない」
既にリリィがお父さんって呼んでしまっているし、ここに至って隠し通すのは不可能だ。そう判断して俺は断言する。
「……リリィ殿が、若様の……娘……えっ……いや、年齢が……えっ?」
俺が断言した結果、一番大きな反応を示したのはナズナだった。限界まで目を見開き、瞳孔を拡大させ、虚ろな表情で俺とリリィの顔を交互に見る。
「わ、若様っ!? 一体どういうことですか!? そんな……こんなに大きな子どもがいるなんてわたし、聞いてませんよ!?」
そして爆発した。口角泡を飛ばす勢いで詰め寄ってきたかと思うと、今にも泣きそうな顔で追及してくる。
「落ち着いてくれ、ナズナ。ちゃんと説明するから」
「落ち着け!? 若様、それが無理だとわかってますよね!?」
「うん……まあ……」
自分で言っておいてなんだが、ナズナからすれば信じ難い情報だろう。それがわかるからこそ俺も反応に困ってしまう。
それでもナズナを引き離し、一度咳払いしてからきちんと事情を説明する。
「誤解を招くから伝えるが、リリィは未来から来た俺の娘だ。つまり、本来は今の時代にはいないんだ」
「…………?」
俺の言葉を聞いたナズナが動きを止め、心底から不思議そうな顔をした。
「ええっと……すみません、若様。それってどういう……」
「言葉のままだ。詳細は省くが、色々とあって未来で生まれたリリィが俺を助けるために今の時代に来た……んだが……」
そこまで言って、言葉に詰まってしまう。
本来、バリスシアと初めて戦った時に死ぬはずだったのに、それを救うためにリリィが過去の世界にやってきた。
だが、殺される相手と状況は変わったが、結局は俺が殺されて透輝の『宝玉』を消耗してしまっている。
(俺がバリスシアに殺されずに済んだのにリリィが消えなかったのは、『相埋模個』の影響だと思っていた……でも、結局は死んでしまったし、そうなった以上、俺は消耗した『宝玉』の分、奮闘するしかない……)
リリィが知る歴史のように、俺がメリアとの『契約』の力を使って『魔王』を『封印』し、その結果、周囲から忘れられてしまうのだろうか。
そうなれば、俺はメリアと二人で生きていくことになるわけで……だからこそリリィは消えずに今の世界に残り続けていたのかもしれない。
逆にいえば、リリィが存在するからこそ、どう足掻いても俺とメリアが結ばれる結末に進んでしまう可能性も――。
「……あ……もし、かして……」
全ては仮定の話で、俺としても追及するつもりはなかった。だが、俺が考えたことにリリィも思い至ったのだろう。目を見開き、顔色を真っ青にしながら恐る恐る俺を見てくる。
「お、お父さん……もしかして……わたしがいたから? わたしがいるってことは、お母さんとお父さんが結ばれるってこと、だし……お父さんを助けたあと、すぐにわたしが消えてれば……未来は確定、しなかった?」
理屈の上ではそうなってしまう――のだろうか。
俺も以前疑問に思ったことだが、リリィが存在するからこそ俺とメリアが結ばれる未来に到達してしまうのか。
その辺りのタイムパラドックスを『相埋模個』で無効化している可能性を考慮したが、こうして時期がズレたものの、俺が殺される結末が変わらなかったのは未来が確定しているからだろうか。
(アスターめ……よりにもよってリリィに化けやがって……)
リリィがいなければ騙されることもなかったと言われれば、否定はできない。だが、その場合は別の誰かに化けていただろうし、バリスシアに殺されそうになっていた俺を助けた後、すぐにリリィが未来の世界へ戻っていたらどうなったか。
北の大規模ダンジョンの攻略はもっと遅れていただろうし、そもそも現段階で破壊することができていなかったかもしれない。
そうなると今回みたいに死んでいなかった可能性があるし……いや、それだとリリィの言葉を肯定することになってしまう。
リリィがいたからバリスシアに殺されずに済んで、リリィがいたから今回死ぬことになった。たしかに、そういう面もあるかもしれないが――。
「それは違う。今回俺が死んだのは、俺が未熟だったからだ。その未熟を誰かのせいになんてできないし、させない。俺をそんな、情けない奴にしないでくれ」
俺がもっと警戒していれば、あんな不意打ちを受けることもなかったのだ。だから、悪いのはリリィではなく俺自身である。俺がもっと強ければ、死ぬことなどなかった。
――俺はただ、己の未熟さが原因で死んだのだ。
そう断言する俺だったが、リリィが納得することはなかったのだった。




