第359話:西の大規模ダンジョン攻略 その1
『万能の腕輪』を身に着けた透輝の訓練やアレクの大規模ダンジョンでの慣らしが一段落すると、五月を過ぎて季節は初夏の陽気へと変わりつつあった。
安全を期して何度も西の大規模ダンジョンに向かい、慣れてきてからは土曜日の夜から日曜日にかけて泊りがけで一晩を過ごし、それでも問題がないことを確認できたら今度は本番である。
すなわち、西の大規模ダンジョンの攻略を本格的に始める時がきたのだ。
北の大規模ダンジョン同様、オレア教の調査をもとにボスモンスターまでの距離が一番短いと思われる場所からダンジョンへ入り、片道五日間、往復十日間の日程で挑むこととなる。
北の大規模ダンジョンを破壊した際は運良く一度の挑戦でボスモンスターの場所まで行けたが、今回もそうである保証はない。それでも可能なら一度の挑戦でダンジョンを破壊してしまいたかった。
少しでもダンジョン内での寝泊りが減らせるよう、土曜日の授業が終わったらキュラスで移動し、最寄りの町で一泊。日曜日の早朝から西の大規模ダンジョンに挑む予定である。
「荷物に不足はないな?」
学園を出発する前。キュラスに乗る前に最後の確認として尋ねる。
キュラスの負担を考慮し、食料は西の大規模ダンジョンに一番近い町で購入するが、着替えや雨具、ポーションや薬等の諸々の道具は全て用意したものを持っていく。現地でダンジョンに入ってから忘れたことに気付いてもどうしようもないのだ。
「問題なし。二回目だし、準備もバッチリだって」
「前回不要だったものは置いてきました。荷物にしかなりませんからね」
きちんと荷物を確認した透輝が言えば、同じように荷物を確認していたナズナがそう言う。視線を向けてみれば、モリオンやメリア、リリィも問題はないようだった。
俺もそうだが、必要な荷物を最小限の量でまとめてリュックに詰め込んである。一番重要かつかさばる水が魔法で出せるのはありがたい限りだ。
「アレクはどうだ?」
「事前に必要な物を聞いていたし、きちんと揃えたわ。メイクもバッチリよ」
そう言ってウインクを向けてくるアレク。必要か不要かでいえば不要なのだろうが、アレクにとっては必須なのだろう。普段以上に力を入れてピエロメイクが描かれているように見えた。
「大規模ダンジョン……行ってみたかったですわ。お兄様、わたしも今から参加したら駄目?」
「駄目に決まっているだろ。兄上、モモカのこれは冗談ですから」
「本気ですわ! 腕試しをしたいんですの!」
見送りに来てくれたモモカが唇を尖らせてアピールしているが、さすがに物理特化の戦闘スタイルは飽和しているから連れて行けない。他にもジェイドやルチルがどことなく羨ましそうな顔をしているが、こちらも戦闘スタイルが被っていたり、実力的に厳しかったりで連れていけないのだ。
反対に、コハクは止める側に回っている。アイリスやカトレアも見送りに来てくれたが、アイリスは困ったように微笑むだけで、カトレアは参加したがる側だ。というか、アイリスは早々に諦めたのか透輝に声をかけに行っている。
他にもカリンやスグリが見送りに来てくれているが、スグリはカリンの斜め後ろを歩いており、まるで従者のようだ。二人の力関係が表れているのだろうか。
「み、ミナト様、こ、これをどうぞ……」
それでも俺の傍まで来ると、スグリは発現した『禁忌弱薬』を手渡してくれる。ボスモンスターには効かないが雑魚モンスターには使えるため、また破軍スライムが出た時用のお守りにでもするとしよう。
スグリにはポーション類や薬を用意してもらったし、『召喚器』まで預かる形になってしまうが……満足そうというか、どこか嬉しそうに見えた。
「ミナト様」
そんなスグリと俺のやり取りを見ていたカリンが真剣な表情で名前を呼んでくる。そしてじっと見つめてきたかと思うと、表情に劣らない真剣な声色で言葉を紡ぐ。
「無事の帰還とご武運をお祈りしております」
「ああ、ありがとう」
婚約者候補という関係からすれば淡々とした、あるいは素っ気ないとも言える短いやり取りだった。だが、言葉に込められた感情は真剣で、俺もまた、心からの感謝を込めて答える。
それ以上の言葉はいらない。無事に帰ってくることができれば、いくらでも言葉を交わせるのだから。
(……よし、気合い入った)
一度でボスモンスターのところまで行けるかわからないが、今回も無事に帰ってこよう。
そんな決意と共に、カリン達に見送られながら西の大規模ダンジョン目指して出発するのだった。
西の大規模ダンジョンに最も近い町で一泊し、夜が明けたら早速西の大規模ダンジョンに挑む。
北の大規模ダンジョンを攻略した時と同様、事前にオレア教が調査した結果をもとに、最短距離でボスモンスターの場所まで行けるであろう場所からダンジョンに侵入し、あとは太陽の位置を見ながら西へと進んでいく。
「油断するわけじゃないけどさ、北の大規模ダンジョンと比べるとダンジョン内が明るいというか、空気が軽い感じがするよな。威圧感はこっちの方が重いけど」
モンスターを索敵しつつ、なるべく急ぎつつ、といった感じで移動していたら、透輝がそんなことを口にする。大声での会話は厳禁だが、この程度は息抜きとしてアリだろう。
「北の大規模ダンジョンは死霊系モンスターばっかりだったからな……明るく感じるのも錯覚じゃないかもしれん」
「だよな。向こうはホラー映画……って言っても伝わらないか。なんかそれっぽい空気だったもんな」
