第364話:二度目の戦い その3
――『花コン』における必殺技。
それは『召喚器』の扱いに習熟し、最終段階たる『顕現』に至った者だけが使えるものだ。
『召喚器』を発現するだけの『召喚』。
発現した『召喚器』の能力を多少なり扱える『活性』。
『召喚器』の名前がわかり、能力を全て引き出せる『掌握』。
そして俗に言う必殺技が使える『顕現』。
この四段階に分けられており、『顕現』に至ることができる者はごく僅か。そもそも『召喚器』を『召喚』できるだけでも数が限られ、『掌握』はおろか『活性』にまで到達できる者さえ少ない。
俺の周りでは『活性』や『掌握』に至っている者がちらほらといるが、これは異常事態である。『花コン』のメインキャラらしい突出した才能がそうさせているだけで、普通は二十歳までに『活性』に至れたら天才と呼ばれるぐらいだ。
その先、『掌握』に至れる者は更に数が減り、習得できる年齢も四十歳前後と言われている。更に上の『顕現』に至っては到達した者が少なすぎて平均年齢が割り出せないほどである。
そんな偉業を、アレクは実現していた。
「――『悲運幸運悲喜交々(プレシャスオパール)!』」
そう叫び、アレクの頭上に浮かんでいた三つの仮面が砕け散る。そしてそれぞれが光の塊へと変化し、意思を持ったように空を飛んで目標に向かって飛来する。
アレクの必殺技である『悲運幸運悲喜交々(プレシャスオパール)』。
これは必殺技と言いつつ、必ず相手を殺す技ではない。アレクの性格や『召喚器』の特性を表すように、敵味方へのバフやデバフをばら撒く技だ。
「ぬっ……一体何が……っ!?」
飛来した光の一つ――しかめ面のお面だったものがバリスシアへと直撃し、疑問の声が上がる。身構えたものの痛みが欠片もなく、さすがのバリスシアといえど混乱したのだろう。
同時に、俺にも光が飛来した。それも一つではなく二つだ。
『花コン』における『悲運幸運悲喜交々』の効果は特殊かつ複雑である。他のキャラの必殺技は攻撃重視だが、アレクの必殺技は違う。
獲得経験値の増減、モンスターが落とすお金の増減、味方全体のHPをランダム量回復、状態異常の発生もしくは治療、攻撃力を始めとしたステータスの増減等、様々な効果をランダムで三つ発動するのだ。
しかも、効果の発現量は主人公との好感度の高さで決まり、好感度が高ければ高いほど良い効果が出やすいという博打みたいな必殺技である。
ただし博打な分、高い効果を引いた時は恩恵もデカい。ステータスの増減は運が悪いと五割減少、運が良ければ最大で三倍増と差が大きかった。
だが、それらの効果はあくまで『花コン』でのものだ。この現実たる世界では効果が異なるのだろう。特に、モンスターが経験値やお金を落とさない以上はそれらの効果は発動しないはずだった。
――つまり、ステータスの増減といった欲しい効果が当たりやすいということでもあった。
あとは主人公とアレクの仲の良さ次第だが、これもそのまま当てはまっているかは謎である。それでは主人公がいなければ使えない能力だからだ。他の要素で効果量を決定していると見るべきだろう。
たとえば――必殺技を使った相手との仲の良さ。
(まったく……ぶっつけ本番は勘弁してくれよなぁっ!)
俺はアレクから『顕現』が使えると聞いていなかった。それでも使ったのは、俺なら即座に合わせられるという信頼からだろう。そして多分、俺がアレクの『顕現』がどんなものかを知っていることを見抜かれたに違いない。それを確認するためにも伝えていなかった可能性がある。
そのため心の中で歓喜の感情と共に文句を述べつつ、俺は地面を蹴りつけて一気に加速する。すると普段以上の速度を軽々叩き出すことができ、瞬時にバリスシアとの間合いを詰めることができた。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
俺はアレクへの信頼を確信として刃に込め、初手で奥義を叩き込む。それを見たバリスシアの反応は鈍い。まるで速度が落ちたようにギリギリのところで腕を差し込み、防御態勢を取る。
「ッ!?」
バリスシアが防御に使った左腕が、宙を舞う。攻撃力を倍化された俺の『閃刃』を防ぐには足りず、一撃で両断できたのだ。
だが、敵もさる者。腕が斬られるとわかった瞬間、体を引いて首まで両断されるのを回避した。そしてさすがにまずいと思ったのか、至近距離から『致死暗澹』を発射して時間稼ぎ兼俺の視界を封じようとしてくる。
(まだだっ!)
