第361話:西の大規模ダンジョン攻略 その3
『魔王の影』――バリスシア。
それは俺が以前一対一で戦い、リリィの助けがなければ殺されていたであろう相手だ。
相変わらず貴族風の外見をしており、何の冗談かダンジョンに不似合いなタキシード姿である。髪は金髪のオールバックで、顔立ちは整っているものの人間離れしているというか、感情が見えない。無表情かつ無感動な様子だが、メリアと違うのは本当に無感情に見える点だろう。
(……いや、少し違う……か?)
俺を見て笑っている。それだけで異常だ。興味深そうに、再会できたことを喜ぶように、口の端を吊り上げて笑っている。
ただし、その笑みは友好的なものではない。あまりにも歪すぎる笑みだ。普段笑うことがない者が初めて笑ったような、不自然な笑みである。
「貴様は……」
「あの時の……『魔王の影』!」
そんなバリスシアの姿を見て、モリオンとナズナが俄かに殺気立つ。以前、初めて遭遇した際に俺を置いて逃げる原因になった相手だからだろうか。
「久しぶりじゃないか……まさか、わざわざこんな回りくどい真似をするとは思わなかったよ」
今にも殺し合いを始めそうなモリオンとナズナを落ち着かせるよう、軽く腕を挙げながらバリスシアへと声をかける。いきなり『魔王の影』と遭遇した衝撃を受け流し、モリオン達を落ち着かせたいという意図もあった。
(チィッ……何かおかしいとは思ったが、罠だったか……『魔王の影』が一人、それにボスモンスターが一匹……勝てるか?)
どちらか片方だけなら勝てると自信を持って言えた。だが、バリスシアとボスモンスターがセットで出てきたとなると勝てるとは容易には言えない。
片や、一対一で負けて殺されかけた相手。
片や、北の大規模ダンジョンを破壊したことで通常よりも強化されたボスモンスター。
片方だけでも大変だというのに、まとめて相手にするのは厄介過ぎる――が。
(いや……これは好機だ。たしかにボスモンスターとセットで戦うには厄介な相手だが、ここで仕留めることができれば大きい……)
バリスシアが言った通り、今の状況になった時点で戦う以外の選択肢がない。逃げようにもここは大規模ダンジョンの中だ。ダンジョンやモンスターを操れるバリスシアに背を向けるのは自殺行為だろう。
かといって透輝に竜笛を吹かせてキュラスを呼ぶとしても、到着まで二十分近くかかる。どんなに急がせても十分だ。一戦交えることができる時間である。
その上で、だ。倒すことができれば非常に大きい。大規模ダンジョンを破壊できるというのもそうだが、ダンジョンの操作に特化した『魔王の影』を仕留められれば後々楽になるだろう。
「前回は逃げられたが、これなら逃げられまい?」
何が楽しいのか、バリスシアは俺を見ながら笑っている。そこまで執着されるようなことはした覚えが……あー、ないこともない、のか。前回戦った時、俺の戦いぶりを見て妙に楽しんでいた節があるしな。
「俺を逃がさないためにボスモンスターと一緒にお出迎えってか? まったく、評価されたもんだなぁ、おい」
俺は苦笑を浮かべつつ、距離を挟んだままでバリスシアの隣に立つ白虎へ視線を向ける。
『花コン』においては『禍つ白帝』と表記されるモンスターだが、『朽ちた玄帝』と同様に最上級魔法を操る厄介な相手だ。
司る属性は金。攻撃魔法では金属を射出したり、援護魔法では防御力を上昇させたりする属性である。
以前戦った玄武ほど大きくはないが、それでも体長十メートル近い巨体で四足の獣らしい俊敏さを持つ。というか、十メートル近い獣ってだけでも厄介過ぎるだろう。
(以前は俺が殿に残って透輝達を逃がすしかなかった……だが、今は違う。透輝は十分に育ったし、光属性の魔法も使えるようになった。それに、今はメリアやリリィもいる)
『魔王の影』にとって特効となる光属性魔法。それを使える者が三人もいるのだ。
(……透輝、メリア、リリィでバリスシアと、俺、ナズナ、モリオンで白虎と戦い、アレクに両方を援護してもらう……か?)