透輝は苦笑するように言うが、たしかに北の大規模ダンジョンはホラー映画の世界のようだった。まあ、ホラー映画だとしても敵役が確率で即死する魔法を使ってくるような映画は駄作の謗りを免れない気もするが。
(ゾンビパニックだと思ったらゾンビが魔法を使ってきたり、パニックホラーだと思ったら殺人鬼が魔法を使ってきたり……いや、それはそれでアリかもしれないけどさ)
B級映画かな? なんて思う。そんなことを連想する北の大規模ダンジョンと比べ、西の大規模ダンジョンは威圧感こそ重いが空気自体は清々しさすら感じてしまいそうだ。やっぱり確率で即死するのはクソゲーだと思う。
普通に戦っていても急所に攻撃をくらえば即死するし、闇属性以外の魔法も威力によっては即死する危険性があるが、闇属性魔法の確率で即死するというのは理不尽さがあるだろう。実際に即死したことがないため何とも言えないが、字面だけで厄介さが伝わってくるというものだ。
そんな雑談とも言えない言葉を交わしつつ、大規模ダンジョンの中を進んでいく。言葉を交わしていても常に周囲を警戒し、視線も動かし続けている。会話をしていて不意打ちをくらった、なんてことになれば後々ランドウ先生に怒られ、徹底的に扱かれるだろう。
ただまあ、さすがにその程度で警戒を乱すような未熟さは残っていない。これまで事前の慣らしで何度も足を運んだし、ダンジョン自体、潜った回数も数えきれないほどになったからだ。
それは俺だけでなく、透輝も同様である。暇潰しなのか話を振ってくるが、その視線は常に周囲に向けられている。それでいていつでも剣を抜けるよう、あるいは『鋭業廻器』を発現できるよう右手をフリーにしていた。
(後ろは……問題ないな)
時折後方にも意識を向けるが、俺や透輝と同じく、言葉を交わしながらも周囲への警戒を怠っていない。殿はナズナとリリィに任せ、メリアやモリオン、アレクといった後衛組を真ん中に置いて移動しているが、メリア達も会話しながら周囲を警戒しているようだった。
そうやって移動すること数時間。合間合間に小休憩を挟み、太陽が中天に差し掛かってきたためそろそろ昼食を兼ねて大休憩を取ろうか、なんて考え出した俺だったが、同時に少しばかり気にかかることがあった。
(……モンスターが少ない、か?)
ダンジョンに潜ってほんの数時間だが、遭遇したモンスターは中級が二匹だけである。いやまあ、中級モンスターと遭遇したってだけで本来は大変な出来事なんだが、大規模ダンジョンの中での出来事と考えると少しばかり違和感があった。
「なあ、ミナト。なんかモンスターの数が少なくないか?」
俺と同じことを考えていたのか、昼食として持ち込んだサンドイッチをかじりながら透輝が言う。それを聞いた俺は眉を寄せ、どう考えたものか、と腕組みをした。
(事前に潜った時と比べると、明らかに数が少ない……でもゼロじゃないし、誤差だと言われれば納得できる範疇だが……)
うーん、と頭を悩ませる。これがゲームだったならエンカウント率が偏ったんだろう、で済ませるのだが、現実でそんなことはあり得ない。
(いや、事前に潜った時に可能な限りモンスターを狩って回ったし、破軍スライムにも遭遇した……それが原因で一時的にモンスターが減っている可能性もある……か?)
大規模ダンジョンに限らないが、領内に大きめのダンジョンを抱える貴族は軍を投入して潰すなりモンスターを定期的に間引いたりする。
これは放置しておくとモンスターがダンジョンから溢れる――実際に押し出されるほどにモンスターが出現することは滅多にないが、ダンジョンの外へと出てくるようになるのだ。
そのため間引くわけだが、当然ながら間引いたら減るわけで。
(アレクの慣らしも兼ねてモンスターを狩って回ったし、減ったのかな? そこまで狩ったつもりはないし、これを狙ったわけでもないんだが……)
さすがに七人という少数でモンスターを間引けるほど、大規模ダンジョンは狭くない。それでも実際にこうしてモンスターが減っているように感じるのなら、そこには何か理由があるはずだ。
「うーん……そうねぇ。事前に何度も来てモンスターを仕留めたし、それで減ったのかしら……」
「他者による何かしらの意図があったとして、モンスターを減らす理由がいまいち思いつきませんね。ボスモンスターまでの道程が楽になるだけですし……一ヶ所に固めて一斉に襲わせるとしても、こちらの戦力を考えれば悪手ですが……」
知恵者であるアレクやモリオンにも確認を取ってみるが、コレだという答えは出てこない。
モリオンの言う通り、仮に一ヶ所にモンスターを集めていたとしてもそこまで効果はないだろう。それこそモリオンが練習中の最上級魔法を撃ち、まとめて薙ぎ払えてしまう。
相手が魔法を撃って相殺してくるなら俺や透輝、リリィの出番だ。『一の払い』で魔法を潰し、こちらから一方的に火力を投射して薙ぎ払えるだろう。
(……ん? 気配が……モンスターか?)
そうやって会話をしていると、それを見計らったように視線を感じ取った。そのためさりげなく視線を向けてみると、遠目にワイルドベアの姿が見える。どうやら一生懸命気配を消して接近しようとしているようだが、その巨体じゃあ不意打ちは無理じゃないかな……。
「何があるかわからないし、各自、警戒は緩めないように。まずはあのモンスターを片づけるぞ」
そう言って警戒を促した俺は、剣を抜いてワイルドベアの元へと駆けていくのだった。