瞬時に『一の払い』で『致死暗澹』を両断し、距離を取ろうとしていたバリスシアを追う。今は絶好の好機だ。おそらく、バリスシアは『悲運幸運悲喜交々』でデバフをくらっている。速度と攻撃力が増している俺と違い、防御力か速度のどちらかが下がっている。
「まさかあの若さで『顕現』を使えるとはなっ! 英雄の仲間もまた英雄ということか!」
俺から距離を取ろうとしながらも、バリスシアが称賛の声を上げた。そこに含まれていたのは驚嘆か感嘆か。驚きつつも称賛し、それと同時に負の感情をかき集めてケルベロスを召喚する。
「邪魔だっ!」
呼び出されたケルベロスの首を三つ、まとめて刎ね飛ばす。それによって稼がれた時間は一秒ほどで、開けられた距離は十メートル程度。
「――『木竜ノ嵐霹』」
その開いた距離を埋めるように、最上級魔法が発射される。魔法を撃つには近すぎる距離からの、自爆覚悟の魔法だった。だが、最上級魔法を撃つには魔力の溜めが足りない。強引に発動したことで不完全となった魔法に『一の払い』を叩き込み、真っ二つに両断していく。
「ふ、ははっ! そうだ! それでこそだ!」
距離を詰めていく俺を見て、バリスシアは楽しそうに笑った。一気に形勢が傾いたというのに、笑う余裕があるらしい。いや、追い詰められているからこそ、その状況を笑っているのか。『魔王の影』にとっては滅多にない経験だからだろうか。
そして、そんな状況を生み出したアレクはといえば、疲労困憊といった様子で片膝をついているのが見えた。
他の必殺技もそうだが、アレクの『悲運幸運悲喜交々』もノーリスクで使えるものではない。『悲運幸運悲喜交々』は使う際の負担も博打となっており、HPを一割から九割消耗することで発動できるのだ。
おそらく、重いコストを支払うことになったのだろう。ピエロメイクをしているにもかかわらず冷や汗を流し、回復ポーションを取り出しているのが見えた。
――そんなアレクの献身に、応えなければならない。
そう思い、『木竜ノ嵐霹』を斬り払ってバリスシアのもとへと踏み込もうとした瞬間だった。
「っ!?」
巨大な殺気の塊が降ってくる。それを感じ取った俺は即座に退避するべく横へと跳ぶ。
『グルゥッ! ガアアアアアアアアアアァァッ!』
俺とバリスシアの戦いに割り込んできたのは白虎だった。その体にはいたるところに傷があり、横腹にも大きな傷がついている。中でも左前肢が欠けているのは重傷だろう。ボタボタと血を流しながらも、俺を威嚇するように唸り声を上げている。
透輝達を振り切ってでもバリスシアを守ろうとしているようだ。あるいはバリスシアが操り、ここまで呼び寄せたのか。
「すまねえミナト! そっちに逃げた!」
透輝が慌てたように駆けてくる。その手に握られた『鋭業廻器』の切っ先は白虎の血で赤く染まっており、透輝が深手を負わせたことを窺わせた。
「邪魔だ」
透輝に応えるよりも早く、俺は白虎の元へと踏み込む。それに応じて白虎が退こうとするが、前肢が片方欠けた状態では機敏な動きは不可能だ。それでも動けないなりに機敏な動作で避けようとし――こちらの速度はそれを上回る。
「こいつは任せた!」
体の大きさの関係上、時間はかけていられないと首ではなく右の前肢を斬り飛ばす。そして白虎が倒れ伏す前に胴体の下を駆け抜け、バリスシアにとどめをさそうとその姿を探す。
アレクの『悲運幸運悲喜交々』は必殺技でこそあるが、あくまでバフやデバフだ。効果の時間に限りがあるため、効果が続いている間にバリスシアを仕留めなければならない。
それをバリスシアも察しているのだろう。わざわざ白虎を呼び寄せたのも一秒でも良いから時間を稼ぐために違いない。
それを裏付けるように、白虎をかわした先にはバリスシアが呼び出したモンスターが陣取っていた。しかし、今の俺にとっては上級も中級も下級も大差ない。向かってきたケルベロスを一刀両断し、コカトリスの状態異常魔法を断ち切り、飛び掛かってきたファングウルフも上下に割断する。
そうやってモンスターの群れを強引に突破した俺が見たのは、残った右手を地面につけながら笑うバリスシアの姿だった。
何をしているのか――なんて疑問を抱くよりも先に、前に出る。
魔法なら斬る。モンスターを召喚しようと斬る。地面に手をついて降伏しようと斬る。アレクからのバフが残る数秒で、その首を叩き落とす。
「ここまでだな」
だが、バリスシアが選んだのはどれでもなかった。触れた地面が鳴動したかと思うと、突き上げるようにして地面が隆起し始める。『魔王の影』が持つ、ダンジョン操作の力を使っているのだろう。
「くっ……逃げる気か!?」
いくらスギイシ流がどんな環境でも動けるようにと訓練していても、波打つ地面の上を機敏に動くのは不可能だった。そのため俺が挑発するように叫ぶと、バリスシアはどこか残念そうな顔をしながら頷く。
「ああ、さすがにここで討ち取られるわけにはいかないのでな。故に今回は退かせてもらう」
逃げるためか、あるいは攻撃を兼ねているのか。俺が立っている場所も含めて地面が隆起し、立っていられないほどに大きく揺れる。バリスシアがいる場所がエレベーターのように持ち上がり、俺との距離を遠ざけていく。
「く、そぉっ!」
咄嗟に『一の払い』で斬撃を飛ばすが、さすがにそれで仕留められるほどバリスシアも弱くはなく、そこまで弱ってもいなかった。残った右腕を振るって斬撃を弾き飛ばし、小さく笑う。
「――次があればまた戦おう」
そう言って、バリスシアの姿が隆起した地面の中に消えていくのだった。