バリスシアは俺を狙っているような口振りだが、それに付き合う必要はないだろう。相手の弱点となる透輝達をまとめて叩きつけ、光属性魔法で仕留めてもらえば良い。その間、俺達は白虎と戦って足止めし、可能なら仕留める。
それが可能なだけの戦力が揃っている――のだが。
(ここはダンジョンの中……それも大規模ダンジョンの中だ。バリスシアはモンスターをいくらでも呼び出せる……上級モンスターの群れでも呼ばれたら洒落にならん)
あくまでバリスシアと白虎だけなら戦いになるというだけで、バリスシアが『魔王の影』としての力を使い、モンスターを呼び出せばこちらが一気に不利になる。
可能かどうかはわからないが、破軍スライムを何十匹と呼び出されたらこちらの勝ち目がなくなるだろう。つまり、それをさせないよう速攻で仕留めるしかないが、それができれば苦労はしないわけで。
戦力を均等に分けて時間をかけてバリスシアと白虎を倒すより、戦力を偏らせて一気に勝負を決めた方が結果的に早く片付くかもしれない。
問題は、どう戦力を偏らせるかと、一気に倒し切れるかどうか。
(優先すべきは……バリスシア、か? ダンジョンの破壊はまだ期限的な余裕がある……ボスモンスターは後回しでも良い。それよりも神出鬼没な『魔王の影』を仕留めるべき……)
そう思考し、実現の可否を検討する。短時間なら俺一人でボスモンスターを相手取れるし、その間にバリスシアを仕留めてもらえば良い。だが、バリスシアを仕留めきれなかった場合、一気に押し返される危険性がある。
そうやって色々と案を検討する俺だったが、バリスシアが俺に向かってじっと視線を向けてくる。それはまるで、こちらの考えを見透かすような視線だった。
「あまりつれないことを考えてくれるな、『王国東部の若き英雄』。今日は貴様と戦うためにここに来たのだ。お前が相手をしてくれないとなると……そうさな」
バリスシアは考え込むように視線をさまよわせる。そして名案を思いついた、と言わんばかりに笑みを深めた。
「お前が最も嫌がることをしてしまいたくなる。どうする? ここなら何十匹、何百匹だろうと呼び出せるが」
「……ハッ、ずいぶんと熱烈なお誘いをするじゃないか」
俺は吐き捨てるように笑い、剣の柄を強く握り締める。
俺が嫌がること――すなわちモンスターを大量に召喚しての物量戦を仕掛けるぞ、と脅してくるバリスシアに対し、一歩前に出ることで応えた。
『魔王の影』の中でもダンジョンの操作に長けたバリスシアなら、それこそ呼吸をするように実現できるだろう。それをさせるぐらいなら、一対一での戦いにも応じざるを得ない。
一応、モンスターを生み出すのもノーコストではなく、ダンジョンに溜まっている負の感情等を利用しているはずだが、北の大規模ダンジョンを破壊したことで多くの負の感情が流れ込んでいるのだ。
無尽蔵とは言えないし、一度に何百匹はさすがに厳しいと思うものの、何十匹なら呼び出すことも可能に思える。そのため、俺としては決断は一つしかなかった。
「向こうは俺を御指名だ。時間を稼ぐ。ボスモンスターは頼んだ」
俺が一人で時間を稼ぎ、その間に白虎を倒してもらう。あとは囲んで袋叩きだ。白虎がいなければ仮に何十匹とモンスターを召喚されてもどうにかできるだろう。
リベンジマッチは大歓迎だが、俺が単独でバリスシアを倒せる保証はない。そのため、こちらは引き付けておくから白虎を仕留めるよう指示を出す。
「……やれるのね?」
「やるさ」
アレクからの問いかけに短く答え、わざと足音を立てるようにしながら歩き出す。するとバリスシアもそれに応じ、白虎から離れるようにして俺についてくる。
そんな俺の背中に、仲間達から視線が飛んでくるのを感じた。特に、盾の『召喚器』を握るナズナから強い視線が飛んでくるが……すまんな、俺を守りたいと言ってくれたのは嬉しいが、今は白虎を少しでも早く倒してくれ。
「アスターが言っていたぞ」
不意に、バリスシアがそんなことを言い出す。隙なく歩きながら、俺を楽しげに見ながら。
「『キッカの剣鬼』ランドウ=スギイシ、そしてそれには劣るが『王国東部の若き英雄』ミナト=ラレーテ=サンデューク。この二名、いや、あの女狐を含めれば三名か。前回同様、我らの障害になり得る存在だろう、とな」
それは以前、文化祭で学園に侵入してきたアスターも言っていたことだった。
前回――すなわち『魔王』が発生した際に立ち向かい、『魔王』を『封印』に追い込んだオオイシやレン、アサヒ、そしてオリヴィアのことを指しているのだろう。
(なんでそこに俺を含めるかね……)
気になるのは、俺よりも強いネフライト男爵が選ばれていないことだろう。ついでにいえば、主人公や秘密兵器といった特効とも言える存在が含まれていないのも気になる。
(透輝とメリアは……まだその強さが知られていないから仕方ないとして、ネフライト男爵は違う。俺よりも強いってわかるはずだ)
透輝はまだ俺よりも弱い。
メリアは光属性魔法が使えるものの、その本領は『召喚器』を使った自爆技だ。
だから『魔王の影』が注目していないのも納得できるが、ネフライト男爵ではなく俺に注目しているのが謎である。年齢の割に強いから……だろうか?
(傍目から見たら自前の『召喚器』を使わず、それなりに強さを見せている学生……警戒する理由にはなる……か?)
『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時から活躍しているから、と考えれば納得できないこともないが、俺個人としては腑に落ちない。
それでもまあ、こうして俺に執着してくれたおかげで白虎を仕留める好機に恵まれているのだ。会話ぐらいなら付き合おう。
「評価してもらって恐悦至極、とでも言えばいいのか? ランドウ先生と一緒に並べられるのは気が重いどころの話じゃないがな」
「ククッ……謙遜するな。俺は剣鬼よりもお前の方を評価しているぞ?」
「……そいつはどーも」
いかんな。ネフライト男爵が警戒されていないのは単純に『魔王の影』の目が節穴って可能性が出てきたぞ。
たしかに以前、眼前のバリスシアに手傷を負わせたのは俺だ。バリスシアもそれほどの傷を負ったのは初めてだと言っていた。だから評価するのもわかる話ではある。
(ランドウ先生だったら腕どころかそのまま首を刎ねてたぞ……)
そんなことを思う。そしてそれが可能なランドウ先生と並べて評価するな、と吐き捨て、抜いていた剣をゆっくりと構え直す。
「それじゃあ……やるか」
「ああ。やろう」
俺が言葉をかければ、喜色を滲ませながらバリスシアが応じる。
こうして、俺と『魔王の影』バリスシアの二度目となる戦いが幕を上げたのだった。




