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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第14章

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第363話:二度目の戦い その2

 これまでモンスターをけしかけていたバリスシアの、予想外の前進。


 それを見た俺は僅かに驚いたが、すぐさま気を取り直して迎撃の態勢を取る。何の意図があるのかわからないが、向こうから近付いてきてくれるなら好機だ。


 相対的な速度差から歩幅を調整し、適切な位置で踏み込む。そして剣を振るうと、()()()()()()腕を差し込んで防御の構えを取った。


 そのため、俺は敢えて斬らずに剣で殴り飛ばす。斬り込んでも中途半端な位置で刃が止まると判断し、相手の体勢を崩すことを優先したのだ。


「っ!」


 俺の行動が予想外だったのか、バリスシアは驚いたようにたたらを踏む。それでも地面に転がっていないのは生き物としての性能スペックが違い過ぎるからだろう。割と力を入れて殴り飛ばしたつもりなんだが。


 スギイシ流――『三の突き』。


 それでも、殴り飛ばしたことで作った隙を狙って剣を繰り出す。バリスシアはアスターと違い、肉体を本体が操作しているような気配はない。


 以前傷をつけた時は黒いコールタールみたいな血を流しており、普通の人体とは違う構造をしている可能性があった。

 おそらく、アスターと同様に肉体が負の感情で構成されているのだろう。体を動かす際の動きに違和感がないことから、急所は人間とそこまで変わらないと思う。そのため心臓狙いの『三の突き』だ。


「――温い」

「なにっ!?」


 俺が繰り出した『三の突き』。その剣の切っ先を、固めた拳で強引に殴り飛ばされる。こちらの速度を見切った上で、自らの負傷を厭わない防御方法だった。


「く、そぉっ!」


 剣の先端を殴られたことでこちらの体勢が崩れる。それでも俺は独楽のように体を旋回させ、バランスを崩すことなく次の斬撃へとつなげる。


 バリスシアが踏み込んでくるよりも早く回転し、今度は横薙ぎに一閃を繰り出した。心臓の次は首狙いだ。以前は防がれたが、今度は違う。防御されても腕ごと斬り飛ばすつもりで剣を振った――が。


(腕で防がれ――硬いっ!)


 予想通り腕で防御されたため、腕ごと斬り飛ばそうとした。だが、予想以上に硬い腕に刃が止まり、剣を掴まれそうになったため即座に退いて体勢を立て直す。


「おいおい……どういうことだ。前より硬いじゃねえか」


 俺は探るように呟く。初めて戦った時と比べ、俺も強くなった。そのため、()()()()()()()首まで斬れると思ったのだが。


 そんな俺の疑問に対し、バリスシアは悪戯が成功したように笑う。


「人間とて、腕に力を入れれば硬くなるだろう? ()()()()()()だ」

「……ああ、そうかい」


 『三の突き』を殴り飛ばした拳、そして今しがた斬撃を防いだ前腕には僅かな傷しかついておらず、相も変わらず黒いコールタールみたいな血が滲み出ているだけだ。『三の突き』を殴った拳の方が出血が多いが、それでも重傷とは言えない程度の傷である。


「フフフ……傷を負うことはないと思っていたんだがな。まさかこれでも傷を負うとは……誇れ、ミナト=ラレーテ=サンデュークよ。並の剣士なら傷を負うどころか剣の方が砕けているところだ」

「ハッ……それはそれは、恐悦至極ってか。()()は手を抜いていたってことかよ」


 俺がそう言うと、バリスシアはきょとんとした顔になる。そしておかしなことを聞いた、と言わんばかりに口の端を吊り上げた。


「抜いていたのは手ではなく意識だ。前回は羽虫を潰す程度の認識だったが、今回は違う。我を殺し得る、その手段を持つ難敵相手に本気で戦っているつもりだ」

「…………」


 どうやら変わったのは俺に対する認識も含まれているらしい。本気で、手加減も油断もなく、対等の敵を相手に戦っているつもりらしい。


(あくまで()()()、だけどな……)


 言葉では何とも言えるし、実際、人間の俺と『魔王の影』のバリスシアでは生物としての性能スペックに差がありすぎる。その点から、無意識ながらも俺を下に見る気配が滲んでいるように感じられた。


(――気に入らねえな)


 こちらは最初から常に全力だ。以前殺されかけてから今まで、次に会った時は必ず倒す、必ず勝つんだ、と意識して修行を積んできた。


 そんな熱意に反して才能の乏しさが足を引っ張ってくじけそうになった時もあったが、ランドウ先生や仲間達のおかげで前を向き、更なる成長を遂げることができたつもりである。


 透輝のように素人から劇的に強くなれたわけではない。


 ランドウ先生のように規格外な強さを身に着けたわけでもない。


 それでも、俺は俺なりに強くなったつもりだった。そしてその強さをぶつける相手、強さで乗り越えたい相手として考えていたのがバリスシアだ。


 それがどうだ? 向こうが本気になった途端、性能スペックの差が一気に牙を剥いてきた。こちらも全力というわけではなかったが、繰り出した斬撃が素手で弾かれるという事態に見舞われている。


