第360話:西の大規模ダンジョン攻略 その2
西の大規模ダンジョンに潜り、大きな問題もなく二日、三日と過ぎ。
夜になって日が暮れ、深夜の時間帯になると見張りを立てて交代しながら休息を取っていくこととなる。人数が七人いるため、二人、二人、三人とわけての見張りだ。モリオンに頼んで陣地を構築してもらい、その中で周囲の気配を探る。
「えへへ……ミナトさんと一緒の見張りだね?」
そう言って嬉しそうに微笑むのは、俺と一緒の見張りになったリリィだ。他の者の就寝を妨げないよう囁くような声だったが、そこに溢れんばかりの喜色が混ざっているのが感じ取れる。
現状、幸いにも天候に恵まれ、崩れても曇る程度で雨は降っていない。この調子で天候が維持されれば予定通り……いや、予定よりも早い日数でボスモンスターのところへと到達できるだろう。
(……モンスターも数が少ないしな)
内心で呟き、どう判断したものかと頭を悩ませる。
ダンジョンに入ってから今まで、普段と比べると遭遇するモンスターが少ないのだ。しかし異常と判断するには至らない。数が少ないものの、遭遇自体はしているからだ。
これまで何度も西の大規模ダンジョンで事前準備をしてきたが、その際のモンスターの出現率を十とすれば今回は三から四といったところか。
少なく感じるがゼロではなく、出現するモンスターも中級上級問わずで正直、運が味方してたまたまモンスターに行き会っていないだけ、という感じもする。
俺としては回復ポーションといった物資の消耗を抑えられるし、どんどん先に進めて楽ではある。手応えとしては上級モンスターが出現する中規模ダンジョンを進んでいるような気分だ。
(これなら西の辺境伯家が主体になって軍を投入すれば……って、数が増えるとさすがにモンスターに気付かれるか)
北の大規模ダンジョンでもそうだったが、こうして俺達が少人数で行動しているのはその方がモンスターに気付かれにくいからだ。数が増えれば増えただけモンスターに気付かれやすくなるし、それが北の大規模ダンジョンとなると闇属性魔法で一気に死者が出る危険性もあった。
大勢がまとめて即死する危険性がなく、なおかつこの程度しかモンスターが襲ってこないのなら軍隊を投入するのもアリだろう。大勢で押しかけるとモンスターも相応に数を増やして襲ってくるだろうが、ゴリ押しでどうにかなるはずだ。
(そう判断できるぐらい、モンスターの襲撃が少ない……この程度ならとっくの昔に破壊されていてもおかしくないが……そう思えるのも今回だけなんだよな)
この西の大規模ダンジョンにはこれまで何度も足を運んだが、その際は大規模ダンジョンらしい規模のモンスターが襲ってきた。破軍スライムは例外として、出現するモンスターも大規模ダンジョンに相応しい強さがあった。
「お父さん、ずっと変な顔してるね? やっぱり気になるの?」
そうやって考え事をしていると、リリィが囁き声で尋ねてくる。周囲に聞こえない大きさだから良いが、用心のために名前呼びをしてほしいところだ。まあ、父親を名前呼びすることに対し、微妙な心境が垣間見えていたからうるさくは言わないが。
「明らかにモンスターが少ないからな。事前に何度も通って可能な限りモンスターを倒したが、ここまで減っているのは異常だろ」
「オレア教が調査をしてたし、その時に倒したとかは?」
「それもあるんだろうが、さすがに減りすぎだと思う。運が良いだけって可能性もあるが……一応確認するけど、『召喚器』は使ってないよな?」
『相埋模個』を常時使っているのなら今回の異常も納得ができる。近付いてくるモンスターの認識を曖昧にするか、こちらの気配を曖昧にすれば接敵を防げるのだ。
「使ってないよ? できないこともないけど、ずっと使うと疲れちゃうし……こうして夜、みんなが安心して休めるように使うぐらいだよ」
「だよな。ただ、そうなると理由が見つからないし……あくまで偶然で、俺達が過剰に警戒しているだけなら笑い話で済むんだが」
モンスターが少なくて困ることはないのだ。戦闘の回数が少なければその分、先に進むことができる。回復ポーションも使わずに済むし、手早く片付ければモリオン達のMPを消耗することもない。
そうやって疲労も物資の消耗も少ない状態でボスモンスターに挑めるのなら、これ以上のことはないのだ。
(良いこと……なんだけどなぁ。警戒しちまうのは俺が小心者ってことなのかね……)
上手くいきすぎていると、それはそれで警戒してしまう。そんな自分自身に苦笑を浮かべ――ふと、気配を感じた。
「『相埋模個』を使おうか?」
「いや、いい。距離があるから仕留めてくる」
カサ、と枯葉を踏んだような音が風に乗って聞こえてきたため、俺は立ち上がって剣を抜く。斬ると血の臭いが広がるため、できれば打撃で仕留めたいところだが……まあ、これだけモンスターが少ないのなら普通に斬っても大丈夫か。
「わかった。いってらっしゃい、お父さん」
小声でそう言って微笑むリリィに笑って返し、俺は陣地を飛び出すのだった。
明けて翌日。