 ――それが、気に食わなかった。


「……ほう……気配が変わったな。ここからは貴様も本気というわけだ」


 そんな俺の感情の変化をどう読み取ったのか、バリスシアが一段階警戒を引き上げたように言う。こちらの変化を敏感に察知されたこともまた、気に食わない要素の一つだった。ここからが本気? 俺は最初から本気だ。手を抜けるはずもない。


 『魔王の影』はある意味、生まれた時から完成している。負の感情から生み出され、どんな能力を持ち、どれほど強く、なおかつ不老。


 鍛えなければ強くなれない人間とは違う生き物だ。それも、『魔王の影』と戦えるぐらい強くなるには類稀なる才能か、血の滲むような鍛錬か、その両方が必要となる。


 俺は凡才を必死に磨き上げて今、ここに立っている。時間稼ぎを兼ねているが、『魔王の影』と一対一で戦っている。それを可能としている。


 それでもまだ、遠い。次こそはと思ったが、それだけで強敵に勝てれば苦労はしない。戦闘能力が低いアスターならまだしも、本気を出したバリスシアが相手では素手で戦われても押し込まれそうになってしまう。


 俺は無言で駆け出す。剣を構え、前に出る。そんな俺を見たバリスシアは喜ぶように笑い、拳を固めて迎えるように踏み込んでくる。


 どうやら以前のように魔法は使わないらしい。手元に『瞬伐悠剣』があれば最上級魔法だろうと両断するつもりだったが、()()()()()()()()()()()バリスシア自身の肉体で攻撃を仕掛けられると厄介だった。


「おおおおおぉぉぉっ!」


 気合いの声と共に剣を振るっていく。


 一度、二度、三度、五度、十度と斬撃を繰り出し、バリスシアに素手で弾かれる度に加速していく。


 『瞬伐悠剣』の能力を解放しているからこそできる、速度と威力の両立。


 そんな俺に対し、バリスシアは拳や前腕を切っ先に叩きつけ、強引に払いのけていく。


 剣と素手がぶつかる度に小さな傷が刻まれ、僅かな出血をもたらす――が、すぐに何もなかったように塞がってしまう。


 剣と素手のぶつかり合いだというのに、硬質な金属音が鳴り響くのは何の冗談か。ガキン、ガチン、と金属同士がぶつかり合うような音が鳴るのだ。それだけバリスシアの肉体が常識外れということだろう。


「速く、鋭く、重い……防ぐことはできるが、小さな傷を負う。いやはや、大したものだ」


 僅かな斬撃の隙間に距離を取り、己の腕を見ながらバリスシアが感嘆するように呟く。それを聞いた俺は顔をしかめつつ、バリスシアを追うようにして更に前へと踏み込んだ。


「余裕ぶってんじゃねえっ!」


 こちらの攻撃を防ぐバリスシアだが、防御しながらでもモンスターを呼び出すことはできるはずだ。それをせずに防戦一方といった姿を見せることに、俺は俄かに苛立つ。


(落ち着け……こんな戦い方をする理由はなんだ? まさか本当に俺と真っ向から戦いたいってわけじゃないだろ。俺を引き付けている間に何かをする? だが、透輝達は白虎相手に負けてないぞ)


 もっと激しく攻め立てたいが、スギイシ流の剣士としての理性が脳内で声を上げる。


 バリスシア相手に斬り結びながら意識を向けてみるが、透輝達は白虎を相手にして相変わらず優勢に戦いを進めている。横槍が入る様子もないし、このまま時間をかければ倒し切ることができるだろう。ただし、短時間で決着をつけるのはさすがに無理か。


「――――」


 そんな俺の疑問を、おそらくは共有しているであろう人物。すなわちアレクから飛んできた視線に対し、俺は小さく頷きを返す。透輝達のサポートをしながらも、俺の方にも意識を向けているのだ。さすが、頼りになる。


「どうした? 向こうの戦いが気になるのか?」


 すると不意に、囁くような声が間近で聞こえた。俺がアレクに意識を向けたほんの一瞬でバリスシアが踏み込んできたのだ。


「チィッ!」


 強引に下から切り上げ、バリスシアが繰り出した拳を上へとかち上げる。そのついでに前蹴りを叩き込んで体を後方へと逃がすと、遠くからアレクの声が聞こえてきた。


「みんな! アタシが()()()()()を使うわ!」

(とっておき……まさか!?)


 アレクが己の『召喚器』――『三面碌秘さんめんろっぴ』を発現して構えたのを見て、まさか、と俺は思う。しかしすぐさまバリスシアから距離を取ると、呼吸と態勢を整えるべく大きく息を吐いた。


「ほう……何をするつもりだ?」


 そんなアレクの言葉がバリスシアの興味をひいたのだろう。バリスシアは俺を追撃せず、動きを止めてアレクをチラ、と見た。


 アレクの頭上に三つの面が浮かび上がる。怒り顔、しかめ面、笑顔の三つだ。それだけを見れば普通に『召喚器』の効果を発現しただけに見えるが、以前見た時と比べて()()()()()


「っ……」


 アレクの顔に、ピエロのメイクでは誤魔化せないほどの疲労の色が浮かんだ。それを見た俺は、これからアレクが行うであろうことを察する。


 『召喚器』の最終段階――『顕現』を使った必殺技だ。


「――『悲運幸運悲喜交々(プレシャスオパール)!』」

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