結局陣地に近付いて来たのは俺が仕留めたモンスター……バジリスクが一体だけで、他にそれらしい気配はなかった。そのためダンジョンの中にもかかわらず、割とゆっくり眠ることができた。
「予定よりもかなり進んでこれたし、今日からは一定距離を進んだらモリオンに上から索敵してもらうことにする。いいな?」
「お任せください。北の大規模ダンジョンのように巨体なら発見も容易ですからね。そうであることを祈ります」
そう言ってモリオンは笑うが、軽口を飛ばす余裕があるのは良いことだ。そのため俺も笑って返し、早速モリオンに『土槍』を使ってもらって高所から周囲を索敵してもらう。
「……あれは……まさか」
すると、何やらモリオンが呟くのが聞こえてきた。その呟きに、まさか、と思いながら頭上のモリオンを見上げる。
「ミナト様、あちらの方角……水平線ギリギリのところに何かいます。北の大規模ダンジョンで戦ったボスモンスターよりは小さいですが……」
「色は?」
「白です。見える範囲では四足歩行のモンスターかと」
見えるわけではないが、モリオンが指さした方向へと視線を向ける。
(玄武ほどじゃないけど巨体で、色が白で四足歩行……ボスモンスターの白虎の特徴に合致するんだが……)
あっさりと見つかった――のだろうか。ここまでスムーズに見つかると、逆に足踏みをしてしまいそうになるんだが。
(運が良い……で、片付けて良いのか? いや、見つからないよりは見つかった方がマシなんだが……)
何か、作為的なものを感じる。しかしながら、俺達はボスモンスターを倒しに来たのだ。ボスモンスターがあっさりと見つかるのはありがたい話である。
(どうする? 何かの罠か? ボスモンスターに到達するまでの進路上からモンスターを減らして……いや、何の罠だ? 俺が相手の立場なら、そんな温いことはせずに雑魚モンスターで削るが……)
敵がいると仮定した場合、道中の雑魚モンスターを増やしてこちらの余裕を削るのならまだわかるが、ほぼ素通りでボスモンスターのところまで通す意味がわからない。
(やっぱり偶然なのか? くそ、疑う余地があるとどうしても疑っちまう。もしくはこうやって疑わせることで撤退させる策か?)
正直なところ、確信が持てるような答えは見つからない。今回の場合、どちらかといえば俺達がどうしたいかの方が重要だろう。
このままボスモンスターに挑むか、怪しんで撤退するか。
「あまりにも上手くいきすぎている……俺はそう考えているんだが、みんなはどう思う?」
悩んだ俺は、パーティメンバーに相談することにした。最終的にはリーダーである俺が決断を下すとしても、各自の意見は知りたいところだ。
「んー……たしかに、北の大規模ダンジョンと比べるとここまで楽だったなぁ。楽ついでにボスモンスターも簡単に倒せればいいんだけど……戦うに一票で」
「同じく。体調も万全ですし、今回撤退したとして、次回以降にこんなに良い状態で挑める保証はないかと」
透輝とナズナは戦う意思を示す。それを聞いた俺がモリオン達に視線を向けると、それぞれから頷くようにして返事がくる。
「ナズナ殿の言う通りです。今回ほどの好条件でボスモンスターに挑める保証もありませんし、今回倒してしまうべきかと」
「ん……戦う」
「わたしも同意見です」
モリオン、メリア、リリィも戦うことに賛成のようだ。あるいは、これが罠だったとしても食い破れるという自信があるからこその決断かもしれないが。
「そうねぇ……ミナト君が危惧していることはアタシにもわかるわ。あまりにも都合が良すぎるし、警戒したくなるわよね」
アレクは苦笑と共に俺の心中を察してくれる。俺としてもこのまま戦う方向に賛成したいところだが、状況が状況だけに心理的なブレーキがかかるのだ。
もちろん、俺以外のメンバーがそれを感じていないわけではないだろう。だが、仮に何かあってもこのメンバーなら勝てると判断した上で戦う意思を見せているのだ。
(そう、だな……それだけのメンバーを揃えたしな……)
僅かに迷ったが、結論を下す。自らの迷いを弱気とは思わないが、慎重も過ぎれば害となるだろう。
「各自、装備の再点検を行ってくれ。モリオンが発見したのがボスモンスターなら、今日中に仕掛けるぞ」
そうと決まれば、戦うための準備を整えなければならない。そう考えて俺が指示を出せば。頼もしい返事が返ってきたのだった。
そうして、モリオンが見つけたボスモンスターと思しき相手がいる方向へと進むことしばし。強大な気配を感じ取った俺は、ボスモンスターで間違いなかったか、と僅かに安堵し。
「――待っていたぞ」
不意に、そんな声が響いた。聞き覚えがある、感情がほとんど感じ取れない声である。
「お前は……」
北の大規模ダンジョンで戦った玄武と比べると小柄な――それでも十メートル近い巨体の白い虎、白虎の傍に、一つの人影があった。
かつて俺を殺しかけた、怨敵の姿だ。
「あの時は逃がしたが……ここまで誘い込めば簡単には逃げられないだろう?」
そう言って、『魔王の影』の一人――バリスシアが笑うのだった。




